第二章九節 告げられしは魔術戦争

「ヴァイス……魔術戦争だと?」


 ややあって、龍野がゆっくりと、ヴァイスに問いかける。


「ええ……私達にとって、一番起こって欲しくない事態が起きたわね」

「それは、どんだけ大変な事態なんだ?」

「そうね……」


 一度呼吸を整えるヴァイス。

 そして、ゆっくりと龍野の問いに答えた。


「私はお父様の言葉や記録から見聞きしただけだけど、一言で言えば『地獄絵図』ってところね」

「どうしてだ?」

「龍野君……私達が今直面しようとしてる出来事は、立派な戦争なのよ?」

「? よくわからん……」

「つまり私達魔術師が何年も争いあい、何百……いえ、何千という人が死ぬのよ。私達魔術師の総数は十万とないわ、どれだけまずいかわかるでしょ?」

「やはりよくわからんが……一割も失うのがどれだけ大きいか、ってのは漠然と……」


 ヴァイスはそんな龍野の反応を見て、呼吸を整える。そして一息に、次のように告げた。


「今の龍野君には、まだわからないかもね。けど龍野君、この魔術戦争がどれだけ嫌なものか、うんざりするほど思い知らされるわよ。近いうちに、ね」


「………………」


 言葉に詰まる龍野。


「龍野君、貴方は一度家に帰りなさい。落ち着かないといけないわ」

「ああ、そうさせてくれ……」

「それに私がいるもの。ヴァレンティア王家の名にかけてでも、貴方を生き延びさせてみせるわ」

「そんときゃ頼む、ヴァイス」

「あ、ちょっと待って、龍野君」

「何だ?」


 突然のヴァイスからの質問に、龍野は戸惑う。


「さっき、お父様から何て言われた?」

「ん? ああ、『誉れあれ』とさ」

「本当に?」

「本当さ」

「なら、自信を持って言えるわね」


 ヴァイスは龍野を正面から見つめると、優しく告げた。


「龍野君、貴方、お父様から信頼されているわ」


 その言葉の意味を理解するのに、龍野は数秒を要した。


「あんな仏頂面なのにか……?」


 そう。

 エーデルヘルトは終始、表情を変えていなかった。


「お父様はあまり表情を崩されないの。だから顔に感情は出ないのよ。けど、ああ仰ったなら、言われた人はお父様に”良い感情を抱かれている”、と断言できるわ」

「さすが娘、といったところか……。親父、いや陛下の事は、わかってんのな」

「うふふ。ああ、チケットはいつも通り手配して、貴方の部屋に置いているわ」

「わかった。それじゃあ、また今度」

「うふふ。じゃあね」


 部屋でチケットを手にした龍野は、すぐにベルリン・テーゲル空港へ向かった。


     *


「快適な空のフライトをお楽しみ下さい」


 まどろみの淵で、龍野は飛行機の挨拶を聞いていた。

 シートベルトランプが消え、自動操縦による安定飛行に入った――そのときだった。


「動くな!」


 複数人による怒号。


「!?」


 飛び起きる龍野。

 恐る恐る前側の座席を見ると、拳銃を持った男達が立っていた。


「我々は『白銀はくぎんつき』だ! この機は日本へは行かない、ベルリンのヴァレンティア城へ突っ込むのだ!」

「わかったら両手を頭の後ろで組め! そして前にかがむんだ!」

「『白銀の月』? 何だこいつら……!?」


「テログループ、ってやつだ」


 龍野の隣の座席に座っていた青年が答えた。


「あんたは知らんだろうが……俺はそっちの知識には詳しくてな」

「ありがとう……。クソッ、俺が何とかしなくては……」

「やめておけ、タイミングが最悪だ。それにあんた、素手だろ?」

「確かに素手だが、奴らに対抗するだけの力はある」

「ふーん。あんた、どうやらワケアリらしいな」

「ああ。だから邪魔を……」

「いや、実は俺も少し特殊でな。おっ、来た来た。見てろ」


 二人が会話していると、テロリストから怒号が飛んできた。


「そこの二人! 死にたいのか、両手を頭の後ろで組め!」

「素直に従え。俺が何とかする」


 青年が龍野に話しかけた。


「わ……わかった。言う通りにする」


 龍野はテロリストの指示に従い、両手を頭の後ろに組んで前かがみになった。


「おい、お前! さっさと言うことを聞け!」

「はいはい……っと!」


 青年が指示に従――うふりをして、テロリストの鳩尾に一撃を食らわせる。

 すると、テロリストが痙攣し始めた。


「ああああああああっ!」


 悶絶しながら叫びを上げるテロリスト。


「!?」


 龍野は前かがみのまま、視線だけ向ける――と同時に、驚愕する。


(鳩尾を殴られただけで……あんなことになるのか!?)


「どうした!?」


 仲間のテロリストが龍野と青年の座席に近づいてきた。


「見てろよ……!」


 青年が小声で、しかしはっきり聞き取れるように龍野に言った。


「おらっ……!」


 青年がテロリストを掴んだまま、床に叩き付ける。

 すると、目がくらむ程の電光が走った。


「!?(これは……電気か! 噓だろ、まさか……!?)」


 テロリスト達が次々と倒れていく。だが乗客に被害は無い。


「おいあんた、何をしたんだ……!?」

「別に何も。ただ電気を流し込んで、心臓をマヒさせただけさ」

「まさか、スタンガン……!?」


「いや、違う。俺もあんたと一緒……“魔術師”さ」


「おい、冗談じゃないよな……?」

「さっきのを見てもまだ信じられない、か。まあいい、そのうちわかるさ。ああそうだ、俺の名前は獅子季ししき愛児あいじ。少しは名を知られた傭兵だ。じゃあな」


 青年はそう言い残し、去った。


「私は医者です! この方々の容態を見ます」


 愛児の声が響いた。

 が、今の龍野には聞こえていない。


「どんな奴だ……!? あの男は……」


 一人疑念を募らせていた龍野。


(本来はヴァイスに聞くべきだが、仕方ない……ダメ元で親父に聞くか)


 こうして龍野の搭乗した便は、以降は何事も無く成田空港に着陸した。


 余談だがテロリストグループは、全員の身柄がヴァレンティアの警察に引き渡された。

 容赦のない処罰が下ったが、それは別の話である。


     *


「お父様、これを」


 時間は前後する。


 龍野とヴァイスが決闘に行く前、ヴァイスは、龍範に何かを渡していた。


「何だ?」

「貴方のご子息である龍野君の状況を確認できる道具です。今後必要になる可能性が大きいので、ご協力よろしくお願いします」

「わかった」


     *


 それと時を同じくして、廃工場では秘密裡ひみつりの動きがあった。

「そろそろ正気に戻してあげないとね。さあ楽しんでらっしゃい、あの男との純粋な真剣勝負を……」

 謎の少女が、意識を失った崇城麗華と共にいた。

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