第一章 遊戯の始まり
第一章一節 突如来たりし金封筒
「よし、着いた!」
早朝、一軒家の門前で歓喜の声をあげる青年。表札には「
上下ジャージ姿に加え、運動靴を履いている。どうやら朝のジョギングから帰ってきたばかりのようだ。
玄関に上がる前にポストを確認する。すると、そこには純金の封筒が入っていた。
メッキではない、本物の金でできた封筒だ。封をする蝋も上質なもののようで、よく見ると、模様もあしらわれていた。月桂樹の輪の内側に、五つの星。
只の封筒ではないと直感で悟った青年は、すぐ封筒を手に持ち、家に入った。
自室で見た手紙には、このように書かれていた。
「
拝啓
春光うららかな季節を迎え、あなた様には一段とお元気でお過ごしのことと存じます。
さて、来る四月一日をもちまして、私もついに十五回目の誕生日を迎えることとなりました。
つきましては、お世話になりました皆様に、ささやかな宴を催したいと存じます。お忙しい中恐縮ですが、ぜひ拙城までご出席くださいますようご案内申し上げます。
尚、もしもお会い出来ますならば、恐れ入りますが服装は「ブラックタイ」でお願い申し上げます。
敬具
日時 四月一日(水曜日)午後七時
場所 ヴァレンティア城 水晶の間
平成二十八年三月二十三日
ヴァイスシルト・リリア・ヴァレンティア
なお、お手数ながら、三月三十日に派遣させる使者に、ご都合の程をお知らせくださいますようお願い申し上げます。
須王
どうして一市民に過ぎない自分の住所と名前を知っているのだろうかと、疑問に思った。
今日は三月二十八日。考える猶予は二日間。
「断る内容じゃないが……まあじっくり考えるか。まずはシャワーでも浴びるか」
龍野は脱衣所で服を脱いだ。身長百八十五センチの巨体に加え、筋骨隆々という言葉そのままのたくましい体を大気に晒す。
そして浴室のドアを開けると、黒く短く、剣山のような髪をシャワーで洗い流した。
*
シャワーから一時間後、彼はコーヒーを片手に自室で本を読んでいた。それも「ヴェニスの商人」である。
他にも本棚に並んでいるのは、「ファウスト」や「不思議の国のアリス」など、いわゆる文豪の本がずらり。すると一段落したのか、栞を挟んで本棚に戻した。
「腕立て伏せの時間だな。ノルマは百回、いっちょやるか」
龍野は両の手の指先だけを床に押し付け、腕立てを始める。
さらに二時間後、龍野は庭先で拳法の型らしきものを何度も繰り返していた。
「へえ、磨きがかかってきたじゃないの」
唐突に声がした。
「お袋か。ああ、まだまだいけるぜ」
龍野が返した。
「そういやお袋……」
「なあに?」
「今朝、妙な手紙が入ってた。宛先不明だったけど親展じゃなかったんで開けちまった。が、俺宛ての手紙だった」
「どういう内容だったの?」
「招待状だな。それも相当身分の高そうなお方からの」
「あとで見せてくれる?」
「はいよ」
そう言って、再び型を繰り返した。
*
十五分後、二人は龍野の部屋にいた。
「こんな封筒に入ってた……」
そう言いながら、純金の封筒をお袋こと須王
その封筒を一目見た紗耶香は、驚愕の表情を浮かべた。
「これは……ヴァレンティア王国第一王女からの直々の招待状じゃないの!?」
紗耶香が驚愕する。
「へえ……どこかで見たことある名前だと思ったが、あのヴァレンティア王国、なぁ……」
「貴方あの国の王女に招待されるなんて、一体どうして!?」
「俺が聞きたいくらいだ。あとそんなに大声で騒がないでくれ、みんなが来るだろうが」
その矢先、騒ぎを聞きつけた妹の
「お母さん、今ヴァレンティア王国って……」
皐月が訊ねる。
「う、うふふ……何でもないの、ちょっと“行きたい場所”について龍野と話をしたくなっただけよ」
「じゃあその金色の封筒は何だよ?」
目ざとく龍斗が訊ねる。
「こ、これは……」
紗耶香が言葉に詰まる。
「あーあお袋のおかげでバレちまった。えーとこれはだな、海外のお姫様が暇つぶしに送った手紙だ。偶々俺の家に来ちまったんだよ」
苦しい言い訳だ。
「ふーん」
だが龍斗は納得した様子で、部屋を去る。
「行こうぜ龍太、お兄ちゃんの邪魔になる。皐月も」
「う、うん……龍斗お兄ちゃん」
龍太が渋々と言った様子で部屋を去る。
「はーい」
皐月も二人に続いて、部屋をあとにした。
三人が去ったのを確認して、龍野は話を続けた。
「で? これがイタズラじゃないとしたら、この招待は受けるべきだろうか?」
「是非とも受けなさい!」
紗耶香は即答した。
「はいはい……つってもなあ。旅費とか服とかはどうすんだよ?」
「それは
興奮もあらわに、龍野に言い聞かせる紗耶香。
「はあ……四月一日は大変な事になりそうだぜ」
龍野は天井を見ながら、ため息をついたのであった。
*
夕方六時。
既に帰ってきた父親の龍範と紗耶香が、夕食の乗ったテーブルを挟んで話し合っていた。
そこに妹達を引き連れて、龍野がやってくる。
「お帰り親父。お袋と何を話してたんだ?」
「お前、今朝金の封筒を貰っただろ?」
野太い声で龍範が話し始める。
「ああ、貰った」
「既に紗耶香から話は聞いた。ヴァレンティアに行ってこい」
「まさか、旅費と服の相談とか……」
「したぜ。旅費も服の代金も俺の貯金から崩してやる。滅多に無い機会なんだ、存分に楽しんでこい」
「親父……」
龍野は半ば驚きの表情をしながら返事をした。
「さてお前ら、飯だ飯。龍野、いつものを頼む」
「はいよ。せーのでいくぞ……」
その言葉と同時に、居合わせた全員が
「せーの!」
「「いただきます!」」
その号令と共に、全員が夕食を食べ始めた。
「「ご馳走様でした!」」
夕食を終えて風呂に入った龍野は、湯船の中で考え事をしていた。
(俺には心当たりが一つも無い……。なのにどうして手紙を送られたんだ? 俺は日本の一国民だぞ? おまけに差出人は有名なヴァレンティア王国の王女ときた……。まあいい、話す機会があれば、本人に直接聞くとするか……)
そして風呂から上がった龍野は、眠りについた。
*
翌日、朝食と支度を終えた龍野と龍範は、買い物に出かけていた。
「なあ龍野、手紙に『ブラックタイ』ってあったんだが、何だそりゃ」
龍範が訊ねる。
「タキシードのことだろ。いま調べた」
「助かるぜ、これならすぐに終わりそうだな」
二人は近くの紳士服店に入店した。
「さて、帰るか」
一時間後、紙袋を提げた龍野と龍範が車に向かって歩いていた。
「親父、すまんが預かっていてくれ」
「どうした?」
唐突な龍野の物言いに、戸惑う龍範。
「荒事が起きそうだ。それも俺を狙ってな。親父は先に車に乗っていてくれ、俺が何とかする」
「車で逃げるか?」
「多分追われるぜ?」
「だったら、息子を置いて逃げられるかってんだ」
龍範は紙袋を車に置くと、鍵を閉めて車の側で身構えた。
「来るぜ……!」
眼前には黒のセダン。そこから黒服の男達がナイフを抜いて降りてくる。一人は長身、もう一人は小柄だ。
「二人か……親父、一人頼んだ」
「はいよ」
やり取りを終えた直後、黒服達が向かってくる。そして長身の黒服は龍野の、小柄な黒服は龍範の心臓を狙ってナイフを突き出す。
「フッ」
龍野は体を捻ってナイフを躱すと、その勢いに任せて腕を逆側に極め、動きを封じる。
「親父!」
「大丈夫だ」
龍範も既に黒服の腕を極めていた。ナイフを取り落とす音が響く。
「おい、答えてもらうぜ」
龍範が切り出した。
「どうして俺達を狙う?」
「誰が答えるか……!」
長身の黒服が答える。
すると龍範は、無言で股間に蹴りを入れた。
「うぐっ……!」
長身の黒服がうめく。
「もう一度だけ聞く。どうして俺達を狙う?」
「くっ……ある組織に依頼された……」
「隠すな!」
龍範は極めた腕を折ろうとする。
「ああああっ……! か、隠していない! 本当にそれだけしか知らされていないんだ!」
「親父、こいつはただの下っ端だろ。逃げようぜ」
「そうするか!」
龍野が訊ねると、即座に龍範は返した。
二人同時に黒服を蹴飛ばし、来た道とは逆の方向に逃げ出した。
夕方五時。黒服達の追跡を振り切った二人は、疲れた素振りも見せずに帰宅した。
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