第四章二節 決闘! 龍野VS国王陛下
「はぁあっ!」
号令と同時に
(この程度の距離なら――!)
あっという間に残り五メートルまで詰めた時――
「やはり未熟であったな」
龍野の足元から、間欠泉並みの量と勢いで、水が噴き出す。
「!?」
不意を突かれた龍野は、空中に持ち上げられたまま、隙だらけの姿勢で硬直していた。
(障壁が効かない、だと……? どういうことだ……!?)
噴き出した水は瞬く間に凍り、龍野の動きを封じた。
「ッ!」
龍野は肘から
「反応が素早いのは見事だがな」
エーデルヘルトが口を開くと、巨大な氷塊が一瞬で消失した。龍野は氷を破壊するのに集中していたため、対応できずに落下する。
「ぐっ……!」
足元の
だが既にエーデルヘルトは次の魔術の発動を完了していた。
(津波、だと……!?)
地下広場の大部分を覆う津波。猛威に抗いきれず、龍野は強制的にエーデルヘルトから離れるように距離を取らされた。
(チッ、全身ずぶ濡れだ。動きにくいな……!)
心の中で悪態をつきつつも、
(よし、これでひとまず――なっ!?)
龍野が気付いた時には、岩石状の氷塊に身体を持ち上げられていた。障壁が発動したためにダメージこそ無いが、態勢を大きく崩された。
更に氷柱が龍野を貫かんと、全方位から襲ってくる。
(いちかばちか……!)
龍野は不安定な態勢を承知の上で、
果たして、氷柱の数本が龍野の障壁を掠めるも――龍野自身は、両手両足を勢い良く氷塊にぶつけただけだった。
そこから更に後方に跳躍し、地面に着地する。
「成程、機転が利くか。その点に関しては、褒めなくてはな」
突如、場違いな程に落ち着いたエーデルヘルトの声が響いた。龍野は構えを解かず、即座に次の行動に移る準備をしている。
「だが、純粋な力では私が上だと証明して見せよう」
エーデルヘルトは姿勢を変えないまま、龍野の背丈程の魔法陣を二つ同時に展開する。
「そうは――なッ!?」
足元が凍った――正確には、足回りの水蒸気を凍結させて氷にした、と表すべきだろう。
(身動きを封じられた――!?)
「いつまでも動き回られては困るのでな」
魔法陣が輝きを増し、魔術起動の寸前まで術が進行する。加えて、回避は不能。
(だったら……!)
両腕を正面で重ね、ガントレットによる即席の盾を形成する。障壁にも魔力を送り、ただでさえ高い耐久性を底上げした。
「準備は良いか? では行くぞ――!」
瞬間。魔法陣から二つの奔流が迸る。
圧倒的な水圧で押し潰すつもりだ。
龍野の障壁が展開し、奔流を遮る。しかし一度遮られたくらいで止まる術ではない。膨大にしてビームの様に放たれる水は、エーデルヘルトの力をもってすれば一分は止まらずに放ち続けられる――!
(まずい、障壁が突破される!)
龍野の高い耐久性を誇る障壁は、されど圧倒的な水量の前に破壊寸前まで追いやられていた。
足元の氷は未だ壊れず、以前として龍野は動けない。打つ手が無かった。
そして、ついに障壁にヒビが入った。その様子を見て取った龍野は、覚悟を決めた。次の瞬間――足元の氷ごと、龍野は地下広場の壁面まで吹き飛ばされた。
「ガハッ……!」
壁に叩き付けられ、全身に凄まじい衝撃が走る。反射で受け身を取っていたため、頭を打ち付けるのだけは回避できた。
しかし、体が動かない。
「クソッ……」
「ほう……いくら手加減したとはいえ、この一撃を受けて意識を保っていられるか。鍛えただけはあるな」
決闘開始から直立不動の姿勢を崩さないエーデルヘルト。
「だが、既に力は示された。それとも、事実と自らの身を顧みずにもう一度挑むか?」
「ぐっ……ああああっ! 見くびらないで下さい、まだ動けるうちは! いいな、ヴァイス!?」
「いえ、駄目よ龍野君。外傷が無くとも、動くことさえままならないダメージでは……」
「もう一度……もう一度だけ続けさせろ!」
「っ!?」
「まだ動けるのに止めるんじゃねえ! ここで退けるか!」
「だからこそよ! それ以上続けたら、今度こそ致命傷になるわ!」
「それでも戦いたいんだ、俺は!」
「このっ……わからずや! どうして!? どうして今、わがままを通そうとするの!? もし貴方が死んだら、戦うことも出来ないのに!」
「だったらそれでいいさ!」
「よくない!」
互いの主張をぶつけ合う、龍野とヴァイス。
見かねたエーデルヘルトが口を挟んだ。
「ヴァイス」
「何でしょうか、お父様?」
「決闘への介入を許す。お前の魔術で、須王龍野を癒してやるが良い」
「失礼ながら。私を見くびっているのですか、陛下?」
龍野が口を挟む。
「見くびっているのではない。貴様が望む結果へと導いているだけだ。さあ、ヴァイス」
「お父様、良いのですか?」
「私も男だ。蛮勇と言えばそれまでであるそやつの意思は、しかし理解できる面もある」
一旦言葉を切ったエーデルヘルトは、龍野に向き直った。
「須王龍野! 貴様は壁に正面からぶつかる人間か?」
「ええ」
「よろしい。その気概に免じて、一度だけ機会を授けてやるが良い、ヴァイス」
「そこまで仰るのでしたら……(どうして、殿方というのは……こうも、無茶をするのでしょうか? 私はお父様の娘ですが、理解に苦しみます……)」
ヴァイスが両手を龍野にかざす。
「『自然の恵みよ 欠かせぬものよ 今一度苦しむ者の体に満ちて 痛苦と傷を癒し給え』」
詠唱が終わると同時に、龍野に力が戻る。
「龍野君。お父様の言いつけと、私の意思に従って、最初で最後の機会をあげるわ」
そう語るヴァイスの目は、冷ややかなものである。
「言っておくけれど、二度目は無いわ。次同じ様に傷ついたら、今度こそ問答無用で決闘終了を申しつけるわよ」
「一度機会があれば十分だ。ありがとよ、俺のわがままを聞いてくれて」
「当然よ(あのままだったら、龍野君よりも私が辛いもの……)」
龍野は軽いストレッチを終え、再びエーデルヘルトに向き直る。
「今度こそ、不覚は取りません!」
「良い心意気だ。来るがいい」
龍野はエーデルヘルトに向かって連射系魔術を放つ。
「甘いな」
全ての光弾が障壁の前に消える。だが龍野にとっては予定通りだ。光弾に気を取られた隙に、五メートルの距離にまで迫っていた。
(今こそ、一矢報いさせてもらう……陛下!)
龍野は既に攻撃態勢を整えている。拳の届く距離まであと一歩まで迫ったとき――
「愚直さが過ぎたな」
龍野の側面から二本の氷柱が迫り、両側面から龍野を挟み潰しにかかった。
「ぐはっ……!」
エーデルヘルトの近くには、罠を用意した形跡は無い。だが一瞬で巨大な氷柱を二本同時に、しかも瞬時に形成できたのは、エーデルヘルトの確かな実力の証左であった。
「とどめだ」
エーデルヘルトが手を龍野に向けて掲げる。一瞬の間の後――召喚された極大の水の柱が、龍野を氷柱ごと吹き飛ばした。
龍野は悲鳴をあげる間もなく、壁面に叩き付けられる。
「やはり私の質問通りの人間だったな、貴様は。裏もかかず真正面のみの勝負に拘るとは、単調にして甘い」
エーデルヘルトの龍野への掛け値なしの評価は、しかし龍野には届いていない。
「ふむ……少しやり過ぎたか」
「嫌……! 龍野君、しっかりして!」
「ヴァイスよ、そう焦るな。この男、体の頑丈さはなかなか見所がある。脳さえ揺さぶらなければ問題ない」
エーデルヘルトは龍野の身をヴァイスに任せ、地下広場を後にした。
*
「ん……。どこだ、ここは……?」
龍野がうめきながら起きると、ヴァイスの声が響いた。
「以前シュシュが運び込まれた医務室よ」
龍野の横たわったベッドのすぐ脇に、ヴァイスが腕を組んで立っていた。
心なしか、目が三角になっているように見える。
「ということは……負けたのか、俺」
「ええ、そうよ」
声音も普段より低いヴァイス。
「ねえ龍野君……目が覚めて早々に悪いけれど、一つ質問があるの。答えて」
「何だ……?」
「どうして、貴方は勝ち目のない勝負をしたの?」
「それは……(言える訳が無い。お前の親父を一撃殴るために無茶をしたなんて、言える訳が無い……!)」
「どもらないで答えてよ……」
更に声を荒げるヴァイス。こめかみに青筋が浮かんでいる。
「ねえ……難しい質問をしてるわけじゃ、ないんだけど……?」
「わ、わかった。答えるから、時間をくれ。そうだな……挑まれた勝負から逃げるなんて、臆病だろ? だからやれるだけやった、それだけの話さ」
「ふーん…………」
ヴァイスが床を靴で鳴らし始めた。恐らく、怒りを必死で抑え込もうとしているのだろう。普段の彼女が見せない異様な光景に、龍野は焦りを感じ始めていた。
「龍野君……一言だけ、言わせてもらってもいいかしら?」
「は、はい……!」
ヴァイスの気迫は、今や龍野に敬語を使わせるほどの威圧感を発していた。
「私が貴方を支え続けてきたのは、ひとえに貴方に生き残ってもらう為だけにしていたのよ。それを何、意地とかいうつまらないもので全てを棒に振ろうとした訳?」
「意地がつまらない? そんな訳無いだろ……」
龍野は本心を告げる。だが、声は既に震えていた。
「ッ……!」
ヴァイスのこめかみに浮かぶ青筋が増えた。
龍野は自身の失言を悟るも、時すでに遅しである。
「ふざけないで……。今更、変な弁解しないでよ!」
あまりの気迫に、龍野はびくっと体をも震わせる。
「貴方っていう人は……いくらお父様から勝負を挑まれたとはいえ! 勝負に負けて、それでも引き際を弁えないで無茶をして、その結果もう一度負けて! もし貴方が死んでたら、一体どうやって責任を取ってくれるの!?」
無茶な話だ。死んだら責任は取れないし、そもそも取りようがない。
だが龍野は、ヴァイスの言いたいことの真意を汲み取ったように俯いた。
「いい、今回貴方が死ななかったのは単なる偶然よ! 全身を壁面に勢い良く叩き付けられたら、龍野君くらい鍛えていても簡単に死ぬんだからっ……!」
ヴァイスの心からの怒りに、何も反論できない龍野。
やがて数分が経ち、恐る恐る口を開いた。
「その……今日は、悪かったよ。ヴァイス」
「全くよ! もう……本気で心配したんだから……っ」
溜まった怒りを吐き出し終えて、緊張の糸が切れた。その証拠に、ヴァイスは龍野の前で泣き始めた。
「うっ……うわあああああんっ!」
龍野の胸元に顔を埋めるヴァイス。龍野は何もできす、ヴァイスが泣くに任せたのだった。
*
「ああ……このままじゃ、動けねえな……」
三十分後。
ひたすら泣いて疲れ、ヴァイスは頭をベッドに預けて眠っていた。
「今度は俺が、見ていてやる番か……よっと!」
龍野はベッドから降り、ヴァイスの膝裏と背中に腕を当てる。そして一息に持ち上げた。
「これくらいの体重なら、何てことはないな。それにしても……何でこんなに、ヴァイスは俺に良くしてくれるんだ? いや待て、昔からずっとか……」
この部屋に運び込まれたときに脱がされた服を羽織って、龍野は廊下へと出た。
「まさかお姉さまに手を出した、なんてことはないでしょうね?」
そこには、シュシュがいたのであった。
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