第三章七節 『雷』は二度助ける

「なあっ……!?」


 一発一発の威力こそ低いが、本体の矢と拡散した小型矢合わせて十七本が全て直撃。障壁の耐久度が限界に達し、ガラスの割れる音を立てて砕け散った。


「しまっ……!」


 そしてその事実は、龍野を動揺させるのには十分だった。

 その瞬間を弓弦は見逃さなかった。


爆華ばくかの矢!」


 回避が遅れた龍野目掛けて、矢が一直線に飛翔する。今の龍野には避けられるはずも無く――


「どけえっ!」


 龍範が龍野を突き飛ばした。

 矢が『天咆龍あめのほうりゅう』に命中し、爆発する。


「大丈夫か!?」

「親父……」

「ヴァルカンの魔力と銃の残弾は無い……悔しいが、撤退させた。俺達二人で何とかするぞ!」


 龍範の『天咆龍あめのほうりゅう』は、巨大な盾へとその姿を変えていた。

 龍野は勿論、龍範も無事である。


「くっ……流石は『土』の当主。一筋縄ではいかないか……」


 新たな矢をつがえ、再び龍野に狙いを定める。

 だが龍野は豪目掛け、駆けていた。

 魔力をガントレットに纏わせ、重量調節グラビティを発動。魔力噴射バーストで速度を上乗せし、殴りかかる。


「ぐっ……」


 まずガラスの割れるような音が響いた。一瞬遅れて鈍い音が響き、豪が数歩のけぞる。龍野は躊躇せず勢いに任せ、顔やみぞおちを集中攻撃する。


「まだまだっ!」


 レガースによる蹴り攻撃も忘れない。豪を吹き飛ばさない程度の威力に抑えつつも、確実に打撃を加えていく。

 そして、再び重量調節グラビティを発動。魔力噴射バーストで威力を高め、豪の左胸を捉えた。


「がはっ……!」


 両膝を地べたに着け、動きを止める豪。そこに龍範が割って入る。


「よくやった! お前はあの弓女を止めて来い、こいつへのとどめは俺が刺す!」

「あいよ!」


 龍野は魔力噴射バーストで速度と高度を稼ぎ、弓弦を撃破せんが為に向かった。


     *


「豪さん……! 奴め……!」


 先程つがえた爆華の矢のやじりを龍野に向け、勢い良く放つ。


「死ね……!」


 だが龍野も既に対策を練っていた。矢が放たれたのと同時に、連射系魔術を放ったのだ。


「『大地の息吹』!」


 何十発と放った魔力弾の一発が、やじりに命中した。一瞬遅れ、矢が爆発する。


「姑息な手段を……!」


 直ちに次の矢をつがえる弓弦。だが、龍野が距離を詰めるのが、一瞬だが早い。


「うおおおおおっ!」


 背面から噴射する飛行用の魔力噴射バーストは勢いをそのままに、ガントレットに魔力を纏わせ、更に重量調節グラビティ、加えて攻撃速度向上用に肘部分から魔力噴射バーストを発動する。


 龍野の全力の拳は――空を切った。


「フン」

「しまっ……!」


 龍野は勢いを殺しきれずに弓弦との距離を離してしまう。

 一方の弓弦は、背面から悠々と龍野を狙えた。龍野が正面を向かない内に、離れを行った。

 背面からの攻撃に加え、龍野の加速をもってしても勝てぬ速度。加えて攻撃直後の隙は解けていない。

 避けられるはずが無かった。


     *


 龍野が弓弦と相対していた頃、龍範は豪にとどめを刺そうとしていた。


「さて……。俺は貴様に、恨みはねえんだがな」

「ぐっ……俺もだ。須王龍範……」

「殺す前に少し質問がある」

「何だ?」

「どうしてお前は、彼女と行動を共にしてんだ?」

「彼女? ああ、弓弦のことか……。簡単だよ、あいつが俺に懐いたんだ」

「……次だ。お前は、この戦争に介入する意思が、今もあんのか?」

「俺自身か……ねえな。だが弓弦には理由があった。だから俺も介入した、それだけだ」

「…………」


 想定外の回答に、龍範は一瞬だが、思考停止に陥った。


「どうした、そんなに俺の理由は不思議なことか?」

「いや、立派な理由だ」

「そりゃどうも」

「だが、お前は本当にそれでいいのか?」

「何?」

「いや、独り言だ。忘れろ」

 そして豪の首を落とそうと、『天咆龍あめのほうりゅう』を振り上げる。


「ん?」


 龍範が見たのは、攻撃を外した龍野の姿だった。


「前言撤回だ。いっぺん寝てろ!」


 龍範は『天咆龍あめのほうりゅう』をハンマーのように振り回し、豪を弾き飛ばす。ホームランコースのボールのように、豪の体は宙に舞った。


     *


 当たる――そう、弓弦は確信していた。

 事実、弓弦の攻撃は、外しようのない状況にあった。

 けれども、先程の確信が一瞬で撤回される事態になった――そう認識したのは、吹っ飛ばされた豪の体が自身をしたたかに弾き飛ばしてからであった。


「ぐふっ……!? ご、豪さん……?」


 鈍い音が響いた後に、弓弦は意識を失った。


     *


「しまっ……!?」


 全力の拳を外してから気付いた。自分はなんて浅はかだったんだ、と。

 このままでは、たちまちの内に射抜かれてしまう。

 だが攻撃の反動で、すぐには立て直し出来ない。まさに八方塞がりの状況であった。

 ああ、こんなところで死ぬのか――龍野が半ば諦めていたそのとき。


 弓弦の弓から放たれた矢は、何故か明後日の方向に飛んで行った。


(た……助かった、のか?)


 何とか態勢を整えて後ろを向くと、弓弦が飛んできた豪に弾き飛ばされていた。


(よし……今がチャンスだ!)


 魔力噴射バーストを発動し、動きを止めている豪を狙う。

 再びガントレットに魔力を纏わせ、速度を乗せる。十分な速度になったところで、重量調節グラビティを発動。更にガントレット加速用の魔力噴射バーストも肘部分から発動し、全力の拳を放つ用意を整える。


(今だ!)


 一閃。威力が何乗にもなった拳を受けて、豪は吹き飛ぶ。

 だが豪は意識を保っており、龍野は威力が足らなかったと悟った。

 一方の豪は即座に態勢を立て直し、急降下して弓弦を抱きかかえた。


「弓弦! お前ら……いい加減にくたばれ!」

「それはこっちのセリフだ! どうして仕掛けてくる!」

「あいつが……弓弦が憎むやつに、会いたかったからさ!」

「何っ!?」

「おしゃべりはここまでだ! 恨みは無いが、お前には消えてもらう!」


 言うが早いか、手をかざす豪。一瞬の後、巨大な火球が出現した。

 ノーモーションで火球が放たれる。


(動作は直線的……避けられる!)


 右側に推進するよう魔力噴射バーストの方向を変え、火球を避けようとする。


 しかし、火球は龍野を捉えんと曲がった・・・・・・・・・・・・・・


(嘘だろ!? こうなったら、逃げ続けるしか手段が……!)


 龍野は急加速して、上下左右への急旋回を繰り返す。しかしどれだけ回避し続けても、また時間をかけても、火球はしつこく追尾してくる。


「クソッ……!(俺はここで、今度こそ終わってしまうのか!?)」


 未だ逃げ続ける龍野。そのとき、弓弦の目が開いた。意識を取り戻したのだ。


「ん……豪、さん……?」

「弓弦か! 今奴を追い詰めているところだ! 意識があるなら止めを頼む!」

「わかったわ!」


 弓弦は豪から離れると、弓を構えた。行射ぎょうしゃ(弓を引く一連の動作)の状態に入る。

 豪は未だ火球を誘導し、龍野の行動を制限していた。


(こいつ……っ! いつまで追ってくる気だ!)


 チラッと豪を見る龍野。すると、見たくないものまで見えてしまった。

 弓弦が“引き分け”の姿勢に入っていたのだ。


(ぐっ……)


 加えて、追尾している火球とは別のごく小さな火球が数十発ほど、龍野の逃げ道を塞ぐように飛来してきた。


(しまった!)


 弓弦に狙われている状況で動きを止めるというのは、死を意味する。

 そして弓弦は、容赦無く矢を放ち――


 されど放った矢は、空中で爆散した。


 そして立て続けに、飛翔体が二発。弓弦と豪は回避したものの、圧倒的な速度に驚愕した。

 発射地点と思しき方向に視線を向ける龍野。

 するとそこには、獅子季愛児がいた。手には巨大なライフル銃、傍らには本を手にした少女。


「情報通りか。間に合ったようだな」

「当然でしょ。この本の通りにすれば、どんなことでも叶うんだから」


 少女の本には、精巧な絵が浮かび上がっていた。その絵は、愛児と思しき男が、豪と思しき男と弓弦と思しき女を銃で撃つ絵だった。

 愛児は油断せず、更に二、三発銃弾を叩き込む。銃弾は超高速で二人を牽制した。


「チッ、ここまで来て……!」

「今、奴とやりあうには分が悪すぎる。退くぞ、弓弦」

「ええ……わかったわ」


 二人は龍野から離れるように撤退した。

 それを見届けた龍野は、安堵して着地した。


「助かったぜ……」


 愛児も同じく、二人が撤退する様子を見届けた。視界から完全に消えたのを確認すると、愛児は手にしたライフルの銃口を下げた。


「全く……無事か、あんた?」

「おかげで助かったぜ、ありがとう。しかし、どうして俺達がピンチだとわかったんだ?」

「この少女のお陰でな。一体、どんな手品を使ったんだか……」

「本を開くだけ。簡単でしょ?」

「冗談きついぜ……。それにどうして、俺に頼んだんだ?」

「近くにいたから。それだけだけど、ダメ?」

「やれやれ……」

「とにかく、あの人を助けたんだから、私はもう帰るわよ」

「お……おい、待て!」


 龍野の制止も聞かず、少女はゆっくりと去って行った。


「一体何だったんだ、彼女は……」

「さあな。俺も詳しくは知らねえ。だがあの少女がいたからあんたは助かった、そうだろう?」

「ああ。それに関しては本当に感謝してるさ」

「おう。ついでに一つ、あんた、この戦争の目的について知りたいか?」

「ああ、教えてくれ!」

「なら教えてやる。この戦争はな、魔術師発展のための必要悪なんだよ」

「なっ……」


 龍野は絶句した。


「なんで、そんな理由で!」

「話の途中だ。今あんたの巻き込まれてるこの戦争だけじゃねえ、魔術師は発展の為に、同族であるはずの違う属性の魔術師を、何人も殺してきたんだ。俺の『雷』は勿論、あんたの『土』だって例外じゃねえ。果てはヴァレンティア王家の『水』まで――」

「ヴァイスはそんな女じゃねえっ!」

「まあ聞けよ、青二才。今回の戦争は『闇』が、『土』と『水』の同盟に喧嘩を売ったんだろ? ということは、あんたらの同盟のどっちか、あるいは両方が『闇』と示し合わせた可能性もある。逆もまた然り、だが」

「っ……!」

「まあ今のはあくまで可能性の話だ。実際どうなっているのかは、部外者の俺にはわからん。だがな」


 愛児が一拍置く。そのに緊張感を抱く龍野。


「こういう戦争は何度もあった。過去の文献を何百冊と見てきたが、魔術師が生まれて五百年以上。その間に勃発した戦争は一度や二度の出来事では無いんだ」


「よくあること、なのか?」

「ああ、そうだ。そして『闇』があんたらに戦争を吹っ掛けたのは、少なくとも『闇』が発展したいからだ、って思っているぜ、俺は」

「つまり……私利私欲、ってことか?」

「そうだ」

「クソッ、腸が煮えくり返ってきたぜ……んなことに俺を巻き込むなってんだよ!」

「落ち着け。さて、あんたと二度会うのは何かの縁だ。その縁を無駄にはしたくない。だから今、あんたにこれだけは言っておくぜ。ところで、名前は何だ?」

「須王龍野だ」

「なら言おう、須王龍野。自らがどのように身を振るか、在り方を考え直す機会は今だけだ」

「………………」


 龍野は何も返答出来なかった。


「それじゃあな。出来れば別の状況で会いたいぜ」


 その場を足早に去る愛児。

 残された龍野は、心に葛藤を抱えながら『土』本拠地に戻った。

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