第三章六節 挑むは、大弓女と炎剣男

 訓練最終日。

 龍野は十分に休ませた体を起こし、食堂へと向かう。

 そこに龍範がやってきた。


「おはよう、龍野」

「おはよう、親父」


 ヴァルカンも遅れて来た。


「おはよう、鬼王とその息子よ」

「須王だ!」


 龍範が叫ぶ。


「それにしても、今日は最終日だったな。そうだろう、ヴァルカン?」

「ああ。最終日だからこそ、シンプルに行く。手厳しく、だ」

「それじゃあお前に任せるか。で、何すんだ?」

「最初は二時間走だ。正確には一時間走を二回、だがな」

「はいよ、それなら俺も混ざる。しばらく走ってないからな」

「さて、鬼王はいいが……」

「須王だ!」

「まあ冗談はさておき、朝食から一時間後きっかりに、正門前集合だ!」

「はい!」

「あいよ!」


 そして三十分後、朝食が用意された。


「いただきます!」


     *


「ごちそうさまでした!」


 朝食を食べ終えて、片付けに向かう龍野。その途中、身震いをして皿を落としそうになった。


「おい、大丈夫か龍野?」

「ああ、大丈夫だ。大したことは無い」

「そうか」


 そしてさらに四十分後、三人は正門前に揃った。


「さて、行くか!」


 ヴァルカンの号令で、三人は一斉に走り出す。

 途中までは順調だった。一時間走と言っても、本拠地周辺を何周も回るように走るだけである。

 最初の一時間は何事も無く終わった。


     *


 異変が起きたのは、二回目を始めて十五分後である。


「おい親父」

「何だ?」

「鬼の子、訓練中だ。私語は慎め」


 ヴァルカンが窘めようと割り込む。

 が、龍範はそれを無視した。


「構うな、言ってみろ」

「あの飛行物体は何だ? 人型をしているが……」


 龍野が言ったのは、龍野達に向かって飛行している一人の人間だ。


「魔術師だろうが……どこの所属かはわからん。呼び掛けてみるか?」

「そうするか。訓練は一度中断しよう……何ッ!?」


 突如として矢が飛来した。

 矢は龍野達三人の手前に落ち、消滅する。威嚇射撃といったところだろう。


「やはり魔術師だったか……! 全員戦闘準備、追い返すぞ!」


 三人は即座に武器を用意、迎撃態勢を取る。


「後方から援護射撃する、二人は積極的に前に出てくれ」

「言われなくても、そうするぜ」

「全くだ、親父」


 ガトリング砲形態を取った「天咆龍あめのほうりゅう」を構え、念話で連絡する龍範。

 やがて襲撃者の姿が鮮明に見えてきた。

 学生服にスパッツを穿いた女性だ。巨大な弓を携えている。


「! あいつ……あの女!」

「覚えがあるのか、龍野?」

「ああ、あるとも! 俺と崇城麗華が学校で戦ってたとき、乱入してきやがった女だ!」

「そうか……」

「俺もそうだが、無茶はしないでくれ!」

「はいよ!」


 三人が話し込んでいる最中に、女が弓を引き始めた。


(弓道の射法か……!)


 龍野と龍範が、挙動を注視する。


 やがて女が、最初の矢を放った。

 矢は目で追えない程の速度で飛び、龍野達の近くの地面に刺さった。


「龍野、気をつけろ! 銃弾並の速度・・・・・・に加えて魔力付きだ、食らえばただじゃ済まないぞ!」

「はいよ! 一足先に仕掛ける!」

「くれぐれも一直線に動くなよ!」

「わかってる!」


 龍範の助言を聞き届けた龍野は、一気に浮上、加速して女との距離を詰める。

 女が行射(矢を放つ為の準備)の態勢を取る。

 それに先んじて、龍野が攻撃範囲内に女を捉えた。


 素早く魔力を纏わせ、拳を放つ。

 だが、僅かな抵抗の後、障壁に弾かれた。


「相性の問題だ」


 女が口を開いた。


「貴様と私では、私が有利だ。

 諦めろ」

「知っている! だがそっちもどうにもならないんだろ!?」


 龍野が怒鳴って返す。


「というかお前、一体何なんだよ!? どうして俺をつけ狙う!?」

「お前は……! 今更そんなことを言うのか……!」

「はぁ!? 訳わかんねぇよ、どういう意味だよ!」


 龍野は拳を何度も振るうが、女は全て回避する。一撃も命中しない結果を見て、これ以上は無駄だと悟った龍野は、つかず離れずの距離を保つことにした。


「そもそも俺が何をしたってんだ!?」

「私達の名誉を侮辱して、それを言うな!」

「名誉、だと!? 俺が何を侮辱した!?」


「私達の弓を、弓道を侮辱した貴様達は……っ! 断じて許しておけない!」


「どういう、ことだ……!?」


 動揺しだす龍野。

 女はなおも言葉を重ねる。


「お前の父親の言葉……我々は忘れない! 恨むなら自らの父を恨め!」


 一気に加速し、距離を取る女。龍野は距離を保とうと迫るが、追随出来ない。


「全属性中二番目の速さを持つ『空』に、お前が機動用魔力噴射バーストの出力で勝てると思うな!」


 やがて、目を逸らした僅かな間に、五十メートル以上も離される。

 まずい、と龍野は悟った。女は行射の姿勢を崩しておらず、離れ(矢を放つ動作)に移ればすぐに矢が飛んでくる。


 案の定、女は離れをした。

 矢は最初の二十メートル程はのろい速度だったが、一気に加速。ロケットモーターの原理だったため、距離の近いこの状態では楽に対応出来る速度だった。体をひねり、矢をかわす。

 しかしはるか遠くに飛んで行った超高速の矢を見て、龍野は冷や汗をかいた。


(こりゃ、距離があれば比例して矢が加速するな……。中途半端に離れれば、かえって避けにくくなる……)


 女に向き直ると、女はまたも離れの姿勢を取っていた。さっきの一瞬で、弓を引き終えていたのだ。

 しかも先程より距離が離れている。龍野は自らの回避が遅いと悟ったが、その瞬間には障壁に矢が刺さっていた。


「ぐっ……!」


 矢は障壁を貫く前に、勢いを失って地面に落下。だがこの一本で、龍野の障壁の耐久度は大幅に弱体化させられていた。恐らく、もって後一、二本といった所だろう。


「龍野、離れろ!」


 そこに龍範の声が響いた。


「了解!」


 龍野は一気に加速、女とは逆側の方向に進んで距離を取る。

 すると、女の周囲に弾幕が展開された。


「何っ!?」


 龍野が地面を見ると、龍範が『天咆龍あめのほうりゅう』で魔力弾を連射していた。


「くっ……親子そろって……! この……なめるんじゃ、ないっ!」


 女が弓を構える。矢は龍範を狙っていた。


(龍野、やらせるな!)

(言われなくても……!)


 急加速して至近距離まで詰め寄り、障壁に集中攻撃を加える。耐久度自体は低かったのか、数撃加えただけで砕け散った。


「今だ!」


 ガントレットに魔力を纏わせ、続いて重量調節グラビティを発動。殴る瞬間に魔力噴射バーストも追加し、今出来る限りの最大出力での一撃を加えるつもりだ。「ふんっ!」

 女は防御も回避もせず、まともに食らった。姿勢は保っているが、かなりの距離を飛ばされていった。


「どうだ――何っ!?」


 龍野が手ごたえを確認していたときに、眼前に矢が迫って来たのだ。


「阿呆がっ……!」


 ヴァルカンが魔術で弾幕を展開、矢をかき消す。


「すみません、助かりました!」

「全く、油断するんじゃねえよ……。な、待て!」


 ヴァルカンが動揺しながら、龍野と龍範に向けて叫ぶ。


「増援確認……。この反応は『炎』だ!」

「『炎』だと!? まさか、『空』の同盟がここで来るか……!」


 ヴァルカンは、そして龍範は事情に通じている。

 が、取り残された龍野は、我を忘れて叫んだ。


「おい、わかる奴だけで話をしないでくれ! どういうことだ!?」

「そうか、お前は知らなかったな。『空』と『炎』は同盟を組んでいる。この戦争が始まる以前からな」

「なんだよ、そりゃ……」

「それ以上の事実は知らん。『土』当主の俺でさえもな……」


 龍範が会話を止めると、赤い服を着た男が女の近くまで来た。


「大丈夫か、弓弦ゆづる?」

「ええ、心配ないわ。ごうさん」

「全く……。ん、あそこにいるのが、お前の敵とその息子か?」

「ええ」


 豪と呼ばれる男の手には、炎のような剣が携えられている。

 その剣を見た龍野は、思い出したように大声を上げた。


「ああっ、あいつもか!」

「龍野、お前知ってるのか?」

「知ってるも何も……あいつも、崇城麗華と戦ってたときに乱入した奴だよ! 今度こそ俺を殺しに来たのか……!?」

「落ち着け! 話は一つだ、二人まとめて撃破するぞ! いいな、ヴァルカン!?」

「ああ、問題ない。同族を殺すのにもはや躊躇いは無いからな」


 ヴァルカンはM4を構え、弓弦と豪に銃口を向けた。

 それを見た豪が毒づく。


「あの裏切り者が……弓弦、あのガンナーも優先して潰すぞ」

「わかったわ。ただあの男の息子は……奴は、確実に仕留める。いいわね?」

「わかってるって、当然だろ。行くぜ弓弦!」


 魔力噴射バーストを発動し、龍野達に襲いかかる二人。


「散開しろ!」


 そう叫んで、急速退避する龍範。龍野、ヴァルカンも距離を離す。その刹那、先程まで三人がいた空間に巨大な炎弾が飛んで来た。

 炎弾の通過した空間に熱が残る。数秒間は陽炎かげろうを残す程の熱だ。直撃すればひとたまりも無い。


「まだまだ魔力はある、遠慮なく行くぜ」

「お願いね。私はその間に距離を取って、後方支援に回るわ」

「ああ。時間を稼いでやる。お前ら、覚悟しろ!」


 魔力による推進で一気に距離を詰める豪。既に攻撃態勢に入っていた。


「何っ!? 速――」


 魔力を纏った炎剣を振るう豪。剣はヴァルカンの右腕を貫いた。


「ぐっ……!」

「何やってんだ龍野! 迎撃しろ!」

「お、おう……! クソッ、一体なんだってんだよ!」


 魔力を噴出させ、豪に向かって一直線に飛ぶ。


「避けろ龍野! 右だ!」


 龍範が大声で指示を飛ばす。

 だが豪は龍野を見もしないまま、再び巨大な炎弾を解き放った。


「っ……!」


 龍野の進路上に炎弾が飛ぶ。龍野の回避動作に合わせて放ったのだ。

 豪は立て続けに数発、炎弾を連発する。内数発が直撃コースだったが、障壁で弾き飛ばす。

 しかし豪にとって、この威力の炎弾すらも牽制だった。既に魔力を纏った剣を構え、龍野に肉薄する。


「くっ……ああああっ!」


 豪が剣を振るうタイミングで、拳を振り抜く龍野。こちらも魔力を纏っている。

 幸いにも、ガントレットに命中して剣の勢いが止まる。しかし龍野も豪も、互いの得物を押し込みあっている状態だ。

 歯を食いしばり、押し切ろうとする龍野。だがそれは豪も同様である。


「離れろ、鬼の子!」


 そこにヴァルカンの怒号が飛んで来た。


「り、了解!」


 脊髄反射で後方に跳躍した龍野。その瞬間、龍野の眼前を十数発の弾丸が通り過ぎた。


「チッ……あの裏切り者が……!」


 弾丸は全て障壁に弾かれている。しかしヴァルカンからの銃弾の支援は、豪の注意を引き付けるには十分だった。


「今だ!」


 ヴァルカンが指示を飛ばす。同時に龍野は豪との距離を一気に詰め、魔力を纏った拳を振り抜こうと――


散華さんげの矢」


 突如として、龍野の全身に矢が降り注いだ。

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