第五章五節 一難去ってまた一難
龍野は考えるよりも先に、ヴァイスを抱えてヴァレンティア城の敷地まで後退する。
「ちょ、なに、龍野君!?」
「ヴァイス、こんな状態で悪いが質問だ。障壁ってのは、例えば……こんなふうに密着してたら、その密着してるやつも守るのか?」
「遠距離攻撃に対応した障壁なら、守れるわ。まさか龍野君、それを見越して?」
「悪いがそこまで頭は良くない。ただ疑問には思ったし、俺と一緒にいればお前のダメージも少しは和らぐかな、と思ってよ」
「龍野君……」
ヴァイスが顔を赤らめる。
「あっ、龍野君、後ろを見て!」
「何だ……あっ、やべ……」
先程の槍が、獲物を追い詰める蛇のように迫ってきた。
「ヴァイスしがみつけ、加速するぞ!」
「ええ!」
龍野は噴出する魔力量を増やし、槍を振り切ろうとする。
それを阻止せんとばかりに、衝撃波が襲来した。
展開した障壁が龍野とヴァイスを守る。二人にダメージは通らない。
「小賢しいですわ……!」
だが、槍も龍野と同じように、噴出する魔力量を増やした。
推進力を強化され、追跡速度が上昇する。
「クソッ、いたちごっこか……!」
「この場では、彼女は
「どういうことだ?」
「一段落すれば説明するわ。けど、魔力を噴射する量を増やして振り切ろうなんて思わないことね、龍野君」
「わかった、今の速度で何とか逃げる!」
龍野は速度を維持しつつ、ヴァレンティア城の敷地に辿り着く。
そのまま奥深くまで入り、急減速してUターンした。
「龍野君、ちゃんと避けてね……!」
「ああ!」
龍野の視界には、全速力で突進してくる桜花。
(チャンスは一度きり、か……。面白れぇ!)
龍野は桜花をしっかり見据える。
(さあ……来いっ!)
桜花が長物を構えて突進する。
龍野は限界まで彼女を引き付け――
「おぉりゃぁあああああっ!」
全速力で、急上昇した。
直後、衝撃波が掠める。
今ので龍野の障壁が限界までダメージを受けたが、龍野は魔力にものを言わせて強引に再生する。
「よし……っ!」
一方、突然標的を見失った桜花は、突進の速度を殺しきれずに転倒する。
それを見逃さなかった龍野は、ヴァイスに言った。
「今だ、ヴァイス!」
「ええ!」
ヴァイスはありったけの息を吸って、声高らかに唱える。
「『我がヴァレンティアのしもべたちよ! 大逆を企て我らヴァレンティア王家を討たんとする愚者は、今、
(何だ、何を言ってるんだ?)
この詠唱は龍野には理解できていない。ドイツ語で唱えられたからだ。
ヴァイスの詠唱が終わると、敷地内の像という像が桜花の方向を向く。
いや、像だけではない。城の一部が上方にスライドし、砲身状の物体が姿を現す。何本――いや、何十本も。
龍野にはよく見えていないが、それは全てが桜花を狙っている。
「『放て』!」
状況を確認したヴァイスが号令を下した、その瞬間。
百にも及ぶ兵器が、桜花に対して火を噴いた。
「!?」
一瞬で変化した状況についていけず、防御を障壁に任せきりにする桜花。
だが百近い兵器の圧倒的な火力の前には、『草』の障壁がもともと高い耐久性を持っていないことを考えても、障子紙同然だった。
あっという間に破られる、桜花の障壁。無限に近い攻撃は、確実に桜花を蹂躙し――
「桜花ッ!」
刹那、龍野とヴァイスを衝撃波が襲った。
だが、今度は銃弾ではない。
『雷』――獅子季愛児だ。
「大丈夫か!?」
「愛児、さん……」
「今すぐここを離脱する! 掴まってろ桜花!」
龍野達が反応する暇もなく、愛児と桜花はヴァレンティア城の敷地から離脱した。
*
「何だ、今の……」
龍野が気付いたときには、愛児と桜花の姿は無かった。
「けど……今ので『草』に深手を与えたはずよ。そういえば……思い出したわ、龍野君」
ヴァイスが苦々しく呟く。
「『雷』は全属性の中で最速……そう、お父様が仰ってたわ。けど、まさかあれほどとはね……」
「まったくだ……。そうだ、ヴァイス」
「何かしら?」
「お前の“仮説”、教えてくれ」
「では単刀直入に言うわ。|『草』は魔力の供給源に葉緑体を利用している《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》はずよ」
「つまり……どういうこった?」
「『草』を相手取るときには、周りに植物が無い、あるいは極端に少ない場所が適している、そういう作戦を練ることができるの。情報は大切よ、龍野君」
「そういうことか、ヴァイス。ん、待てよ……。そういや、俺達の『土』本拠地はどうなってんだ?」
龍野が何気なく呟いた言葉に、ヴァイスが眉をひそめる。
「もしかして……。ボンヤリしている暇は無いわ龍野君」
「どうした?」
「日本へ向かうわよ。本拠地の位置を教えて」
「っ……悪い、俺は知らねえんだ。親父に聞いてくれ」
「わかったわ。この嫌な感じのする予感……外れてくれていれば、いいけどね」
ヴァイスは苦々しく呟き、龍野を伴って城の中へ入った。
*
獅子季愛児と新緑寺桜花の襲撃から十八時間後。
龍野達は成田空港に到着していた。
「慌ただしいな……」
「仕方ないわよ、戦争だもの。それより龍野君、よく眠れたかしら?」
「ああ。ヴァイス、お前等のプライベートジェットってすげえ快適なのな」
「まあ、王族専用機ですから」
「それもそうか。さて、ここからどうする?」
「まずは成田駅まで行くわよ。道すがら、
「了解!」
龍野が承諾したその直後、龍範からの念話が来た。
「龍野、聞こえるか!?」
「親父!? 何だ!」
「『闇』が襲撃してきた! お前も迎撃に来てくれ!」
「了解! これから行く、場所を教えてくれ!」
ただ一人状況が掴めないヴァイスは、龍野の突然の異変にどうすることもできない。
「龍野君……?」
「今から、親父のナビ通りに進むぜ」
龍野はヴァイスを、有無を言わせず歩ませた。
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