第一章四節 引き返せぬ道の始まり
「どうやら俺の中の俺は、まだ死にたいとは思ってなかったらしいな。そういう訳で逆襲開始だ、お姫様」
龍野は龍範から剣道も仕込まれている。実力だけなら三段クラスだ。
「そう言えばこの変な空間、例えば――術者の意識が途切れた場合でも消えるんだったな?」
ブラフだ。根拠は無い。
「ッ!」
だが、当てずっぽうは的中した様だ。
「何で知っているの」と言わんばかりにヴァイスが動揺したのが見えた。
「なら話は簡単だな!」
龍野は疾走した。ヴァイスに激突する前に体を捻り、剣での一撃を加える。
素早く防御される。だが、一撃、もう一撃と連撃を叩き込む。元々、武器を持った相手との戦闘は――龍野も武器を持った上でだが――経験済みだ。それが長物でも、問題なく戦える。
だが、考えが少し甘かったようだ。剣の扱いは不慣れではないつもりだったが、鍛錬の差だろうか、ヴァイスの一撃が重い。今や龍野は守勢に回っている。
それでも、どうにか受け流すくらいは出来る。そう、今大事なのは「ヴァイスを殺さず、且つこの異空間から脱出する」ことだ。
しかし、中々武器を落としそうに無い。荒っぽいが、手元を狙うことにする。
「『絶えぬ
ヴァイスが何かを呟いた。刹那、1m以上の直径を有する魔法陣が出現する。そして水滴状の模様から、青色の光弾が高速連射された。
「ぐうぅっ!」
龍野はどうにか回避し続ける。
(一発の威力はそんなに高くはなさそうだが、食らい続ければ多分死ぬ……!)
光弾の途切れた隙を突き、接近戦に持ち込もうと突撃する。
「まだよ」
しかし再度光弾が連発される。何発かは弾くが、このままだとジリ貧だ。
何とか打開策は無いものか――そう思っていると、また閃きが脳裏に浮かんだ。
――連射系魔術――
「『大地の息吹』!」
そう叫んだ途端、よく似たな魔法陣が出現する。そして、中心からオレンジ色の光弾が連発される。
「嘘ッ!? けど、これなら……!」
ヴァイスも負けじと魔法陣を召喚し、光弾を連射して龍野の光弾を相殺した。
しかし魔法陣召喚の際に隙が生まれたのを、龍野は見逃さなかった。
「そこだッ!」
「ッ……いい加減にしなさいっ!」
ヴァイスも必死だ。
だが、この好機をふいにする程龍野は甘くない。
「もらった!」
護拳部分を狙い、手から武器をすっぽ抜けさせる。
「少し手荒になる」
そう警告し、ヴァイスの動きを封じようとする。
殺しはしない。まず気を失わせ、強制的にこの異空間を解除させる。その上で意識を取り戻し次第、ゆっくり話をつけるだけだ。
ヴァイスの膝裏を蹴り、態勢を崩した上で頸動脈を絞めようとする。苦しむ時間は、ほんの一瞬だ。剣を地面に突き刺し、両腕を彼女の首に回したとき――ヴァイスが口を開いた。
「甘いわね、龍野君」
その言葉に、龍野が一瞬動揺する。
「その様子じゃ、戦い慣れしていないみたいね……」
「俺はこれでも、ガキの頃に何十回も喧嘩してんだぜ?」
「それはお子様の遊びでしょ? 私が言ったのは、そんな幼稚なものじゃない。これは命のやり取りよ。いつ殺されてもおかしくはない戦い。私は今みたいに殺す気で貴方を襲っている。でも、『貴方に返り討ちにされる』覚悟も持っているのよ」
「何が言いたい?」
「『命の遣り取り』の部分の覚悟が、貴方には足りないってこと。致命的なレベルでね」
「俺はお前を殺す気は――」
「そこ! そんな甘い言葉を言う時点で、貴方は覚悟が足りていないのよ!」
「要らねえだろ」
「へぇ……戦いへの侮辱かしら?」
こめかみに青筋を浮かべるヴァイス。
「少なくとも俺は、今、『生きる気で戦っている』んだぜ? お前の言う通り、殺す覚悟なんてものは、俺は持ってないさ。だが、この場を切り抜ける心意気だけは持っているさ。まかり間違えて、お前に殺される覚悟もな」
「へえ……。でも、もしこの場を切り抜けられたとしても、そんな気持ちじゃすぐ死ぬわよ。遅い早いの差はあれど、最終的には間違いなく、ね」
「先の見通しは、ここを抜けてからでも出来る」
「ふーん……面白いわね。さすが龍野君」
「皮肉か?」
「違うわ。さあ、私を好きなようにしなさい」
その言葉を聞いて、龍野は絞める腕に力を込めた。ヴァイスの腕が、力無く地に落ちた。そして同時に、広大な空間が消えた。
*
「けほっ、けほっ……」
ヴァイスのむせる音が、控えの間に響いた。
「大丈夫か?」
龍野が歩み寄る。
「ちょっとばかり、大丈夫じゃないわ……。本当に頸動脈塞いだだけよね?」
「ああ」
「そう……ところで、先程の戦いは貴方の実力を見るだけのブラフよ」
「どういうことだ?」
「実は私達の『水』と貴方達の『土』は、前々から同盟を結んでいたの。その上で、同盟関係にある属性の魔術師を殺すのは禁忌……どの道、貴方を殺すことは出来なかったのよ」
「はぁ……勘弁してくれ……」
「けど、貴方はもう魔術師になったのよ。これで今後の方針は決まったわ。勝手を承知で言うわね」
「何だ?」
「これより、貴方と私は味方として戦うわ。勿論協力は惜しまない」
そこで一拍置き、ヴァイスが力強く宣誓した。
「『道のわからぬ若人に、教え諭すが我が役目。如何な労をも惜しまずに、慈愛に依りて導かん』」
「誰の言葉だ?」
「初代ヴァレンティア王の言葉よ。ヴァレンティア王家の誇りにかけて、この先何があってもこの言葉は裏切らないわ。そこで貴方に説明することがあるの。少し聞いて貰えるかしら?」
「はいよ」
ソファに腰掛け直しながら返事をする龍野。
「魔術について説明するわ。魔術には八つの属性があるの。属性じゃなくて、宗派と言ってもいいんだけどね」
「何だそりゃ?」
「まずは貴方が自身で確認なさい。そうね、目を閉じて、『我が命を示すものよ、我が命を見せよ』と念じなさい」
龍野は言われた通りにした。
何かがぼんやりと見える。淡く光を放つ何かが存在している。
しかし実体はあるのだろうか。只の幻覚かもしれない。
よくわからない何かだが、オレンジ色に光っている。
だんだん輪郭がはっきりしてきた。楕円形の、石……?
「どう? 何かが見えたでしょ?」
「ああ。オレンジ色に光る何かが見えたぜ」
「それが貴方の属性よ。貴方の場合は、第一属性『土』、と言った所ね。そして今貴方が見た石らしきものを、私達は『
「さっき聞いたやつだな……ヴァイスの石は?」
「こう念じなさい。『汝の命を示すものよ、汝が主の命を見せよ』と」
「それはいいけどよ……何でそうまどろっこしいんだよ?」
「これが基本中の基本だから」
「は?」
「もし戦闘することになったら、そのまま直結するからよ。戦いでは、相手の属性を見極めるのは基本。とても大事よ。それに、相手の
龍野は再び言われた通りにした。
今度も、さっきと同じ何かが見える。違うのは、纏う光の色だ。
ヴァイスの石が纏う光は――青い、瑠璃のような光だ。
「見た?」
「ああ。形は同じだが、光の色が違った」
「それが私の属性。『水』よ」
「ちょっと待て、さっきから『土』とか『水』って……。一体何のことだ?」
「言ったでしょ? これは私達の力の種別よ。ちなみに、自分の属性に対応した術しか使えないことは覚えてね」
「まるで小学生の頃遊んだもんみてえだな……。ところで、属性と言えば相性があるはずだが……どうなんだ?」
「あるわ」
ヴァイスは即答した。
「貴方の場合、貴方にとって有利なのが『雷』と『炎』。反対に、不利なのが『草』と『空』ね」
「ヴァイスの場合は?」
「私にとって有利なのが『炎』と『雷』。不利なのが『空』と『草』ね」
「他にもあるのか?」
「ええ。けど今は、この最低限の情報で十分よ。必要になったら随時教えるわ」
「そうか(曖昧にされた気がするが……今は、これで納得することにしよう)」
「ところで龍野君、先程の貴方の戦い方はなってない。しばらくは特訓ね。そうね……細かい用事まで合わせたら……」
ヴァイスが思案する。
ややあって、結論を導いた頃に、「そうだ」と前置いた。
「龍野君、一か月貰うわ。今の貴方は危なすぎる。貴方を平均的な魔術師クラスにまでは引き上げなくては」
「悪いが……すぐには決められない。学校を三週間以上も休むとなると言い訳が大変だろう……」
「全て私に任せなさい。貴方が戦いに集中出来るようにサポートするのが、私の役割だから。『慈愛に依りて導く』とはこういうことよ」
「へいへい……」
「今日はもう休みなさい。明日からは、食事と睡眠以外では休めなくなるから」
「はいよ、お休み」
龍野は疲れた体を強引に引き摺って、自分に用意された部屋のベッドに飛び込んだ。
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