第三章五節 十度目の挑戦
「おう鬼の子! 塩コショウ取ってくれや!」
「はい!」
現在十八時。『土』本拠地のキッチンは、三人が各々の夕食を準備する為に、荒れに荒れていた。
「ところで親父!」
「何だ?」
「お袋呼ぶワケにはいかねえのか?」
「バカ言え、あいつは民間人だ。そう簡単に巻き込んでたまるか!」
そう。
これは魔術師の話であるゆえ、民間人である沙耶香は巻き込めないのだ。
「それにあいつを呼んじまったら、お前の訓練にはならねえだろうが!」
おまけに、現在龍野が手伝っている料理も、訓練の一環であった。
“訓練”というのは、戦闘に限った話ではないのだ。
「そういやそうだったな!」
「鬼の子。これは軍隊スタイルの訓練だ、思い知れ」
「わかりました!」
「あと、あまり敬語はいらん。めんどい!」
軍隊にあるまじき爆弾発言が飛び出す。
「はいよ、教官!」
だが、龍野は即座に納得した。
「そうだ、その位がちょうどいい! おっと肉が焼き上がるぞ! 大皿三枚持って来い!」
「はいよ!」
こんなのがあと六日も続くのか……と、内心で嘆息つつも、楽しげに過ごす龍野であった。
*
「さて、皿洗いと風呂も済んだワケだ。寝る前の腕立て百回!」
「はい!」
龍野が腕立てを始めたのを見ると、ヴァルカンが続けた。
「腕立てしながら聞けよ。お前の目標は俺を倒すことだ。何せ初日の魔術勝負は、俺の勝利に終わったワケだからな」
「はい!」
「後、終わったらただちにベッドへ直行すること。体を休めるのも大事だからな!」
「はい!」
こうして初日の訓練は、つつがなく終わった。
*
訓練二日目。
既に朝食を取り終えた龍野は、『土』本拠地の講堂にいた。
「さて、今日は座学だ。が……お前、ヴァイスシルト姫殿下から、ある程度は基礎を教え込まれたんだって?」
「はい」
「なら話は早いかもな。まあいい、復習も兼ねて一度講義を済ませるとしよう」
ヴァルカンの言った通り、おおまかにとはいえ龍野が既に理解していた内容の講義を、およそ二時間半かけて復習した。
*
「よし、ここまでは済ませた。だがこれからは、恐らくお前は習ってない内容だろう」
ヴァルカンが前置きする。
「そんじゃ、戦争の決着方法についての講義を始める」
「それは……っ!」
龍野が驚きの表情を浮かべる。
しかし嬉しさも混じっていたのだろう、口元がわずかに緩んでいた。
そう。龍野が否応なしに巻き込まれた戦争に、終止符を打つ条件。
この動乱から逃れる、唯一の手段。
待ち望んでいた情報をようやく手に入れられる事に、龍野は思わず前のめりになっていた。
「今回のような魔術戦争が決着する手段は至って簡単だ。
『敵陣営の当主を殺害する』、これだけだ」
そんな重要な事が、さらりと告げられる。
「ん?」
だが、龍野はまだ納得していない。
知りたい情報は、これだけではなかったのだ。
「教官、少し疑問があるんですが……」
「何だ?」
ヴァルカンが許可を出すのと同時に、龍野はゆっくりと、疑問を明らかにし始めた。
「まず前提として確認しておきたいのですが、今回の戦争は『闇』が『土』『水』の同盟に仕掛けたもの、ですよね?」
「ああ、その通りだ。それがどうかしたのか?」
何の変哲もない、“ただの事実”を述べられただけのヴァルカンは、意図をはっきりさせる為に質問を返す。
「俺、今回の戦争とは関係の無い『炎』や『空』と思しき魔術師から攻撃を受けた経験があるんですが」
「それで? まとめてくれや」
まだ龍野の意図を掴みかねている、ヴァルカン。
更なる説明を要求した。
「どうして今回の戦争とは直接関の係ない、『炎』と『空』が出しゃばってきたのでしょうか?」
ここまで聞いて、ようやく得心した。
何度も頷き、龍野の疑問に返答を始める。
「それはだな……ざっくり言って、よくある事っていうやつだ。魔術戦争には、時折戦争とは直接関係ない属性が横槍を入れる出来事がザラにある」
「では魔術戦争と直接関係ない属性の魔術師が、戦争に直接参加している陣営の当主を殺害した場合は?」
「その場合は、代理を立てて続行だ」
「ありがとうございました。もう一つ、質問しても?」
「ああ、何でも聞きやがれ」
「今回のように、一方、あるいは両方の陣営が、二種類以上の属性で構成されている場合……。
片側の陣営の当主を全員殺害しなければなりませんか?」
「ああ。正確な終了条件は、『敵陣営の当主を0人にする』といった具合になる。だから決着を付けるには、お前の質問通りにしなければならない」
「わかりました。ありがとうございました」
「さて、そろそろ昼飯どきだな。これにて講義を終える。つか教えることが無い!」
「ありがとうございました!」
その後も龍野は、基礎鍛錬としての腕立て伏せや腹筋運動、長距離走などの体力トレーニングや、ヴァルカンとの実戦による魔術トレーニングによって確実に鍛えられた。
*
そして訓練六日目の夕方。
これで十度目になるヴァルカンとの実戦訓練。龍野は、度重なる敗北による屈辱を、身に染みて覚えていた。
「んじゃ、やるか」
「お願いします」
お互い、自分の愛用している武器を召喚する。
構え終わった瞬間が、戦闘開始の合図だ。龍野の息を吸う音が響き渡る。
「はぁっ!」
「行くぜ!」
同時に仕掛けた。ヴァルカンは魔力弾をひたすら連射。龍野は時に回避しつつ、時に防御しつつ確実にヴァルカンとの距離を詰める。
やがて――ヴァルカンの弾丸は全弾が外れ、対して龍野の拳はヴァルカンの右胸を捉えていた。
「ぐふっ……!」
攻撃の手を緩めず、連撃を叩き込む龍野。ヴァルカンは防御に徹するのみである。
が、カウンターは忘れない。龍野が攻撃した直後に生じた隙を狙い、銃剣による容赦の無い一撃を叩き込み返す。
上腕部に銃剣をもろに受け、ヴァルカンとの距離を離す龍野。
「今だ……!」
ヴァルカンの狙い通りだった。距離が離れた瞬間に、再装填した魔力弾を遠慮なく撃ち続ける。
龍野は自動展開された障壁でこらえつつ、何とかヴァルカンとの距離を再び詰めようとする。
しかしヴァルカンは魔術の展開を既に終えていた。龍野の足下から、火柱が立ち昇った。加えて、火柱が龍野の障壁を食い破らんとしている内にも、ヴァルカンの持つライフルは魔力弾を発射し続けているのだ。
この調子で攻撃が続けば、龍野の障壁が破られるのは時間の問題である。
だが龍野は、負傷を覚悟でこの火力の嵐を突破しようと考えていた。
(まだだ……耐えてくれ。教官が油断する、そのタイミングが来るまで……!)
怒涛の連撃が続くこと三十秒。龍野は一歩を踏み出した。
(ここだ……っ!)
「おっと?(そろそろ仕掛けるか……?)」
龍野は障壁のダメージを無視して前進を続ける。
(もう少し……近づければ……!)
ヴァルカンが射撃を中断し、ライフルを捨てる。徒手空拳で構えた。
(チャンスだ! 今仕掛ければいける……!)
一瞬のち、二人の距離は一メートル以下まで近づいた。龍野が
「はあっ……!」
「フッ……!」
二人がほぼ同時に拳を振るった。果たして――結果は相討ちに終わった。
「ぐっ……!」
「ちっ……!」
ヴァルカンの攻撃は、単に拳に魔力を乗せただけだった。しかし既にある程度消耗していた龍野の障壁には、更に大きなダメージが刻まれた。
だが龍野の一撃の重さも相当だった。最初の連撃でも僅かに消耗しただけのヴァルカンの障壁を、あっさりと使用不能にしたのだ。
重さだけなら龍野に軍配が上がる。しかし現状は両者とも健在だ。戦いは終わらない。
先に動いたのは――龍野だ。
「はああっ!」
拳に魔力を乗せ、ヴァルカンに襲いかかる。今や障壁はどちらも砕かれている。ここから先は、一撃一撃が必殺の威力を持つ。
ヴァルカンは腕に魔力を纏い、龍野の一撃を防ごうとする。しかし強化された拳による攻撃は、そうやすやすとは防げない。
軽微な打撲傷と重厚な衝撃が、ヴァルカンの体を駆け抜けた。
「うぐっ……!?」
容赦の無い二撃目。今度は利き腕である右腕での攻撃。先程よりも重い拳がヴァルカンの腕を捉える。
拳を引き終える直前に蹴りも加える。腹部にクリーンヒットし、ヴァルカンがよろけた。
「まだ終わらせない……!」
更に追撃。
「はあ、はあ……」
龍野の疲労も尋常ではない。何せ体力の消費が激しいからだ。
だがヴァイスの言っていた「戦法は常に更新しろ」という一言と、何より九連敗した悔しさから必死に編み出した手だ。
「さすがに、やるようになったな……」
「ありがとうございます」
「だがまだまだ……俺との隔たりは広いなっ!」
ヴァルカンが叫び、魔術を急速起動させる。
『大地に眠る力よ、目覚める時が来た。奮起せよ!』
龍野の足元に赤い魔法陣が召喚され、急速に膨張を始める。
「心配するな、威力は死なない程度に抑えてある。但し範囲は広げたがな!」
言葉通り、魔法陣の直径はおよそ八メートル。先程の火柱より、八倍広い。
「クソッ……!」
龍野は
しかし脱出寸前で魔術が発動。地面からマグマが噴き上げた。
「ぐっ!?」
その間にヴァルカンは、捨てたライフルを回収する。そしてその場で魔力弾を連射する。足元と正面からの十字砲火に、龍野の障壁は破壊寸前にまで追い込まれた。
しかも龍野自身は噴き上げられているために、身動きが取れない状況だ。
(クソッ……障壁が!)
砲火は止まない。龍野の障壁がピシピシと、ひび割れた音を立て始める。
「何とかしなくては……!」
ダメ元で遠距離魔術を展開、射出。
「ぐっ……!」
放たれた魔弾の数発が、ヴァルカンを弾き飛ばす。同時に砲火が軽減した。その隙を逃さず、全速力で離脱。龍野は何とか窮地を脱することが出来た。
(今だ!)
魔力を吹き出す方向を調節し、一気にヴァルカンの位置まで加速する。
「クソッ……だが、まだだ!」
ヴァルカンも黙ってやられはしない。すぐに銃を拾い上げ、素早く龍野に照準を合わせると同時に連射する。
しかし龍野の接近が速かった。そして先程と同じ全力の一撃を振り抜く。果たして――ヴァルカンの左胸をきれいに捉え、吹き飛ばした。
龍野は間合いを約一メートル強に保ち、構えを解かない。
と、ヴァルカンがゆっくりと起き上がった。
「合格だ……鬼の子。これでこの訓練は修了したも同然だ」
「あ……ありがとうございます!」
「だが明日の訓練も手は抜かせない。むしろ最終日だからこそ、徹底的に苛め抜いてやる」
「はい!」
「今日はこれで終了だ。ゆっくり体を休めろ」
「はい! ありがとうございました!」
こうして龍野は、十戦目にしてようやくヴァルカンを上回った。
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