第四章 約束と決意

第四章一節 国王陛下を拝謁すること再び

 三十分後。

 『炎』『空』の襲撃を切り抜けた三人は、『土』本拠地に帰還していた。


「さて、これで訓練は終わりだ、龍野。ヴァルカン、ご苦労さん」

「あんたとあんたの息子の為だ、なんてこたあねえよ」

「俺はこれにて暇を貰うぜ、鬼王」

「須王だ! まあそれはさておき、しばらくはお前に頼ることも無いだろう、今のうちに休んどけ」


 本拠地の奥へと去っていくヴァルカン。

 それを見届けた龍範は、龍野へと歩み寄る。


「さて、帰るわけだが……やっぱ、落とすか」

「親父!? 目隠しとか無いのか!?」

「無いな。安心しろ、すぐ終わるさ」


 龍範は無慈悲な宣告の後、行きと同じく龍野の背後に回り込み、素早く龍野を落とした。


     *


「ここは……俺のベッドか。そういや、明日から制服が夏服になるんだったな……」


 クローゼットを開け、夏服をハンガーごと外に出す龍野。


「ん、何だこれ?」


 そこには、小さな金属があった。手に取り、じっくりと眺める龍野。


「これは……指輪、か。俺の指には小さすぎるが……待てよ。これって……間違いない。俺が小さい頃に……ヴァイスから、もらった指輪だ……。一体どうして、ここにあったんだ?」


 疑念を持ちつつも、眺めるのはやめない。


「ああ……本当に懐かしいな……」


 すると、チャイムが鳴った。


「はーい!」


 龍野は玄関のドアスコープで来客者を確認する。ヴァイスの誕生日パーティーのときにも頼りになった、ヴァレンティア城の使者達だ。


「こんばんは、どうしました?」

「こんばんは、須王龍野様ですね。これを」


 使者が封筒を渡す。


「ヴァレンティア行きの航空券です。我々も同行致します」

「そうですか、ありがとうございます」

「それでは、ご準備を。我々はここでお待ちしております」

「ちょ、ちょっと待って下さい。今ですか!?」

「今でございます。姫様より、『ただちに貴方様を召喚せよ』と仰せつかっておりますので」

「とんだワガママ姫だな、あいつ……。分かりました、急いで準備します!」


 そして三十分後。

 適当な服を着て出てきた龍野は、すぐさま専用車で成田空港まで移動することになった。ポケットには指輪が入っている。

 そのまま流れるように飛行機に乗り、就寝する直前。


「!?」


 体中を高圧電流が駆け巡ったような感覚を、龍野は感じ取った。


「どうかしましたか?」

「いえ、大丈夫です。私も疲れているみたいで……」


 嘘も方便とばかりに誤魔化す龍野。

 使者は納得して引き下がったものの、龍野は脂汗を掻いていた。


(まさか、獅子季愛児の魔力か……? いや、疲れ切った今、余計な憶測は避けるべきか……)


 龍野は今度こそ寝ようと目を閉じた。同時に飛行機が離陸態勢に入り、成田空港を離れたときには龍野はぐっすり眠っていた。


     *


 話は前後する。

 獅子季愛児が飛行機に搭乗する二時間前、謎の少女が接触していた。


「お兄ちゃん……」

「何だ、この間のお嬢ちゃんか。俺に何か用でも?」

「うふふ。ちょっとごめんね」

「な、何をする!?」

「大丈夫……ちょっと眠るだけだから」


 少女が愛児に触れる。同時に愛児は気を失い、その場に倒れた。

 少女の手にする本が、妖しく光っていた……。


     *


「須王卿、おはようございます。須王卿……」

「ああ、わかっています。着いたんでしょう、ヴァレンティアに」


 目を覚ました龍野は、スムーズに入国審査をパスする。そして再び専用車に案内され、ヴァレンティア城まで移動する。

 ヴァレンティア城に到着する寸前、デモを行う団体を見かけた龍野。


「もしもし、あの集団は何ですか?」

「ああ、彼らはまたヘイトスピーチの真っ最中ですか。あの団体は『グライヒハイト』、我らヴァレンティアの在り方を否定する――元、テロリストグループです」

「元、と言いますのは?」

「かつてテロリズムを行った団体が一度解散し、今の『グライヒハイト』になった……そういう話です。これ以上は言いたくありません。ご理解を」


 俯いて話を止める使者。龍野は疑問を浮かべつつも、意思を汲んでそれ以上は追求しなかった。

 そしてヴァレンティア城に到着。検問を通り、城への入口へと向かう。


 そこには、意外な人物が待ち受けていた。


「エ……エーデルヘルト国王陛下!?」


 使者達がその場に跪く。龍野も続けて跪いた。


「良い。それよりも、早く城に入れ」


 エーデルヘルトの言葉に続き、使者達と龍野は立ち上がった。


 『玉座の間』に着いた龍野達。エーデルヘルトは使者達を立ち去らせる。

 二人きりになったのを確認すると、龍野に向けて話し始めた。


「問おう、須王龍野。貴様は我が娘の――ヴァイスの騎士としての覚悟を、持ち合わせているか?」

「はい、持ち合わせております」


 即座に答える龍野。

 それを見たエーデルヘルトは、表情を変えぬまま続ける。


「すぐさま答えるとはな。だが――言葉だけでは、例え百万言を費やそうとも物事の真価は図れぬ」

「と、仰いますと?」

「須王龍野。

「陛下、失礼ながら……。お気は確かでございましょうか?」

「心配するな、乱心では無い。それで、この決闘……受けるのか、受けないのか?」

「受けます!」

「良い返事だ。では地下広場を使う、ついて参れ」


 エーデルヘルトに言われるがまま、後に続く龍野。

 その途中、ヴァイスと会った。


「龍野君、これは一体?」

「陛下より、決闘せよとさ。お前も来るか?」

「なっ……! お父様、何をお考えに……!?」

「今から確かめるのだ。この者の未熟具合を、な」

「ッ! お父様、彼を侮辱するのは――」


 脊髄反射で、ヴァイスがエーデルヘルトに抗議する。

 それを見たエーデルヘルトは、「やはりな」と言わんばかりの表情であった。


悪い癖が出たな、ヴァイス。二度目だ、改めよ」

「………………」

「それに、同盟にある者の戦力を確認して何が悪いのだ?」

「悪いどころの話ではありません! お父様は彼が……龍野君が、嫌いなのですか!?」


 一瞬の落胆は、しかしすぐに怒りに変わる。

 娘であるヴァイスにも、エーデルヘルトの真意を図りかねていたのだ。


「いや? 個人的には良い印象を持たぬが、戦いにおいての見所はあると思っているぞ」

「でしたら……!」


「だが、脆い盾に身を預ける気分にはならぬだろう、ヴァイスよ」


「ッ! いい加減にして下さい、お父様!」


 またもや、ヴァイスがエーデルヘルトに抗議の声を上げようとする。

 だがエーデルヘルトは、恐ろしいまでに平静であった。


「三度目だ。人間、隙を突かれて身を滅ぼすのは、自らにのみ原因が存在する。油断や実力不足など、隙を突かれる原因や理由は無数にある。だが将来起こりえる可能性を承知してなお、自らの隙や欠点を埋められぬ者は……価値ある人間と思うか? ヴァイスよ」

「そ、それは……」

「お前がこの者を慕うのは、何も言わん。国王……いや、父親である私とて遮ることは出来ぬ。だが……それでお前が身を滅ぼすのを黙って見ているのは、私が望む結末ではない。まして、未来の王であるお前の明確な隙を……誰が指摘せずにいられるだろうか」

「………………」

「同じ様に、この者がお前の盾たるか否か……私自ら見定めねばならぬ。騎士として当然持つべき実力があるかすら、私は分からぬのだからな」


 ヴァイスはエーデルヘルトの言葉に対し、最早何も言い返すことは出来なかった。だがせめて、父親の宣告に一矢報いようと、龍野に忠告した。


「龍野君、心して戦って。お父様の魔術師としての実力は、『水』当主に相応しい……私やシュシュとは比較にならない強さよ」

「どういう戦法だ?」

「遠距離攻撃主体の戦法よ。接近しても、異常な耐久性の障壁を持つお父様には……生半可な攻撃は通用しないわ。おまけに無詠唱で私が使うのを上回る威力の魔術行使をするの」

「それだけ聞けば十分だ、ありがとさん」

「相談は終わったか? では行くぞ。それにしても、須王龍野……」

「何でしょうか」

「貴様の顔つきは、以前会った時より……多少ではあるが、良くなったな。誰かに鍛えられたか?」

「はい」

「そうか。誉れあれ」


 エーデルヘルトは龍野に再び語りかけると、ゆったりと地下広場に向かった。


     *


「着いたか。ヴァイスとの特訓以来だな、ここは」

「おや、貴様はここを知っていたのか?」

「ええ陛下、以前姫殿下にはここで鍛えられました」

「そうか。では決闘の話をしよう」

「お願い致します」

「勝敗は立会人の判断に基づき、決められるものとする。やってくれるな? ヴァイス」

「はい」

「では決闘開始の宣言を頼む」


 龍野とエーデルヘルトは五十メートル程距離を開けて対峙する。

 龍野はガントレットを腕に纏い、魔力噴射バーストの準備を整える。一方のエーデルヘルトは、ただ泰然と立つのみであった。


(何の準備も……いや、今は自身の事だけに集中だ。落ち着け須王龍野、お前なら切り抜けられる)


 自己暗示をかけ、自らを落ち着けようとする龍野。

 ヴァイスが息を吸う音すら聞き取れる、一瞬の沈黙が広場を満たし――


「これより、騎士須王龍野と国王エーデルヘルト・レーベ・ヴァレンティアの決闘を開始する。立会人はこのヴァイスシルト・リリア・ヴァレンティアが行う。決闘を終える条件は、必要以上の手傷を負ったときのみとする! では――――始め!」


 決闘開始の合図が、なされたのであった。

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