第一章六節 訓練二日目

「ふぁあ……いい朝だ」


 翌日、訓練二日目。

 記憶を頼りに、食堂まで向かう。そこでヴァイスと会った。


「おはよ、龍野君」

「おはよ……。ああ、すげぇねみ……」

「そんな龍野君に、一日のエネルギーをチャージ!」

「何だよそれ」

注射銃インジェクト・ガンよ」

「そうじゃなくて、中身の方だっての」

「総合栄養剤。魔力増強剤も入っているわよ」

「打ちたくねぇ……」


 このあと用意された朝飯を、龍野は不機嫌に掻き込んだ。


     *


「今日は技術指導よ」


 朝食後、再び地下広場に案内された。今日は、既に上級型標的が一機用意されている。


「龍野君は魔術を殆ど使わずに攻撃するわよね?」

「ああ」

「でもそれはね、対魔術師戦では有利であって、かつ不利でもあるの」

「どういう意味だ?」

「有利な点の説明ね。貴方は攻撃の殆どを、肉弾戦だけで行っている。それはね、魔力をあまり消耗しないのよ。だから、魔術的な戦闘持続性は高めになるのね」

「そうか。続けてくれ」

「でもそれだけじゃ、威力が弱くなるの。何故かと言うと、どうしても威力やスピードの基準は、生身の肉体に依存してしまうからよ。特に私達より強い敵と戦うことになったら、今の貴方では恐らく全然歯が立たないわ」

「そんなに弱いのかよ! でもまあ、上級型標的相手に数発も殴らないといけない時点で何となく察してたけど……」

「そう。肉弾戦だけでは、殆どダメージが通らない。これが不利な点の説明ね。でも、だからと言って、魔術中心の戦法にしろと言ってる訳じゃないわ。貴方の得意な格闘戦を魔術で更に底上げする、そういうことよ」

「それはわかった。で、どんな訓練をするんだ?」

「今から私が、貴方の武器を使って説明するわ」


 ヴァイスが目を瞑った。瞬間、龍野と同じ形の氷のガントレットとレガースが、両手両脚を覆うように形を持ち始める。


「今の私の装備は、貴方と完全に同じ物。まず貴方は、移動手段を走りに限定しているでしょ? それじゃあどうしても身体能力に依存しちゃうから、相手と渡り合うスピードは持てない。だから両踵を浮かせて、魔力を纏わせるの。こんな風にね」


 彼女の履いてるヒールから、青色の魔力が噴出された。まるでロケットでも付けているかの様に、彼女は人間ではまず考えられない速度で移動した。十秒と経たない内に外周四百メートルはありそうな正方形の地下広場を一周して、龍野の近くに戻った。


「これくらいは、接近戦主体の魔術師なら誰でも覚えているわ。さっきの様にやってみて」

「はいよ(えーと……確か両踵を浮かせて、魔力を纏わせて……)」


 一度呼吸を置いて、魔力を集中させる。


「うおっ!?」


 刹那、とてつもないスピードが出た。

 龍野は咄嗟に逆噴射と、つま先立ちの要領によるブレーキをかける。危うく壁に激突しそうになるが、ガントレットで防御。しかし衝撃を抑えきれず、全身を叩き付けられた。


ってぇ……」

「いきなりフルスロットルで吹かしては、そうなってしまうわよ。でも、こんな大胆な人は今まで私が見た初心者には居なかったわね」

「褒められるもんじゃねえよ……。ああ、どうなるかと思った。つか、もっと広い所でしないか?」

「使える施設はここしか無いの、我慢しなさい」

「へいへい……」


 改めてトライしてみる。


(さっきの様に魔力を纏わせ過ぎず、控えめに……)


 今度は、自転車に乗った時位のスピードが出る。

 先ほどの暴走と比べれば、遥かに進歩していた。


「念じることで、向きや出力を調節出来るわ。まずはゆっくりでいいから、外周を一周してみて」

「はいよ」


 龍野は試しに、スピードを上げてみる。


「おお、速いな(これがヴァイス程の速度を出せる様になったら、生き延びる位の実力は身に付いたことになるのか? いや、それだけの話じゃねえはずだ……)」

「龍野君、前、前!」


 唐突にヴァイスが叫ぶ。


「うおっ!?」


 間一髪である。ヴァイスが注意してくれなかったら、先程よりももっとひどい事故が起こっていただろう。


 結局、危なげではあったが、どうにか一周できた。


「ここをトップスピードで十周出来る様になったら、次は城の敷地で鍛えるからね」

「宜しく頼むぜ」

「ちなみに、今の移動で使ったのは魔力噴射バーストと呼ぶの。様々な応用法があるわ。龍野君の場合は、殴るときに肘部分から発動させて威力強化を狙う、といった感じね」

「へえ」

「さ、次は武器に魔力を使って、威力と属性を付与しましょ」


 ヴァイスが案内したのは、最初の標的が用意された所だ。


「この標的は、何もせずに殴っても……はっ!」


 ヴァイスが一撃を放つ。しかし標的はびくともしない。


「見ての通り、殆どダメージは通らない。でも、こんな風に魔力を宿して、さらにパンチを魔力噴射バーストと併用して繰り出せば……」


 ガギンと、女性の一撃とは信じられない音が響いた。


「ね。一撃で装甲をここまでボロボロに出来る程になるわ。もっとも、龍野君に合わせて、敢えて加減しているんだけれど」

(加減してここまで金属にヒビが入るのか……)


 龍野は絶句した。

 それほどまでに、魔力噴射バーストの影響が強かったのだ。


「相手が自分とは違う属性を持った魔術師なら、魔力同士の拒絶反応でダメージはさらに増えるわ」

「魔力の性質も教えて欲しいんだが……」

「明日、座学で教えるわ。今日は戦闘技術を鍛えるわよ」

(先延ばしかよ、おいおい……。まあ、段取りってもんがあるし、しょうがないか)

「新しい標的を出すわ。今言った二重の強化、こなしてみなさい」


 眼前に標的が現れる。


(確か、こうして、こう……だったな)

「はあっ!」


 龍野は「こんな感じか?」と思いつつ腕をどけてみると、装甲が凹んでいた。どうやら、上手く行ったようだ。


「何てセンス――こほん、それだけではダメよ。型は身に付け、尚且つ自由自在に使えるようにしないと意味が無いんだから。とにかく、基本はこれで終わり。あとは応用研究も兼ねて、実戦よ。上級型五機だけど、今の貴方なら簡単に全滅出来るはず」

「さあ、どうかな」

「今日は制限時間を課すわ。時間は五分、出来なかったら腕立て伏せ二百回よ」

「そりゃあ結構なペナルティーで(一機につき一分か……少し難しいな)」

「お喋りは終わり。始めましょう」


 ヴァイスが標的を召喚すると同時に、龍野は駆け出した。


(よし、やってやるぜ!)


 結局、標的五機は四分五十八秒で完全に沈黙した。


     *


 訓練三日目。


(今日は座学だと聞いたが……)


 朝食後、ヴァイスの部屋に向かった。


「おはよー」

「おはよ、龍野君。今日は昨日言った通り、魔力の性質の講座よ」

「どういう講座だ?」

「筆記はほぼ不要、けれど実技がとても多い講座よ」


 指示棒を黒板にカツカツと当てながら、ヴァイスが話す。


「分からなければ、手取り足取り教えるわ」

「わかった、前置きはこの位でいい。お願いするぜ」

「では、始めるわ。まず、魔力についての説明ね。魔力は全ての魔術を発動するのに必須の物質よ。不定形で粒子状、それに淡く光っているのが特徴よ」

「オーケー、書き写した」

「魔術師によって保有していられる最大量が異なるのも、特徴の一つね。基本的には、休んでいれば回復するわ」

「書き写した。だが二つ質問がある。一つ目、確か他にも、属性というのがあったはずだが……それは影響するのか?」

「どういう意味かしら? もう少し具体的にお願いするわ」

「ああ、ごめん。そうだな……例えば『土』の魔力を、『水』の魔術師に流し込んだらどうなるんだ?」

「拒絶反応で、『水』の魔術師がダメージを受けるわね。下手をすれば死ぬわ。ただ……」

「ただ?」

「体液……例えば血液とかを介して流し込まれた場合は、『水』の魔術師が魔力を吸収し、回復する……そういう結果になるわね」

「なるほどな。つまり何も介さず流し込めば毒に、体液を介して流し込めば薬になる、ってワケか」

「そうよ」

「わかった。二つ目だ……」


 他にも龍野は、様々な質問をしたのであった。


     *


「それじゃ、今日はこれで終わり」

「え、短くないか?」

「いいの。明日から一週間連続で戦闘訓練だから」

「おいおい、洒落にならねえぞ……」

「そもそも、今日はそんなに時間をかけるつもりは無かったんだから」

「へいへい……」


 龍野は渋々自室に戻ることにした。


「あら、どなた?」

 廊下に出た直後、見知らぬ少女に声をかけられた。

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