第一章八節 決闘! 龍野VS姫君の妹
「返答? 決まっているじゃありませんか」
「へえ」
シュシュは龍野をキッと睨むと、ハッキリと告げた。
「当然……気が済むはずが無いわよ!」
「まあ、予想通りの返答だな」
シュシュがこう答えるのは見えていた、そう言わんばかりの態度で、龍野が呟く。
「それで、だ。実力で白黒付ける話だろ?」
「ええ。この一週間兄卑兄卑と言っていたけれど、あんなものでは気は晴れないわ。晴れる訳がありません、私は兄卑を打ち倒したくてウズウズしてたんですもの!」
「オーケー、受けて立とうじゃないか。ヴァイス、会場のセットアップ頼む」
「はぁ……。本当はこんなことになるはずじゃ無かったのに……」
と、シュシュを正面から見据え、ハッキリと告げた。
「シュシュ、間違えても殺してはいけないわよ!」
「わかっています、お姉さま。そして見ていてください。この男を完膚なきまでに打ち倒して、貴女の目を覚まさせます!」
ヴァイスが指を弾き、結界を生み出す。以前龍野が閉じ込められたのと同じ結界だ。
「最早言うまでも無いが、ヴァイスは立会人だ。これは私闘……私的だが、立派な決闘だ。そうだろう? シュヴァルツシュヴェーアト姫殿下」
「話が早くて助かるわ、兄卑……いえ、須王龍野」一触即発の空気が充満する。
「二人とも、どうしてこんな……。もしものことがあっても、私は知らないわよ……!」
ヴァイスが何か言っているが、龍野は気にしないことにした。
今は
「仕方ないわね……」
もうどうにでもなれと思いつつ、ヴァイスは決闘開始を宣言する。
「これより須王龍野とシュヴァルツシュヴェーアト・ローゼ・ヴァレンティアの決闘を始める。なおこの決闘は、このヴァイスシルト・リリア・ヴァレンティアが立会人となる。双方異論は?」
「ねえな」
「ありませんわ」
二人が合意する。
それを聞き取ったヴァイスは、二の句を告げた。
「では双方、武器を取りなさい!」
その合図で、互いに武器を用意する。
龍野の武器はカーボナードのガントレット。
シュシュの武器はヴァイスと同じ形状をした、氷の剣である。
「その武器、見たことがあるぜ……」
「お姉さまの武器、でしょ?」
「図星だ」
「そうよ。私はお姉さまに憧れ、お姉さまに追い付くことを目標としているの! だから、使う武器も一緒でなくては……」
僅かに狂気を孕んだように聞こえる、シュシュの言葉。
(なるほど、尊敬のあまり、邪魔者である俺を排除したいという訳か……)
龍野は頭を振って、目の前に集中する。この後来る合図で、決闘が始まるのだから。
場に一瞬の静寂を迎えた刹那――
「始め!」
ヴァイスの一言で、戦いの火蓋は切って落とされた。
「はぁあっ!」
合図と同時に攻撃を仕掛ける。しかし、金属音が鳴ったと思ったら、振るった拳は弾き返されていた。
「障壁か……」
続けざまに攻撃するも、全て障壁に弾かれる。中々の強度だ。
「ふっ!」
シュシュが反撃してくる。
龍野は攻撃を中断。素早く飛び退き、剣を躱す。
さらに脚部から発動した
「何処だ……?」
と、顔が風に叩き付けられた。
「遅い!」
声がした方向を向くと、既にシュシュが剣を振るっていた。
「ぐっ!」
ガントレットで防御し、反対側の腕で反撃する。だが、拳は空を切った。
再びシュシュが迫って来る。
「やばいな、一旦距離を取らねぇと……!」
龍野はヴァイスから習った通りに動き、急加速して距離を取った。
「逃がさないわ!」
シュシュが魔法陣を召喚し、青色の光弾を多数連発する。
龍野は右へ左へと動き、光弾を回避するも――既に先回りされていた。再び剣が振り下ろされる。
だが龍野は、今は敢えて反撃しなかった。そのまま距離を取り続ける。
「もっと来なさいよ! あんまり一方的だと、張り合いが無さ過ぎるわ!」
龍野の行動が、シュシュの逆鱗に触れた。
(そうだ、それでいい。今最優先でやるべきことは、敵の冷静さを欠かせることだ――)
「いい加減にかかってきなさい! ふざけているの!? 決闘だと言ったのは貴方でしょう!?」
(いいぜ、いい感じだ。どんどん頭に血が上っている)
龍野はアクセル全開でシュシュから距離を取った。
「このッ、待ちなさいよ! 紫の煙なんて出して、挑発もいい加減にしなさい!」
(そうだ、来い。冷静さを欠如させたまま、釣り針に食い付け……!)
「待ちなさいって、言ってんでしょうがぁあああああああああッ!」
怒りをむき出しにして突進してくるシュシュ。この間も、龍野は逃げ続けている。逃げながら――今使える技の整理をする。
魔力による加速と
そうだ。こいつを彼女の腹部に全力で叩き込むために、隙の出来る大技を誘う。この制限の無いフィールドで逃げ続けられては、腹が立つどころの話じゃない。広範囲に影響が及ぶ技でも使わない限り、逃げ続ける側はすぐには負けない。ここはイチかバチかの賭けであったが――
広範囲攻撃が来ない以上、賭けに勝ったと見られる。
先の四つの内、事前準備が必要なのは加速だけだ。
つまり加速の時間を稼ぐのが、龍野の勝利への道のりだ。後はどう時間を稼ぐかが問題だが……。
龍野は正面から、シュシュに向かって突撃した。
「やっとその気になったのね!」
心なしか、嬉しそうな様子を見せるシュシュ。
龍野はそのまま彼女の横を突っ切る勢いで、加速し続ける。
「見切れないとでも思ったの!?」
シュシュが剣を構える。
龍野が脇を通り抜けると同時に、一刀両断する構えだ。
(そうだ、俺に攻撃しろ!)
シュシュは剣を振るう。果たして――
剣は龍野の脇をかすめ、空を切った。
高速移動中の目標に合わせた調節の影響でシュシュはバランスを崩し、前に転倒する。
(そうだ、それこそが欲しかった時間だ!)
恐らく隙は二秒と無いが、それだけで十分だ。加速し続けていたのは、それも事前準備の一つだったからだ。
シュシュが起き上がらない内に、ガントレットに魔力を纏い始める。龍野の目が開かない程に、強烈な風圧が掛かる。
だが、視力など必要ない。
(シュシュの位置は、
そして全開の速度で、一気に距離を詰める。
「うおおおおおおおおおおっ!」
距離を詰め切った龍野は、彼女が起き上がったと同時に、全力の拳を振るう。
「これで、終わりだぁあああああっ!」
「!?」
龍野の予想に反して、シュシュは防御も反撃もしなかった。
(いや、出来なかったのか……?)
バリンと何かが割れる音がした後、ドズンッと鈍い音を立て、華奢な体が吹っ飛ぶ。
悲鳴をあげる間もなかったろう。そのまま数秒間空を飛んだ後、地面に叩き付けられた。
龍野は構えを取ったまま、彼女に近寄る。
「ッ……ゲホッ、ゲホッ…………。何で障壁が、展開しないの…………? いえ、展開は、していた……。まさか、さっきの一撃で……しかも、一瞬で……粉砕、された……?」
シュシュはよろよろと立ち上がった。自分で殴っておいて何ではあるが、見ていて痛々しい、そう龍野は思った。
「嘘、でしょ…………。ずっと逃げ続けていただけの臆病者に、どうしてここまでの一撃が……」
「それが龍野君の実力だからよ」
ヴァイスが声高らかに話しかけた。
「下がりなさい、シュシュ。そのダメージでは、もう戦いどころでは無いわ」
「ふざけないで……ください……。お姉さま…………。貴方は……どうして、そこまでして……」
ふらつきながらも、シュシュが抗議する。
しかし、その体がよろめいた。
「そこまで! この決闘は持ち越すわ」
ヴァイスが止めに入る。
不本意な結果を突き付けられたシュシュは、いまだ、抗議を続けていた。
「お姉さま……まだ決着は……」
「もう付いているわ。今回のはね。でも、貴女はまだ納得していないでしょ?」
「言っておくが、また来ても俺は逃げないぞ。何度だって受けてやる」
「そういうこと。だから今回は一旦お開きよ」
「うっ……須王、龍野…………」
シュシュが、どさりと地べたに倒れる。
「私が医務室まで連れていくわ。龍野君は待ってて」
ヴァイスが龍野に言った。
(さて、どうするものか……。決めた。言われた通り、待っていよう)
*
十分後、ヴァイスが帰って来た。
「ごめんなさい、待たせたわね」
「何、気にしてないさ。それよりも、シュシュの様子はどうだ?」
「魔力を受けたわけじゃないから、一日あれば回復するわ」
「そうか、良かったぜ……自分でやっておいて何だが、正直やり過ぎたと思っていたんだ」
「大丈夫よ。それにきつく灸を据えておいたから、もうあんなことは多分二度と起きないわ」
「ああ……助かるぜ」
*
話は五分前に遡る。
医務室へシュシュを連れて行ったヴァイスは、シュシュをベッドの上に乗せていた。
「大丈夫?」
「うぅっ……お姉さま……」
「これで貴女も理解したでしょ? 龍野君の実力を。貴女では勝てない相手だったのよ」
「うっ……あんな奴に……負けるなんて…………。お姉さま、十五分ください……それだけあれば、あんな奴に……」
「いい加減にしなさい!」
ヴァイスはシュシュを、思いっきり叱った。
普段温和なヴァイスからの𠮟咤の声に、シュシュは一瞬、怯んだ。驚きのあまり、口をぽかんと開ける。
「お姉、さま……?」
シュシュが怯みから立ち直ると、ヴァイスは言葉を続けた。
「今の貴女はそんなことが出来る体じゃないでしょう!? 今は休みなさいっ!」
目尻に涙を溜めながら、ヴァイスはシュシュを叱る。
それほどまでにヴァイスは、シュシュの行為を許せなかったのだ。
「ううっ……。では、ではせめて……勝てない理由だけでも、教えてください……」
ヴァイスは深呼吸して、冷静さを取り戻す。怒りは一瞬で落ち着いた。
「ええ。一応念押しするけど、これを聞いてなお龍野君に挑もう、なんて思っちゃダメよ」
「はい…………」
「では言うわ。まず初めに、元の力の差ね。魔力の質と量、どちらも龍野君が勝っている。特に量においては、私以上よ。しかも上限が見えない程、限界が遠いわ。恐らくさっきの戦いでは、一割も使ってないでしょうね」
一転して淡々と告げるヴァイス。
それを聞いたシュシュは、驚愕のあまり、ぽつりとこぼす。
「そんな……」
「作戦に関しては、貴女が上よ。事実、途中までは貴女が有利に立ち回っていたでしょうね。でも、彼はあの位の作戦なら持ち前の力でねじ伏せちゃうの。正面から仕掛ける、そんな考えの人もいるの。それを知らなかったことが貴女の敗因よ」
「うぅっ……」
「でもね、シュシュ。貴女は決して弱くない。それどころか、魔術師全体の中では高い実力を持っているわ」
ヴァイスが笑顔で語りかける。
「だから安心なさい。貴女の強さは、私が保証します」
「お姉さま……」
「だから安心して、今は休みなさい。それでは、また明日」
そしてヴァイスは、医務室を去った。
「お姉さま……。貴女は、誰彼構わず優しすぎます……」
シュシュは一言不満を漏らし、やがて眠りに落ちた。
*
「今日で十日……。後、十一日か」
龍野は自室のベッドで、仰向けになりながらそう呟いた。
「にしても……あんな風に突っかかって来るとは思わなかったな……。姉ちゃん思いか、いい奴だよな、シュシュ……。ヴァイスと仲が良いのも頷けるぜ……」
独り言を延々とこぼし続ける。
「それが歪んだ……のとはちょっと違うか? でも、百合って言葉がある位だしな……」
正直、龍野から実態は把握出来ていない。
けれど、シュシュがヴァイスに向ける愛情は、姉妹愛ではあっても、何かが違う。
そんなことを龍野は考えていた。
「ま、他人のことだ。これ以上、無駄に首を突っ込むのはひとまずやめにしよう」
そのまま龍野は眠りに落ちた。
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