第三章 生き延びんがために

第三章一節 『土』の当主

「ただいまー」


 成田空港から電車を乗り継ぎ、無事帰宅した龍野。


「おかえり。どうだった、ヴァレンティア旅行は?」

「最悪だ」

「ほう?」


 予想に反した龍野の解答に、軽い調子で疑問を投げかける龍範。


「戦争が起こった、とさ」

「おいおい、ヴァレンティアが? 確かに戦争の多い国ではあるが……また・・かよ?」


 頭を抱える龍範。

 まるで“聞き分けの無い子供が再びいたずらをした、そんな事実を知った保護者”のような様子だ。


「親父。今回の戦争は国対国じゃないんだ」

「じゃあ何だ? 何と戦うってんだ、ヴァレンティア王国は?」

「ああ、いや……それは言えないが……」


 言い淀む龍野。

 迂闊な口外が出来ない以上、伝える手段は無い、そう思えたその時。

 龍範が意外な言葉を続けた。


「ちなみに、一言言っておこう」

「何だ?」

「俺はお前が魔術師だって、知ってるぜ?」

「何だと、親父!?」


「ついでに言うと、俺は『土』の当主ってやつだ」


「ハァ!?」


 さらりと明かされた事実に、龍野は素っ頓狂な声を上げる。


「そうかそうか、俺の息子もついに魔術に目覚めたってか! そりゃめでてえことだ!」

「いやちょっと待て親父! 勝手にはしゃぐな……!

 大体あんた、何で俺が魔術師になったってこと知ってるんだ?」

「それについては……ああ、思い出した。こないだお前に寸止め仕掛けて、姫様……百合華ちゃんに止めに入らせたよな?」

「それが何だってんだ?」

「あれな、お前が魔術師かどうか確かめるテストなんだよ」

「あ? あれのどこが……」

「俺は感じたぜ。お前の魔力を拳でな」

「いや待て!」

「あ? 何だよ」


 理解が追いつかない龍野が、思わずツッコミを入れる。


「その……どう言えばいいんだ? うーん、そうだな……理由に乏しい、ってやつだよ」

「ああ、はいはい。言いたいことはわかった」


 あっさりと龍野の疑問を把握した龍範は、答えに移る。


「実はな、お前が思ってる通り、理由は俺が魔力を感じたってだけじゃねえ」

「やっぱりな……」

「もう一つはな……聞くか? びっくりするぜ」

「聞かせてくれ」


「俺ら須王家はな……代々魔術師の家系なんだよ」


「どういうこった?」

「意外と驚かなかったな……まあいい、説明してやろう。とりあえずテーブルに座れ」

「はいはい」


 言われた通りに座る龍野。龍範も後に続き、腕を前で組んだ。

 龍範は一呼吸置いて、話し始めた。


「須王家に限った話じゃねえ。魔術師ってのは、“親が魔術師なら子も魔術師になる”、ってことになってんだ。母親と父親、両方が魔術師なら、生まれた子は言うまでもなく魔術師。母親か父親、どちらかが魔術師であっても、生まれた子は魔術師になる……そういう決まりになってんだ。そしてそれは逆らおうと思って逆らえる……そんなもんじゃない。魔術師の間に出来る子は、本人の意思は勿論……親が望んでいなくとも、自動的に魔術師になっちまうんだ。だが、ごくまれに魔術師にならない例もある。噂程度だがな」

「なるほど……“蛙の子は蛙”、か」

「そうだ」


 即座に肯定する龍範。

 それを見た龍野は、得心した様子で続けた。


「だから俺が魔術師になるのは、必然だった……待てよ。じゃあ親父、あんたは魔術を使えるのか?」

「ああ、使える。それもお前の比じゃないパワーで、だ」

「そりゃすごいな……って、ちょっと待て!」


 突然、龍野が声を上げる。


「俺はこんなことを話すために帰ってきたんじゃねえ!」

「わかってる。『戦争』だろ?」

「ああ! 聞いてくれ、実はな……」

「みなまで言うな! 知ってるぜ」


 龍範は龍野を落ち着ける為に、止めさせる。


「俺等『土』と『水』の同盟軍と、『闇』がバトるってんだろ?」

「あ、ああ……その通りだ。もう連絡が届いてたのか……」

「そりゃあそうだろ。発表から、かれこれ二十時間は経ってんだぜ?」

「そうか……。そうだ、もう知ってるんなら話は早い。親父、俺を鍛えてくれ」

「わーってるっての。まだ半人前とはいえ、お前も今や魔術師だ。ってことは、俺の手下ってワケだろ?」

「その前にあんたの息子なんだが……」


 龍野のツッコミをよそに、龍範が続けた。


「なら、手下に目をかけてやるってのは、親分の大事な義務だわな」


「! なら……」

「ああ。明日から徹底的に鍛えてやる、俺についてこい」


 力強い宣言。

 途端に、龍野が笑顔になる。


「助かるぜ、親父!」

「今夜はもう遅い。寝な」

「ああ。お休み」


 龍野は自室に入り、眠りについた。


     *


 時間は前後する。龍野達が帰るまでの一部始終を見ていた者がいた。


「須王龍野……。この間は横槍を入れられたが、今度こそ実力を見させてもらう……! お前が完璧なコンディションを迎えたときに、仕掛けてやろう……!」


     *


 翌朝。


「龍野、学校は早退しろ」

「何でだ?」

「『欠席を増やすのはダメだ』。世間ではそれが常識だ。だがそんな常識ものは捨て去れ」


 理解の追いつかない龍野を見て、一旦言葉を止める龍範。

 すぐさま、言葉を続けた。


「悠長に学校へ通っている時間も無い。何せお前は戦争中の身だ」

「ちょっと待て、親父。あんた、学校には通い続けろって……」

「バカかお前は?」

「へ?」


 龍範の一蹴に、龍野が絶句した。


「それは平常時に限った話だ。今は非常事態だ。なんだよ。民間人を巻き添えにする気か?」

「はいはい……。担任に連絡しときゃいいんだろ?」

「そうだ。『どうしても外せない用事がある』、と担任に言っとけ。何なら電話で……」

「いや、いい。いいけど、やっぱ、面倒くせぇ……」

「どうした? 欠席は許さない、ってタチの担任か?」

「ああ……長期欠席明けのあの女は、滅茶苦茶うざいんだよな……」

「まあ命のやり取りに比べれば、その程度は楽勝だろう?」

「そりゃあな。

 聞いたふりしときゃいいんだし」

 服装を整え、「行ってくる」と言って玄関を出る龍野。


     *


 龍野を見つめる視線が、やはり遠くに存在していた。

「甘いな、須王龍野。まだまだ青く、甘い。戦争の何たるかを、後でみっちり教えてやる」



 声の主――崇城麗華――は笑みを浮かべながら、龍野を見つめていた……。


     *


「ああ、うざってぇ……」

「お疲れさん」


 労いの言葉をかけたのは吉岡だ。


「ったく、朝っぱらから長々と……。職員会議が無けりゃホームルームまで続けてたろ、ったく……」

「まあ、蛇みたいにしつこいのが俺等の担任だ」

「そうだったな……」


 嘆息する龍野。


「ところで、今日欠席するのか?」

「ああ。どうしても外せない用事が出来たからな」

「病気とかじゃないよな?」

「俺が病弱に見えるか?」

「だよな、ハハハ」


 当然だろう。

 何せ龍野は身長百八十五センチ、筋骨隆々の偉丈夫。どう見ても病弱とは思えない体つきだ。


「じゃあ俺は、もう帰るぜ。お先にー」

「あいよ」


 身支度を整え、帰る龍野。

 昇降口で革靴に履き替え、通学路をまっすぐに進んで帰る。


「帰るのか?

 随分早いな」


 そこに、女の声が響いた。

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