第一章十節 不穏な予兆

 龍野はヴァイスの部屋を去ろうと歩き出した瞬間――


 突如として、爆音が聞こえた。


「何だよ!?」

「まずいわね。状況がよくわからないわ……! 守衛の報告を待つ暇はなさそうね、直接見に行く他……!」

「おい、だったら俺も――!」

「龍野君は待ってて、私が何とかするから!」


 よくわかっていないが、緊急事態なのは確かだ。龍野はそう認識した。


「待て! 俺だって戦力に――」

「貴方、自身の実力を過信しているの? 死ぬわよ」


 ヴァイスが冷たい声で龍野に告げる。


「ッ!」

「そんなことは私がさせない。待っていなさい」


 足早に爆音の鳴った所へ向かうヴァイス。


「ふざけんな……ここまでしてもらって、何も返さないのは人として最低だろうが!」


 龍野もこっそり、後を追うことにした。


     *


 音のした場所は正門だった。


「まさか白昼堂々と仕掛けて来るなんて……どこの誰かしら?」


 現れたのは、迷彩柄の戦闘服を身につけた男の一団。


「これはこれはヴァレンティア姫殿下……このような無礼、申し訳ありません。ですがそのお命、頂戴致します……!」


 G36C(軍用の突撃銃アサルトライフルの一種)を構える傭兵達。


「やれ!」


 隊長らしき男の号令で、計八挺の銃が火を噴く。しかしヴァイスの障壁の前に、全ての弾丸が弾かれた。


「見たところ、傭兵かしらね? 手は抜かないわよ、覚悟なさい!」


 ヴァイスはその場で魔術を放つ。何の手応えもなく、傭兵達はその場に崩れ落ちた。


「そこっ!」


 別の隊にも向けて一連射。やはり手応えはない。

 と、ヴァイスの至近距離で空気が爆ぜた。


「バズーカ……!」


 当然ながら、発射地点を即座に探す。連射系魔術で撃破。


「その程度とはね……。城の警備要員だけで十分だったかしら」


 きびすを返すヴァイス。

 すると、


「嘘!?」


 見ると、一人がナイフを障壁に突き立てていた。それはうっすらと光っている。


「これは、“対障壁たいしょうへき”!? しまっ……」


 みるみるうちに障壁のヒビが広がる。


「突破される……!」


 ヴァイスが慌てた様子で、反撃に移る。


 と、すぐ近くを影が通り抜けた。


「こっちだオラッ!」


 突如、影が風を放つ。


「龍野君!?」


 龍野が傭兵を、一撃の元に殴り飛ばした。

 続けざまにレガースによる蹴りを入れる。


 重量級の攻撃を二連続で受けた傭兵は、たまらず吹っ飛んだ。


「大丈夫かヴァイス!?」

「大丈夫……っ、龍野君! 動かないで!」

「え?」


 ヴァイスの手から、数条もの青い閃光が放たれた。

 光は全て、先程の傭兵に命中する。


 傭兵はどうと倒れた後、血だまりを作る。それを最後に、動きを止めた。


「!?」


 その瞬間を龍野は、見てしまった。


「ふう……危なかったわ。龍野君……龍野君?」

「…………」


 龍野は何も言葉を発せない。


 当然だ。人の命が目の前で消え去ったのだ。

 それを見てしまっては、何かを喋る気力など湧くはずが無い。


 と、ヴァイスが龍野の首に腕を絡ませた。


「おい、何を――」


 何かが龍野の首に刺さった。龍野の意識はそこで途絶えた。


     *


 目が覚めると、龍野は貸与された部屋に居た。しかし、目が虚ろになっている。


「起きたみたいね。龍野君、今の貴方は廃人に近い状態になってる。だから、貴方は馴染まないといけないのよ。返事はいいわ、話だけ聞いてて」

(馴染む? 何にだ?)

「自衛のためとはいえ、人を殺すことはある。だから、貴方は考えを改めないといけない。でも、今はそんな余裕は無いでしょ?」

(何だ、何を言っている?)

「だから、私が無理矢理改めさせる。拒絶する暇を与えずに、ね。これから貴方に暗示をかけるわ」


 そこまで聞いて、龍野は思った。一方的だ、と。

 そんな龍野の思考もヴァイスは構わず、耳元で囁き始めた。


「戦いを平和的に止める手段なんて無いわ」

(ダメだ、意識を保てない……)

「貴方は、無事に生き延びることを願っている。けれどそんな思想を抱いていれば、逆に貴方の命を狙う者が寄って来るわ。勘違いしないで欲しいけれど、好戦的になれと言っている訳では無いの。それでも、餌に寄って来る獣みたいに、貴方の様な目的を抱く者に襲いかかる輩もいるの……いえ、誰彼構わず襲う輩もいるのよ」

(不思議だ……。言っていることが、すいすいと心の中に入り込んで来る……)

「貴方の自己防衛の意思は尊重するわ。それを支えることも約束する。けれど、『殺さずに済む』なんて甘い考えは今日限りで卒業なさい。それで済まないのが、貴方が巻き込まれた世界なんだから」


 その言葉を聞き終えた途端に、龍野の中で何かが変わった気がした。


「もういいわね」


 ヴァイスは龍野の首筋に再び何かを刺した。すると虚ろだった目が、徐々に輝きを取り戻していった。


「何だ、これ……。

 おい、ヴァイス……。お前、一体、何を……」


 龍野は彼女に問い詰める。


「さあね」


 すげなくあしらうヴァイス。

 だが、すぐにフォローを入れる。


「けれど、これでひとまず貴方の精神は落ち着いたはずよ」

「あ? ああ……」


 しかし、実際その通りである。

 先ほどまで何かに悩まされていた龍野だが、その“何か”がぼんやりとしてきたのだ。

 同時に、心に落ち着きを取り戻しつつある。


「それより……一応学校に通えるとは言っても、不安になるな」

「急にどうしたの?」

「いや、さっきの様な戦闘に遭遇したら、と思うと……。何か引っかかる感じがする、何なんだ?」

「私に連絡すれば、すぐに飛ぶわよ。それに、何のために訓練を受けさせたのか、わからないの? 貴方が生き延びるための訓練よ」

「ああ、それもそうだったな」


 龍野の心の中には、まだ違和感が残っている。しかしそれを忘れようとするかのように、龍野は軽口を叩いた。


「明日まで、くつろがせて貰うぜ」

「ええ。そうする部屋だもの、ご自由に」


 部屋の主ヴァイスからの承諾を得た龍野は、ベッドの上に寝転がった。


     *


 その夜、ヴァイスは自室に籠っていた。

 眼前には、昼間の傭兵の一人が所持していた対障壁たいしょうへきナイフ。


「どうしてあの傭兵は、こんなナイフを持っていたのかしら……?」


 ナイフの刃に触れ、念じるヴァイス。


「この魔力の波長……この属性は『闇』!? まさか……けれど、そうとしか判断出来ないわ! 一体どうして……!?」


 ヴァイスは「信じられない」と言いたげな様子で、しばしナイフを眺めていた……。


     *


 翌日、午後一時。

 龍野とヴァイスは、正門前に居た。


「それじゃあね、龍野君」

「ああ。またな」


 別れの挨拶を交わし、龍野は車に乗る。


「龍野君……。貴方に何かがあったら、すぐ行くからね……。

 そうだ、仕込んでおいた“アレ”が正しく動作するか、確認しなくては。

 だとしたら、明日にでも……」


 龍野の乗った車を見送ったあと、ヴァイスは呟いていた。


     *


 それから何時間経ったのか、龍野の目が覚めたときには、羽田空港に到着していた。

 事前にヴァイスが連絡していたため、龍範が迎えに来ていた。


「一か月と少しぶりだな、龍野」


 龍範は開口一番、野太い声でそう言った。


「そうだな、親父」


 車に乗って家まで向かう。

 その道中で話をした。


「んで? 姫様とは話ができたのか?」

「まあな。城に一か月も居れば、何も話さない方がおかしい」

「そうか、ハッハッハ。しっかしまあ、随分長く休んだな? 理由は聞かねえが、余程のことがあったみてえだな、オイ?」

「ああ。三回ほど災難に見舞われたぜ……」

「そりゃまあ大変だったな、ハッハッハッハ。しかし、今後はどうすんだ?」

「学校にはきっちり通うさ。善……姫様からも、そうするように言われたし」

「そうかそうか。それじゃあ、毎日キッチリ通わねえとな」

「ああ」


 話している内に、車は須王家――龍野達の自宅――に到着した。


「ただいまー」


 家に帰ってきた。

 今の龍野にとっては、これだけで、落ち着いた気分になる。


 龍野は明日から再開する学校のため、自室で準備を始めたのであった。

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