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2018年5月17日 19:40
こんばんは、有原様。草月です。 ながらくお待たせしました、批評が、ついに完成いたしましたので、こちらに載せます。……が、まとめるのが苦手で、文字数が一万字あります(汗)。短編小説が書けますね。 とっても長いです。ということで、記録集(https://kakuyomu.jp/works/1177354054885691476)の方へも記載しますので、そちらでご覧いただけると楽だと思われます。(一万字以内におさまりきらなかったため、「個人的感想」は記録集へと移行します)「読んだエピソード」「プロローグ ―五年前の出来事―」から「第六章六節 異変」まで。「地の文」 ⑴地の文の強弱 同作品の地の文は、非常に説明的かつ簡潔であるのが特徴です。以下は同じエピソードの中から地の文を抜粋したものです。・龍野が目覚めたときには、既に夜の十時を迎えていた。… 龍野の隣には、夕食が置かれていた。トレーの下にメモが添えられている。… すぐに食事を始めた龍野。あっという間に平らげてしまった。(第二章六節 女伯爵と二人の騎士 より) 一文一文が短く、またどちらかといえば物事の表面や動作そのものを描写しています。そのため軽快なテンポが含まれており、スラスラと読み進めていけます。ただし、このことが利点になるかどうかは、読者と場合によりけりでしょう。 じっくりと、重厚な物語が読みたいという方に合わないのはもちろんですが、“あっさりめ”の文が好きな方でも、たまにはちょっぴり気合の入った文を読んでみたいという願望を浮かばせることでしょう(少なくとも、私はそうです)。 私は、この願望は読者の“慣れ”から生じるものだと考えます。困ったことに、人間は変化を嫌いますし、また加えて単調さすら嫌う傾向があるのです。ここでの解決法は、例えばいくつかのエピソードに一つ、地の文が多めの話を挿入していくなどして、地の文に強弱(アクセント)をつけることが大切でしょう。 しかしながら、タグには「ライトノベル」との表示があるではありませんか。全くといっていい程そちらの方面を読んだことのない私にとっては、ラノベの常識というものがわかりません。そちらでは重い文が嫌われる、というのであればこの状態が好ましいですし、後半になってくると少々地の文も充実していった感があります。・状況を確認したヴァイスが号令を下した、その瞬間。 百にも及ぶ兵器が、桜花に対して火を噴いた。「!?」 一瞬で変化した状況についていけず、防御を障壁に任せきりにする桜花。 だが百近い兵器の圧倒的な火力の前には、『草』の障壁がもともと高い耐久性を持っていないことを考えても、障子紙同然だった。 あっという間に破られる、桜花の障壁。無限に近い攻撃は、確実に桜花を蹂躙し――(第六章五節 一難去ってまた一難 より) こうしてより新しい文章を見ると、説明も随分と丁寧になっています。その上で軽快さを損なうことなく物語を紡いで行けているため、この点で私が指摘すべきところはすでにあまりありません。 また戦闘シーンでは文が短く区切れていることがスピード感を生み出し、また適度な量の説明が、読者の想像力をかき立ててくれます。あまり地の文で描写しすぎると、今度は想像の自由がなくなってしまいますから、その点を考えるといい塩梅だと思います。 ⑵三人称視点における予測 次の文をご覧ください。・ヴァイスが連絡していたのだろう、龍範が迎えに来ていた。・溜まった怒りを吐き出し終えて、緊張の糸が切れたのだろう。ヴァイスは龍野の前で泣き始めた。 ほかの論評でも私が言っていますが、「○○だろう」という語句は、完全なる三人称視点ではあまり好ましくありません。というのも、三人称視点は別名「神の視点」。神に予測など無用なのです。 小説には一人称的な三人称視点だったり、三人称的一人称視点だったりが存在するために、「○○だろう」文がいけないということではありません。あくまでも「完全なる三人称視点」において好ましくないのです。ただ、見たところ、二つの文は双方ともに一人称視点が混じっているとは考えにくいので指摘いたしました。 ⑶語彙 最後は語彙についてです。全体的に見れば、地の文の語彙は決して少ないとはいえません。むしろ「矜持」や「吶喊」などという言葉は知っていても作品の中に取り入れることが出来る方のほうが少ないでしょう。とはいえ、集中が切れたのか、ところどころに飾り気のない「生の言葉」が見受けられます。・龍野達は地下広場に移動した。(第一章九節 訓練最終日 より)・「だよな、ハハハ」当然だろう。 何せ龍野は身長百八十五センチの筋肉男。どう見ても病弱とは思えない体つきだ。(第三章一節 『土』の当主) 一つ目の「移動した」という言葉はあまりにも飾り気がなさすぎますし、二つ目の「筋肉男」という言葉も他の言い方があるのでは? と読んでいて首をかしげてしまいます。例えば前者は地下広場に「移動」したわけですから、「下っていった」とか「降下した」などとより具体的な言葉に換えられますし、後者は「豪傑」や「偉丈夫」などといった言葉も相応しいと思います。 もう一つ例を挙げるとすればこちらの文です。・一方その頃、どこかの廃工場では――(第二章九節 告げられしは魔術戦争 より) 読んだ感想は、「なんだか四コマ漫画やギャグ漫画のオチみたいだ」です。「その頃」、「どこかの」という生の言葉がそう思わせるんだと考えます。前者は「時を同じくして」などといった言葉に変えていったり、後者は「廃工場では秘密裏に~~」といった風に文を改変したりしてみてはいかがでしょうか? 出来の良い(違和感のない)会話を中心に据えた作品だからこそ、地の文の存在が目立ちます。より良い作品は、よりよい地の文から、です! 「表現」 ⑴場面切り替え全体を通して気になった部分を指摘していきます。先ずは場面切り替えについてです。・「じゃあな」吉岡と別れ、そのまま家に向かう。「ただいまー」「早かったじゃねぇか、龍野」帰宅早々、龍範に会う。(第二章一節 穏やかな日常、再び より) ながれを見ていくと、どうやらこの数文の間に場面が切り替わっているようです。でも、読んでいる側としては「いつの間にか場面が学校から家になっている」のです。 せめて「そのまま家に向かう」の後にもう一文ほど付け加えか、もしくは切り替えの印に空白を作るかしないと、読者に負担がかかる一方です。あ、でも空白の入れ忘れだったりしたら怖いので、ここら辺で次に行きましょう……。 ⑵記号・符号 次に指摘するのは三点リーダーなどについてです。・「くっ……またもや横槍が入ったか……。だが今日は、どうにか逃げられたことに感謝せねば……」(第三章二節 因縁の敵、再び) こちらの文は特に三点リーダーの使用が多く、目立ちます。先述したように、読み手が“慣れ”てしまうと、いかんせん最大の効果を発揮してくれません。・「私達の名誉を侮辱して、それを言うな……!」「名誉だと!? 俺が何を侮辱した……!?」「私達の弓を……弓道を侮辱した貴様達はっ! 断じて許しておけない!」(第四章一節 挑むは、大弓女と炎剣男) これらの文も、同様に、「三点リーダーと符号」という組み合わせが多用されています。この問題に関しては、意識して使用を抑えるくらいしか解決策はありません。もし癖で遣っているのならばこれだけで改善するでしょうが、そうでない場合は工夫が必要になってきます。一文目にある「……!」は、沈黙と感嘆を分けていることから相当強い感情がこめられている印なのでしょう。ならば、解決法は地の文で叙述するだけです。そうすれば地の文が少なすぎる部分が(もしあれば)目立たなくなりますし、三点リーダーの多様を防ぐことが出来ます。 地の文を用いずに感情を表そうとすると、どうしても記号・符号の濫用が発生しやすくなります。しかし、ここを克服すればより効果的に登場人物の感情を伝えることが出来ると考えます。会話を軸にして成り立つ小説は、おそらくそこまで前例がないはずです。有原様には、是非とも自分の道を突き進んでいただきたい。ここまで突っ込んだ指摘をするのは、ただその一真の表れなのです。 ⑶主人公以外の心情描写・「貴様……!(腹が立つ。私がもう少しバカだったら真っ正面から突っ込んでいるが、生憎相手は須王龍野。一切の躊躇と隙、それに油断無くして撃破せねば……)」(第三章二節 因縁の敵、再び より) ちらちらと目にすることになる()ですが、こちらの文で主人公以外の登場人物にすら使われていることが気になりました。ここでは龍野と麗華が戦闘を繰り広げるシーンとなっていますが、最初に仕掛けてきたのは麗華。前回の登場に引きつづき相変わらず目的や心情は謎のままとなっており、私はそのミステリアスさを楽しんでいました。 しかし、なんと途中で ()が使われ、考えていることが表示されてしまったではありませんか! 例えるならば、せっかく一人称視点の恋愛小説なのに、中盤で相手の視点に変わってしまったようなものです。恋心を抱いているか否かが分かってしまうのです。 そこまで核心を突くようなことではありませんが、それでも敵の心が分かってしまうと(私も含め、)ちょっとしたネタバレのようなものだと感じる方もいます。特に描写関わらないのであれば、削ってしまっても良いかと。 ⑷言葉遣いの使い分け先述したように、会話文には不自然な部分が見当たらず、とても良い出来だと思います。特に次の文に注目したいと思います。・「あの二人は……どうして、龍野君にああも不平を告げるのでしょうか? 私にとっては、彼は掛け替えのない存在ですのに……」(第二章六節 女伯爵と二人の騎士 より) この少し前までは龍野と話していたヴァイス。しかし一人になった途端、言葉遣いが変わっています。親しい者の前では砕けた口調、一方一人になった時には身分を感じさせる丁寧な口調と、TPOによって口調を使い分けています。一瞬で読み飛ばしてしまえばそれまでですが、細部まで作りこむこだわりと、口調の変化を描写する丁寧さにただならぬ才を感じました。 「設定」 すべてのエピソードを読めていないので、第六章までの情報で批評を展開します。 ⑴情報の出し方・「そう、それが特性の一つ『物質強化イモータリティ』よ。他にも、『属性付与プロパティ』があるわ。これは文字通り、自らの持つ魔力の属性を武器や物質に与える特性ね。あと、魔力の質によっては、これら二つに加えて『自然回復リカバリー』があるわ。放置するだけで受けた傷が回復するんだけど、龍野君の場合は多分持ってるわね」(第一章六節 訓練二日目 より) この文だけでも三つの新要素が出てきており、さらに同エピソードではその他多数の用語が新出しています。坐学という名の「授業」であるとしても、このようにたくさんの情報が出てきては大抵の読者は覚えきれません。ですから一気に全てを説明するのではなく、例えばわざと説明部分を省略しておき、実践でもう一度確認する(この時に新出用語の解説を行う)という方法を取るなどすると負担も減ります。 そうは言っても、専門用語が作中で繰り返されるようなら回を重ねていくごとに嫌でも覚えますし、実際はそこまで深く心配する点ではないのかもしれません。強いて不安な点を言えば、冒頭の情報量に圧倒されて、読むのを止めてしまう読者もいるということでしょうか……。 ⑵ヴァレンティア城の設定 たびたび主人公が訪れることとなるヴァレンティア城ですが、ここの設定は細やかな部分まで作られていると感じました。・「必要があれば、使用して下さい。抜刀の許可は、既にヴァイスシルト姫殿下より下りています」(第五章三節 発砲事件、発生 より) “騎士叙任の概念”や、ここに示したように“城内での非常時以外の抜刀禁止”などは、意識しなければ思いつかないでしょう。良く練られていると思います。また無理にこうした設定を出そうとすると、作品のリズムが崩れてしまうことがあるのですが、その点を含めても高く評価できます。 ヴァイスと龍野が桜花たちと闘うシーンがありましたが、そこで城に搭載された数々の兵器が駆使されたのも、とても好印象です! 建物が変形したり、兵器が出てきたりすると、やはり興奮しますね。⑶舞台とその特徴 この作品の舞台は大きく分けて二つ。日本とヴァレンティア王国ですね。しかし、ヴァイスがあまりにも日本語を流暢に話すので、ヴァレンティアが舞台であることを忘れていましまうこともあります。・この詠唱は龍野には理解できていない。ドイツ語(ヴァレンティア王国公用語)で唱えられたからだ。(第六章五節 一難去ってまた一難 より) 個人の感想で恐縮ですが、私はこの文をみて「そういえば主人公たちは今ヴァレンティアにいるのか……」と認識しなおした記憶があります。理由はひとつ。ヴァレンティア王国の町並みなど、雰囲気に関する描写が少ないからです。 とはいえ、地の文より会話文を重視するとなると、やはり会話でヴァレンティア(ドイツ)の雰囲気を演出するしかないでしょう。「第二章六節 女伯爵と二人の騎士」では貴族や騎士にであう場面がありますが、例えばそのうち一人でもドイツ語で挨拶をしてきたらどうでしょう?「Wie geht’s Ihnen? Herr. Suo.(適当です。間違っていたら……)」などと。普通こんなことを言っていたら、かなり違和感がありますが、まあ公用語ということなので、読者もそう簡単には突っ込めません。⑷登場人物について 登場人物は皆個性があり、キャラも完成されているといっても過言ではないでしょう。それぞれが己の目的や信念を持っているので「動かされている」という感じがまったくありませんし、闘い方も区別されているのでバトルシーンに飽きることがありません。 見ると、「キャラクター紹介」に情報(設定)が事細かに記されているではありませんか! また、女性キャラにはご丁寧に3サイズまで記載されているんですね(これに関しては“美少女ゲースタイル”というタグを見て納得です)。 さて、まとめですが、こうして生まれたキャラのヴィヴィッドさが作品よりを鮮やかなものに仕立て上げていると感じました。これだけ多くのキャラクターを生き生きと描写することは非常に難しいですので、十分すぎるほどのアピールポイントとなるでしょう。「魔術」 私はこの作品を見て、有原様は「魔術」を非常に重要視しているという印象を受けました。ストーリーに深く関わっていることもそうですが、本編の前に「属性相性早見表」なるものが用意されていることからもそう感じました。 ということで、普段は「設定」の項に混ぜ込んでしまう魔法(魔術)を今回は分けています。合体させるといくら何でも長すぎるので。 ⑴魔術という語・当然だ。ギルバートとアイザック、二人は騎士ではあるが、魔術師ではない。魔術師に関する話など、出来なかった。・「魔術について説明するわ。魔術には八つの属性があるの。属性じゃなくて、宗派と言ってもいいんだけどね」 このふたつの文からは、有原様のこだわりようが見て取れます。「魔術」。私にそう感じさせたのは、この単語です。なぜかといえば、特に理由がない場合はただ「魔法」と書いてしまっても不都合はないからです。魔法と魔術の相違点、それは恐らく、後者には日本の○○道や○○術に代表される技術体系・武術といった要素が加わっているということでしょう。 実はこのこだわり、以前カクヨム外で交わしたやりとりがなければ私も気づかなかったことです。私が鈍感なのはさておき、こうしたせっかくのこだわりは、作中に積極的に出していく方が良いと思います。よほど魔法についてうるさい人でない限り、読者は魔術という慣れない言葉を勝手に魔法と修正してしまうでしょうから。 このことから考えて、まず魔術という概念を正確に説明する必要があるかもしれません。第一章の訓練とか座学の場面で説明するも好し、敵から魔術の本質を教えられるも好し、そもそも本編の前に「魔術について」を加えるも好し、です。とにかくどんな手段を使おうが、行動を起こして相手に伝えることが出来ればこちらの勝ちなのです。是非、ご検討をお願いします。 ⑵魔術と詠唱 私は自作「ファンタジー世界構築ガイド」にて、魔術(魔法)を発動するために踏む過程を考察していました。そちらに則って整理すると、どうやら同作品の魔術は「詠唱型」に分類されるようです。・「遠距離攻撃主体の戦法よ。接近しても、異常な耐久性の障壁を持つお父様には……生半可な攻撃は通用しないわ。おまけに無詠唱で私が使うのを上回る威力の魔術行使をするの」(第五章一節 国王陛下を拝謁すること再び より) しかし、魔術を行使するには詠唱作業が必要不可欠だと思っていた矢先、この文にぶつかりました。どうやら無詠唱で発動するという例外もあるようです。 となると、今度は詠唱の有無の区別が必要になってくるはずですが、少なくとも読んだ中にはそういった描写が見当たりません。そして同時に詠唱はそもそも何のためにあるのか、という問題も生じます。 前者は詠唱をすることにより、魔術の効果が上がるという理屈で一応は解決できます。しかし後者は……、結構メンドくさいことになります。 まず、詠唱することによって魔術が発動するとはどういうことなのか、という問題があります。神がいちいち魔術を発動させているのでしょうか? それとも魔術師の体には魔術を司ることのできる特別な器官や力があるのでしょうか? 作中に「魔力が尽きる」などの描写がある為、前者は詭弁だとの反論が返ってきそうですが、それなら自分の言葉を神に届ける力が魔力なのだ、という答えもありそうです。 まあ私の作品ではありませんし、深く論じても不利益しか無いと思いますのでここで終わらせます。と同時にごちゃごちゃしてきましたので、伝えたいことをまとめます。 つまり、「私のような設定オタクはこんなところまで思索しているので、もし余裕があったら、ここら辺の設定についても一度考えてみてください。ますます読者の層が多様化しますよ」ということです! ⑶属性 七つも属性があるということが、先ず驚きでした。自分は五つが限界なのです……。それと、属性に相性があることも面白いと思います。五行説の理論を応用したものでしょうか?(一番初めに感じた印象は“ポケモンなど、ゲームのよう”というものです) ただ、次の文を見ると単に七つに分類しただけでなく、きちんとそれぞれの設定が用意されているということが分かります。 「違うわ。『草』は障壁の耐久度が弱いの。それに魔術での攻撃力も、大した威力じゃないわ。はっきり言って戦闘には不向きね。けど……」(第六章三節 増援 より) そしてこの後「草」についてのさらなる設定が明かされます。それすなわち、“葉緑体をエネルギーとする属性であること”と、“耐久性の高い属性であること”の二つです。 なるほど! と感心しました。となると、例えば「水」なら水辺が戦場であると有利に働き、「炎」なら燃えているものがある場所が有利な土地ということでしょうか。こうして私のような設定にうるさい人種は様々な憶測を生むのですが、それは置いておきましょう。 七つの属性という概念も、この作品を語る上では欠かせないと思います。しかもひとつひとつに特徴があるのですから、文句のつけようがありません。「リクエスト」 分析してほしいポイントが明示されましたので、追加で分析・論評を行います。 ⑴キャッチコピー 率直に申し上げますが、こちらは変えた方が良いと思います。キャッチコピーとは、そもそも作品の内容を知らない人に魅力を伝え、読もうという意欲の発端を作るものです。 現在は「最初にプロローグを読まない。気に入ったサブタイトルをお選び下さい。」となっていますが、果たしてこの言葉が、読んだことの無い人の興味をそそるでしょうか? どちらかと言えば、あらすじを読んだ上で伝えておきたい内容(連作事項)のような気がします。今のものよりは、例えばあらすじにある「これはゲームだ。せいぜい足掻いてみせろ」という言葉、こちらの方が相応しいかと。また、一通り読んだ身としては、テンポ良く展開していくストーリーや、属性で分けられた魔術師が戦うという設定も押していくべきだと考えます。全てを盛り込むことは至難の業です。というか、不可能かもしれません。残念ながら私はコピーライターには絶対になれない人間ですから、具体的なアドバイスができません。以上、キャッチコピーに関してしがない才しか持たない草月からの意見でした。 ⑵一話目の文字数 「一話目」というものがすべての章の一話目なのか、それとも第一章の一話目を指すのかを聞き忘れておりましたが、ここでは後者の意味として取っておきます。 本題です。第一章の一話目は約3300文字となっています。文字数から見れば平均的かと思われますが、何も知らない読者を物語に引き込ませるにはすこし魅力が足りないかもしれません。というか、第一章自体がゲームでいう「チュートリアル」の位置付けにあるので、本格的に楽しくなってくるのは第二章といえますね。 とはいえ、とりあえず第一話で読者に興味を持たせたいのなら、文字数はもう少し少ない方が吉でしょう。食事や買い物の場面などは、もちろんリアルさを演出するためには必要ですが、適度な省略も必要だと思います。それから、最後に黒服が襲いかかってかるシーンがありますが、この場面は物語が進むにつれてより疑問をもたらします。恐らく「水」か「土」と敵対関係にある魔術集団か、抗議集団なのでしょうが……、憶測はともかく、例えばここで魔術師を登場させるなどすれば、読み手はより関心を持ってくれることでしょう。なにも無理に倒すことはないですし、龍野と龍範が魔術師から逃げていくだけでも印象は異なるのではないでしょうか。魔術の存在をもう少し後で出したいかもしれませんが、タグに「魔術」とあるので、少なくとも読者は食いついてくれるのではないでしょうか。 ⑶矛盾点 読んでいて引っかかったのは「言語について」だけです。先ほど「設定」の項でお伝えしたように、主なる舞台は日本とヴァレンティアの二つとなっています。“引っかかった”ポイントは、この二国の公用語が異なることから生じたものです。 ヴァイスは日本に留学していたため、日本とヴァレンティア双方で普通に会話が出来るのも分かります。 しかし! 龍野すらヴァレンティア王国において言語の壁にぶつからないことが疑問です。「第二章六節 女伯爵と二人の騎士」に登場する貴族や騎士、またエーデルヘルト王とも何の支障もなく会話が成立している……。 考えられる理由としては、龍野がドイツ語をマスターしているということだけですが、これも先ほど取り上げた文章に「龍野はドイツ語を解さない」とはっきり書かれています。 となると、ヴァレンティア王国の住民が日本語を習得している……? でも公用語はドイツ語と書かれていました。うーむ、可能性はかなり低いですが、もう一つの公用語として日本語が採用されていたということもありえなくはないですが、そうでないならば矛盾といえます。 矛盾でなくとも、現代ファンタジーである限り、言語については厳しくなければなりません(ハイファンタジーなら、まだ言語が一つだけとか適当な言い訳ができるのですが)。地の文で情報を追加した方が良いと思います。
作者からの返信
批評をありがとうございます。賛辞の意への感謝につきましては、恐れながら割愛いたします。しかし批評の批判的部分につきましては、私の作品への把握が未熟と思い知らされました。例えば言語ですが、完全に失念しておりました。ですので、いただいた案を元に、加筆・修正いたします。今回は、重ね重ねありがとうございました。また、どこかでよろしくお願いいたします。
2018年3月11日 18:01
うおおおおおおお!!ヴァルカンさーーーーん!!すみません、取り乱しました。
よっぽどのヴァルカンファンですねえ、あなた。原作者としては、何よりです。ヴァルカンもほくほく顔でしょう。というか、戦場にジープで突っ込ませるべきだったかな?
こんばんは、有原様。草月です。
ながらくお待たせしました、批評が、ついに完成いたしましたので、こちらに載せます。……が、まとめるのが苦手で、文字数が一万字あります(汗)。短編小説が書けますね。
とっても長いです。ということで、記録集(https://kakuyomu.jp/works/1177354054885691476)の方へも記載しますので、そちらでご覧いただけると楽だと思われます。(一万字以内におさまりきらなかったため、「個人的感想」は記録集へと移行します)
「読んだエピソード」
「プロローグ ―五年前の出来事―」から「第六章六節 異変」まで。
「地の文」
⑴地の文の強弱
同作品の地の文は、非常に説明的かつ簡潔であるのが特徴です。以下は同じエピソードの中から地の文を抜粋したものです。
・龍野が目覚めたときには、既に夜の十時を迎えていた。
…
龍野の隣には、夕食が置かれていた。トレーの下にメモが添えられている。
…
すぐに食事を始めた龍野。あっという間に平らげてしまった。(第二章六節 女伯爵と二人の騎士 より)
一文一文が短く、またどちらかといえば物事の表面や動作そのものを描写しています。そのため軽快なテンポが含まれており、スラスラと読み進めていけます。ただし、このことが利点になるかどうかは、読者と場合によりけりでしょう。
じっくりと、重厚な物語が読みたいという方に合わないのはもちろんですが、“あっさりめ”の文が好きな方でも、たまにはちょっぴり気合の入った文を読んでみたいという願望を浮かばせることでしょう(少なくとも、私はそうです)。
私は、この願望は読者の“慣れ”から生じるものだと考えます。困ったことに、人間は変化を嫌いますし、また加えて単調さすら嫌う傾向があるのです。ここでの解決法は、例えばいくつかのエピソードに一つ、地の文が多めの話を挿入していくなどして、地の文に強弱(アクセント)をつけることが大切でしょう。
しかしながら、タグには「ライトノベル」との表示があるではありませんか。全くといっていい程そちらの方面を読んだことのない私にとっては、ラノベの常識というものがわかりません。そちらでは重い文が嫌われる、というのであればこの状態が好ましいですし、後半になってくると少々地の文も充実していった感があります。
・状況を確認したヴァイスが号令を下した、その瞬間。
百にも及ぶ兵器が、桜花に対して火を噴いた。
「!?」
一瞬で変化した状況についていけず、防御を障壁に任せきりにする桜花。
だが百近い兵器の圧倒的な火力の前には、『草』の障壁がもともと高い耐久性を持っていないことを考えても、障子紙同然だった。
あっという間に破られる、桜花の障壁。無限に近い攻撃は、確実に桜花を蹂躙し――(第六章五節 一難去ってまた一難 より)
こうしてより新しい文章を見ると、説明も随分と丁寧になっています。その上で軽快さを損なうことなく物語を紡いで行けているため、この点で私が指摘すべきところはすでにあまりありません。
また戦闘シーンでは文が短く区切れていることがスピード感を生み出し、また適度な量の説明が、読者の想像力をかき立ててくれます。あまり地の文で描写しすぎると、今度は想像の自由がなくなってしまいますから、その点を考えるといい塩梅だと思います。
⑵三人称視点における予測
次の文をご覧ください。
・ヴァイスが連絡していたのだろう、龍範が迎えに来ていた。
・溜まった怒りを吐き出し終えて、緊張の糸が切れたのだろう。ヴァイスは龍野の前で泣き始めた。
ほかの論評でも私が言っていますが、「○○だろう」という語句は、完全なる三人称視点ではあまり好ましくありません。というのも、三人称視点は別名「神の視点」。神に予測など無用なのです。
小説には一人称的な三人称視点だったり、三人称的一人称視点だったりが存在するために、「○○だろう」文がいけないということではありません。あくまでも「完全なる三人称視点」において好ましくないのです。ただ、見たところ、二つの文は双方ともに一人称視点が混じっているとは考えにくいので指摘いたしました。
⑶語彙
最後は語彙についてです。全体的に見れば、地の文の語彙は決して少ないとはいえません。むしろ「矜持」や「吶喊」などという言葉は知っていても作品の中に取り入れることが出来る方のほうが少ないでしょう。とはいえ、集中が切れたのか、ところどころに飾り気のない「生の言葉」が見受けられます。
・龍野達は地下広場に移動した。(第一章九節 訓練最終日 より)
・「だよな、ハハハ」当然だろう。
何せ龍野は身長百八十五センチの筋肉男。どう見ても病弱とは思えない体つきだ。(第三章一節 『土』の当主)
一つ目の「移動した」という言葉はあまりにも飾り気がなさすぎますし、二つ目の「筋肉男」という言葉も他の言い方があるのでは? と読んでいて首をかしげてしまいます。例えば前者は地下広場に「移動」したわけですから、「下っていった」とか「降下した」などとより具体的な言葉に換えられますし、後者は「豪傑」や「偉丈夫」などといった言葉も相応しいと思います。
もう一つ例を挙げるとすればこちらの文です。
・一方その頃、どこかの廃工場では――(第二章九節 告げられしは魔術戦争 より)
読んだ感想は、「なんだか四コマ漫画やギャグ漫画のオチみたいだ」です。「その頃」、「どこかの」という生の言葉がそう思わせるんだと考えます。前者は「時を同じくして」などといった言葉に変えていったり、後者は「廃工場では秘密裏に~~」といった風に文を改変したりしてみてはいかがでしょうか?
出来の良い(違和感のない)会話を中心に据えた作品だからこそ、地の文の存在が目立ちます。より良い作品は、よりよい地の文から、です!
「表現」
⑴場面切り替え
全体を通して気になった部分を指摘していきます。先ずは場面切り替えについてです。
・「じゃあな」吉岡と別れ、そのまま家に向かう。
「ただいまー」
「早かったじゃねぇか、龍野」帰宅早々、龍範に会う。(第二章一節 穏やかな日常、再び より)
ながれを見ていくと、どうやらこの数文の間に場面が切り替わっているようです。でも、読んでいる側としては「いつの間にか場面が学校から家になっている」のです。
せめて「そのまま家に向かう」の後にもう一文ほど付け加えか、もしくは切り替えの印に空白を作るかしないと、読者に負担がかかる一方です。あ、でも空白の入れ忘れだったりしたら怖いので、ここら辺で次に行きましょう……。
⑵記号・符号
次に指摘するのは三点リーダーなどについてです。
・「くっ……またもや横槍が入ったか……。だが今日は、どうにか逃げられたことに感謝せねば……」(第三章二節 因縁の敵、再び)
こちらの文は特に三点リーダーの使用が多く、目立ちます。先述したように、読み手が“慣れ”てしまうと、いかんせん最大の効果を発揮してくれません。
・「私達の名誉を侮辱して、それを言うな……!」
「名誉だと!? 俺が何を侮辱した……!?」
「私達の弓を……弓道を侮辱した貴様達はっ! 断じて許しておけない!」(第四章一節 挑むは、大弓女と炎剣男)
これらの文も、同様に、「三点リーダーと符号」という組み合わせが多用されています。この問題に関しては、意識して使用を抑えるくらいしか解決策はありません。もし癖で遣っているのならばこれだけで改善するでしょうが、そうでない場合は工夫が必要になってきます。一文目にある「……!」は、沈黙と感嘆を分けていることから相当強い感情がこめられている印なのでしょう。ならば、解決法は地の文で叙述するだけです。そうすれば地の文が少なすぎる部分が(もしあれば)目立たなくなりますし、三点リーダーの多様を防ぐことが出来ます。
地の文を用いずに感情を表そうとすると、どうしても記号・符号の濫用が発生しやすくなります。しかし、ここを克服すればより効果的に登場人物の感情を伝えることが出来ると考えます。会話を軸にして成り立つ小説は、おそらくそこまで前例がないはずです。有原様には、是非とも自分の道を突き進んでいただきたい。ここまで突っ込んだ指摘をするのは、ただその一真の表れなのです。
⑶主人公以外の心情描写
・「貴様……!(腹が立つ。私がもう少しバカだったら真っ正面から突っ込んでいるが、生憎相手は須王龍野。一切の躊躇と隙、それに油断無くして撃破せねば……)」(第三章二節 因縁の敵、再び より)
ちらちらと目にすることになる()ですが、こちらの文で主人公以外の登場人物にすら使われていることが気になりました。ここでは龍野と麗華が戦闘を繰り広げるシーンとなっていますが、最初に仕掛けてきたのは麗華。前回の登場に引きつづき相変わらず目的や心情は謎のままとなっており、私はそのミステリアスさを楽しんでいました。
しかし、なんと途中で ()が使われ、考えていることが表示されてしまったではありませんか! 例えるならば、せっかく一人称視点の恋愛小説なのに、中盤で相手の視点に変わってしまったようなものです。恋心を抱いているか否かが分かってしまうのです。
そこまで核心を突くようなことではありませんが、それでも敵の心が分かってしまうと(私も含め、)ちょっとしたネタバレのようなものだと感じる方もいます。特に描写関わらないのであれば、削ってしまっても良いかと。
⑷言葉遣いの使い分け
先述したように、会話文には不自然な部分が見当たらず、とても良い出来だと思います。特に次の文に注目したいと思います。
・「あの二人は……どうして、龍野君にああも不平を告げるのでしょうか? 私にとっては、彼は掛け替えのない存在ですのに……」(第二章六節 女伯爵と二人の騎士 より)
この少し前までは龍野と話していたヴァイス。しかし一人になった途端、言葉遣いが変わっています。親しい者の前では砕けた口調、一方一人になった時には身分を感じさせる丁寧な口調と、TPOによって口調を使い分けています。一瞬で読み飛ばしてしまえばそれまでですが、細部まで作りこむこだわりと、口調の変化を描写する丁寧さにただならぬ才を感じました。
「設定」
すべてのエピソードを読めていないので、第六章までの情報で批評を展開します。
⑴情報の出し方
・「そう、それが特性の一つ『物質強化イモータリティ』よ。他にも、『属性付与プロパティ』があるわ。これは文字通り、自らの持つ魔力の属性を武器や物質に与える特性ね。あと、魔力の質によっては、これら二つに加えて『自然回復リカバリー』があるわ。放置するだけで受けた傷が回復するんだけど、龍野君の場合は多分持ってるわね」(第一章六節 訓練二日目 より)
この文だけでも三つの新要素が出てきており、さらに同エピソードではその他多数の用語が新出しています。坐学という名の「授業」であるとしても、このようにたくさんの情報が出てきては大抵の読者は覚えきれません。ですから一気に全てを説明するのではなく、例えばわざと説明部分を省略しておき、実践でもう一度確認する(この時に新出用語の解説を行う)という方法を取るなどすると負担も減ります。
そうは言っても、専門用語が作中で繰り返されるようなら回を重ねていくごとに嫌でも覚えますし、実際はそこまで深く心配する点ではないのかもしれません。強いて不安な点を言えば、冒頭の情報量に圧倒されて、読むのを止めてしまう読者もいるということでしょうか……。
⑵ヴァレンティア城の設定
たびたび主人公が訪れることとなるヴァレンティア城ですが、ここの設定は細やかな部分まで作られていると感じました。
・「必要があれば、使用して下さい。抜刀の許可は、既にヴァイスシルト姫殿下より下りています」(第五章三節 発砲事件、発生 より)
“騎士叙任の概念”や、ここに示したように“城内での非常時以外の抜刀禁止”などは、意識しなければ思いつかないでしょう。良く練られていると思います。また無理にこうした設定を出そうとすると、作品のリズムが崩れてしまうことがあるのですが、その点を含めても高く評価できます。
ヴァイスと龍野が桜花たちと闘うシーンがありましたが、そこで城に搭載された数々の兵器が駆使されたのも、とても好印象です! 建物が変形したり、兵器が出てきたりすると、やはり興奮しますね。
⑶舞台とその特徴
この作品の舞台は大きく分けて二つ。日本とヴァレンティア王国ですね。しかし、ヴァイスがあまりにも日本語を流暢に話すので、ヴァレンティアが舞台であることを忘れていましまうこともあります。
・この詠唱は龍野には理解できていない。ドイツ語(ヴァレンティア王国公用語)で唱えられたからだ。(第六章五節 一難去ってまた一難 より)
個人の感想で恐縮ですが、私はこの文をみて「そういえば主人公たちは今ヴァレンティアにいるのか……」と認識しなおした記憶があります。理由はひとつ。ヴァレンティア王国の町並みなど、雰囲気に関する描写が少ないからです。
とはいえ、地の文より会話文を重視するとなると、やはり会話でヴァレンティア(ドイツ)の雰囲気を演出するしかないでしょう。
「第二章六節 女伯爵と二人の騎士」では貴族や騎士にであう場面がありますが、例えばそのうち一人でもドイツ語で挨拶をしてきたらどうでしょう?「Wie geht’s Ihnen? Herr. Suo.(適当です。間違っていたら……)」などと。普通こんなことを言っていたら、かなり違和感がありますが、まあ公用語ということなので、読者もそう簡単には突っ込めません。
⑷登場人物について
登場人物は皆個性があり、キャラも完成されているといっても過言ではないでしょう。それぞれが己の目的や信念を持っているので「動かされている」という感じがまったくありませんし、闘い方も区別されているのでバトルシーンに飽きることがありません。
見ると、「キャラクター紹介」に情報(設定)が事細かに記されているではありませんか! また、女性キャラにはご丁寧に3サイズまで記載されているんですね(これに関しては“美少女ゲースタイル”というタグを見て納得です)。
さて、まとめですが、こうして生まれたキャラのヴィヴィッドさが作品よりを鮮やかなものに仕立て上げていると感じました。これだけ多くのキャラクターを生き生きと描写することは非常に難しいですので、十分すぎるほどのアピールポイントとなるでしょう。
「魔術」
私はこの作品を見て、有原様は「魔術」を非常に重要視しているという印象を受けました。ストーリーに深く関わっていることもそうですが、本編の前に「属性相性早見表」なるものが用意されていることからもそう感じました。
ということで、普段は「設定」の項に混ぜ込んでしまう魔法(魔術)を今回は分けています。合体させるといくら何でも長すぎるので。
⑴魔術という語
・当然だ。ギルバートとアイザック、二人は騎士ではあるが、魔術師ではない。魔術師に関する話など、出来なかった。
・「魔術について説明するわ。魔術には八つの属性があるの。属性じゃなくて、宗派と言ってもいいんだけどね」
このふたつの文からは、有原様のこだわりようが見て取れます。
「魔術」。私にそう感じさせたのは、この単語です。なぜかといえば、特に理由がない場合はただ「魔法」と書いてしまっても不都合はないからです。魔法と魔術の相違点、それは恐らく、後者には日本の○○道や○○術に代表される技術体系・武術といった要素が加わっているということでしょう。
実はこのこだわり、以前カクヨム外で交わしたやりとりがなければ私も気づかなかったことです。私が鈍感なのはさておき、こうしたせっかくのこだわりは、作中に積極的に出していく方が良いと思います。よほど魔法についてうるさい人でない限り、読者は魔術という慣れない言葉を勝手に魔法と修正してしまうでしょうから。
このことから考えて、まず魔術という概念を正確に説明する必要があるかもしれません。第一章の訓練とか座学の場面で説明するも好し、敵から魔術の本質を教えられるも好し、そもそも本編の前に「魔術について」を加えるも好し、です。
とにかくどんな手段を使おうが、行動を起こして相手に伝えることが出来ればこちらの勝ちなのです。是非、ご検討をお願いします。
⑵魔術と詠唱
私は自作「ファンタジー世界構築ガイド」にて、魔術(魔法)を発動するために踏む過程を考察していました。そちらに則って整理すると、どうやら同作品の魔術は「詠唱型」に分類されるようです。
・「遠距離攻撃主体の戦法よ。接近しても、異常な耐久性の障壁を持つお父様には……生半可な攻撃は通用しないわ。おまけに無詠唱で私が使うのを上回る威力の魔術行使をするの」(第五章一節 国王陛下を拝謁すること再び より)
しかし、魔術を行使するには詠唱作業が必要不可欠だと思っていた矢先、この文にぶつかりました。どうやら無詠唱で発動するという例外もあるようです。
となると、今度は詠唱の有無の区別が必要になってくるはずですが、少なくとも読んだ中にはそういった描写が見当たりません。そして同時に詠唱はそもそも何のためにあるのか、という問題も生じます。
前者は詠唱をすることにより、魔術の効果が上がるという理屈で一応は解決できます。しかし後者は……、結構メンドくさいことになります。
まず、詠唱することによって魔術が発動するとはどういうことなのか、という問題があります。神がいちいち魔術を発動させているのでしょうか? それとも魔術師の体には魔術を司ることのできる特別な器官や力があるのでしょうか? 作中に「魔力が尽きる」などの描写がある為、前者は詭弁だとの反論が返ってきそうですが、それなら自分の言葉を神に届ける力が魔力なのだ、という答えもありそうです。
まあ私の作品ではありませんし、深く論じても不利益しか無いと思いますのでここで終わらせます。と同時にごちゃごちゃしてきましたので、伝えたいことをまとめます。
つまり、「私のような設定オタクはこんなところまで思索しているので、もし余裕があったら、ここら辺の設定についても一度考えてみてください。ますます読者の層が多様化しますよ」ということです!
⑶属性
七つも属性があるということが、先ず驚きでした。自分は五つが限界なのです……。それと、属性に相性があることも面白いと思います。五行説の理論を応用したものでしょうか?(一番初めに感じた印象は“ポケモンなど、ゲームのよう”というものです)
ただ、次の文を見ると単に七つに分類しただけでなく、きちんとそれぞれの設定が用意されているということが分かります。
「違うわ。『草』は障壁の耐久度が弱いの。それに魔術での攻撃力も、大した威力じゃないわ。はっきり言って戦闘には不向きね。けど……」(第六章三節 増援 より)
そしてこの後「草」についてのさらなる設定が明かされます。それすなわち、“葉緑体をエネルギーとする属性であること”と、“耐久性の高い属性であること”の二つです。
なるほど! と感心しました。となると、例えば「水」なら水辺が戦場であると有利に働き、「炎」なら燃えているものがある場所が有利な土地ということでしょうか。こうして私のような設定にうるさい人種は様々な憶測を生むのですが、それは置いておきましょう。
七つの属性という概念も、この作品を語る上では欠かせないと思います。しかもひとつひとつに特徴があるのですから、文句のつけようがありません。
「リクエスト」
分析してほしいポイントが明示されましたので、追加で分析・論評を行います。
⑴キャッチコピー
率直に申し上げますが、こちらは変えた方が良いと思います。キャッチコピーとは、そもそも作品の内容を知らない人に魅力を伝え、読もうという意欲の発端を作るものです。
現在は「最初にプロローグを読まない。気に入ったサブタイトルをお選び下さい。」となっていますが、果たしてこの言葉が、読んだことの無い人の興味をそそるでしょうか? どちらかと言えば、あらすじを読んだ上で伝えておきたい内容(連作事項)のような気がします。
今のものよりは、例えばあらすじにある「これはゲームだ。せいぜい足掻いてみせろ」という言葉、こちらの方が相応しいかと。また、一通り読んだ身としては、テンポ良く展開していくストーリーや、属性で分けられた魔術師が戦うという設定も押していくべきだと考えます。全てを盛り込むことは至難の業です。というか、不可能かもしれません。残念ながら私はコピーライターには絶対になれない人間ですから、具体的なアドバイスができません。以上、キャッチコピーに関してしがない才しか持たない草月からの意見でした。
⑵一話目の文字数
「一話目」というものがすべての章の一話目なのか、それとも第一章の一話目を指すのかを聞き忘れておりましたが、ここでは後者の意味として取っておきます。
本題です。第一章の一話目は約3300文字となっています。文字数から見れば平均的かと思われますが、何も知らない読者を物語に引き込ませるにはすこし魅力が足りないかもしれません。というか、第一章自体がゲームでいう「チュートリアル」の位置付けにあるので、本格的に楽しくなってくるのは第二章といえますね。
とはいえ、とりあえず第一話で読者に興味を持たせたいのなら、文字数はもう少し少ない方が吉でしょう。食事や買い物の場面などは、もちろんリアルさを演出するためには必要ですが、適度な省略も必要だと思います。
それから、最後に黒服が襲いかかってかるシーンがありますが、この場面は物語が進むにつれてより疑問をもたらします。恐らく「水」か「土」と敵対関係にある魔術集団か、抗議集団なのでしょうが……、憶測はともかく、例えばここで魔術師を登場させるなどすれば、読み手はより関心を持ってくれることでしょう。なにも無理に倒すことはないですし、龍野と龍範が魔術師から逃げていくだけでも印象は異なるのではないでしょうか。魔術の存在をもう少し後で出したいかもしれませんが、タグに「魔術」とあるので、少なくとも読者は食いついてくれるのではないでしょうか。
⑶矛盾点
読んでいて引っかかったのは「言語について」だけです。
先ほど「設定」の項でお伝えしたように、主なる舞台は日本とヴァレンティアの二つとなっています。“引っかかった”ポイントは、この二国の公用語が異なることから生じたものです。
ヴァイスは日本に留学していたため、日本とヴァレンティア双方で普通に会話が出来るのも分かります。
しかし! 龍野すらヴァレンティア王国において言語の壁にぶつからないことが疑問です。「第二章六節 女伯爵と二人の騎士」に登場する貴族や騎士、またエーデルヘルト王とも何の支障もなく会話が成立している……。
考えられる理由としては、龍野がドイツ語をマスターしているということだけですが、これも先ほど取り上げた文章に「龍野はドイツ語を解さない」とはっきり書かれています。
となると、ヴァレンティア王国の住民が日本語を習得している……? でも公用語はドイツ語と書かれていました。うーむ、可能性はかなり低いですが、もう一つの公用語として日本語が採用されていたということもありえなくはないですが、そうでないならば矛盾といえます。
矛盾でなくとも、現代ファンタジーである限り、言語については厳しくなければなりません(ハイファンタジーなら、まだ言語が一つだけとか適当な言い訳ができるのですが)。地の文で情報を追加した方が良いと思います。
作者からの返信
批評をありがとうございます。
賛辞の意への感謝につきましては、恐れながら割愛いたします。
しかし批評の批判的部分につきましては、私の作品への把握が未熟と思い知らされました。
例えば言語ですが、完全に失念しておりました。
ですので、いただいた案を元に、加筆・修正いたします。
今回は、重ね重ねありがとうございました。
また、どこかでよろしくお願いいたします。