第6話

「調子はどうだ」


院に請求した資料を持って来たのは私の同期であった。煙草を加えながら気怠けに話す仕草は昔と何も変わっていない。


「研究の進捗かい?」

「お前の身体の方だよ」

「嗚呼、そっちか」


正直、体調は思わしくない。病は日に日に私の身体を蝕んでいくのだから。痛み止めではカバーし切れず眠れない日が増えた様に思う。食欲も無い。


「顔色わりぃぞ、ちゃんと食ってるのか。成果を出す前に死んだんじゃ研究員らしくねぇぜ」


そう言いながらも、彼は仕草で私に煙草を勧めた。素直に応じる。どうせ死ぬのなら好きなものを口にした方がいい事を、彼も私も知っているのだ。


「そっちはどうなんだい、元気そうではあるけれど」

「お前の目は節穴か。多忙極まって隈が取れねぇよ」


聞けば、彼のチームは今国と共同で研究をしている最中らしい。スケジュールが厳し過ぎると眉を顰めたが、楽しんでいるようにも見えた。


「やっぱり元気じゃないか、」


呆れてそう言うと、彼は悪戯っぽく微笑んだ。嗚呼、やっぱり変わっていないな。

私は何だか安堵した心地になって目を閉じる。


私の病が発覚してから、周りは随分変わってしまった。腫れ物のように扱われ、研究を口実にこの塔へ閉じ込められ、あとはひたすらに死を待つだけ。

毎日が色を失って薄ら寒い空気に押し潰されそうだが、こうしてたまに外の人間と話すと気が楽になる。彼のように以前と変わらず接してくれるなら尚更だった。


「被検体はどうなる、」

「解剖だろう、私が死ねばそこまでだ。私と同じ条件の人間はそうそう現れない。都合の良いモルモットなのは私も同じだよ」

「俺が継いでもいいぜ」

「馬鹿言うな、院が許さないさ。将来ある若者がやる研究じゃない」


ふぅ、と煙を吐いて目を伏せる。酩酊感に身を任せてデスクに腰掛けた。

また顔を出す、と手を振って彼が出て行く。あと何度、こうして話が出来るだろうか。

視界の端にイチヤを捉える。嗚呼、あと何度、この穏やかな寝顔を見る事が出来るのだろう。

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植物院の少女 藍草 @aigusa

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