第二章 非日常の入口

第二章一節 穏やかな日常、再び

 自宅に帰って来てから二日後。

 龍野は何ことも無かったかのように登校していた。


「俺がここに来たのは初めてか……。一通り、クラスにグループができた頃か?」


 鍛錬も兼ね、ジョギングで登校している。

 ハッキリ言ってかなり浮いているが、当の龍野は気にしていない。

 昇降口まで走りきると、手早く学校用靴に履き替えた。そして駆け足で、教室まで向かう。

 ガラッとドアを開け、割り振られた席に向かう。

 鞄を置き、そして素早く授業の準備を済ませて屋上へ行く。


 屋上――それは龍野にとっての憩いの場。

 しかも龍野の通っている高校は、手入れの行き届いた庭園になっている。


(昼飯を食うにも、最高の場所だろう……)


 ぼんやり思索にふけっていたら、屋上庭園入口の扉が開いた。


「お? 俺より早くここに来るやつもいるもんだな」


 扉を開けたのは、一人の男子生徒。

 あまり日には焼けていないが、引き締まった体はスポーツマンだと一目でわかった。


「誰だ?」

「俺は吉岡祐一よしおかゆういち、お前と同じ1-Eだ。一年間、宜しくな」

「俺は須王龍野だ。こちらこそ宜しく」

「ところで今日の放課後、中学のヤツとメシ食いに行くんだが……メンツが足りなくてよ。お前も来るか?」

「いや、悪いが遠慮する(何だこいつ、やけに馴れ馴れしいな? こんなもんなのか?)」

「そうか……また空いてる時にするぜ、須王」

「ああ、そうしてくれ」

「ところで、部活はどこに入った? 俺はバスケ部だが……」

「やはりな。俺か、どこにも入ってないぜ。強いて言うなら帰宅部だ」

「へえ、珍しいな。お前くらいガタイの良い奴なら、どこの運動部からも引っ張りだこだろうに」

「家で鍛えているからな。部活なんて入ってる暇が無いぜ」

「ところで、お前……」

「何だ?」

「須王流格闘術って、お前の家と関係があるのか?」

「ああ。俺の祖父が始めた。今鍛えてるけど、親父から格闘術を教え込まれてるからな」

「すげえなあ」

「そんなでもねえよ。さっき言ったみたいに部活にも入れない、しかも毎日鍛え続ける。思ってるよりめちゃくちゃ大変だぜ? まあ力と喧嘩のスキルは身に付いたが」

「それでもそこまでのガタイになるなんてよ。羨ましいぜ」

「気になるんなら、今度親父に紹介しようか?」

「それはいいや……俺でもぶっ倒れそうだし」

(こいつ……吉岡、だったか。こいつなら、いい友達になれそうだな。俺の勘だけど)


 龍野は「じゃあな」と言うと、教室に戻った。


 ホームルームの時間だ。担任の女性教師が部屋に入り、挨拶のあとに出欠確認を取る。

 三週間ちょっとの間休んでいたにも関わらず、特に何も言われない。ヴァイスの根回しが効いているのだろう。

 だが「中学の時は一度も休まなかったと聞いているのですが、どうしましたか?」などという、お節介じみた質問をされはしたが。


(しかしまあ、なんて堅苦しい感じの担任だ? 全部事務的で、退屈なんだよな……)


 龍野は担任に、内心で不満を抱いていた。

 口に出してもロクな事にならないので、喋りはしなかった。


 出欠確認が終わると、足早に教室を出ていった。


「おーい!」


 と、吉岡から声をかけられる。


「須王、バスケ出来るか?」

「ああ、それなりには。だが、急にどうした?」

「実はさー、明日練習試合があるんだ。でも先輩が一人、別の予定と被って来られなくなってさ。しかもその先輩がさ、よりにもよってレギュラーメンバーで。んで、部長から、『誰でも良いから、バスケ強いやつ一人連れて来てくれ』って頼まれてさ」

「明日……土曜日だったな」

「いきなりゴメンな。でも急ぎの用でさ……」

「わかった、何とか行けるようにするぜ。いつ集合だ?」

「朝の七時。ユニフォームは貸すってさ」

「オーケー、行くぜ。部長に連絡しといてくれ」

「はいよ(さて……面倒だな……。考えていても仕方ないか)」


 龍野は悩みつつも一時間目の準備を済ませ、瞑想することにした。


     *


 土曜日。

 吉岡に連れられ、バスケ部の部長に挨拶をしていた。


「初めまして、須王龍野です。今日一日、宜しくお願いします」

「ああ、よろしく!」


 早速ウォーミングアップとして、学校の敷地を何周か走った。

 体の温まった龍野達は準備を整え、相手校の選手を待つ。


「にしても……あのあづま学園と戦うとはな……」


 吉岡が呟く。


「東学園? 名前は知ってるが、そんなにバスケが強いのか?」

「ああ。全国大会常連だぜ」

「ありがと(なるほど、全国常連か。手ごたえは抜群だろうな)」


 それを聞いた龍野は、闘志を徐々に燃やしていった。


「ん……来たな」


 全員で東学園の選手を迎える。


「よろしくお願いします!」


 一際大きな挨拶のあと、全員はアップを始めて試合に備えていた。


     *


 ビーッとブザーが鳴り、試合が終了する。

 龍野は一旦控室に入り、汗を拭いていた。


「さすがだな、須王!」

「いや、全然だ。もっとやれるはずだ」

「おいおい、どんだけ手ェ抜いてたんだよ」

「五割だ」

「冗談だろ、あんだけ点取っといて……もうトータルで22点は取ったってのによ……」

「まだまだ動けるはずだ。それだけの力はある」


 龍野はタオルを放り、再びコートへ向かった。


     *


「ありがとうございました!」


 練習試合が終わり、全員その場で解散する。


「ああ疲れたー! たまには大声を出して、疲れを紛らわせないとな!」


 龍野はそのまま、ジョギングで家まで帰ることにした。


「待て、須王!」


 吉岡が猛ダッシュで追いついてきた。


「凄かったなお前……一人でどれだけ点取ったんだ?」

「さあな。それよりも、俺がいなくてもあれくらいはやってほしいぜ」

「ハハハ……違いないな。それよりこのあと暇か? 何人か女バレのやつと食事行くことになったんだよ。どうよ?」

「暇じゃないからな、断らせて貰う」

「鍛錬か?」

「正解だ。俺の親父は厳しいからな」

「残念だ。じゃあな、また来週!」

「じゃあな」


 吉岡と別れ、そのまま家に向かう。

 龍野の足取りは、軽やかなものだった。


     *


「ただいまー」


 挨拶を言いながら、ガチャリと玄関のドアを開ける龍野。


「早かったじゃねぇか、龍野」


 帰宅早々、龍範に会う。


「結構あっさり終わってな。それより、今日のメニューは何だ?」

「ふんっ!」


 突然殴りかかる龍範。


「! 危ないな、親父……!」

「善峰ちゃん、出てきてくれ!」

「!?」


 龍野が驚いていると、玄関から声が響いた。龍範が叫んだのと同じタイミングだ。


「龍野君!」


 ヴァイスだ。扉をバンと開け放ち、龍野に殴りかかる姿勢の龍範を睨みつけた。


「おおー怖い。けど、俺は何もしてねえよ」


 龍範は軽口とともに拳を引っ込め、部屋を後にしようとする。


「それじゃ、俺はこれで消えるぜ」

「え? もう良いのかよ?」


 龍野は疑問に思って聞いてみる。


「そりゃあ、お前の実力を確認したかっただけだからな」


 それだけ言い残し、龍範は今度こそ、その場を去る。残された龍野達は、互いに顔を見合わせた。


「何だったんだ?」

「さあ。わからないわ」

「ま、とりあえず一つ質問だ」

「何かしら?」

「何故、俺が殴られているとわかった?」

「それはね、わかるようにしたからよ。お腹を触ってみなさい」

「ああ……ん? 何か硬い物が……」

「その魔力発信機のお陰で、場所を特定したわけ」

「わかった……と言いたい所だが、どうして俺がピンチだった理由までわかったんだ?」

「その発信機のおかげよ。それは、身に着けている者の生命の危機に反応して特殊な信号を発するの」

「へえ……で、着けた訳か」

「そう。あ、取ったら駄目よ。取ってしまっては、貴方の身に何かが起こった時に駆け付けることが出来ないわ」

「わかった。ありがとう」


     *


 その頃、須王家を近くで眺めていた、一組の男女が居た。


 女は学生服を着て、水色のリカーブボウ(アーチェリー用の大弓)を携えている。

 男は赤を基調とした服を着て、赤い剣を腰に佩いている。


「あいつが……父の因縁の相手…………」


 女が口を開く。


「それに、そのパートナーであるヴァイスシルト・リリア・ヴァレンティア姫殿下か」

「どうするの、ごうさん?」

「今日は偵察だ、仕掛けるつもりは無い。だが奴らが牙を研いだあとに、その牙ごと奴らを砕くつもりだ。それまで俺達も鍛えるぞ、結弦ゆづる

「そうね……わかったわ」


 二人は巻き起こった風に包まれ、気配ひとつ残さずして消えた。

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