第三章二節 因縁の敵、再び

「ああ……ってお前! 崇城麗華か!」


 女の正体は――『闇』の魔術師――崇城麗華であった。


「ありがたいな、名前を憶えていてくれたとは」

「この野郎……。お前のせいで何人死んだと思ってやがる!」

「さあな、既に亡くなった者の命などどうでもいい。悼む以上はしない」


 龍野のなじる声を、さらりとあしらう麗華。

 と、唐突な質問をした。


「それより、暇だろう?」

「話をはぐらかすな! そして暇だとしても、お前に付き合う義理はねえ!」

「そちらに義理は無くとも、私には理由がある」


 そう告げた刹那、麗華は敵意を纏う。

 龍野にとって、“熱く肌を刺す”ようなものであった。


「お前の甘さを正しに来た。覚悟しろ」

「なっ……!? おい、こんなところでやり合う気か……!」

「心配する必要は無い。我が安息の場へ招待しよう、須王龍野」


 指を鳴らす麗華。

 すると、眼前に巨大な魔法陣が出現した。


「私の後に続け。勝負はそれからだ」


 魔法陣に飛び込み、姿を消す麗華。


「おいおい……ここで俺がついて来なかったらどうする気だ?」


 意地悪をぼそりと呟く龍野。

 すると魔法陣から黒い鎖が伸び、龍野の左足首に巻き付いた。


「勝負の放棄などさせん」


 魔法陣から響く麗華の声。


「やれやれ、遭っちまったが最後、か……。

 足を千切られる前に、素直に従っとくか」


 龍野は意を決して飛び込んだ。


     *


「ここは……」


 異空間に飛び込んだ龍野。


 一言で表すならば、夜の平原。月が雲の隙間から覗く、不気味な場所。

 遠くには、中世風の城が見える。


「俺が世界史で習った、昔のヴァレンティア、か……?」

「その通り」


 麗華の声が響き渡った。


「ここは千四百年頃のヴァレンティア王国を題材とした、我が拠り所とする地だ。一対一で勝負するには、もってこいだろう?」


 魔法陣を召喚し、内部から大鎌を取り出す麗華。


「また無数の罠か……」


 そう、ここは麗華のホームグラウンド。前回の戦いから考えれば、そこかしこに罠が張り巡らされていてもおかしくはない。


「さあ、どうかな? 案外何も無いかもしれんぞ」

「信用するとでも思ってんのか?」

「さあな。どう思ってもらっても構わん」


 言葉による牽制の連続。

 しかし龍野は、内心で麗華を「女騎士」と称賛していた。


(この女……どこか正直なところがある。何と言うか……戦闘において、矜持のようなものを持ち合わせている、とでも評すべきだろうか……?)

「さて須王龍野よ。口先だけでの戦いはそろそろ終わりにしようではないか」


 麗華が手を叩きつつ言い、龍野の思考を遮った。


「さあ、始めよう。自らの技量のみが命運を分ける、血沸き肉躍る戦いを……!」


 麗華が大鎌を構え、魔力を噴射させて距離を詰めてきた。龍野も両腕にガントレット、両脚にレガースを纏い、迎撃態勢を整える。


 一触即発の空気が、瞬く間に満ちた――。


     *


 龍野が異空間に飛び込む少し前、龍範は龍野の発する生命反応に違和感を覚えていた。

 渡された道具――ヴァイスから「貴方のご子息である龍野君の状況を確認出来る道具」と言われた――で龍野の状況を見ていたのだ。


「確かこれは……百合華ちゃんからの説明だと、生命に危機が迫りつつある反応だな」


 しかし龍野の危機が決定していない今、迂闊には動けない。

 見続けること二分、突如龍野の反応が消失した。


「何っ!?」


 ヴァイスの説明には無かった反応だ。


「急ぐべきだろうな……!

 間に合ってくれ、龍野……!」


 そうして龍範は、一目散に消失した地点まで走り出した。


     *


 耳障りな金属音が何度も響き渡る、月夜の平原。


(今のところ罠は無いが……。こいつのことだ、また仕掛けてくるだろうな……)

「どうした? 先程から私が一方的になっているぞ? 少しは反撃してもらいたいなぁ!」


 麗華が何度も大鎌を振るってくる。

 かなりの重量を備えた一撃には、龍野でさえも手こずっていた。


(体に似合わぬサイズの鎌をやすやすと……。切れ味以外にも、一撃の重さがヤバいな。やはり長物相手には……!)


 龍野は移動の際に噴出する魔力量を増やし、速度を高める。

 すると――袈裟切りの要領で――鎌が斜めに降りてきた。


(今だ!)


 一気に前へと加速し、大鎌の柄をガントレットの装甲で防ぐ。間髪を入れずに、胸部へ一撃を叩き込む龍野。


「ぐっ!」


 だが、麗華もタダ食らいっぱなしではいない。

 攻撃を受ける直前、咄嗟に魔力の噴射方向を変えて威力を相殺する。


「流石私が見込んだ男……強い。それなりにな……。だが、まだまだ伸びしろはあるということを思い知れ……!」

「はっ、そりゃどうも(俺の一撃から、半ばとはいえ逃げた……? 簡単には倒せないか……)」


 空中で態勢を整え、二撃目を仕掛けようとする龍野。


(だが、迂闊には仕掛けられない……懐に飛び込むまでが、一番の難所。それにこいつは、態勢を整えつつある。やはりカウンターに徹するしか……)

「何をボサッとしている!」


 龍野が思考を巡らせていると、麗華が突っ込んできた。


「!?」


 慌てて受け身に入る龍野。

 だが、大鎌の一撃、しかも先端による刺突攻撃はやすやすとは防げない。何せ、ただでさえ重い上に、遠心力が加わっている。おまけに点による攻撃、見切ることは困難だ――。


「ぐっ!」


 案の定龍野は防ぎきれず、右肩に大鎌の先端が刺さった。

 ズブリという音が響きながら、龍野の肉を抉っていた。


「どうした? こんなものはかすり傷だろう?」


 麗華による挑発。


「当然だろうが……! お前に殺されてたまるか!」


 肩に傷を負いながら、なお余裕を崩さない龍野。


「そうだ。その意気だ須王龍野! かかってこい!」


 龍野は刃の無い外側から回り込みつつ、接近の機会を伺う。

 だが麗華はのらりくらりと距離を取り続け、なかなか攻撃を仕掛けられない。


「くっ……!(接近できない……、カウンターを狙うか? いや待て……。そうだ、まだ手はある!)」


 突如、龍野が減速した。その様子を見て取った麗華も同様に減速する。


「(今だ……!)『只の土塊と思うなかれ 全てが汝を削り砕く』!」


 連射系魔術を展開。狙いは一点に集中せず、全身にばら撒く。


「以前の戦いをもう忘れたのか!?」


 やはり鎌に弾かれる。


「甘い甘い、甘いぞッ須王龍野! 効かぬとわかっている攻撃を繰り返すなど愚の骨頂、貴様の甘さをその体に教えてやる!」


 しかし龍野は連射系魔術を放ち続ける。


「戦術の改良だ! 効かねえってのは、わかっているさ!」

「貴様……!」


 龍野はまだ魔術を収めず、放ちながら高機動を始めた。


「練習相手になってもらう!」

(見たことが無い……私が今まで戦ってきた相手とは、やはり何かが違う! 一体何が違うというのだ……!? その違いを見せてみろ、須王龍野!)


 麗華は障壁で連射を耐えつつ、魔弾の網から抜け出そうとする。が、脱出しようとする先に、必ずと言っていいほど龍野が先回りしてくる。

 まるで移動する檻の如く、龍野は麗華を逃がさなかった。


「ふむ……ならば……!」


 そう。高度を維持しつつ脱出しようとするから、逃げられない。ならば、高度を落として抜け出せばいい――それだけの話である。

 麗華は魔力の噴射を止めず、姿勢だけを変える。頭がなるべく真下になるよう大雑把に調節し、一気に地面に向けて加速。


「!? 逃がすか……!」


 龍野が機動を変更するも、麗華の加速が一瞬早い。檻は獣を逃がしてしまった。


「これで再び対等だな、須王龍野」


 既に体勢を整えた麗華が、大鎌を油断なく構えながら告げる。


「さて、そろそろお返しどきだ」


 麗華が魔力を噴射させながら、龍野に迫る。


 その時、空が光り輝いた。


「龍野ァ! 無事か!?」

「親父……!」


 龍範が、巨大な戦斧を携えて現れた。


「バカな……どうしてここに……!? 須王龍範ッ……!」


 麗華が初めて驚愕の表情を浮かべた。


「第一、ここには私が呼ばない限り来れないはずだ……!」

「ああ、それな。


 事もなげに答える龍範。


「この俺の相棒、『天咆龍あめのほうりゅう』にかかれば容易いことだ」

「なっ……!?」

「龍野の反応が消えた場所まで来たら、案の定魔力が空中を漂っていたからな。逆探知して入口を広げた、それだけさ」

「ふっ。流石は、『土』の当主といったところか……。だが敗北が決定したわけではない!」


 麗華は自らを奮い立たせる声を上げると、体勢を再び整えた。


「ちょうどいい逆境だ……! そのままかかってこい、須王龍野、須王龍範!」


 数的不利にも関わらず、麗華の戦意は更に燃え上がっていた。


 それと同時に、龍野が念話で龍範に話しかける。


『親父、どうする?』

『挟撃あるのみ、だろ』


 即答する龍範。


『わかった』

『同じ長物を持った俺が引きつけるから、その間に集中攻撃を加えて撃破しろ』

『了解』

『ああ待て、お前は離脱するフリをしろ。全速力で、だ』

『あいよ!』


 龍野は両踵を浮かせ、フルスロットルで魔力を吹かし始めた。


「悪いな、ここから先は俺が相手だ。お嬢ちゃん」


 龍範が麗華を引きつけ始める。


「貴様の相手などしていられるか! 待て、須王龍野……うっ!?」


 魔力弾の嵐に、追撃を止められる。撃ったのは龍範だ。


「俺が相手だと言ったろうが。逃げる奴なんて放っておけ」


 巨大ガトリング砲と化した「天咆龍あめのほうりゅう」を構えつつ、麗華を引きつけ続ける龍範。


「くっ……!」


 麗華はたちまち反転し、龍範に大鎌の連撃を食らわせようとする。


「なるほど、いい加速だ……だが!」


 龍範は「天咆龍あめのほうりゅう」を戦斧に変形させ、麗華よりも先にカウンターを仕掛ける。


「後の先ってやつだ!」

「ぐあっ……!」


 攻撃は、龍範が速かった。

 大鎌の柄に斧刃が直撃。何とか折れずに済んだものの、それでも命中した箇所は大きく凹んでいる。


「何て威力……!」

「まだまだ!」


 龍範は魔力を噴出させ、麗華に怒涛の連撃を仕掛ける。

 麗華は鎌で防御しようと試みる。大鎌は数度の斬撃に耐えたが、あらぬ方向にねじ曲がっている状態にまで変形させられた。


「そろそろその鎌も、限界なんじゃないか?」

「なめるなっ!」


 麗華はまだ比較的無事な先端部分を命中させようと、龍範の攻撃の合間を縫って反撃を仕掛ける。

 だが「天咆龍あめのほうりゅう」の強度は、麗華の大鎌の比ではない。麗華の一撃をやすやすと受け止め、無効化してしまった。

 龍範は「天咆龍あめのほうりゅう」を激しく振るい、再び連撃を始めた。


「そらそらそらそらっ!」


 武器の巨大さに似合わぬ速度で繰り出される連撃は、本体の重量と遠心力とが合わさり、一撃一撃が必殺の威力と化していた。


「さあお嬢ちゃん、障壁がどこまで耐えられるかな?」

「ぐっ、これは……!」

『今だ龍野、引き返して思い切り食らわせてやれ!』


 龍範が念話で龍野に呼び掛ける。


『はいよ!』


 数キロ先まで移動していた龍野が引き返し始めた。


「まだ終わらんよ、俺の番は!」


 龍範が連撃を仕掛け続ける。


「くっ……だが手が無いわけではない! 『純黒の闇よ……どうして汝はこんなにも黒くそして美しい? その美しさを我に示してくれ給え』」


 麗華の手から黒球が生成された。龍範に向けて放たれる。


み込めっ!」


 黒球はまっすぐ龍範へと向かって行き――


「練りが甘いな!」


 が、龍範は黒球を脅威と見なさなかった。

 龍範は「天咆龍あめのほうりゅう」を一振りしただけで黒球を両断。二つに分かれた黒球は、それぞれが龍範の遥か後方で爆発した。


「さて、他に魔術は無いのか?」


 更に麗華を挑発する龍範。

 だがそれは、麗華を引きつけているに過ぎない。


(そろそろだな……)


 頃合いを見計らい、魔力噴射を停止。推力を切って高度を落とした。


「何のつもりだ、須王龍の…………何ッ!?」


 麗華が驚くのも無理はない。


 龍範が高度を落としたかと思えば、全速力で龍野が突っ込んで来たからだ。


 しかもガントレットは紫煙を上げていた。「重量調節グラビティ」を発動した証拠である。


「おらぁっ!」


 そしてすれ違いざまに、全力の一撃を叩き込む。体重、速度、重量、そして魔力の全てが乗った一撃だ。


「がはっ…………!」


 既にボロボロになっていた麗華の障壁。おまけにガントレットにはありったけの魔力が込められていたため、障子紙を破るよりも容易く砕け散ってしまった。

 そのまま数十メートルも吹き飛ぶ。茂みに突き刺さるようにして、麗華の体は受け止められた。


「やるな、二人とも……」


 茂みのおかげで、何とか意識を保っていた麗華。

 ゆっくりと起き上がり、龍野と龍範を見据える。


「だが私は、まだ死ぬわけにはいかない。恥を承知で、無礼を働かせてもらおう!」


 すると、龍野達はいきなり現実世界の通学路まで戻された。


「逃げたな……あいつ」


 ぼやいたのは龍範だ。


「彼女は恐らく、この戦争におけるクイーンだろう。そうやすやすとは倒させない、といったところか……」

「ああ。実際親父が来てくれなければ、俺は恐らく……運が良くて瀕死、悪ければ死んでいただろう」

「とりあえず、戦争開始からの初戦はどうにか突破したな」

「ああ。今日も、生き延びられた」


 こうして秘密裏に行われた戦いから、二人は生還した。


     *


 一方、深手を負った麗華は異空間に一人、残っていた。


「くっ、またもや横槍が入ったか……。だが今日は、どうにか逃げられたことに感謝せねばなるまい……!」


 そうして麗華は、どこかへと去っていった。

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