第五章三節 増援

 新緑寺しんりょくじ桜花おうかと名乗る女性は名乗るや否や、緑色の魔法陣を展開する。


「『木々より生まれし子よ、我が手に抱かれよ』」


 詠唱を終えた直後、桜花の持つ武器より二回りほど小さい槍が現れる。

 龍野はヴァイスとの念話を再開した。


「ヴァイス、魔術師だ! 緑色の魔法陣だが、どの属性かわかるか!?」

「『草』ね。気をつけなさい龍野君、貴方との相性は最悪。もし攻撃を受ければ、実際の威力以上のダメージをこうむるわよ!」

「ああ……講義で言ってたな、お前」


 「不利なのが『草』と『空』ね」というヴァイスの言葉。

 だが龍野は、「不利」の度合いがどの程度のものか、まだ把握できていなかった。


     *


 一方の桜花は、二刀流ならぬ二槍流にそうりゅうの様相をていしていた。

 念話で愛児に呼びかける。


「愛児さん、聞こえますかしら? わたくしがあの男を追い散らしますから、愛児さんは狙撃を」

「わかった(やめろ桜花……これは俺の本位じゃねえんだ!)」


 愛児の意思は桜花に一切理解されていない。代わりに、望まぬことが口をついてしまう。


(畜生……あの幼女に何かされてから、俺の体が言うことを聞いてくれねえ……!)


 桜花は自分自身に抵抗を続ける愛児を尻目に、龍野への吶喊とっかんを始めた。


     *


 龍野は姿勢を低く保ち、迎撃態勢を整える。

 魔力噴射バーストを用いて突進の速度を上げてきた桜花をしっかりと見据え、いつでも攻撃を回避する準備を整えた。


「さあ、来い……!」


 桜花との距離が徐々に縮まる。200……100……30……。


 後15メートルまで迫ったとき、右手の槍を投擲とうてきした。


「ッ!」


 龍野の想定外の攻撃だ。完全に意表を突かれ、動揺。結果、身動きが取れなくなる。

 勿論桜花にとって、投擲した槍はオトリだ。本命は左手に持つ、長物での一撃――


「覚悟!」


 桜花が高らかに宣言する。

 龍野まで、後3メートルに迫る。この距離と速度では、既に必殺の間合い。障壁もどこまで保つかわからない。

 長物が龍野に振り下ろされる。障壁は長物を受け止めるが、一撃で大きくヒビが入った。


「クソッ……!」


 龍野が毒づく暇もなく、遅れて衝撃が響く。


(オトリの投げ槍……!)


 二度の攻撃に障壁はどうにか耐えてくれたが、もう一度食らえばそのまま龍野を直撃する、そんな有様だった。

 ヴァイスへの念話をする龍野。


「ヴァイス! 頼む、出てくれ!」


 だが、何故か連絡がない。


「ヴァイス!」


 そうこうしているうちに、龍野の脇を勢いよく通り抜けた桜花が減速、反転。

 魔力噴射バーストを仕掛ける。


「避けねえと……!(気のせいか? 周囲の草とか葉っぱが、白くなったように見えるんだが……)」


 龍野も魔力噴射バーストの準備を始める。


(こうなったら、突撃される前に避けるしかない……!)


 脚に魔力を充填し、噴射寸前の状態に保つ。


(ギリギリまで引き付けて……)


 先程と同じように突進する桜花。

 だが今回は、長物一本しか持っていない。


(まだ、もう少し……)


 確実に避け、かつ態勢を整える余裕を持つには、攻撃直前で急速回避する以外の手段はない。遠距離攻撃の手段が無いわけでもないが、半端な攻撃は止めるどころか返り討ちに遭うだけだ。

 それならキッチリ回避し、相手が態勢を崩した隙を突いて得意な近距離クロスレンジ攻撃に持ち込むのが上策だ。


(確実に成功させる!)


 後30……20……10メートル。


(今だ!)


 急速に桜花の右側に飛ぶよう魔力噴射バーストを発動し、桜花との距離を取る。


(よし、避けた!)


 一瞬の安堵を内心で浮かべ、気を引き締め直して桜花との距離を詰める龍野。その直後――


「よく避けたわ、龍野君。遅れてごめんなさい」


 ヴァイスの念話が、龍野に届いた。

 同時に、氷弾の嵐が桜花を襲う。


「しまった! 不覚を……」


 桜花は叫ぶが、氷弾の一発一発が障壁を削っていく。

 その様子に驚愕した龍野は、念話を飛ばした。


「ヴァイス……なんて威力だ?」

「違うわ。『草』は障壁の耐久度が弱いの。それに魔術での攻撃力も、大した威力じゃないわ。はっきり言って戦闘には不向きね。けど……」

「けど……?」

「私達『水』の持つレベル以上の回復術を使えるわ。噂によれば、死者蘇生すら可能にするレベルの魔術を、ね。」

「死者……蘇生?」

「あくまで噂よ。けれど、これだけは断言できるわ。基本は支援向きの属性だから。もっとも、彼女はかなり違うみたいだけど……」


 桜花を見ながら龍野に告げるヴァイス。その目は、手にする長物に向けられていた。


「それより龍野君、来るわよ」


 そう言われて桜花を見る龍野。

 既に態勢を整え、今にも突進しようという状態だった。


「なあ、ヴァイス」


 警戒は解かないまま、ヴァイスに念話で相談する龍野。


「何かしら? 手短に願いたいわ」

「ああ。それで、何であいつは魔力切れを起こさないんだ?」

「あいつって、あの人桜花の事かしら?」

「そうだ」

「うーん……わからないわね。けど……仮説を立てるくらいはできるわ」

「どんな仮説だ?」

「それは……ダメね、今はこれ以上話す余裕は無いわ!」


 跳躍し、素早く魔力噴射バーストを発動するヴァイス。龍野も遅れて魔力噴射バーストを発動し、桜花の突撃を避ける。


「とにかくあの様子じゃあ、魔力切れを望むのは難しいわね」

「じゃあ、どうするんだ?」

「案が一つだけあるわ。龍野君、ヴァレンティア王家である私に感謝してもらうわよ?」

「何でもいい、言ってくれ!」

「それじゃあ言うわ。ヴァレンティア城には強力な防衛設備があるの。まともに受ければ肉体が原型を留めなくなるレベルのが、何十基とね」

「つまり?」


「彼女には、文字通りもらうことになるわね」


「…………」


 しれっと冷徹な言葉を放つヴァイスに、龍野は思わず絶句してしまった。


「けれど……」

「な、何だよ」

「そのためには、彼女を城の敷地内におびき寄せる必要があるわ。できるかしら、龍野君?」

「やるしかねえだろ」


 龍野は迷わず即答する。


「そうでなきゃ、死ぬのは俺達だ」

「うふふ。ようやく戦場での心得を理解してきたみたいね、龍野君」

「ああ。必要に迫られてるからな」

「それじゃあ、やるわよ!」


 ヴァイスは魔法陣を展開し、氷剣を取り出した。

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