第二章五節 新たなる敵

 黒球が、目の前で爆ぜた。


「!?」

「何、だと……!?」


 何事かと思って周囲を見渡すと、炎の球が飛んできていた。

 再び黒球に命中し、その一部を爆破する。

 何度も繰り返し、その体積を徐々に削り取っていった。


「味方か……?(だが、こんな味方がいたとは思えない。一体誰だ……?)」

「違うな。恐らく我々の敵だ。恐らく、最低一人は『炎』……」


 意外な所から解答がもたらされた。

 答えたのは、麗華だ。


「お前にとっても敵なら、第三勢力か……!」

「そうだ……ッ、避けろっ!」


 麗華から警告が発せられた直後、龍野は反射でバックステップしていた。

 その刹那、複数本の矢が龍野と麗華のいた場所を高速で通り抜けた。

 着地が完了したタイミングで球と矢が飛んできた方向を見上げると――


 二人の男女がいた。


 赤い服に炎の様な剣を携えた男と、学生服に弓を携えた女。遠目でもわかる程宙に浮いている。恐らく魔力で浮遊しているのだろう。


「『闇』……『土』を殺させないつもり?」


 女が呟く。


「構わない。まとめて撃破すればいいだけだ、弓弦」


 男が話し出す。


「俺は直線勝負を仕掛ける。そこから援護を頼むぜ」

「了解」


(遠近両距離から攻めるつもりか……)


 龍野はガントレットを嵌めた腕を構えた。


「須王龍野……提案がある」


 麗華が切り出す。


「何だ」

「この場を脱するために、ここは共闘しないか?」

「断る」

「何故だ?」

「殺人鬼の助けを受ける気は無いんでね」


 龍野は淡々と話を打ち切った。


「ふっ……」


 麗華は大鎌を構え、後方に下がる。


「厄介だな……。俺一人で何とかしろ、ってか……!? ここは切り抜けるしかないな……!」


 龍野は拳を構え、男に肉迫する。


「ふっ!」


 男が反撃してくる。

 剣が体の脇を高速で通り抜けていった。


 絶え間なく攻撃していると、龍野のすぐ近くで金属音が響いた。恐らく、大鎌で矢を弾いたのだろう。

 この行動の真意は理解出来ないが、ひとまず今は麗華に感謝した。


「はあっ!」


 龍野は自らを奮い立たせる叫び声をあげると、さらに男に突っ込んで行った。そしてその勢いのまま、能力を立て続けに発動して全力の拳を打ち出す。


 果たして――拳は障壁に弾かれた。だが完全に無効という訳でもなく、僅かにヒビが入ったようにも見える。


 しかし男本人に通じていない事は事実なので、一度距離を取った龍野。

 ふと、合宿前のヴァイスの言葉を思い出した。

 “貴方にとって有利なのが『雷』と『炎』”という言葉を。



(あの男の属性は、『闇』と話している間に確認済みだ。奴の属性は『炎』。つまり――やりようによっては、撃破出来ないこともない。

 いや待て。

 冷静になれ。一歩引いて考えろ、須王龍野。


 現状で炎剣男と大弓女の二人を潰すにはあまりにも不利だ……!)


 ならばどうすればいいか? 簡単だ。


(“ヴァイスが到着するまでの間持ちこたえ、且つ『闇』と二人組を撃退し、急いでこの辺り一帯から抜け出す”事だ!)


 意識を現実に戻し、腕を構え直す。

 僅かに踵を浮かせ、素早く突っ込もうとした――その時。


 矢が腕部分に飛んで来た。障壁を貫通していないので腕へのダメージは無い。


「クソッ! 仮にも魔術の加護を受けたこの矢を防ぐとは……」


 女が舌打ちする。

 しかし龍野が怯んでいる間に男が突っ込んで来る。


(マズい、先手を取られた――!)


 男が剣を振り出す。


(させるか……!)


 だが龍野が丁度怯みから立ち直ったタイミングだった為、腕を払われた。


「お返しだ!」


 拳脚一閃。レガースで腕全体を弾き、顔面目がけて拳を叩き込む。ガントレットの重量は数キロ単位だ、同じ重さのハンマーで殴られた時と同様のダメージが入る。

 しかし龍野は魔力を込めていなかったため、今の一撃は決定打にはならなかった。男を大きく吹き飛ばし、態勢を整える時間を僅かに稼ぐに留まる。

 龍野は一撃を加えたのを確認すると、すぐさまバックステップして距離を稼いだ。


 再び加速する龍野。すると障壁が展開した。女の放った矢が龍野に向かって飛んで来たのだ。

 合宿前のヴァイスの言葉の続きは、“不利なのが『草』と『空』”だ。龍野にとって相性が悪い。


(けど、障壁はまだ大丈夫そうだな……?)


 だが、矢は龍野の障壁に大したダメージを与えなかったらしい。加速をやめず、拳での連撃を繰り出す。


「うおっ!」


 と、『闇』の鎌が龍野の近くを通った。結果的に男から距離を取ってしまい、攻撃を強制的に中断する羽目になった。


「忘れたのか? 私との協力を拒否した今、お前は敵だ。敵ならば、危害を加えても不思議ではないだろう?」


 龍野は先ほどのやり取りを、すっかり失念していた。


(そうだ、これは三つ巴の戦いだ……)


 龍野が離れた隙に、男が立ち上がって態勢を整えた。

 タイミングを見定めているが、なかなか思い切れない。


(問題はいつ攻めるかだが……。いや違う、今しかない!)


 覚悟を決める龍野。

 麗華を尻目に再び急加速し、男を殴り飛ばそうとしたその時――


「『抜刀術・静水せいすい』」


 そう男が呟くのを聞いた龍野は、反射的に腕を胴の前に構える。

 ほぼ同時に、ガギィンという金属音が響いた。


「ほう……攻撃の隙を狙ったつもりなんだが、さすがと言ったところか。それに障壁も、なかなかのものだ」


 龍野は腕を下げず、隙間から様子を見る。男の手には、相変わらず剣が握られていた。


(くっ……居合切りとは予想していなかった。正直まずい。奴は尋常じゃなく強い……!)


 荒事に慣れた龍野ですら、男は手こずる相手だ。そうでなければ、防御の構えなど取らず、一息に殴り倒している。


「どうした? 抵抗して来ないのか?」


 男が挑発しているが、龍野は乗らない。

(もしも乗ったら、間違いなくさっきの斬撃を食らうだろうな……!)

「右だ須王龍野!」


 麗華が叫ぶ。


「ぐぅっ!」


 だが一歩遅かった。龍野の障壁に、矢が何本も命中する。


(まだ、障壁は破られてないが……っ!)


 ヴァイスが到着するまで持ちこたえるかどうかわからない。

 出来れば、一刻でも早く来て欲しいと思っている。情けない話だが、生き延びるにはそれしか無い。


(くっ……捨て身でしのぐか!?)


 龍野が覚悟を決めかけたとき――


「待たせたわね龍野君!」


 突如として声が響いたかと思うと、龍野の体は空中に持ち上げられていた。


「ヴァ……ヴァイス!?」

「ジャスト五分、何とか間に合ったわ」


 ヴァイスの姿は見えない。透明化しているからだ。龍野を片腕で運びつつ、もう片方の腕から光弾を連発して牽制するヴァイス。


「それよりも、今すぐ重量調節グラビティを使ってくれる? このままだと重くて落としそうなの」

「あ、ああ……!」


 言われてから、慌てて自分の体重を零にする龍野。


「ふう、軽くなったわ。これで当面は大丈夫そうね。それじゃ龍野君、全速力で逃げるわよ!」


 ヴァイスが言い終えると同時に、龍野の姿が消えた。そして龍野にかかるGが急速に大きくなる。龍野を透明化させて、かつ、加速を始めたようだ。


「消えた!? くそっ!」


 女が叫び、龍野の飛ぶ方向に弓を向ける。


「おっと、相手は私だ!」


 それを麗華が連射系魔術で阻む。


「忘れてもらっては困るな」

「何故だ? 『闇』、何故お前は『土』を助ける?」


 男が訊ねる。


「理由など、何だっていいだろう。それよりお前達の相手はこの私だ。私以外とは戦わせないからそのつもりでいろ」


 麗華は男の質問を一蹴した。


「さあ、再び刃を交えようか――!」


     *


 遥か後方での戦闘音を龍野は聞いていた。


「結局、あの女……崇城麗華に助けられたが、一体何が目的だったんだ?」

「さあ。けどはっきりしたことが一つあるわよ。彼女の目的が何であれ――」


 ヴァイスが一旦区切ってから話を続ける。


「今回の彼女の凶行は、許されざる行為だわ」


 そう。麗華の目的が何であれ、“民間人殺害”という大事件を起こしたのだ。


「龍野君にはいずれ力を貸してもらうことになるかもしれないわ。そのときはお願いね」

「頼まれなくても、助けられた恩があるんだ。きっちりやるさ」


 そしてヴァイスは龍野を吊り下げたまま、全速力で龍野の自宅まで運んだ。


     *


「ふう……ここまで来れば一安心ね」


 須王家の玄関前に到着したヴァイスは、龍野を降ろしてから着地した。

 そして家に入ると同時に、自身と龍野にかかっている透明化を解除した。

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