第五章六節 異変

「そう……私の悪い予感、当たっていたのね……」


 悔しそうに呟くヴァイス。


「ぼやくより先にやることがあるだろ」


 龍野はヴァイスにかつを入れ、意識を引き戻す。


「ええ……そうね」

「それより親父、今本拠地にいるだろ? どこなんだ?」

「第2ターミナル一階のジープに乗れ! 今話してる余裕は無いんだ! 切るぞ!」


 一方的に話を打ち切る龍範。

 その切迫した様子を察した龍野は、ヴァイスを連れて走り出した。


「ヴァイス、走りながら事情を説明するぜ!」

「お願い龍野君」


     *


 数分後、ジープを見つける龍野。

 同時に、ヴァイスへの状況説明も終わっていた、。


「理解したわ!」

「それじゃ、頼むぜ! おっと、あれか!」

「よお、鬼の子!」


 乗っていたのはヴァルカンだ。


「お久しぶりです!」

「お久しぶりです、教官」

「お久しぶりです、姫様。事情は鬼王とその息子から伺いましたか?」

「ええ! “至急、『土』の本拠地まで向かえ”と……」

「ならば話は早いですね。後は車内でお話します。乗ってください!」

「はい!」

「ええ!」


 二人が後部座席のドアを閉めた途端、全速力で発車するジープ。

 パトカーが近くにいれば追い回されるレベルの速度超過だが、最早ヴァルカンの脳内に“交通規則遵守”の文字は無かった。


     *


 さらに全速力で疾走すること、三十分。

 既に戦闘状態と化した『土』本拠地から100メートル離れた場所にジープを止め、三人は走って加勢に向かう。

 それぞれが魔法陣を展開し、龍野はガントレットとレガースを纏い、ヴァイスは氷剣を携え、ヴァルカンはM4A1を構える。


「鬼の子、ヤツらの注意を引き付けといてくれ」

「わかりました。おい『闇』ども、俺が相手だ!」


 魔力噴射バーストを発動し、入口に殺到する『闇』の戦闘員を相手取る龍野。ヴァイスも龍野に続き、戦場に突っ込む。


「龍野君、無理はしないでね!」

「ああ、わかってる!」


 二人が突撃を仕掛ける直前、弾丸が目の前を過ぎ去った。


「援護する!」


 弾丸の波は再び二人の近くを通り抜ける。『闇』の戦闘員の障壁を削り、撃破の手はずを整える。

 ヴァルカンは二人が突撃する様子を確認すると同時に、射撃を中断。

 直後、龍野とヴァイスが、それぞれ戦闘員の一人を撃破する。

 だが戦闘員も黙ったままではいない。

 手甲から伸びた刃で反撃に転ずる。


「龍野君、下がって!」


 それをヴァイスが遮るように、魔弾を発射。障壁を貫通し、戦闘員の一人を撃破する。


(妙だ、手応えが無さすぎる!)


 戦闘員が一斉に魔術弾を発射する。

 全弾が龍野に命中するが、全て障壁で弾かれた。


(こいつら……ヴァイスやシュシュを相手にしたときより、よっぽど簡単に撃破できるな……。真打がいるんじゃねえか?)


 龍野が思い浮かんだのは崇城麗華だ。


(だが、あいつの魔力はなさそうだな……)


 意識を目の前の戦闘に戻し、接近する敵をガントレットで殴り飛ばし、レガースで蹴り裂く。

 しかし戦闘員の絶対数が多く、撃破しても延々と出現し続ける。


「ヴァイス、連射系魔術で一網打尽にできるか!?」


 龍野は堂々巡りの状況を打開しようと念話を入れる。だが。


「ダメね。休んで回復したとはいえ、そんなに魔力に余裕は無いの。教官も同じ状態よ」

「済まねえ鬼の子、俺も魔力がカツカツだ。正直一時撤退を検討してる」

「了解、二人とも。クソッ、限界か……」


「悪いが、後一分だけ入口正面に引きつけといてくれねえか? 龍野」


「親父!?」


 予想外のタイミングでの提案に驚く龍野。


「一分だけでいい。後は俺が何とかする。ヤツら、これを見てもまだ攻める気を保ってられるかな?」

「わ、わかった! 何とか持たせる!」


 龍範との念話を打ち切り、すぐさまヴァイスとヴァルカンに伝える。


「聞いてくれ、ヴァイス、教官!」

「何かしら?」

「何だ?」


 二人が聞く心の準備を終えたのを確認し、龍野が切り出す。


「『入口正面に、一分間だけ敵を引き付けておいてくれ』と、親父から連絡があった!」

「了解!」

「了解鬼の子、やってみるさ!」


 二人は残りの魔力をかき集め、一分間を耐えることに賭ける。


「オラッお前ら、こっちだ! こっちに来い!」


 龍野は二人の魔力への負担を少しでも減らそうと、できる限り敵の注目を引き付ける。いつでも入口正面エリアから退避できるように、魔力噴射バーストを吹かしたまま。

 敵の一割を分断し、一人ずつ確実に撃破する龍野。反撃は障壁や魔力量にものを言わせて無効化し、少しずつ屍の山を積み上げる。


「すごい……龍野君」

「姫様、1時方向に敵3!」

「了解!」


 ヴァイスやヴァルカンも負けじと、なるべく魔力に頼らない接近戦を仕掛ける。斬撃や刺突で、しかも心臓を狙い、最小限の動作で確実に仕留め続けた。


「あと何秒だ!?」

「鬼の子、あと5秒だ! 退避しろ!」

「了解! ヴァイス、入口正面から離れろぉおおおおおおッ!」

「了解よ!」


 空中に飛行したり、地上にとどまったまま距離を取ったりと、三者三様の回避を行う。直後。




 オレンジ色の光が、入口正面を直線状に走った。




 三百人を超えていた戦闘員が、一瞬で、片手で数えられるほどに少なくなってしまった。

 再度の攻撃は来ない。

 やがて、実力差や迎撃側の優勢を感じ取ったであろう『闇』戦闘員の残党は、尻尾を巻いて逃げ出した。


「終わったか……」

「鬼の子、『勝って兜の緒を締めよ』だ。警戒を怠るな」

「り、了解!」

「了解しました、教官」


 周辺警戒を怠らず、また罠にも注意する。

 『闇』は不意を突くのがお家芸。戦闘中に罠を張るのは、麗華の一件で十分に証明されている。


「今のところは大丈夫そうだな。本拠地に入って、補給するか」

「賛成ね。けど、中に入っても油断はしないでね、龍野君」

「あたぼうよ。親父、無事か?」

「ああ」

「よかった……ぐっ!?」


 突如として心臓を抑え、その場にうずくまる龍野。


「ううっ、苦しい……!」

「龍野君!? まさか……薬が!?」

「姫様、薬とはいったい……」

「教官(そうね……教官はこの一件をご存知ないのよね)」

「ヴァイスてめえ、どういうこった!?」

「今だから白状するわ、龍野君。貴方がヴァレンティアに来てから最初の訓練を受けたとき、傭兵集団が襲撃してきたでしょ?」

「ああ……そういや、そうだったな……うぅっ」

「その後、私は貴方に薬を打ったのよ。戦意高揚のためのね。貴方は覚えてないでしょうけど」

「さっぱり、覚えて……ねえや……」

「その副作用が、今発動したというのが、貴方が今苦しんでいる原因よ」


 ヴァイスは注射銃インジェクト・ガンをスカートの内ポケットから取り出し、龍野の首筋にあてがう。


「眠りなさい龍野君。目が覚めたら、貴方は別の場所にいるから」


 そう言い残し、引き金を引く。ボンッという音が響いた。

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