第二章八節 ヴァレンティア国王陛下

「お父様!? どうしてこのような所に……!」


 驚愕するヴァイス。

 彼女としては、このような場所に来るとは思いもしなかったのだろう。


 現ヴァレンティア国王である、彼女の父親が。


「そこの騎士二人!」

「はっ!」


 ギルバートは勿論、言語の通じぬ龍野でさえも脊髄反射で返事をする。

 ”誰を呼んだか”がはっきりとわかる、そんな声と方向だった。


「この決闘は解消する。直ちに職務を全うせよ!」

Jaヤー(はい)!」


 ギルバートが最初に、龍野はギルバートにならって返事をした。


「ああ、そうだ」


 思い出したように二の句を告げるエーデルヘルト。


「須王卿、騎士服に着替えた後で『玉座の間』に来るように。ヴァイスも一緒に、だ」


 何故か二人を呼んだエーデルヘルト。

 当然のことだが、龍野にもヴァイスにも通じている。


「お父様、一体……?」

「ここでは話せぬ。これから私の言うことは、内密に済ませる話だからな」


 エーデルヘルトは、娘であるヴァイスの質問を厳かに遮った。


     *


 騎士服に着替えた龍野は、従者に誘導されて『玉座の間』前まで来た。


「では私は、これにて」


 役目を終え、静かに去っていく従者。

 残された龍野は、先程の決闘場に入る直前とは比較にならないほど緊張していた。

 当然の反応だろう。

 一国の元首と顔を合わせるのだから。


「龍野君」


 そこにヴァイスが来た。

 半ばエーデルヘルトに連れてこられたていで、だ。


「入れ」


 エーデルヘルトは入室するや否や、龍野に命じる。


「さて、須王龍野よ。一つ確認だ……お前はヴァイスから騎士に叙任された、間違いないな?」


 歩きながら、玉座に着席するエーデルヘルト。


「はい」


 龍野は自身とエーデルヘルトとの間にある、巨大な差を感じていた。

 ゆえに返答を拒否することも、嘘を吐くことも出来なかった。


「そうか。ではヴァイスよ、お前に問いたいことがある」

「はい……お父様」


 返事ははっきりしているも、心なしか固い表情のヴァイス。僅かに目線を下げる様は、俯いているようにも見える。


「この者を騎士に据えたのは、お前の意思によるものか?」

「はい……私の意思に基づいて叙任しました……」

「そうか。では話を進めよう」


 エーデルヘルトは一旦話を切り、静かに息を吸ってから二の句を告げた。


「最初にお前が、護衛の騎士をつけたい……そう聞いたときは、お前も王族としての自覚を持つようになったのだなと、私は感心した。しかし実際は、異国よその者を幼馴染というだけで騎士に据えた……その事実を知ったとき、私は失望したのだ。だから私はお前の騎士叙任権を、今年一年の間剥奪することにした」

「お待ちくださいお父様!」


 ヴァイスは突然、エーデルヘルトに抗議した。


「お父様……私達『水』と『土』が同盟関係になったことはご存知でしょうか?」

「当然知っている」

「彼はその『土』の魔術師です。私が彼を騎士に据えたのは、そういった理由があったからです」

「承知している。今更この者の騎士身分を剝奪する、などといったことはしない」

「お父様……」


 ヴァイスが安堵しかける。


「だが、同盟が解消されないとも限らない。それにこの者は、単なる平民に過ぎぬだろう」

「っ、お父様! 彼を侮辱するのはおやめください!」


 エーデルヘルトの何気ない一言に、取り乱すヴァイス。

 それを見たエーデルヘルトは、僅かに首肯した。


「お前にそのような弱さがあるから、私は失望しているのだよ。やはりお前に叙任権を与えるのは、まだ早すぎたようだな」

「………………」


 自らの弱点を指摘され、再び俯くヴァイス。

 そんな娘から目をそらし、エーデルヘルトは再び龍野に視線を向けた。


「再び問おう、須王龍野」

「はい」

「我らがヴァレンティアの民として、生きる気は無いか?」


 それは龍野には重すぎる質問だ――ヴァイスは内心で、父親に意見した。

 しかし龍野の出した答えは、意外なものだった。


「今この時点では、貴方……いえ、陛下の民の一人として生きる気はございません」

「ほう。それは何故だ?」

「私は、日本という国に生まれたことを感謝しているからです」

「なるほどな…………。流石は須王の家の者か」

「陛下……失礼ながら仰られる意味がわかりません」

「いや、いいのだ。今の言葉は、単に私の独り言である。気にするな」

「はっ」


 部屋に訪れる沈黙。


「失礼します、陛下!」


 一人の執事が、急いだ様子で手紙を差し出した。


「ご苦労。下がるがよい」

「はっ!」


 エーデルヘルトは執事の姿が見えなくなるのを確認すると、渡された手紙に目を通し始めた。


「な……何だと!?」


 すると十秒も経たぬうちに、眉を曇らせた。


「手紙には何と? お父様」


 それを見て取ってか、ヴァイスが恐る恐るといった調子で訊ねる。


「私達『水』にとって、非常に重大なことだ。心して聞け、ヴァイス……それに、須王龍野!」

「はい!」


 二人揃って、大きな返事をする。


「では読み上げよう。我々『水』『土』の同盟に対し……」


 一瞬の間が置かれる。ヴァイスと龍野は、言いようの無い不安と悪寒を感じ取った。


「『闇』が魔術戦争の宣戦を布告した」


 部屋にエーデルヘルトの声が、厳かにこだました。


「お父様……それは間違いないのですね?」


 沈黙を最初に破ったのはヴァイスだ。

 信じたくない、そういった様子で訊ねた。


「ああ。中央本部から魔術印付きで届いた手紙だ。一切の虚偽は無い、そういった暗黙の宣誓がされている……その上で記されている」


 苦々しい表情で断言したエーデルヘルト。


「これからは忙しくなるぞ、ヴァイス……そうだ須王龍野、お前に一言言っておかねば」


 龍野はその言葉に居住まいを正した。


「須王龍野……お前に誉れあれ」


 そう言い残し、部屋を出た。

 残された二人は、その場を動けずにいた。

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