第四章三節 発砲事件、発生
「ねえ、聞いているのかしら?」
冷ややかな目で龍野を問い詰めるシュシュ。
「そんなワケねえよ。そもそも俺が眠っていたんだ、むしろ手を出される側じゃないのか?」
「それはそうね」
意外なまでに、あっさり肯定したシュシュ。
「私は立ち聞きしていただけだから、事情はよくわからないけど」
「おいおい、趣味悪いな。それともそれも教養の一つか?」
「違うわよ。お姉さまが大慌てでこの部屋に入って、何事かと思って後をつけたら、内鍵を閉められちゃって。それで、結局入れずじまいだったの。だからここで待ってたのよ」
「そうか。それで一体何の用だ?」
「兄卑に一言だけ言いたくて来たの」
聞いた途端、龍野がげんなりした。
「何だ? つか、またその呼び方かよ」
「呼びやすいんだから、呼ばせてちょうだい。兄卑が完治し次第、お姉さまは兄卑を鍛え直すことにしたの」
「呼び方については仕方ねえが……またあいつに鍛えられるのか。まあ、あんなザマを見せちまった以上は仕方ないな」
「話の途中よ。
聞いた途端、龍野の思考が固まった。
「正直言って憤りを隠せなかったけど、お姉さまに必死で頼まれたのだから仕方なく了承したわ」
「そうか……って、ちょっと待て!」
硬直が解け、シュシュにツッコミを入れる龍野。
「お前が俺の相手をするのか?」
「何よ、不満かしら?」
「いや、そうじゃなくてさ……」
頭を抱え込んだ龍野。
そこに、シュシュがフォローを入れた。
「兄卑に負けたあの日以来、私も鍛えたのよ?
聞く限り、小さい頃から鍛えてる兄卑には、私は肉体的な力では及ばない。けど、あの敗北をきっかけに、私は自分を見つめ直すことにしたの。
要するに、あの時の私と今の私を同じに思わないで、てことよ。兄卑」
「なら、安心して鍛えられてやれるな」
「その心がけよ、兄卑。お姉さまが兄卑に惚れている事実は気に食わないけど、実力はあの日にきっちりと思い知らされた通り、ある程度信頼してるんだから」
「何だ、俺が嫌いじゃないのか? べた褒めだな、おい」
「嫌いに決まってるでしょっ! まったくもう……少し褒めたら調子に乗っちゃって……」
「きゃあああああっ!?」
すると、場違いな悲鳴が聞こえた。
「プフィルズィ様、お戻りください、プフィルズィ様!」
一人のメイドが何かを捕まえようとしている。追いかける先には、白い猫が猛スピードで走っていた。
「何だ、何があった!?」
「プフィルズィ……お姉さまと私が飼っている猫ね。長期訓練から戻ってきたのかしら」
「訓練!? 一体何を……」
「躾や体力向上程度のものよ。それよりも
「彼女!?
「ええそうよ! ほら、プフちゃん~、こっちにいらっしゃい!」
膝立ちになってプフィルズィを受け止めようとするシュシュ。プフィルズィは真っ直ぐに突っ込んで来る――かと思いきや、シュシュに激突する直前で動きを止め、シュシュにすり寄ってきた。
「ニャァ」
「よーしよし、いい子ねプフちゃん」
「シュヴァルツシュヴェーアト姫殿下(ヴァイスの妹であるシュシュにも、この敬称は該当する)……! 申し訳ございません!」
「よいのです。それより、この子をお姉さまに会わせたいのですが……構いませんか?」
「ええ」
「ご苦労様でした。持ち場に戻ってください」
「ありがとうございます!」
メイドがその場を去ったのを見届け、シュシュは龍野に向き直る。
「よっ……と! さあ兄卑、プフちゃんをお姉さまに会わせるわよ」
「その前に、俺に触らせてくれないか?」
「いいけど、引っ掻かれるかもよ?」
「構うもんか」
龍野はシュシュの忠告を無視し、ゆっくりとプフィルズィの頭を撫でる。
「ニャァン♪」
プフィルズィは特に嫌がらず、龍野の手を受け入れている。
むしろ、龍野の手付きに、体を委ねてさえいるようだ。
「あら、珍しいわね」
「ふう……」
龍野もプフィルズィのモフモフな肌触りに満足したようだ。
ひとしきり堪能していると、医務室前に到着した。
「ヴァイス、開けるぞー」
言いざま、扉を開ける。
そこには、ヴァイスが眠っていた。
「…………」
それを見た龍野とシュシュは、小声でやり取りをする。
「あーあ、しっかり眠ってんじゃねえか」
「兄卑がそうさせたんでしょ」
「まったくだ……」
龍野は決まりが悪そうに頭を掻くと、ヴァイスを起こし始めた。
「おい、起きろヴァイス。お前にお客さんだ」
「ふぁあ……おはよう龍野君…………って、シュシュ!? 今抱えてるその子は……」
「おはようございますお姉さま、プフィルズィですよ。ほら、挨拶して、プフちゃん」
両手でプフィルズィに一礼させるシュシュ。
「帰ってきたのね! こんにちはプフちゃん、ヴァイスお姉ちゃんですよ~」
「ニャァン♪ ゴロゴロ♪」
主を見て、プフィルズィが目に見えて甘え始める。
「やれやれ……すっかりメロメロになってやがる。恐ろしいな、プフィルズィ……」
「ニャオ」
三人は医務室で、幸せなひと時を過ごした。
それから、三十分後。
「それで、話を戻すわ。龍野君は本日から一か月泊まり込みで、私とシュシュ指導の下自身の実力を鍛え直す。間違いないかしら、シュシュ?」
「ええ、お姉さま」
「問題無いようね。それじゃあ龍野君、今日は休むとしても、明日からみっちり鍛え直すわよ」
「ああ」
これからの方針を、三人は決めていた。
*
その頃、愛児はベルリン工科大学の屋上に、用務員に扮して潜入していた。
「ここか……うってつけのポイントだな」
空間に魔方陣を展開。一秒遅れて、魔方陣から巨大なライフル銃が出現する。
「頼むぜ……相棒」
愛児はヴァレンティア城に銃口を向けると、銃を両手でしっかりと保持する。
「『
*
更に数時間後。
龍野は以前貸与された部屋に連れられて、仮眠を取っていた。
「うーん……ヴァイスお前……やめ……うぁ」
妙に色っぽい寝言を呟いている。
すると、そこにチャイムが鳴った。
「ふぁあ……誰だ?」
インターホンで返事する。
「もしもし?」
「須王卿、至急騎士服に着替えてください!」
龍野を呼んだ主は執事の一人だ。
「私はヴァイスシルト姫殿下に言付てを頼まれました。早く!」
「わかった、待っててくれ!」
それから五分で、龍野は騎士服に着替えた。
「須王卿、失礼します」
執事が腰に何かを巻きつけている。チェーンと、固定されたショートソードだ。それに手錠の入ったケースも、追加で取り付けられた。
「必要があれば、使用して下さい。抜刀の許可は、既にヴァイスシルト姫殿下より下りています」
「わかった、ありがとう」
執事が足早に去る。入れ替わりに、ヴァイスが駈けつけてきた。
「龍野君、支度は整ったみたいね」
「ああ」
「時間が無いわ、私について来て。走りながら説明するから」
ヴァイスは足早に一階へと向かう。龍野は後に続こうと走り出した。
「何故貴方が騎士服に着替えさせられ、加えて腰に剣を佩かされたのか」
淡々と語るヴァイス。彼女の言葉には、微塵も焦りが無かった。
「このヴァレンティア城の敷地に、一発の銃弾が撃ち込まれたの。今のところ、犯人は『グライヒハイト』と思われているけれど……腑に落ちない点があるのよね」
「どんなことだ?」
「地面が大きく、しかも深く、抉れているの。拳銃は勿論、ライフル銃でもあり得ない程にね」
「何発も撃ち込まれたんじゃ?」
「着弾した銃弾は一発よ。これは現時点で間違いない情報だわ」
「そうか……。それで? 本題は何だ?」
「誰が敷地に銃弾を撃ち込んだかを調査することよ。最初に『グライヒハイト』所属の人物から始めるけど、抵抗してきたら抜刀による自衛を許可するわ」
「さっきの執事が言ってたことか」
「話が早いわね。全ては今伝えた通りだから、よろしく頼むわ。この手紙を渡すから、その通りに彼等に告げてね」
そして二人は、正面玄関から庭に出た。
*
「動くな、『グライヒハイト』! ヴァイスシルト・リリア・ヴァレンティア姫殿下の命令により、貴様等が実銃を所持していないかを調査しに来た」
龍野はいつになく事務的な口調で、『グライヒハイト』に伝えた。無論、渡された手紙を暗記した通りに話しただけだが。
「代表の者、来い!」
『グライヒハイト』の代表を呼びつけ、真相を探ろうとする。一人の中年男性が、恐る恐る近づいてきた。
「貴様、名前は?」
「アルブレヒト=バッヘル、だ……」
「我らがヴァレンティア城の敷地に銃弾を撃ち込んだのは貴様等か?」
「違う! 我々は平和的な抗議しかしていない! 実銃の持ち込みにも覚えが無い!」
必死の形相で否定するアルブレヒト。そこに、ヴァイスからの念話が飛んだ。
「龍野君、念の為に所持品検査を」
「おいおい……何十人といるんだぜ、いちいち調べろってのか? 何人かは逃げるだろ……」
「わ、我々はこれで失礼する!」
逃げる姿勢を見せたアルブレヒトと『グライヒハイト』の面々。
「龍野君、代表を拘束して!」
ヴァイスから指示が飛ぶ。龍野はアルブレヒトを拘束しようと走り出し――
「彼等は本当に何もしてないぜ!」
突如、念話に男が割り込んだ。
「お前……獅子季愛児か!?」
直後、ヴァレンティア城の敷地に二発目の弾丸が着弾。再び巨大な弾痕が、地面に刻みつけられた。
「クソッ!」
龍野の叫びは、虚しく辺りに木霊した……。
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