第一章五節 訓練一日目

「ふあ~あ……」

「おはよ、龍野君」


 翌朝目が覚めると、ヴァイスが龍野の部屋の椅子に座って待っていた。


「まずやることを一つ伝えるわ」

「何だよ?」

「朝食後、『玉座の間』に来て」

「いきなり、か……」

「今の貴方の身分じゃ、怪しまれるからよ。堂々とこの城に出入り出来る身分にしないと、後々面倒になるわ」

「それで、何をするんだ?」

「貴方を、ここに入るのに相応しい身分にする。それ以上は言わないわ、まずは一日の元気を手に入れるのが先よ」

「そうだな」


 狐につままれた気分になりながら、龍野は食堂に向かった。


「ご馳走様」


 朝食を済ませた龍野達は、玉座の間に居た。


「で、これから何をするんだ?」


 龍野は我慢出来ず、ヴァイスに訊ねた。


「『ワガママ』をさせて貰うわ」

「『ワガママ』?」


 ヴァイスは龍野の疑問を無視して続ける。


「皆様、お願いします」


 向こう側に話しかけるヴァイス。

 一見、誰もいないように見えたそこには――


「承知いたしました、姫様!」


 大勢の声が返ってくる。

 何事かと思い、龍野が振り返ると、正装した男女がこちらに向かって行進してきた。


 しばし行進を見つめていると、決まった位置でピタリと止まった。


「この度は急なお願いにも関わらず、お集まり頂き有難う御座います。これより、私、ヴァイスシルト・リリア・ヴァレンティアは、臨時騎士叙任式を執り行いたいと思います。こちらへ」


 ヴァイスに案内されて、龍野は彼女の前に立つ。


「そのまま片膝を付け、頭を少し下げなさい」


 言われるままに、片膝を付けて頭を下げた。すると、肩に何かが当たる感触を感じた。


「私は今、この者を騎士の身分に据えました。この者か私自身、どちらか一方の意思に依ってのみこれを解除するものとします」


 一瞬の静寂のあと、歓声が起こる。


「もう直って大丈夫です」


 言われたままに、首をあげる。すると、長剣を持ったヴァイスが見えた。


「これを以って、臨時騎士叙任式を終わりとします」


 その言葉の直後、従者達が足並みを揃えて帰る。それを見届けたヴァイスが切り出した。


「これで貴方は、ヴァレンティア王国の騎士となったわ。この身分がある限り、私にいつでも自由に話しかけられる」

「自由? 束縛の間違いじゃないのか?」

「それは認めるわ」

「俺に枷を付けたつもりか?」

「枷なんてものを付けたつもりは無いわ。まあ結果で言えば似たようなものなのでしょうけど、私からすれば行動を縛る意思は無いわ。とりあえずはパスポートだと思ってて」

「ハァ……何事もねえとは思えねえぜ。一応聞くけど、俺が、騎士……とやらになった事で、問題は無いのか?」

「多いにあるわね。お父様はともかく、騎士団員に今回の叙任式がばれたら……」

「おいおい、冗談じゃないぜ……ん、ちょっと待て。さっきの彼らは誰だ?」

「誰もがただの従者よ。まあその時はその時よ、私が取り成しておくから」

「やれやれ、今後がどうなるかわかったもんじゃないぜ……」


 龍野は盛大に嘆息した。


     *


 自室に戻った龍野は、黒い服と鞘に収まった剣、それに銅の判子とバッジがベッドの上に置いているのを見つけた。その近くにメモが添えられていた。


「『これらの服装などは、先程の叙任式後に貴方に貸与された官給品です。全て身に付けてから、私の部屋に来なさい』」


 龍野はメモを読み終えるとゴミ箱に捨て、着替えを始めた。

 着替えに悪戦苦闘して一時間後、龍野はようやくヴァイスの部屋に向かった。


 龍野は地下広場に案内された。


「私達以外は誰もここを使えないわ。ここで訓練を始めましょ」


 ヴァイスが進める。


「身体能力テストは龍野君なら十分な能力だから、パスさせて貰うわ。その前に龍野君、どういう武器が一番戦いやすいかしら?」

「武器? そうだな……。武器じゃないが、拳や脚を使った戦いがいいな」

「そう。だったら、まずすることはそのスタイルに合った武器を作ることね。一度作れば次からは簡単に生成出来るようにするから、じっくり考えて決めなさい。あと、これは武器の図鑑ね。今目印を付けたから、そのページの武器がおすすめよ」


 ヴァイスに教えられたページを見る龍野。


「ガントレット(装甲付き手袋。前腕部を覆うことが出来るのが大半)、ナックルダスター(拳に嵌める打撃武器)、レガース(脛当て。図鑑に載っているものは、蹴りの威力を上げる武器として扱っている)……。なるほど、確かに相性がいいな」

「だが、どうやって作る? そもそも材料は?」

「貴方の持つ魔力だけで十分」

「は?」

「試しに、私がこれらを作り出して見せるわ」


 ヴァイスが目を瞑って何か呪文の様な言葉を唱えたあと、図鑑に載っていた物と同じ武器が生成された。


「まずは念じるなり、唱えるなりやってみなさい。手詰まりになったら教えるから」


 龍野は言われるままに、武器をイメージする。


(材質は……黒曜石でいいか)


 深呼吸して、命令を心の中で呟く。


「『現れよ』」


 龍野にとってはよくわかっていないが、ひとまず直感で唱えてみた。

 すると、それらしい形状の武器ができた。


「嘘!? 信じられない、何て魔力の量と質、それに高い適正……。でも、これは黒曜石でできた物ね? それじゃちょっと強度が足りないわ。例えば……そう、カーボナードはどうかしら?」

「カーボナード? 何だそれ?」

「簡単に言うと、“ダイヤモンドだけれどへき開の無い物質”よ。別名が、ブラックダイヤモンド」

「どれだけ強いんだ?」

「工業用に使われている程度には、強度は信頼できるわ。あとは魔力で強化するなり、対策を施さないといけないけど……そのままでも、最低限使えるわ。一旦今のを解除して、もう一度作り直したらどうかしら?」

「よくわからねえけど、そうしよう」


 龍野は『壊れよ』と唱え、さっきの武器三種を跡形も無く消した。そして再び『現れよ』と唱えると、さっきと微妙に違う武器が出た。


「一旦装備してみて。都合が悪ければ、直し方を教えるから」

「いや、サイズはどれもちょうどいい。しかし、ガントレットかナックルダスターのどっちにするか、迷うんだが……」

「ガントレットにした方がいいわ」

「どうしてだ?」

「前腕部の防御も兼ねるからよ。ナックルダスターにそこまでの能力は無いわ。せいぜい指を保護する程度よ」

「ならそうさせて貰う」

「しかし、驚きね。並大抵の魔術師なら、武器を作るだけで丸一日はかかるのに……」

「ところで、何故武器を作らせる? 魔術による攻撃だけで十分じゃないのか?」

「貴方の属性『土』は、近接格闘に比重を置いた属性なのよ。だから、接近戦のための武器を作るのは、『土』の中では当たり前。それに、『土』は魔術攻撃に関しては、他の属性にどうしても劣ってしまうの。それを武器生成能力、身体能力でカバーしているのよ。『水』なら、ある程度は魔術攻撃も出来るけどね」


 ちなみに、とヴァイスは付け足す。


「私の属性『水』は、防御と持久戦に向いた属性だわ。仲間を回復させる魔術も使えるの。勿論私もね」

「わかった。当分は、こいつを使うことにしよう」

「その前に。図鑑のスタイルそのままだと、ちょっと打撃力不足ね……。レガースの脛部分に刃を生成出来ない?」

「もうしたぞ」

「嘘!? そ、それじゃあ、ガントレットの打撃部分は……」

「スパイクで十分か?」

「! 体の外側の側腕部分にも刃が付いてる……」

「このデザインなら、見た目と実用性抜群だろ」

「ええ、そうね……。その様子なら武器は問題無いわね。じゃあいつでも使えるように、魔術をかけておくわ」


 装備している武器が、青い光を纏った。


「もういいわ。それじゃあ、早速戦闘訓練と行きましょ」

「ちょっと待て。魔力とやらの説明は……」

「明日教えるわ。それよりも、聞いて」


 ヴァイスが真剣な表情で龍野の顔を見つめる。


「力を得ても使い方がわからなければ、それは力を得ていないのと同じことよ。だから私は使い方を教える。遠回りに見えるかもしれないけど、これを怠けたら実戦で役に立たないわ。と言うよりも、死ぬわよ、貴方」


「ああ、わかった……」


 ヴァイスが指を鳴らす。すると、先程まで何も無かった所に、標的と思しき人形が一機出現した。


「これは訓練用標的上級型ね」

「おいおい、いきなり上級型かよ!?」

「貴方はこのレベルから始めた方がいいと思ってね。それよりも説明よ」


 いったん言葉を区切ったヴァイスは、ゆっくりと標的についての説明を始めた。


「これは時速十キロ、自転車程のスピードでの移動。攻撃手段は、射線上の敵に対し、三門の発射口から魔術弾を撃ってくるわ。他にも樹脂製の伸縮式ブレードを内蔵してる。けれどもし受けても、両方とも怪我すらしない威力だから安心して。今日最初の訓練は、この標的を破壊すること。時間と手段は問わないわ。私は近くで見てるから、頑張ってね」


 そう言い残し、ヴァイスは壁際まで歩いて行く。その間に龍野は、ガントレットとレガースを両方装備した。


 ヴァイスが壁にもたれた途端、標的が動き出した。龍野は様子見に、少し立ち止まる。

 標的が真正面を向いた途端、光弾が飛んできた。


「単調な動作だな」


 龍野は軽くサイドステップし、弾を避けた。


「そろそろ行くか!」


 射線上に立たない様にし、素早く接近する。標的の側面に来たタイミングで、拳を振るう。


(程よい重量だ。扱いやすく、次々と攻撃が出来る。やっぱり武器が自作できるのは便利だな)


 そう龍野が思っていると、ブレードが伸びてきた。

 体を捻って回避するが、僅かに掠める。


(だが……!)


 体を捻った勢いを殺さず、打撃を加える。

 クリーンヒットして、標的がよろけた。


「おらっ!」


 一度態勢を整え、レガースを付けた脚で二連の蹴りを見舞う。まず一撃。

 標的が更によろける。


「もう一撃!」


 レガースのブレード部分が綺麗にヒットし、その勢いで標的が壊れた。


「さすがね。でも、まだまだあるわよ!」

「おう、どんだけでも来やがれってんだ!」


     *


 訓練開始からおよそ一時間半。龍野はすっかり息が上がっていた。


「お疲れ様、今日はこれで終わり。部屋で休んだら?」

「ああ、そうさせて貰う」

「明日は別メニューで行くからね」

「もう好きにしてくれ……」


 若干投げやりな気分である。だが、訓練を怠けた結果死ぬよりはマシだと自分に言い聞かせ、与えられた部屋に入った。


「ああ、家が恋しいぜ……」


 そのまま龍野は眠りに就いた。

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