第5話

百合の香りは腐敗した死の香りの様に感じた。それはこの白百合が致死性の毒を持つからではなく、幼い頃からの私の認識だ。甘く、何処か気怠く、陰鬱な香り。研究塔内にはその香りが通常の白百合よりも強く漂っていた。稀に酔ってしまうのではないかと、この香りで死に至ることが出来るのではないかと勘繰ってしまうくらいに。

イチヤはそれには構わず白百合の傍で昼間は殆どゆるゆると眠りに就くか意識と無意識の間をさ迷っている様に見えた。夜の方が活発に動く。私自身は深夜に眠りに就いてしまうので何とも言えないのだが、見ているかぎりでは深夜零時辺りが一番元気そうである。

白百合の成長すらも、太陽の力を必要とはするが深夜の方が活動が盛んである。植物としては珍しく、夜行性という訳だ。毒についてはまだ未確認、不確定な要素が多く分かっていることは直接触れたり花粉を吸い込んだりしなければ死には至らないこと、神経毒に近い構造である、というくらいだ。そして、イチヤにはその毒への耐性がある。彼女と会話らしいものが出来るようになってからわかったことはイチヤは物心がついた時には母親は残骸と化しており、毒については無知だったことである。本人にも、何故己だけが毒への耐性があるのかはわからないらしい。

ただ、白百合と意識を交わす中で彼女が感じたことは、拙い言葉から察するに、生きることを赦されている、ということだった。

イチヤの母は自ら死を望み、なのに予期せず白百合の毒で死んだ。そしてその胎内に居たイチヤはそれを知っていたのだった。


「おかあさんは、ゆるしてくれなかった」


そう呟いたイチヤの言葉に、しかし非難の色は見られなかった。別段悲しいわけでもなく、ただ事実を述べたという風だ。

イチヤの母が自殺を望んだ時にはもう妊娠は自覚していた筈だ。それでも死のうと彷徨っていたのはイチヤの生を赦さなかったのだと彼女には感じられたのだろう。事実、白百合への耐性が無ければイチヤは母諸共死んでいた。

母が死んだその毒によってイチヤは生を手に入れた。故に、赦されたと感じた彼女の言葉は恐らく正しかったのだろう。

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