第五章二節 混迷の起点

「さあ……そろそろ神妙にしろよ、獅子季愛児」


 そのまま隠れて時間を稼ごうと、龍野が思った矢先――


 龍野のすぐ近くを、飛翔体が通り過ぎた。


「うおっ、危ねぇ!」


 障壁が展開していたために龍野は無傷だ。が、もし生身で衝撃波を浴びていたら、間違いなく人間としての原型を留めていなかっただろう。


 間髪を入れず、即座に二発目が飛ぶ。


(あいつ……俺の周囲を、更地にする気か?)


 様子を探るために周囲を見渡す龍野。


「なっ、何だよこれ……!?」


 辺りは、破壊と混乱に包まれていた。


「一体、どうなってんだ……!?」


 龍野が目にしたものは、破壊され、炎上している自動車。しかも、車体は赤く染まっている。

 おまけに龍野の周囲の木々も、薙ぎ倒されていた。葉という葉を、全て失って――いや、正確には、葉がついていたであろう枝が、丸ごと


「………………」


 放心状態に陥る龍野。

 そこに、ヴァイスからの念話が再び掛かった。


「もしもし、聞こえてるかしら?」

「……ああ、何だヴァイス」

「反応が遅れたわね。手短に言うから、よく聞いてちょうだい。獅子季愛児の居場所を特定したわ」

「どこにいるんだ!?」

「ベルリン工科大学よ。魔力の痕跡から逆探知すると、恐らく建物の屋上ね」

「わかった。俺は今、森のようなところにいるが……」

「ティーアガルテンかしら?」

「何のことだ?」

「ごめんなさい、聞き方を間違えたわ。龍野君、近くに塔が見えないかしら?」

「さっきの道すがらに、それっぽいやつを見たぜ」

「今いる場所から見えるかしら?」

「何とか見えるが……」

「その方向に直進すれば、彼が潜んでいるわ」

「わかった。攻撃の合間を縫って、何とか接近する。それと俺からもいいか?」

「何かしら?」

「ここでも、斑模様の草を見つけた。周りの草と見比べると、かなり不自然だったぜ」

「わかったわ。龍野君、、と言えば十分かしら?」

「十分だ、ヴァイス。あいつの追跡が終わったら、調べようぜ」

「そうね」


 ヴァイスからの返信が来た途端、龍野のすぐ近くを飛翔体が通り抜ける。


「一旦接近する、立ち止まったら返す!」


 龍野は素早く、木々の間を駆け抜けた。


     *


 龍野が移動する様子を、一人静かに見つめていた女性がいた。


「あの男が、愛児さんを……!」


 歯を折れそうな程強く噛みしめ、龍野の後をつけている。

 その手には、妙に大きな刃を付けた、全長二メートル程の槍とも薙刀なぎなたとも区別がつかない得物が握られていた。


     *


 龍野が疾駆しっくする間にも、次々と銃弾はティーアガルテンを蹂躙していた。

 木々という木々は上半分をまとめて消し去られ、運悪くティーアガルテンを走っていた自動車はそのごとスクラップになり、結果として局地的な火事を多数引き起こしていた。


 “災害”もいいところである有様だった。


 だが龍野は、彼の精神構造を見越したヴァイスの指示で、ひたすらベルリン工科大学に向かって走っていた。


「後どのくらいだ、ヴァイス!?」

「400メートル程よ!」


 再び飛翔体が飛んでくるタイミングを迎える。


「そろそろ次が来るわ! 警戒して!」


 だが――これまでなら既に飛んできていた飛翔体は、一向に飛んでこなかった。


     *


 同時刻。

 ベルリン工科大学にいた愛児は、半ば安堵し、半ば歯噛みしていた。


桜花おうか……!? どうしてここに……?」


 どうやら彼は、須王龍野の後をつけている女性と何かしらの縁があるようだった。

 本来ならばいるはずのない人間――その姿を見てしまったことで、愛児は大きなショックを受け、結果引き金を引く指を止めたのだ。


「だが、これで無駄な攻撃を止められる――」


 その愛児の僅かな希望は、無残に打ち砕かれることとなる――。


     *


「後50メートル!」

「了解……屋上から何か覗いてんぜ?」

「恐らくそれが獅子季愛児の居場所を伝える証拠よ! 騎士権限で突入して!」

「了解!」


 この至近距離まで来れば、最早先程の攻撃は届かない。

 後は愛児自身を見つけ出し、撃破すれば終わり――。

 そう思っていた龍野の眼前に、長い棒状の物体が地面に突き刺さった。


「な……何だ!?」

「どうしたの龍野君っ!」

「新手か!?」

「落ち着きなさい! !」


 その一言で、急激に頭の中を冷却される龍野。


(そうだ……ここは戦場。冷静さを欠けば、直ちに死ぬ――!)


 再び警戒状態に戻り、周囲を見回す龍野。


 すると、桜色の髪をした女性がいた。


「あんたは誰だ? ここは危険だ、下がってろ」

「身の上を心配して下さるのはありがたいです。しかし、私の愛しい人を助け出すため、退しりぞくことは叶いませんわ」

「確かに……じゃ、要救助者が出てもおかしくはねえが……だからと言って、あんたのような女性が――ッ!?」


 女性が指を弾くと、魔法陣が召喚された。そこから再び棒状の物体が射出され、龍野を貫かんと飛びかかる。


「てめぇ、魔術師かっ!」


 ごく低高度の後方跳躍バックステップで襲い来る物体を回避。それでも避けきれない最後の一本は、サマーソルトで弾き飛ばした。


「何者だ!?」

「まずは貴方が名乗るのが礼儀――しかし、今回は不問に付しますわ。わたくしは、貴方を知っているのですから。そうでしょう、?」

「何ッ!?」


「そして申し遅れましたわ。わたくしの名前は、新緑寺しんりょくじ桜花おうか。以後、お見知りおきあそばせ」

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