第六章二節 暗躍

「ねっ、龍野君。貴方の想像通りでしょ?」


 焼肉の乗った皿を尻目に、龍野にをするヴァイス。

 龍野は予想通り過ぎる物を出されたために、動揺が収まらなかった。


「ねえ? ボーッとしないで、答えて?」


 龍野の頬を軽くペチペチと叩き続けるヴァイス。

 五秒ほどして、龍野が意識を取り戻した。


「な、何だ、ヴァイス」

「貴方が想像した食べ物は、この焼肉で合ってるわね?」

「ああ、そうだが……」

「うふふ。未完成ではあるけれど、この“楽園”の機能は問題無いわね」


 ほくほく顔のヴァイス。どうやら“楽園”が不調無く機能している様子に、満足気のようだ。


「それよりも。龍野君、食べないの?」


 焼肉を指しつつ、龍野に問いかけるヴァイス。


「あ、ああ……。その前に一つだけ教えてくれ。この……メシをイメージしただけでその通りの物が出るってのは、一体どういう原理なんだ?」

「それを伝える前に、一つだけ理解してほしい事柄があるわ」


 龍野の質問を遮り、龍野の瞳を覗き込みながら言葉を紡ぐヴァイス。


「龍野君。この“楽園”が何で出来ているか、わかるかしら?」

「さあ、さっぱりわからねえや」




「では教えるわね。この“楽園”は、全てが私の魔力で出来ているの」




「…………」


 いきなりの荒唐無稽こうとうむけいすぎる言葉に、絶句する龍野。


「まあ、信じられないのも無理はないわよね」


 そんな様子を見かねて、ヴァイスが一度クッションを挟む。

 龍野の動揺が落ち着くのを見計らって、言葉を続けた。


「けれど、毎日少しずつ魔力を積み立てれば、いずれは巨大になるわ。例えば、この規模の“楽園”を作るために三年を要したもの。聞いてる、龍野君?」

「あ、ああ……」


 ヴァイスにとっては、事実を淡々と告げているだけに過ぎない。だが龍野にとっては、自身の理解が追い付かない規模の話に、まったくついていけない状態にあった。


「それよりも、いい加減に食べなさいな、焼肉。冷めちゃうわよ」

「わ、わかった……毒とか入ってないよな?」

「盛って貴方を殺す理由が無いわ。ささ、遠慮せずにガブリと。箸やフォークも、添えられているでしょう?」

「ああ」

「それでは、ごゆっくり。私は“楽園”をゆっくり見て回りたいから、また後でここに戻るわ」


 ヴァイスはゆっくりとした足取りで、“楽園”を散歩する。

 残された龍野は、じっくり焼肉を食べることに決めた。


     *


「ごちそうさまでした」


 胸の前で両手を合わせ、挨拶を終える龍野。

 程なくして、ヴァイスが龍野のところまで戻ってきた。


「終わったみたいね」

「ああ」

だったでしょ?」


 ヴァイスが笑顔で、龍野に感想を尋ねる。


「まったくだ……よく作ったな、こんなシステム」

「当然でしょ? いずれは……おっといけない、これ以上は言えないわ」

「ノアの……?」

「うふふ、これ以上は龍野君にも言えないの。ごめんなさいね」


 曖昧に笑って、茶を濁すヴァイス。


「それじゃあ、私はやらなければならない仕事があるから、失礼するわね」

「わかった、頑張れよ。じゃあな」

「じゃあね、龍野君。ゆっくり休んでちょうだい」


 ヴァイスは光に包まれ、“楽園”を後にした。


     *


(さて、龍野君を“楽園”で休ませたわね。

 一時中断した書類整理だけれど……相当な数ね。

 けど、このくらいは私一人でこなせるわ)


 ヴァイスは印鑑を手に取り、判を押し始めた。


 それから三時間後。


(どうにか整理を終わらせたから、尋問会への手はずを整えるわ。

 証人として龍野君に協力してもらうけれど、それにも書類の準備が必要なのよね。まったく、『闇』に対する調査を依頼する前段階……それすらも大変だわ)


 羽ペンを取り、必要項目を埋め始める。

 その手先は、いつも通りに滑らかであった。


(さて、終わるのはいつ頃になるのでしょうね)


     *


 日本国内某所、『闇』本拠地にて。

 崇城麗華は、行為に、苦悩していた。


「一体私は、どうなってしまったのだ!? 私が意識を……記憶を、取り戻したときには……須王龍野の学校の生徒が、九人も死んでいた……。しかも、私には彼等を手に掛けた感触が、今も残っている……! そうだ、図書館の屋上で、あの少女に会ってからというもの……私は、おかしくなってしまった!」


 自らの苦悩を整理するように叫び散らす麗華。

 そこに、謎の少女が現れた。


「貴様、一体どこから!?」

「怯えないで、おねえちゃん。大丈夫、全て私に任せていれば、何もかもうまくいくから。だから、ちょっとだけ、ごめんね……」

「や、やめろ――」


 少女は手にした本を開き、短く言葉を唱える。

 その瞬間、麗華の意識は再び消え去った。


「うふふ……。これで、何もかも……。さあお兄ちゃん、いえ須王龍野。これが終わりの始まりよ。そうだ、しないとね。うふふふふ……」


 少女は音も立てず、いずこかへと消え去った。


     *


「よし、これで最後……!」


 豪が上級型標的を撃破し、演習を終える。


「流石ね、豪さん」

「ああ、この力があれば、今度こそ奴らにとどめを刺せるぜ。弓弦」


 一息つき、談笑する豪と弓弦。




「うふふふふ……お邪魔するわね」




 そこに謎の少女が現れた。


「お前、誰だ!?」

「豪さん、離れて!」


 弓弦が大弓を構え、少女目掛けて矢を射る。


「あら、乱暴なおもてなしね」


 だが、少女が本を開いたかと思うと――


「!?」

「そんなに怯えないで、二人とも。わたしは、あなた達の復讐を手伝いに来たの」


 少女は不敵な笑みを浮かべ、二人に近づく。


「く、来るな!」


 弓弦は怯えたように弓を振るうが、少女は意に介さない。

 そして弓弦の腰元に触れ、本を開いた。


「弓弦!?」


 弓弦が気を失い、前のめりに倒れる。

 豪はその様子を見て、言いようのない恐怖を感じた。


「次はお兄ちゃんの番ね」

「くっ……」


 逃げようとする豪だが、体が言う事を聞かない。豪はそこから、一歩も動けずにいた。


(だ、だめだ……どうしてか、動けない……!)

「つかまえた。大丈夫、痛くないからね」


 少女は豪に触れて本を開いた。

 豪の意識はそこで途絶えた。

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