第二章七節 いざ、決闘

「ん。起きたのね、龍野君」


 既に部屋にいたヴァイスは、ゆっくりと、龍野の近くに座る。


「ああ」

「何か用かしら?」

「聞きたいことがある」

「何でもいいわ」

「今朝の事件はお前も見たよな」

「ええ、そうよ。それが?」

「俺が聞きたいのは、お前が言った『いずれ力を貸してもらうことになる』ってことについてだ。ありゃあ、どういう意味だ?」

「話せば長いわ。それでもいいかしら?」

「ああ、聞かせてくれ」

「わかったわ」


 ヴァイスは一度大きく深呼吸し、ゆっくりと話し始めた。


「私達魔術師は“監視役”に見張られている、ってことは座学で言ったわよね?」

「言ったな」

「監視役が協議して、『闇』の発言権を下げる制裁をするわ。けれど協議の際に、証人を召喚して尋問するの。龍野君にはそれに応じてもらう。それが『力を貸す』ってことよ」

「つまり見たままを話せと?」

「そうよ。ちなみに、その証人尋問のときに嘘は通用しない。的中率百%の魔術で真偽をチェックされるから。まあ龍野君が嘘をつく理由も無いだろうけど」

「わかった、ありがとう」

「他には?」

「証人尋問は、どれ位続くんだ?」

「二、三時間。これでいい?」

「ああ。それじゃお休み」

「ええ、お休みなさい」


 龍野は再度疲れに身を預ける。そしてそのまま、眠りに落ちた。


     *


 翌朝。

 龍野は目を覚ますと、ヴァイスは既に起きていたのを見る。


「おはよう。早起きだな」

「ええ。ついさっき、協力者から連絡があったの」

「一旦収集が付いた、ってやつか?」

「ええ。もう帰れるわ」

「マジか! なら早速頼むぜ」

「ええ。それじゃ、来た時と同じように帰ってね。チケットは既に手配したわ」


 一時間後、二人はベルリン・テーゲル空港に着いた。


「それじゃあね、龍野君」

「またな」


 短い挨拶を交わしたあと、引き返すヴァイス。

 その様子を見送った龍野は、足早に搭乗ゲートに向かった。


「さて、私も出来る限りのことはしないとね。得意の宝石術で」


     *


 さらに日付が進み、土曜日を迎えた。

 龍野は前日に、ヴァイスの手引きで、城まで送ってもらっていた。

 なお、起きてからは、既に騎士服に着替えている。城内の服装規定を守るためだ。


「今日が決闘の日か……。

 やってらんねえぜ」


 ぼやく龍野。

 そこにヴァイスが走ってきた。


「龍野君」

「ああ、わかってる。案内してくれ」


 ヴァイスに案内される龍野。


「何だ? これ」


 しばらくすると、龍野にとっては見慣れない建物に着いた。


「騎士宿舎よ。日本の自衛隊で言う駐屯地ね」

「ひょっとして……この中が決闘の舞台、なのか?」

「ええ」


 頷くヴァイスを見て、龍野は覚悟を決める。


「やるしかない、か……」


 その様子を見たヴァイスが、何かを見せた。


「龍野君」

「何だ?」

「ちょっと待ってて」


 ヴァイスがしゃがみ、ズボンのベルト通しを弄ぶ。何かを結わえているようだ。


「左ポケットに結び付けたから。龍野君、右にハンカチを入れてたでしょ」

「ああ。ところで、それだけでいいのか?」

「いえ。龍野君、この宝石を握って魔力を込めて」

「こうか?」


 龍野が魔力を込めると、石が青く光り輝いた。


「もういいわ。これで龍野君の障壁は、決闘が終わるまで使えなくなったわ」

「そうか。一般人には、障壁すら明かせないからな」

「そういうこと」


 石をポケットに戻す。


「龍野君。クローゼットに一着、黒の運動着があるから、着替えてね」

「あいよ」

「そうだ、言い忘れてたことがあったわ」


 もったいつけた様子で、ヴァイスが言った。


「貴方なら勝てるわ。信じてる」

「ありがとうよ」

「さあ、行きましょ」


 ヴァイスは再び龍野を歩ませた。


     *


「須王卿ですね? お待ちしておりました」


 部屋から出ると、従者と思しき男が控えていた。

 うやうやしく龍野に話しかけてくる。


「こちらです。私の後に」


 先導役だ。

 歩いて二、三分ほどしてから、更衣室らしき場所に着いた。


「こちらで準備を。終わりましたら私に話しかけてください。その前に」


 何かを手渡す従者。


「姫様からです」


 手渡されたのは、龍野用のナックルダスターが二つだ。


「わざわざありがとうさん」

「これが私の役目ですので。

 では、お待ちしております」


 言うなり、すぐに従者は部屋を後にした。

 龍野は上から順にボタンを外し、着替えを始めた。


     *


「終わったぜ」


 従者に話しかける龍野。


「承知しました。ではこちらに」


 再び歩き始めた二人。

 今度は決闘場に案内される。


「こちらです。ご健闘を」


 従者が歩みを止める。龍野も一度立ち止まり、ナックルダスターに指を通し、握りしめる。

 意を決し、決闘場に足を踏み入れた。


     *


「逃げずに来たか、須王卿」


 入場するや否や、ギルバートが挑発する。

 観覧席では、アイザックが結果を見届けんとしていた。


「姫様の要望だからな。それに優劣ははっきりさせねえといけねえ。面倒事は一度で十分だ。」

「まあ、確かにな。それは認めよう」


 頷きながら、自らの腰に手を回すギルバート。


「双方、武器を構え!」


 一拍して、ヴァイスの声が響いた。

 龍野とギルバート、互いに用意した武器を構える。


「これより、騎士須王龍野と騎士ギルバート=レオンの決闘を開始する。立会人はこのヴァイスシルト・リリア・ヴァレンティアが行う。決闘を終える条件は、必要以上の手傷を負ったときのみとする!」


 眼前のギルバートを見据えつつ、ヴァイスの口上を聞き入れる龍野。

 しかし同時に、いつでも動けるよう態勢を整えた。


「では――――始め!」


 号令を聞いた瞬間、疾風のごとく駆ける龍野。

 ギルバートも同様に仕掛ける――が、龍野の速度が僅かに上回っていた。


「はっ!」


 自らを鼓舞する掛け声を上げつつ、右腕を狙う。手を狙わないのは龍野なりの配慮だ。


「!」


 ギルバートが顔をしかめる。龍野は必要以上の手加減をせずに、第二撃を放つ。狙い違わず、拳は心臓へ――しかし、咄嗟に出した右腕に弾かれる。


(ここは一気に……!)


 龍野はそれすら気に留めず、再び胸部を狙う。


「なめるな!」


 だが、ギルバートからの蹴りが命中する。ダメージは浅いが、強制的に距離を取らされるハメになった。


「ふっ!」


 木刀が袈裟切りに振り下ろされる。

 龍野は右腕を狙い、振り下ろしの動作を止めにかかる。


 果たして――龍野の繰り出した拳は、木刀による一撃を防いだ。


(ただ単に、“知り合いだから”……という理由で、騎士になったワケではないというのか?)


 内心で龍野について考え直すギルバート。


(なるほどな……姫様は、こいつの腕を見込んで騎士に据えられた、か……! 少しこの男について、考えを改めなければな……)


 その間にも、容赦なく龍野の拳は迫る。

 だがギルバートは冷静に受け流し、がら空きの背中へ一撃を加える。


「チッ……!」


 背中に鈍痛。思わず顔を歪める龍野。


(さすがは先輩騎士、といったところか……。申し分ない実力だ。

 だがどんな目的であれ、ヴァイスがわざわざ俺を騎士にしたのは俺の腕を見込んでくれたからだ。それを裏切るワケには……!)


 木刀による第二撃が迫る。龍野は拳で弾き、動きが止まった隙を突いて胸部に一撃。


「ぐうっ……!」


 まともに受けたようだ。もしギルバートの鍛錬が浅ければ、この一撃で戦闘不能になっていただろう。


「須王龍野……」


 ギルバートが、龍野の名前を呼ぶ。


「何だ?」


 龍野は攻撃の腕を止め、バックステップで一度距離を取った。


「私は貴様を軽視していたが……これほどとはな。貴様が騎士に据えられた、という事実は気に食わない。だが実力だけは認めよう」

「お褒めに預かり光栄だ、レオン卿」


 その意外な賛辞に対して龍野は、半ば皮肉、しかし半ば先輩への敬意を込めて言葉を返す。


「その実力に敬意を評して、この剣を振るおう」

「なら俺も、それに相応しい心構えでないとな」


 お互いがお互いの武器を構え直す。


 次の瞬間――二人は真正面からぶつかり合った。互いの全力の一撃が叩き込まれる――!


「うおおおおおおおおおおっ!」

「はああああああああああっ!」


「そこまでだ!」


「!?」


 突如として響いた声に、龍野、ギルバート、そしてヴァイスまでもが声の主へと視線を向けた。


「双方武器を収めよ。このエーデルヘルト・レーベ・ヴァレンティアの名において命ずる!」


 声の主は、ヴァレンティア王国が現国王――エーデルヘルト・レーベ・ヴァレンティア――であった。

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