災厄の始まりと金星人の少女と その三

 とにかく最後のオチがいい。

 異星人を解剖するフィルムの有名な疑問点をならべて、それを推理の根拠にして、アホのような答えを論理的に結論づけてみせている。


 その結論とは、宇宙人を人間が食べる儀式を記録した光景というもの。

 最初にパラパラ見た時は単純なジョークとしか思えなかったが、よく読めば見事につじつまをあわせている。


 たとえば捏造がばれる原因のおそまつな描写を、解剖ではなく食肉に解体していると解釈。あたかも真実のフィルムであるかのようにこじつけている。

 手術用のハサミの持ち方が間違っていることや、取りだした臓器の雑なあつかい、そして医学的には意味のない撮影内容。どれもバーベキューの用意を撮影していたから、という理屈だ。

 それをアメリカの魔術崇拝の儀式にからめて、オカルトらしさを装っている。

 フィルムを本物と思いたいオカルト信者の溜飲をさげつつ、フィルムを偽物と思う懐疑論者には皮肉と理解できる、無駄に高度なテクニックが使われていた。

 コラムを最初から最後まで読まないと理解できない作りこみは、ワンコイン本でやるようなネタではない。しかし、その無駄な力の入れようが、逆にギャグとして笑えた。


 ついつい立ち読みしながら吹き出してしまった牟田口は、あわてて頭を上げた。

 店の壁かけ時計は十一時半をすぎている。もう走っても予定の電車にすべりこめない。

 次の電車を逃せば最後だ。


 牟田口はワンコイン本を手にしてドリンクの棚に向かった。

 良さそうなジュース類はなく、しかたなく牛乳パックサイズのカフェオレを選ぶ。

 量が多すぎて帰るまでに飲めないかもしれない。


 小走りでカウンターへ向かった牟田口は、ようやく今度も店員がいないことに気がついた。

 何かあったのだろうか。

 一人しか店番をしていなくて、その一人がたまたまトイレに行っている可能性を思い浮かべる。

 ありえない確率ではない。

 しかし、立ち読みをしていた時間を考慮すると、トイレにしては長すぎる。


 一瞬、財布を出そうかと思った。

 ぴったりの金額を置いておけば、盗んだことにはならないと考えたのだ。

 もちろん現実にはそんなことはない。

 きちんと何を買ったかレジで記録しておかないとコンビニも困るはずだ。

 どうしようか……


 ふいに、自動ドアが開閉するチャイムが鳴った。

 あわてて牟田口はふりかえる。

 ぬめっと湿気た風が頬をなでる。


 夜景に浮かびあがる白い肌。

 凍ったような表情。

 鋭くて黒い瞳。


 金星人が牟田口を見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る