第五章 流血の二日間

第五章一節 追跡開始

「愛児てめえ! 何てことしやがる!」


 念話で怒鳴る龍野。意図の不明な、しかし害意を示す行動に対し、龍野の我慢は限界に達していた。


「何でこんなことするのか、理由を言え!」

「理由? そんなものはな……」




「待つが良い」




 突如として、老人の声が響き渡った。


「あんたは?」

「私か? 私は『厭世えんせいの賢者』と呼ばれる、名もなき者だ。この男の行為の理由を言おう」


 『厭世の賢者』を警戒し、身構える龍野。

 威嚇のために、ショートソードの柄と鞘を握りしめている。


「初対面の相手に身構えてしまうのは仕方ないか」

「悪い、爺さん。言うならさっさと頼む、いい加減あの野郎をぶっ飛ばしたいんだ」


 龍野の両手に、一層の力が入る。今にも斬りかからんばかりの怒気だ。




「では、言おう……。理由など、存在しない」




「何っ!? 爺さん、ふざけないでくれ!」


 予想しなかった解答に、声を荒立てる龍野。だが『厭世の賢者』は、淡々と続けた。


「だから、本当に存在しないのだ。敢えて言うなら……」

「仕事だから、だな。知っての通り、俺は傭兵だ。傭兵は与えられた任務を遂行する、ただそれだけの話だ」


 会話に割って入る愛児。


「っ……ふざけるな!」


 その言葉は、龍野の感情を爆発させた。


「龍野君、聞いて!」


 そこにヴァイスからの念話が入る。龍野は怒りをぎりぎりのところで押し殺し、指示を聞く。


「獅子季愛児を撃退あるいは撃破して! 私の独断で申し訳ないけど、やってちょうだい!」

「承知したぜヴァイス……こちとら、あの野郎のしたことに、腸が煮えくり返ってんだ!」


 そう。龍野は幼馴染ヴァイスの物を一方的に壊され、平然としていられる人間などではない。

 龍野は呼吸を整え、ガントレットとレガースを纏う。臨戦態勢だ。


「彼はここから、おおよそ西の方角にいるわ! 龍野君、貴方から見て丁度右側の方角よ!」

「了解! で、どこにいる!?」

「それは……わからないわ」

「チッ、自分で探せってことかよ……! だがしゃあない、放ってたら関係ない奴が死ぬかもしれねえ! わかった、やってくる!」


 龍野はそう言い残し、魔力を噴出させる。


「待って龍野君! ここは市街地よ、魔力噴射バーストなんて発動したら、一般人に魔術師の存在が察知されてしまうわ!」

「使うなってのか!? クソッ、徒歩で探し出すしか……」


 龍野が動こうとした途端、至近距離に銃弾が着弾。同時に、障壁が展開した。


「衝撃波でこの威力……これはまともに受けたくねえな!」


 着弾痕を確認する。

 すると、龍野の目に不自然なものが映った。


「ヴァイス、質問だ」


 龍野はすぐさま物陰に隠れ、念話を開始する。


「何かしら?」

「ヴァレンティアには、真っ白な茎のタンポポがあるのか?」

「どういうことかしら?」

「ああ、聞いてくれ。茎が緑と白の模様でまだらになった、タンポポを見つけた。そんな植物は、ヴァレンティアにはあるのか?」


 実際には、そういった植物はあるだろう。しかし龍野の見つけたものは、明らかに自然には存在しないであろう、葉全体がほぼ真っ白になった・・・・・・・・・・・・・タンポポの茎だった。


「無いわね。全体が真っ白な植物もあるにはあるけれど、少なくともヴァレンティアにそんなものは発見されていない。龍野君の見つけた、茎の白いタンポポ……その存在は、今、初めて知ったわ」

「わかった。それだけ確認出来れば十分だ、ヴァイス」

「それじゃあ、引き続き獅子季愛児の捜索をお願い。私も遅れて合流するわ」


 それだけ伝えて、ヴァイスは念話を打ち切った。


「さて、ヴァイスが来る前に、あいつを見つけ出すとしよう……!」


     *


 一度スコープから目を離し、龍野の位置を再確認する愛児。


「そこか(何故俺は、彼を……須王龍野を、攻撃しているんだ? 体が全く言う事を聞いていない……)」


 見つけ出すと同時にスコープを覗き、照準を定める。


(くっ……やめろ! ううあぁっ!)


 引き金を引く直前、強引に照準をずらす愛児。

 弾丸は再び龍野から大きく外れた。


(ふうっ……無事だったか。頼む、早く見つけ出してくれ……!)


 愛児は必死に抵抗を試みるも、体は意思に反して攻撃を続けていた……。


     *


(ある程度、弾丸が飛来する方向は掴めた。ここから発射地点までは目算で1800メートル程……。幸い、直撃弾は一発も無い。障壁もまだまだ余裕だ)


 一方龍野は、愛児の捜索を着々と進めていた。

 ある程度の間隔を置いて飛来する飛翔体は、それ自体は速すぎて視認出来ない。しかし、飛翔体が飛来する際に発生する衝撃波を防御しようと展開する、障壁による特有の防御音の響く方向……それに近くの着弾痕から、発射地点(正確には発射した方角だが)のおおよその見当をつけて進むのを、龍野は繰り返していた。


(このまま進めば、ベルリン工科大学に向かうことになるな……だが、はっきりとわかったわけじゃねえ。さて、どうしたものか……)


 そのとき、ヴァイスから再び念話が掛かってきた。


「もしもし、龍野君?」

「何だ、ヴァイス」

「龍野君のすぐ近くに、大通りがあるかしら?」

「あるぜ。それがどうしたんだ?」

「なら話は早いわ。一度その大通りの、向かい側まで走って!」

「何でだ?」

「いいから早く!」

「わ……わかった!」


 龍野は一度ガントレットを脱ぎ、木陰から突き出す。

 一瞬遅れて、衝撃波が走った。障壁が自動展開し、龍野の身を守る。


(今だ!)


 射撃を確認した龍野は、一気に駆け抜ける。


(やっぱりな。一度衝撃波が走れば、しばらくは何も起きねえ)


 自らの予想が的中したことに安堵しつつ、向かい側に到着する。

 すると、再び何かを見つけたようだ。


「ヴァイス、言われた通りにしたぜ。それよりも、魔力が残っているんだが……」

「そういうことよ。今私は、城の設備で逆探知を仕掛けているの。現在は進行中だけれど、ある程度解析が完了したらもう一度連絡するわ。それまで隠れてやり過ごしていて」

「わかった」


 龍野は返信を終えると、一度念話を切り、自身に意識を集中した。


「さあ……そろそろ神妙にしろよ、獅子季愛児」

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