第一章三節 奇襲

(どこだ、ここは? 先程まで城に居たはずが、今は真っ暗闇に一人ポツンと置かれている……)


 戸惑う龍野。すると、唐突に声が聞こえた。


『ようこそ魔術師の世界へ』


 機械でごまかしたかの如き声。肉声では有り得ない声。

 そんな声が、龍野の耳に響いた。


「お前は誰だ!? 姿を見せろ!」

『それは無理だ。私は説明役に過ぎない。私には、支配者からは説明する許可しか与えられていないのだよ』

「何の用だ!?」

『まあまあ落ち着け。そう威嚇されては、話すべきことも話せない』


 飄々と喋る声。


『今からお前に、魔術の説明をする』

「何だよそりゃ!? 俺は知らな――」

『お前の意思は介在しない。お前は資格を持っていた、だから選ばれた。それだけの話だ』

「ふざけるな!」

『まあそう怒るな。話の途中だ』


 声は龍野の様子など意にも介していない。


『今からお前には、力が与えられる。その力で、自らの所属する属性、いや派閥を繁栄させよ』

「どういう意味だ?」

『言葉通りだ』


 その瞬間、龍野の全身を閃光が包み込んだ。そして同時に、全身に激痛が走る。


「ぐああああああああああああああああっ!?」

『苦しみは一瞬だ』

「あああっ、はぁっ、はぁっ……何だよ、このおぞましい感触は……っ!」


 龍野の体内に、何かが入り込んだ。


『お前に力を与えた。属性は『土』。これより、お前には『命の駒ライフ・ピース』が与えられる。この駒の輝きが失われることは、それ即ち死を意味することを忘れるな』


 しかし、龍野は今一番疑問に思っていることをぶつけた。


「おい! 力って何だよ!?」

『それは自ら確かめろ……おや、お前は力を制御する訓練を受けていない様だな……? まあいい、戦っていればいずれはできるようになるだろうさ』

「話は終わっていないぞ!」

『最後にこれだけ告げておこう。これは生きるか死ぬかのゲームだ。せいぜい足掻いて見せろ。さて、私の役目はここで終わりだ。さらばだ、選ばれし者よ』

「待て……!」


 夢ーーあるいは、ーーはここで途切れた。


     *


 何か嫌な夢を見た気がした。それが何なのかはっきりとは覚えていない。


「うう……何故か急に疲れたぜ」


 龍野はぼんやりとした疑問を覚えながら、覚醒を迎えた。程なくして、ヴァイスも目覚める。


「大丈夫か?(ん? ヴァイス、いつの間に着替えたんだ? スカート丈の短い……簡易ドレスって感じの服装に変わってやがる)」

「大丈夫よ。それより、夢を見た?」

「ああ、見た。確か、オレンジ色に光る駒が俺の体内に……」

「私もよ。駒は青色だったけど」

「え? マジかよ」

「嘘は言っていないわ。それより……」

「何だ?」


「いきなりで悪いけれど、遺言はある?」


 唐突の死刑宣告。


「いきなり何の冗談だ?」


 龍野は問うた。それ以外、何もできなかった。


「冗談じゃないわよ」


 龍野の問いを無視し、指をパチリと鳴らすヴァイス。

 瞬間、景色が一転した。城内の一室が、瞬く間に広大な空間に変わったのだ。

 桁違いに広く、地平線が全く見えない。


「貴方はここで死んで貰うわ」

「ハァ!?」

「再会してすぐにこうなるなんて、悲しいけど……仕方無いわね」

「お、おい……(何だ、いきなり何言ってやがるんだ!? クソッ、逃げるしか……)」


 龍野の様子など目もくれず、ヴァイスは勝手に話を進める。


「私と貴方の仲だもの。安心して、せめて遺体は丁重に葬るわ。あ、あと一つ」


 一旦間を置き、再び語りかける。


「逃げようなんて思わないでね。まあ、逃がす気もないけど。ちなみに逃げ道も無いわ」


 龍野の考えを先手で封じてくる。


「どうしてもここから逃げたいのなら、私を殺してみなさい」


(ふざけんなよ……。そんなこと、絶対に出来ないに決まってんだろ……!)

「そろそろ話は終わりにしましょ。もう一度訊くわ、何か遺言はある?」

「急に言われても、そういった言葉はすぐには思い付かないさ」

「なら『無い』ことにしておくわ。話は終わりよ。安心なさい、苦しませずに一撃でケリをつけるから。覚悟して、龍野君!」


 彼女は独特の構えを取り、声高らかに唱える。


「氷の剣よ。我が手のもとに」


 言い終えると同時に、彼女の手に氷の剣が召喚された。


(両刃剣か……日本刀のような片刃の刃物ならともかく、そういったのを俺が捌けるか疑問だな……)

「それじゃあ、龍野君……さようなら。ほんの数分だけだったけれど、最後に逢えて嬉しかったわ」


 そう言い残し、姿を消す。気づいたときには、彼女は龍野の目の前まで迫っていた。


「はあぁっ!」


 彼女が剣を振り下ろす――


 ガギンッという金属音が響いた。致命の剣は何かに阻まれ、龍野に触れていなかった。


 龍野は何が起こったのかわからずにいた。わかっているのは、まだ生きている、という事実だけだ。


障壁しょうへき? 私達魔術師にしかもたらされない万能の防御壁が……龍野君を守った?」

(障壁だって? 俺は、その障壁とやらに守られているのか?)


 今の事実を認識出来ない龍野が、場違いな遅さで思考する。


「でも、耐久力は無限じゃない。この分だと、って三十秒と言った所かしら」


 すぐに剣を構え直し、打ち込みを仕掛けるヴァイス。


「ッ!」


 だが、再び弾かれた。この一撃で障壁は破壊されたが、龍野には傷一つ無い。

 剣を振り切った隙を突いて、龍野は反射で逃げだした。


「もう一度言うわ、逃げ道は無いわよ!」


 だが龍野は、そんなことなど構わず一目散に距離を取ろうとする。

 普段の鍛錬のお陰か、着実に距離は稼ぎつつある。しかしヴァイスに主導権があることに変わりは無かった。


     *


「はあっ……はあっ……」


 どのくらい逃げ続けていたのだろう。龍野が肩で息をしながら、必死で走る。


「いい加減諦めてくれないかな?龍野君っ!」

「どうして……こんなことにっ!」


 逃げながら、龍野が叫ぶ。


「わかんねえ……俺にはわかんねえっ!」


 ヴァイスが無言で虚空に魔法陣を召喚し、氷弾を連射する。


「うわっ!」


 ついに龍野が転倒した。これ幸いとばかりにヴァイスが距離を縮めてくる。


(ああ、俺の人生もここまでか……)


龍野は逃げる気力を完全に失い、迫るヴァイスを呆然と見つめる。


「追いついたわ龍野君。観念して、私の手にかかりなさい!」


 龍野が止まってから数十秒。ヴァイスが龍野のすぐ目の前で足を止めた。


「逃げないの?」


 ヴァイスが訊ねる。

 龍野は投げやりな気分で、せいぜい粗雑に答えてみせた。


「やめだ、やめ……。俺に勝ち目がまったく無いのに、悪足掻きなんて出来るか」

「潔いじゃないの。龍野君のそういう所、好きよ。でもさようなら」


 ヴァイスが剣を高々と掲げる。脳天から一撃で斬る気だ。

 そして、その剣が振り下ろされる――


     *


 刹那、稲妻のように過去の記憶と思しき光景が浮かび上がった。

 学校の建物の片隅で、白い服を着た蒼髪の少女が、複数の少年少女に押さえられながら泣いている。それを姿の見えない誰かが見ていた、そんな光景だった。

 龍野は悟った。『誰か』とは自分自身であることを。そしてこれが自身の記憶であることを。

 一瞬走馬燈かと思った龍野だが、すぐに否定した。この直後の行動を思い出して。

(そうだ、俺は……俺は知っている、何をしたのかを!)

 記憶の中の自分は、声なき声で力の限り叫んだ。


「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!」


 意識が現実に引き戻される。そして――


     *


 氷の剣を、黒曜石の剣が受け止めていた。


「こんなワケのわからねぇことに巻き込まれて、ワケのわからねぇまま死んで……ふざけんじゃねぇよっ! 死んで、たまるかぁあああああああッ!」

「!?」


 ヴァイスが絶句する。どうやら彼女にとっては想定外だったらしい。龍野は構えを取りつつ、努めて冷静にヴァイスに話しかけた。


「どうやら俺の中の俺は、まだ死にたいとは思ってなかったらしいな。

 そういう訳で逆襲開始だ、お姫様」

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