第一章九節 訓練最終日
その後も訓練は続き、いよいよ最終日を迎えた。
「今日のメニューは一つだけよ」
何故か黒い宝石飾りのついたネックレスを手に、ヴァイスは言った。
「何だ?」
「私と戦うの」
「そうか」
「言っておくけど、手加減無しよ。死なれたら困るから殺さない、でも死なない程度に遠慮はしない。手を抜いたらズタボロになるわよ」
言いつつ、ヴァイスはネックレスを首に掛ける。
「はいよ……」
龍野達は地下広場へと下っていった。
*
「ところで、結界は使わないのか?」
「ええ。結界を使ったら、広すぎて決着が付かないわ」
「そうか」
この前のシュシュとの決闘で、龍野が取った手段。
あるいは、さらに前の、龍野とヴァイスの初戦闘での出来事。
これらの二の舞になる事を危惧したヴァイスは、“結界を用いない”事を決断した。
「準備はいいかしら?」
「ああ」
二人は武器を用意し、構える。
「勝利条件は、私を戦闘不能に追い込むこと。いいわね?」
「わかった」
「では……始め!」
その言葉と同時に、龍野達は魔力全開で疾駆した。
「おらぁっ!」
魔力を込めたガントレットを、全力で振るう。
だが金属音が鳴り、同時に初撃が弾かれた。
「シュシュの障壁と同じだと思わないことね。私の障壁は、数倍頑丈よ」
ヴァイスが反撃してくる。
龍野はそれを躱すと、回転して一撃を繰り出す。
「はっ!」
ひらりとヴァイスは避ける。
(やっぱ、そう簡単には当てさせてくれないか……)
直後、ヴァイスからカウンターの一撃が見舞われる。
龍野は落ち着いて防御すると、攻撃後の隙を突いて連打を繰り出した。
「まだまだっ!」
「さすがにやるわね。
けれど、このくらいは簡単よ」
だが、やはり全て弾かれる。
「ヴァイス。確か、障壁の耐久力には、限界があったんだよな?」
「ええ」
「なら、こうするしか無いな!」
龍野は全力で加速しつつ、
「へえ……直撃したら只じゃ済まないわね」
龍野はさらに、噴射の勢いを強める。
「でも、どこまで通用するかしら?」
「おらあっ!」
龍野は
抜群のタイミング。
だが――
「甘いわね。戦法は常に更新しなさい」
障壁に弾かれる。
(なっ!? ヴァイスの障壁はシュシュの以上に硬いとは言え、こうも弾かれるのか……!)
動揺する龍野。
それを見透かし、落ち着いた口調で、ヴァイスは説明した。
「私は、貴方が今回も同じ技を使うと思ってた。当然よね、今の貴方の使える最大威力の技なんだもの。事実、成長途中とはいえ、十分な強度を持つシュシュの障壁を一撃で砕いた。でも私には、単純な障壁強度の差以外にも効かない理由があるの。それはね、これ」
そう言って、ネックレスを見せるヴァイス。正確には、ネックレスの飾りの黒い宝石だが。
「ただのお洒落で着けた訳じゃないのよ?この石にはね、ある効果があるの」
「それは……どういう、やつだ?」
「『一度に限り、致命傷足りえる物理攻撃を無効化する』」
「そういう……ことか!(今の説明が本当なら、石は使い物にならなくなっているはずだ。もう一撃……)」
龍野は一旦距離を取り、構え直す。
「どうやら俺の持っている魔力とやらは、想像以上だったらしい」
「ええ、そうね。でも、力がどれだけあっても、発動しなければ意味は無い」
「発動するさ」
再び全速力で加速する。と言っても僅か百メートルだ、ほんの一瞬である。
だが今度はさっきより変則的な機動を心がけ、慎重に速力を溜める。
「へえ……意外と、単調じゃなかったのね。それにしても、中々速いわね龍野君」
「おらあああっ!」
速力が溜まったところで、再び全力の拳を振るう。
と、脇腹を何かが掠めた。その何かは――ヴァイスの剣だった。
「狙いを外させるなんて……。やるわね」
遅れて、金属音が響く。同時に、何かが砕ける音がした。
「あーあ……。我ながら、結構いい出来だったのに。これ」
どうやら砕けたのは、ヴァイスの身に着けていたネックレスの宝石らしい。
「まあいいわ。これくらいの実力じゃなかったら、今頃は見限っていたわね」
「ぞっとするぜ……。ところで、石の作り方も教えてくれるのか?」
「合宿は今日で最後よ。これまでに最低限教えることは教えたわ」
「ま、いいか……」
「でも、石をプレゼントする時はあるかもね……っと!」
と、突然ヴァイスの姿が消えた。
次の瞬間――全身に強烈な痛みが走り抜けた。
「ぐあああああっ!?」
あまりの激痛に蹲る龍野。
痛みを受けた瞬間、龍野はヴァイスの剣の腹で全力で殴られたのだと気が付いた。
「ごめん、一つ忘れていたことがあったわ」
「どういう、ことだ……?」
スカート脇のポケットから、何かを取り出すヴァイス。
「これよ、これ」
「何だ、そりゃ……」
「
「ああ、そう言えばそんな物もあったな。まさか、中身は……」
「そう、この間紹介した総合栄養剤」
「訓練終盤に使うとか、言ってたな……」
「そう。言ったわ」
「まさか、今かよ……?」
「ええ、今よ。大人しくなさい」
ヴァイスが龍野の服を切り裂き、腕を露出させる。
「腕に打つ物なのよね、これは。次に使う時は、やり方を教えながら使わせるから」
そして、腕にぐっと銃を押し付ける。直後、ボンッと音が鳴った。
「う……ぐっ?」
一瞬不快感を覚えるも、すぐに消えた。
と、次の瞬間。
龍野の体に、異変が訪れた。
(ん……? 何だ、体が……熱い。焼けるようだ……ッ!)
「注射した直後は、体が熱くなるわ。けど、それは薬が効果を発揮している証拠だから、安心して」
ヴァイスが龍野から離れる。
「落ち着いたら、言ってちょうだい。そこから再開するから」
「あいよ……」
ヴァイスの言葉に甘え、龍野は少しの間、休む事にした。
*
五分後、龍野は完全に落ち着きを取り戻した。
ゆっくりと立ち上がり、ヴァイスに向き直る。
「もう大丈夫だ」
「そう。なら次は薬の効果を実感しながら、戦って」
ヴァイスの姿が消えた。
「遅いっ!」
だが、先制したのは龍野だった。
龍野はカウンターを繰り出したつもりだったが、ヴァイスよりも速く攻撃していたのだ。
「どう? 気分が良くなったでしょ?」
「何かマズイものとか調合してないよな?」
「そんな卑劣なことはしないわ、安心して」
(本当に大丈夫かこれ……?)
龍野は一瞬疑問に思うも、攻撃の手を休めない。
「まだ勝負は付いてないわ」
再びヴァイスが先制攻撃を仕掛ける。
だが、やはり龍野の反撃が先に出てくる。正直信じがたい、と龍野は思っていた。
「そう言えば龍野君。何で薬を使ったかわかる?」
「さあ?」
「今後、戦闘で使うかもしれないから。先に、感覚に慣れておいて欲しいの」
「そういうことか……ったく、面倒だぜ」言いつつ、フックを連続で繰り出す。
「パワーも上がってきた実感、あるかしら? そろそろ私の障壁が砕けそうよ」
「ああ、桁違いだぜ……」
そして、再び攻撃を繰り出した時、バリンと音がした。
見ると、半透明の何かが砕けていた。
「破れたわね……」
ヴァイスが呟く。
「おらあっ!」
追撃を繰り出す。
だが、ひらりと躱された。そのままヴァイスが加速して逃げる。
「逃がすかっ!」
龍野もすぐに、魔力全開で高速機動を行った。
と、感覚に違和感を覚える。
(俺の出すスピード……こんなに、速かったか?)
「いいわ、いいわよ龍野君! そう、そのまま向かってきなさい!」
ヴァイスがカウンターを繰り出す構えをとる。
「受けて立つぜ、ヴァイス……!」
龍野はガントレットを、ヴァイスは剣を同時に振るった。
果たして――
「さすがね、龍野君」
龍野の一撃が掠めていたらしい。ヴァイスが右脇腹を抑えていた。
「お前もな」
龍野も右脇腹を抑えていた。こちらもヴァイスの一撃が掠めていたみたいだ。
「龍野君、お疲れ様。よく頑張ったわね、これでヴァレンティア城での訓練は終わりよ」
「まだ三週間しか経ってないが……」
「そろそろ学校に通わないとね。こっちの都合で、大分振り回したし」
「そうか……ありがとう。それで、もう家に帰っても大丈夫か?」
「まだ。話は続けるからね」
「わかった。が、ひとまずお開きにしようか」
「そうね」
龍野達は武器を仕舞い、ヴァイスの部屋へ向かった。
*
30分後。
部屋では、今後の生活について話していた。
「俺は一応学生だが、勉学はどうすべきだろうか?」
「学校に通うのは自由よ。元々制約は課していないけどね」
「魔術の使用は?」
「原則、無断使用禁止ね。正当防衛や生命救助のためなら例外として、基本は私に念話で連絡よ」
「念話って何だよ?」
「目を閉じて意識を集中させることで出来る、直通電話みたいなものね。二人にしか会話内容は聞こえないの」
「どうしてだ?」
「私達の使う魔術は、一般人には『存在しないもの』として扱われているの。それはどの属性も共通して抱いているタブーよ。破ればろくな目に遭わないわね」
「ろくな目に遭わないって?」
「濫用すれば制裁される、というより最悪殺される。緊急時以外は使えないのよ。それに、監視人にどこで見張られているか分からないから、なるべく使わないに越したことはないわね。わかった?」
「なるほど」
「わかったみたいね。だから、絶対守ってね」
「あいよ。それで、騎士としての生活は?」
「無理に騎士の職務を果たす必要は無いわ。働きたいなら別だけど」
「わかった。夏休み頃に、鍛錬も兼ねて訓練に参加しようと思う」
「龍野君の意思は尊重するわ。お父様にも話を通しておくから」
「頼むぜ」
「だけど、貴方は私の庇護下に置かれる。このことはわかって欲しいわ」
「まあな。何事にも、
「話が早くて助かるわ。あ、あとね龍野君。帰りの旅券を手配したから、召使いに車で送らせるわ。明日の午後一時に正門に来て。一番大きな門よ」
「わかった。ところで、城の敷地で鍛える話はどうなった?」
「まだ地下広場をトップスピードで十周してないわよ。それに、もう時間切れ。だからね、この次訓練に来て、条件をクリアしたらビシバシ鍛えるからね」
「わかった」
*
龍野達が、日本に帰ってからの話をしている頃。
城の近くの建物に、本を手にした少女がいた。
「うふふ……いよいよ、かしら?」
少女は本を見て呟いた。
「この本の通りに、鍵となる男が出現したみたいね」
分厚い革の装丁がなされている本だ。その本には、まるで絵本の様に文字と絵が現れていた。
「そろそろ、その男にとって最初の試練が与えられる頃ね。ん、浮かんできた」
真っ白だったページに、文字と絵が浮かび上がった。
「これからどうなるか、じっくり眺めさせて貰うことにしましょうか。ふふふ……」
少女は屋上に座り、両脚をぶらぶらさせながら、妖しく微笑んでいた。
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