第一章二節 いざ、ヴァレンティア王国に

 翌日、午前九時。

 ディレクターズスーツを着た三人組が、須王家の前に現れた。


「昨日の奴等か!?」


 龍野は身構えたが、龍範が制する。


「手紙に有った『使者』だろ」


 そして玄関に出る。すると使者の一人が歩み寄ってきた。


「須王龍野様ですか?」

「ええ。招待状の件ですね?」


 普段とはかけ離れて真面目な口調だが、何故か自然と、龍野は話せた。


「はい、話が早くて助かります」

「では返事を。出席させて貰います」

「左様ですか。では、服装と往復の旅費はこちらで準備します。明後日の八時五分発の、フランクフルト経由ベルリン・テーゲル行きの便にお乗りください。空港到着後、現地の者が専用車でヴァレンティア城までお送りします」

「ちょっと待ってください」

「何でしょうか?」

「服装も費用もそちら持ち、と言うのは?」

「姫様の都合で貴方をお呼びするのです。費用をこちらが受け持つのは当然です」

「は、はあ……」

「では要件は済みましたので、これにて失礼致します」


 使者達は足早に車まで向かった。


 車を見送り、玄関を閉める。


「さて、これからが大変だな……」


 とりあえず費用に関しては、すぐ親に返還することにした龍野であった。


     *


 それからは何事も無かった。


「それじゃあ行ってくるぜ」


 龍範に車で羽田国際空港まで送って貰うことになった龍野は、見送りに来た紗耶香と皐月達に挨拶をした。

 車はあっという間に到着し、素早くターミナルへ向かう。三十分前だ、急がないと搭乗手続きが終わってしまう。

 どうにか間に合い、無事機内に乗れた。

 機体が離陸し、日本を離れる。それを見届けた瞬間、猛烈な睡魔が龍野を襲った。


     *


 ヴァレンティア王国。

 ベルリンを首都に抱き、そこには国家を象徴するヴァレンティア城がそびえ立つ。

 規律と自律性、それに身分や上下関係を重んじる伝統的な国民の性格は、この国の産業を支えるのに不可欠なものだ。

 自動車や軍需産業など、機械にはとことん強い。海沿いには多数の工場が存在し、内陸部と沿岸部の光景はまるで別の国のようである。

 また、ヴァレンティア城とノイシュヴァンシュタイン城はヴァレンティア二大名城と呼ばれ、外貨を稼ぐのに一役買っている。また噂では、国中に無数の地下水脈が広がっていると、まことしやかにささやかれている。

 伝統を重んじ、自他共に厳しいストイックーーその実、“いいかげん”でもあるーーな性格は、どこか日本と似ているものがある、そんな国家である。


     *


 目が覚めた頃には、機体は着陸寸前だった。

 そこから急いで乗り換え、ベルリンに向かう。今度は一睡もしないまま、ベルリン・テーゲル空港に到着。

 当日中に着くとは思わなかったが、これなら問題ないだろうと龍野は思った。


 ヴァレンティア城に到着した。八連のドアが隔てる先に、龍野に与えられた部屋があった。

「8」と書かれたカードキーを渡される龍野。


「あの、これは?」

「貴方の部屋に必要な鍵です。ちなみに、カードの数値はセキュリティレベルと部屋の扉の枚数を表します」

「そうですか、ありがとうございます」


 今晩はここで一泊し、それからパーティーを始めるらしい。

 英気を養う時間だと龍野は思い、敢えて何も考えずに過ごした。


     *


 いよいよ四月一日、十六時を迎えた。使者達に更衣室らしき場所に案内された。


「貴方には、こちらの服を着ていただきます」

「これですか?」

「着方はお教えします」

「お願いします」


 そして言われるがままに用意された服を着た。

 龍野は内心で、「申し訳ない、親父……」と思っていた。


「大体こんな感じですが……」

「似合っています」


 パーティー直前、十八時十五分。

 優に二時間を超えてこの服と格闘していたが、何とか間に合った。


「会場まで、案内お願いします」

「わかっております」


 歩くこと十分。

 龍野達は“水晶の間”と呼ばれる場所に到着した。


「しばらくおくつろぎください」

「ありがとうございます」


 口ではお礼を述べつつも、龍野は内心「くつろげるか!」とツッコミつつ、一礼して大部屋に入った。


     *


 十九時、改め午後七時。パーティーが始まった。

 それと同時に部屋が暗転。スポットライトが照らされた。

 照らされた先にいるのは――ヴァイスシルト・リリア・ヴァレンティア姫だ。彼女は従者からマイクを受け取ると、一礼してから語り始めた。


「本日はお忙しい中お集まりいただき、有難う御座います」


 一拍置いて続ける。


「招待状にも書いた通り、私は本日、十五歳の誕生日を迎えました。皆様にお集まり頂いただけでも、感謝の極みです」


 感謝の言葉をゆっくりと、しかし一度たりともつっかえずに彼女は話す。

 そして最後の言葉が流れた。


「ご清聴いただき、有難う御座いました。この後は、パーティーを存分にお楽しみください」


 彼女のスピーチを聞きながら、彼女をしげしげと見つめる龍野。金髪碧眼ならぬ、蒼髪碧眼の容貌。腰から臀部まで伸びている長い髪。大きな瞳に、シャープで小さな鼻。パーティーでよく女性が着る、純白のロングドレス。その上からでもわかる張り出た胸と臀部。それとは対照的に、くびれた腹部。160センチ程度の身長に似合わぬモデル体形だ。おまけにまだ幼さが残る、可愛くも美しい顔と来た。こりゃあ招待された男達は有頂天だな、と分析した。

 その場から動こうとする龍野。すると、貴婦人達の会話が聞こえてきた。


「ねえ、ご存知? 姫様の新しいご趣味」

「何かしら?」

「宝石収集でしてよ」

(へえ、すごいな……)


 龍野は純粋にそう思った。


 その直後、「一つお知らせが御座います」という放送が流れた。


「須王龍野様。恐れ入りますが、ステージ上の控えの間までいらっしゃいますようお願いします。繰り返しお伝えします。須王龍野様……」


 龍野を名指しした放送。

 特定の用事が無ければ、こんな事はしない。


「ん、俺なのか? まあ、とにかくあそこに行けってことだな……」


 龍野は飲み物を片手に、ゆっくりと控えの間まで歩いた。


 コン、コンと二度ノックする。

「どうぞ」と返事が来たのを確認し、ドアを開ける。

 そこには――姫様ヴァイスシルト殿下がいた。そして一礼し、龍野に話しかける。


「突然の招待にも関わらず、お越しいただき有難う御座います」

「いえいえ」

「なんて堅苦しい話は抜きにしましょ」

「え?」


 龍野は一瞬唖然とした。


「まさか、この三年でもう忘れたの?」

(思い出せない。どういうことだ?)

「その様子じゃ、忘れたみたいね。では、こう名乗ればわかるかしら?」

(名乗る? 名乗るも何も、貴女の名前はヴァイスシルト・リリア・ヴァレンティアじゃないのか?)


 さらに戸惑う龍野。

 しかし彼女は一呼吸置いた後、そのまま続ける。


「私は善峰よしみね百合華ゆりかよ」


「ッ!(善峰……その名前には聞き覚えがある。確か……小学校卒業と同時に『国に帰る』と言い、居なくなった……いや、居なくなったんじゃない……。けど……!)」


 龍野は激しく動揺した。しかしその動揺は、すぐに打ち消されることになった。


「三年振りね、龍野君。最後に会ったときより、随分いい顔になったじゃない。体つきもね」

「え……ええ。ところで姫様、貴女は一体……」

「ヴァレンティア王国の姫様よ」

「じゃあ、今ドレスを着ている姫様は、私が小さいときに遊んだ……」

「ええ、あの善峰百合華よ」


 もの凄い体つきになったな、と龍野は思った。


「幼馴染の久々の再会ですもの、もう少し近くで語らいましょ」

「え、ええ(いや待て、いいのか? 一国の姫様相手に、一介の高校生が)」

「何か卑屈なこと考えてない?」

「そ、そんなことはありません(げ、見抜かれてる)」

「ふーん。あ、あと敬語は要らないわ。私達、幼馴染でしょ?」

「はい……って、いやいやいやいや! 立場が違いすぎるでしょう!」

「それ以前の問題よ。少なくとも三年前までは実際にそうだったのだから」

「今は違うでしょう! 私が貴女を敬うのは、当然のこと……」

「何が『当然のこと』なのかしら?」

(げ。まずい、怒らせたか?)

「私は貴方と対等の立場でいたいの。私を一方的に敬っても、私にとっては不快でしかないわ。いっそ呼び方を善峰にして欲しいくらいよ」

「そ、それは……」


 正直呼び辛い。龍野は内心でぼやいた。


「じゃあ『ヴァイス』でいいわ」

「は……はい。ヴァイス様」

「『様』はいらないわ。『ヴァイス』でお願い」

「はい……ヴァイス」

「そうよ、それでいいの。今後はそうやって呼び捨てにしてね」

「はい」

「後はタメ口で話してね。さん、はい!」

「わかり……わかった、ヴァイス。ところで、一ついいか?」

「何?」

「別れてから三年間、何してた?」

「それはね………………」


 ドサッと音がした。ヴァイスが急に倒れたのだ。

 何事かと思い彼女に近づくが、意識を確かめようとした瞬間に龍野の意識は途切れた。

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