第二章四節 『闇』の戦士、襲撃

「須王龍野に通告する。直ちに屋上に一人で来い。万が一来なかった場合、もしくは二人以上で来た場合は、人質として確保している生徒九名を殺す」


 まるで、龍野が今来たばかりであるというのを見ていたかのようなタイミングだ。


「ふざけるな!」


 内容を聞いて龍野は思わず叫んだ。だが、すぐに冷静な思考を取り戻した。

 これは恐らく、脅しではない。正真正銘の警告にして、“殺害予告”だ。


 行くしかない――そう思った龍野はヴァイスに念話で連絡を入れた。


『もしもし、ヴァイス。今、近くのホテルにいるか?』

『そうよ。何、龍野君?』

『学校が占拠されてる。事と次第によっては魔術を行使するかもしれない』

『何ですって!? 五分待ってて、すぐにそちらへ向かうわ!』

『駄目だ、ここには来るな! 生徒九人の命がかかってるんだ!』

『くっ……何てこと!?』

『ああ、めちゃくちゃだ! けど聞き分けてくれ!』

『わかったわ、一つだけ聞かせて。それは自力で解決出来そうな問題?』

『出来るさ。と言うか、俺がやるしかないんだ』

『任せるわよ。ただし、龍野君の命が危なくなったら、すぐに向かうわ。発信機は付けてるわよね?』

『ああ、制服のポッケに入れてるさ。それじゃ切るぜ。いつ人質が殺されるか、そして俺に危害が及ぶかわからないからな』


 そうして念話を終え、屋上へと向かった。


     *


 重い荷物にも構わず、全力で階段を駆け上がる龍野。


「ねえ、待って!」


 すると、分厚い革の装丁をした本を持った少女が現れ、龍野を呼び止めた。


「何だ、嬢ちゃん? 急いでいるんだ、止めるんじゃねえ!」

「いいから!

 これ、使って!」


 少女が渡したのは、小振りのナイフだ。


「わ、わかった! ありがとう!」


 龍野は少女にお礼を言うと、更に階段を駆け上がって行った。


「ふふふ……あのナイフに触れたが最後、あの二人の関係は決裂するわね。それじゃ、この後の展開をゆっくり眺めるとしましょうか……」


 龍野が去った後、少女は不敵な笑みを浮かべていた。


     *


 屋上に到着すると、即座に荷物を放り捨て、ドアを開け放つ。

 龍野の目に、九人の縛られた生徒が映った。


 すぐさま、助けようと駆け寄る。


「あんたら、大丈夫か!? 今助けてやる!」


 少女から渡されたナイフを使い、縄を切り裂く。


「よし、切れた!」

「あ……ありがとう!」


 ドアから校舎内に逃げようとする九人の生徒。

 ドアを開け放とうとしたそのとき――


 ドアノブに手を掛けた男子生徒の首が、地面に落ちた。


「うわあああああああああああああっ!」

「きゃああああああああああああっ!?」


 八人の男女の悲鳴が屋上に上がる。そんな中、龍野だけは冷静だった。


「お前ら、その場を動くな!」


 ドアノブに触れる龍野。

 すると、龍野の近くにいた三人の女子生徒の首が次々に飛ぶ。


(!?)


 今度ばかりは、龍野も動揺を隠せなかった。

 怪現象が二度も続けば、そうなろうものだ。


 何せ、ドアノブに触れただけで人間の首が飛ぶのだから。


 龍野は動揺に耐え切れず、手に持っていたナイフを落とした。


「くっ……お前ら、ドアに近づくな! おい! 誰かは知らねえが、俺に用があるならとっとと来やがれ! 俺はここにいるぞ!」


 生き残った五人に指示を飛ばしつつ、呼びつけた人物を探す龍野。


 するとその直後――黒髪の女が、龍野の眼前に立ちはだかった。

 ゴスロリ衣装を纏い、両手には大鎌を携えている。まるで黒という色を人間にしたような容姿だ。


「お前か……四人を殺しやがったのは!」


 龍野が問い詰める。


「殺した? 何のことだ?」


 女性が答える。


「鎌に血が付いてやがるのに……てめえ、それでも言い訳するのか!?」

「何を言っているか分からんな。まあいい」


 女性は鎌を地面に突き立て、スカートの両端をつまむ。

 そして右足を左足の後ろに持っていきながら、頭を下げた。


「私は『闇』の崇城麗華たかぎれいかだ。以後よろしく」


 あまりにも、優雅な一礼。

 それが龍野を、怒りへと駆り立てた。


「はぐらかすな! どういう目的だ!?」

「お前と一対一で戦い、力を見定める事だ」

「ふざけるな! そんなことのために、何の関係も無い四人を……」

「お前の無力を示す為だ。予言しよう、『お前は今生き残っている五人も助けられない』と。それに、だ」


 麗華は一拍置き、淡々と龍野に告げた。


「お前を招く手段を選ぶ気は無い。そうでなければ、魔力を仕込んだ糸を辺り一帯に拡散した意義も無い。そうだ、いつかの昼に指を切ったろう?」

「……」


 龍野は答えない。


「まあいい。お前がその糸に触れたとき、お前の正確な情報が全て流れ込んできた。だからこうして、今日この場に立っているのだ」

「くっ、この間の指の切り傷はそういうことか……。だが、一般人を巻き添えになど……!」

「御託はいい」


 麗華が遮った。


「私が今最重要としているのは、お前との一対一での対決を実現できるか否かだ。それ以上の話など必要無い」

「お前の理由など知るか! おいお前ら!」


 ガントレットとレガースを纏い、五人に呼び掛ける龍野。


「俺が援護するから逃げ――」


 言い終えるよりも先に、大鎌を手に突進してくる麗華。鎌が振り出されると同時にバックステップするが、鎌の先端がレガースを掠めた。予想以上の攻撃速度だ。

 距離を取って態勢を立て直そうとすると、何かが足に引っかかる。

 それと同時に、爆発が起きた。

 爆風は障壁で完全に弾かれたようだが、様子が一段落してから周囲を眺めると……無数の金属球が地面に転がっていた。

 そして……血溜まりを作り、倒れる男子生徒。


「おいお前、しっかりしろ!」


 必死に呼び掛ける龍野。だが男子生徒は返事をするどころか、既に呼吸すらしていなかった。


「おいっ……!」

「クレイモア地雷だ」


 麗華が淡々と、話しかけてくる。


「私達『闇』は罠を仕掛けるのが得意でな……お前が来る前に、至る所に仕掛けておいた」

「くっ……!」


 龍野は歯噛みした。


(今の状況は、間違い無く俺にとって最悪の状態で、あいつにとって最高の状態だ……)


 龍野は床を蹴って、麗華目がけて疾駆していく。

 すると足元から、剣山が射出された。レガースのお陰でダメージは無いが、さっき後退する時に通った所だ。いつの間に仕掛けたのだろうか。

 と、龍野から離れた場所にいた女子生徒の一人が、剣山に足をやられたようだ。どうやら、龍野の想像よりも広範囲に広がっていたらしい。


「大丈夫か!? クソッ……!」


 そこに大鎌を振りかぶった麗華が迫る。

 龍野は麗華の大鎌の柄をガントレットで受け止め、強引に数歩だけ押し込む。


「お前……! いい加減にしやがれ……!」

「ほお、傷ついた者を助けようとするか。良い心がけだ」


 一瞬だけ、笑みを見せる麗華。


「だが、全くの無駄なようだなッ!」


 麗華が龍野の脇腹を蹴る。


「ぐっ……!?」


 勢い良く金網に叩き付けられる龍野。想像以上の衝撃だった。

 衝撃で動けない龍野の眼前で、大鎌を振る麗華。


 足を傷つけられた女子生徒が、なすすべなく首を刎ねられる。


「クソッ……! この野郎があああああっ!」


 激情に駆られ、疾駆する龍野。

 すると龍野の足元を、黒いボールが通り過ぎた。


(ッ、蹴飛ばさねえと――!)


 そう思った時には、既に手遅れだった。

 近くで動けずにいた三人の生徒達が、爆発と同時に跡形も無く吹き飛ばされる。

 その様子を、龍野は愕然と見つめる他無かった。


「手榴弾だ。魔力入りの、な」


 麗華が口を開く。


「お前にとっては大した脅威では無いが、生身の人間である彼等では耐えられなかったな」

「………………」

「どうした、須王龍野?」

「許さねえ……崇城麗華、俺はお前を許さねえ!」

「おいおい冗談は困るな。最初の四人に対し、私は何もしていない。残った五人も、勝手に死んでいっただけだ」

「ふざけるな! そんな屁理屈、誰が聞くか!」

「少なくとも最初の四人には、絶対に手を出していない。だがもしあの時、お前が人質達の傍に居続けていたら、そのときには、九人全員が死んでいただろうな」

「はあ!? どういうことだ!」

「お前が使ったナイフに何かがあった。そう思うのが順当だろう? お前のナイフを見た瞬間、私の記憶は途切れた。これだけは紛れもない事実だ」


 麗華が淡々と説明する。


「もう一度言うが、最初の四人が死ぬ切っ掛けを生んだのはお前だ」

「くっ……だが、そうだとしても! だからと言って、生き残った五人まで殺すのか!?」

「勘違いするな須王龍野。お前がナイフを使わなければ、九人とも死ななかった。私に人質を殺す意識は無かった」

「誰が信じるかそんなこと! クソッ……」


 内心で九人の死を悼む龍野。

 だが麗華は龍野に構わず、言葉を続ける。


「お前が何も考えずにナイフに触れた、その時点で彼等九人は助けられない事が確定した。私が人質達を殺したのは、せめてもの情けだ」

「ふざけるな! まだ助けられる余地はあっただろうに……!」

「知らないようだな。お前があのナイフに触れたが最後、私の体は無意識に支配され……ぐっ!?」


 びくびくと痙攣する麗華。


「おい! どうした!?」

「…………どうやら、これ以上は黙っていろということか……だが須王龍野、これだけは言っておく!」


 一拍間を置き、続ける麗華。


「遅かれ早かれ、どの道彼等は全員死んでいただろう。お前の軽率が原因でな!」

「くっ………………」

「長口上はこれで終わりだ、須王龍野!」


 麗華が大鎌を振るい、疾駆する。龍野は跳躍して回避と同時に距離を稼ぐも、剣山のすぐ側に着地した。

 油断すると、大鎌か罠どちらかの餌食になりそうだ。だが龍野は躊躇せずに、麗華を撃破する手を選んだ。

 だがその前に、やることがある。


『ヴァイス、緊急事態だ。出来る限り最速で来てくれ』


 走りつつも構えを解かず、麗華に向き直ったまま念話を始める。


『逃げる訳には行かない。今逃げたら多分、大勢の民間人を巻き込んじまう!』

『わかった、五分でそっちへ行くわ!』

『長いな……。けど、分かった。何としてでも、持ちこたえてみせる!』


 短い念話を終えると、麗華が話しかけてきた。


「さすがだ須王龍野……私が見込んだだけの事はあるッ!」


 麗華が叫ぶ。


「そうだそのまま来い! 来て私に一撃を振るってみせろッ!」

「うおおおおおおおおおおっ!」


 龍野は拳を構え、出来得る全ての準備を整えた。必殺の重ね合わせだ。これさえ決まれば、場の状況は一気に変わる!


「おらあっ!」


 激情に任せ、全力の拳を振るった。


「甘い」


 だが、拳は鎌に防がれた。


(なんて強度だ……! 傷一つ、付いてねえ……!)


 心中で毒づく龍野。


「遅く、軽く、響かない! こんなものでは、鎌を砕く事はおろか私を撃退することすら出来ないだろう! 所詮未熟者だな、お前は!」

(勝手な事を……!)


 龍野は再び全ての能力を拳に込め、一撃を振るった。


「だから甘いと言っている! この程度じゃないだろう、もっと力を見せてみろ!」

「ぐっ……」


 麗華を見据えつつ、落ち着いて拳を構え直す。


(正直自信は無いが……近距離がダメなら遠距離だ!)


 龍野は、自然に頭に浮かび上がった言葉を口ずさんでいた。


「『只の土塊と思うなかれ 全てが汝を削り砕く』」


 連射系の魔術だったが、これまで使ったものよりも光弾が大きく速い。何せ一発一発が、人間の頭以上の大きさを持つのだ。


「無駄だ!」


 しかし、全て鎌で弾き飛ばされる。

 だが、それこそが龍野の狙いだ。


「フッ!」

 急加速し、再び疾駆した。


「もう一撃!」


 速度に任せ、素早く拳を振るう。果たして――拳は麗華の左肩を捉え、関節を粉砕した。


「ぐあっ……なかなかやるな、それでこそだ。ならば私も、少し本気を出さねばな!」


 女が片手で鎌を回し始めた。龍野は警戒し、一旦距離を取る。

 すると、鎌を回した軌跡に紫色の魔法陣が浮かんだ。


「『純黒の闇よ……どうして汝はこんなにも黒くそして美しい? その美しさを我に示してくれ給え』」


 離れてから龍野は、間違ったと後悔した。鎌を回してできた空間に魔法陣が現れ、術が発動される。

 放たれたのは巨大な黒球だ。恐らく純度の高い魔力塊。直撃すれば、多分一発で死ぬ。


み込めっ!」


 麗華が叫ぶ。


(間に合うかっ……!)


 障壁に割けるだけの魔力を纏い、黒球を受け流そうとする。

 黒球が迫ってきた。足を踏ん張り、真正面から受け止める準備を整える――!


 すると、黒球が目の前で爆ぜた――。

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