第三章三節 再び、訓練開始!

「さて、龍野」

「何だ、親父?」

「これから俺が案内する場所は、部外秘で頼む」

「了解。だが、どこに行くつもりだ?」

「起きればわかる」

「!? 何しやがる、親……父…………」


 龍範は突如龍野の背後に回り込み、素早く龍野を落とした。


「これでよし。

 悪いな龍野、お前と言えど、まだ“行き方”を教えられねえんだ」


 ひとしきり頭を掻いてから、龍範は龍野を担ぎだした。


     *


「イテテ……。ったく、何すんだよ親父……」


 目が覚めた龍野。

 龍範は悪びれず、軽い調子で話しかける。


「やあやあ、おはよう龍野」

「おはよう……。おい、ここまでする必要あったのか? 親父」

「ああ、あるとも」


 即答で返ってきた。


「何せ極秘中の極秘、息子だろうと来た道を覚えられちゃ困るんだよ」

「ってことは、ここは……」


 龍野が確信を持って告げる。


「ああ、着いたぜ。

 俺達『土』の秘密基地だ」


 案内された場所は、天然の洞窟をそのまま基地に転用したような場所だった。


「これだけ言っておくか。

 ここは日本国内、パスポートは不要だ。不要なんだ、が……」

「が、何だって?」


 わざとらしい調子で続ける龍範だが、即座に真剣な表情になる。


「『土』以外の奴が通ろうものなら、防御システムに狙われて一瞬で黒焦げになる」


 唐突に話された物騒な発言に、龍野は己が耳を疑った。


「黒焦げ……だと?」

「ああ。

 何せここは本拠地だ。当然の事ながら、高いセキュリティと防衛システムがあってな」

「なるほど……」


 龍範の至極当然な回答を聞いて、龍野の心が落ち着き始めた。

 更に心を落ち着けようと、別の質問を繰り出す。


「ちなみに、家からどのくらいの距離なんだ?」

「自宅から数十キロ圏内だ。それ以上は言えねえよ」

「わかった」


 龍野が返事を返した。

 と、足音が聞こえる。

 龍範が振り向くのに合わせ、龍野も同じ方向に顔を向けた。


「さて、そろそろだぞ……俺がお前に会わせたい奴までな」

「どうしてだ?」

「お前を鍛える為だ。

 よう、来てくれたんだな!」

「ああ」


 そこにいた男は、茶髪にモヒカン刈り、そしてサングラス姿といった風貌だった。


「かなりできそうな人だな……」

「そりゃあそうだろう。俺のかつての同期だったからな」

「親父? 軍にでも属してたのか?」

「正解……としておこう。細かい事情を話すには、時間が無いからな」


 龍範は一歩前に出ると、「久々だな」と男に話しかけた。


「ああ、久々だな。『日の本の鬼王きおう』」

「須王だ!」


 龍範が反射的に返す。

 このやり取りも“慣れたもの”と、龍野には読み取れた。


 男がさらに、龍範に返した。


「お前のツラを拝むのもいつ以来だろうな」

「さあな」

「親父、この人は……」


 龍野が尋ねる。


「お前の挨拶が先だ。チャチャッとやれ」


 が、龍範に遮られた。


「あ、ああ。初めまして、父が世話になっております。息子の須王龍野です」

「初めまして、デーモンズチャイルド鬼の子よ。俺はヴァルカンだ。よろしく」

「よろしくお願いします(“ヴァルカン”……変わった名前だ。一体何者なんだ……!?)」

「さて、早速だが手短にいこう」


 ヴァルカンが切り出し始めた。


「こんなナリだが、俺の本職は軍の教官だ。誰かを鍛え上げるといったことは得意中の得意でな」

「と、言いますと?」


 龍野が疑問を挟む。


「日の本の……須王に頼まれたから、お前を鍛えることになった。つまり、今日から一週間でお前の実力を底上げするためにヴァレンティアから来た、ってワケだ」

「ヴァレンティア……ですか!?」

「ああ。軍だけじゃねえ、ヴァレンティア・ロイヤル・スクールにおいても、体育教官として努めている。当然、お前の知り合いであるヴァイスシルト姫殿下に対し、教鞭を執った経験もある。事実あのお方は、ただでさえ体力テストにおいても優秀な成績を残しておられたが、俺の指導後は更に成長なさった」

「!(なら実力は十分と見るべきだな……)」

「ところで日の本の、もうそろそろ昼飯の時間だろう?」


 突然龍範に話を振ったヴァルカン。


「ああ。頃合いだな」

「聞いたか、鬼の子。腹が減っては、だ」

「そうしましょう」


 三人は食堂へと向かった。


     *


 昼食と十五分の休憩を済ませたのち、三人はトレーニングルームへ向かった。


「さて。トレーニングは既に始まった」

「はい?」

「まずはどの程度か見せてもらう。いいな、日の本の」

「ああ。遠慮せず、徹底的に苛めてやれ」

「了解。腕立て伏せ百回、やれ!」


 ヴァルカンが叫ぶと同時に、龍野は腕立てを始めた。


「ほお……。流石は日の本の長男。鬼王きおう、毎日これやらせてんのか?」

「須王だ! 全く……」


 やはり条件反射で叫ぶ龍範。


「それにしてもだ。違うぜ、ヴァルカン。やらせてんじゃない、こいつが自分でやってんだ。まあ確かに小学生の頃には俺がやらせてたが、今や自分で毎日やるようになった。インフルエンザにでもかからない限り、こいつはいつも欠かさず百回の腕立て伏せをやってる」

「流石は……おっと、無駄口はよしておこう」

「ところでヴァルカン。お前、魔術の腕は……」

「あんたに見せた通りだ。俺みたいな野良の魔術師は、こうして組織に実力を売り込めるレベルでなければ食ってられん」

「ほう……。だがこいつは、百合華ちゃん……いや、ヴァイスシルト姫殿下から鍛えられた経験がある。無論まだまだ未熟だが、既に数回の実戦経験を持っている。油断するなよ?」

「野良犬をなめなさんな、鬼王」


 ヴァルカンが答えた。

 合間に「須王だ!」と、龍範の声が割って入る。


「俺は正規の『炎』から外れた風来坊さ。望まずして野良犬になっちまった以上、信じられるのは己の技量だけ。あんたにこうして雇ってもらうまでは、血反吐を吐いて自らを苛め抜いてきた。格闘や銃器だけじゃねえ、仮にも魔術師である以上は魔術の腕さえも鍛え上げてきた。ま、早い話が、『傭兵の総合技術をなめんなバカヤロウ』ってワケだ」


 ヴァルカンは魔法陣を展開させ、そしてすぐに収納した。


「俺の『炎』は『土』とは相性が悪い。だが、俺は何年も魔術師であり続け、魔術を鍛え続けてきた。それに比べ、こいつは魔術師になって数ヶ月。確かに才能とか、魔力総量とかの差はあるだろう。だが、『自由自在に使いこなす』ことに関しては、俺はこいつに負けない自負がある。もっとも」


 ヴァルカンは一度話を区切る。


「あんたと戦ったら俺が負けるのは、既に証明されてるけどな。日の本の」

「わかってるじゃねえか」


 と、そこに龍野の声が割って入った。


「終わりました!」

「よし次! 上体起こし百五十!」

「はい!」


 すぐさま龍野が、ヴァルカンに与えられた課題を実行する。


 こうした“様子見”は、十五時まで続けられた。


     *


「次は魔術勝負だ。遠慮なく来い」


 “様子見”が終わるや否や、ヴァルカンが勝負を切り出す。

 突然の出来事に、龍野は理解が追いつかなかった。


「勝負……。“様子見”ではなく、ですか?」

「おっと、言葉足らずだったな」


 ヴァルカンが流れをいったん止め、整理する。


「半分はそうだが、もう半分は訓練も兼ねている。わかったら俺を仕留める気で迎え。さもなければ」

「さもなければ?」


。お前」


 ヴァルカンは何の気無しに答えたが、龍野はその言葉に言いようの無い恐怖を覚えたのであった。

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