第五章四節 逃避的・逆ハンティング

「さあ、自慢の投げ槍は底をついたのかしら? ご婦人」

「ご婦人と呼ぶのは早いですわ、ヴァイスシルト姫殿下。わたくしの名前は新緑寺桜花。そして我が愛槍あいそうは、無尽蔵といえる蓄えがございますわよ!」


 桜花も魔法陣を展開し、複数の槍を現出させる。


「三本ね……龍野君、彼女が槍を投げたら、すぐに後方へ逃げるわよ!」


 念話で龍野に指示を飛ばすヴァイス。その顔は、獲物を前にした狩人のそれへと変貌していた。


「了解。魔力噴射バーストだろ?」

「ご明察。来るわよ……!」


 丁度念話を終えたタイミングで、桜花が槍を投げる。

 女性の割には、大した膂力りょりょくだ――龍野がそのように思うのは、たかだか30メートル程度の距離に安堵していたからだ。

 だが投げられた槍は三本とも、石突いしづきから魔力を噴射。それも穂先が下を向いたタイミングで、だ。


「龍野君!」

「おうっ!」


 つかず離れずの距離を保ちつつ、回避機動をとる二人。

 桜花は投擲した槍には目もくれず、龍野へと突っ込む。


「龍野君、そのままの方角に全速力で逃げて!」

「無茶言うね、訓練のときに激突して以来トラウマなんだ!」

「そういう割には平然とスピード出してるわよね?」

「当然だ、殺されたくはないからな!」

「それよりも、周辺の植物がどんどん白くなっているわね……。これは私の仮説が正しいと証明されつつある証拠ね。反証例が無さすぎて恐ろしいわ」


 軽口を叩きあい、桜花の突撃を回避する龍野。そして龍野を追随するヴァイス。

 ひたすらヴァレンティア城方向に魔力噴射バーストで加速し、途中投擲された槍を回避しつつ、あっという間に残り500メートルまで迫る。「このまま逃げ切れる!」と龍野が思ったとき、桜花が新たなる手を打ってきた。


「脱兎のごとき勢い……わたくしの出力では捉えきれないですわね。けれども、これならどうかしら?」


 再び武器を投擲する桜花。しかし――投げたのは、長物・・だ。

 今度は上昇途中に魔力を噴射。加えて、魔法陣が展開される。




 展開された魔法陣から、十五本もの槍が飛び出した。




 全ての穂先が、二人を襲撃せんと飛び掛かる。


「何だありゃ!?」

火龍出水かりゅうしゅっすいもいいところね……」

「何だそりゃ!? うおっと、こいつら追いかけてくるぞ!」


 槍の一本が、龍野のすぐ近くの地面に刺さる。

 どうやら射出された槍には、ミサイルのような追尾性能が備わっているらしい。


「14世紀の中国の火砲よ。もっともそれには、誘導能力は無かったけれど……ねっ!」


 ヴァイスも近くに刺さる槍を回避する。


「それにしても、私達の天敵がこんなタイミングで出てくるなんてね!」


 その通り。龍野とヴァイスに共通する弱点属性がある。




 それが『草』だ。程度の差はあるが、“弱点”という括りでは両者に共通する。




 もし桜花の突進攻撃をまともに受けていたら、障壁の耐久度は高めの『土』である龍野ですらも、一撃、せいぜい二撃で完全に破壊されていただろう。


「龍野君、私に近づくように避けて!」

「あいよ――うおっ!? あ、危ねぇ……」

「次が来るわ! 私が撃ち落とすから、もう一度距離を取って!」

「了解!」


 高度3メートルくらいから接近する槍を、ヴァイスが魔力の精密射撃で撃ち落とす。


「『いにしえよりの氷よ、敵を討て』!」


 槍自体の耐久力は大したものではなく、一撃命中するだけで折れた。姿を粒子状に変えて消滅する。

 魔法陣の展開を続けたまま後退し、龍野に迫る槍を撃ち落とし続ける。


(よかったわ、大した速度でなくて。でなければ、何発外していたことか……)

「ヴァイス、前を見ろ!」

「きゃっ!?」


 ヴァイスの前方に槍が来ていた。

 幸い障壁で防御されたものの、槍はヴァイス自身を貫かんと突進を続ける。


「ッ……いい加減、離れなさい!」

「『大地の息吹』!」


 龍野がすかさず連射系魔術で槍を折る。こちらの槍も、粒子と化して消滅した。


「大丈夫か、ヴァイス?」

「ええ。ただ、魔力の残りを考慮すると……障壁に回せる魔力は、せいぜい一撃耐える程度の量ね。現時点で、障壁が攻撃を防ぐ回数は二回。つまり……」

「あと三回食らったら丸裸になり、四回目で死ぬ、か」

「そうよ。龍野君は?」

「俺はまだ余裕だ。けど、どうやって魔力を分けるかがわからねえんだ」

「まだわからなくていいわ。今は彼女を城の敷地内におびき寄せることが先決だもの」

「わかった」

「それより、槍は後十本ね。魔力管理の予定通りに行けばいいけど……」

「バカ言うな、ヴァイス。俺も何本か落とすさ。お前はどれだけ落とせる?」

「いいとこ三本ってものね――しまっ!?」

「ヴァイス!?」

「大丈夫、直撃はしてないわ。けど……やあっ!」


 ヴァイスが障壁に刺さった槍を、確実に処理する。


「もう余剰が無いわ。後一回が限度ね」

「合流するぞ、ヴァイス!」

「お願いするわね、龍野君」


 素早く合流する二人。

 と、合流が完了した途端、衝撃波が襲ってきた。


「またあいつの狙撃か!?」

「獅子季愛児と距離を取りすぎたわね。私は『雷』と相性が良いから、衝撃波なら数発は耐えられるけれど……仮に直撃されたら、考えたくない結末を迎えるわね」

「何発くらい耐えられそうだ!?」

「五発が限界ね。龍野君が彼を追い詰めるまでの、彼の射撃のインターバルを計算したわ。時間は十秒ね」

「となると……六発目が撃たれたら、終わりってことか」

「そう。そして私の命の猶予は一分とないわ」

「おいおい……どうやって魔力補給すんだよ!」

「敷地内に『水』の魔力を充満させているわ。到着したら、自動で回復できる状況よ」


 なるほど、と龍野は脳内で情報を整理しながら得心した。


(制限時間は五十数秒、かつあの女の攻撃を全て無効化する……。迷ってる暇は無えな!)

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