これは始まりだろう
「・・・わかりました」
俺は頷いた。
それが、高城郁実の答えだと。
「・・・ありがとう」
涙を流して頭を下げる麻生さん。
「それじゃ、そこに座ってください」
麻生美華子と同じようなことをする高城。
俺は黙って高城の肩に手を乗せる。
伝わってくるのは高城の震えだ。
「・・・こわいです」
これから一人の人生を終わらせてしまうことを思うと、怖いことだ。
高城の肩の力は入ったままだった。
俺は目を閉じた。
あの幻想的世界が目の前には広がっていた。でも、先程のやつとは見え方が違った。なんていうか、薄黒い。
隣には少し震えている高城。
「・・・ちです」
少し聞こえたがなんて言ってるのか分からなかった。
指を指してあっちだと教えてくれていた。目の先には、黒く染まっていた泡が無数にあった。
「おそらく、この人は私と同じです」
今度ははっきりと聞こえた高城の声。
俺は口を開いて声をだそうとした。高城は手で俺の口を塞いだ。
「もう少し待っていてください。今吸うと危ないです。」
危ない?
俺は頷いた。
すぐ手を離した。
「とりあえず、半分位まで行ったら話します」
言われるまま先へ進むことになった。
薄黒い泡は避けるように動くよう指示された。
奥に行くにつれて、その色は濃くなっていた。
泡は上には上がらず、蓄積されるか呑まれるかのように降下しているように動いていた。
「ここら辺まできたら大丈夫です。話していいですよ」
「なんだ、あの黒・・・、、、おふぉ」
言われた瞬間に話したら咳き込んでしまった。
「まだ、この空気に慣れてないのかもしれないです」
確かに嫌な空気だ。
「それでも、おふぉ、麻生美華子のときと全く違うじゃないか」
呼吸が少ししにくい程度。
これくらいなら話せるが、新しい空気に咳き込む。
「これは、人が忘れようとしても永遠と再生して付きまとってきた記憶の成れの果てなんです」
「言ってることがよくわからないんだが?」
「嫌な記憶とか自分に都合が悪い記憶は、勝手に忘れたり書き換えたりしてるんです。それを繰り返すと、こんなふうになっちゃうんです」
「ってことは、おふぉ。麻生美華子は真っ直ぐな人間だったと?」
「真っ直ぐな人間なんていません。絶対に悪い記憶とか自分を誤魔化してきた記憶があるんです。ですが、その記憶を何回も書き換えたり忘れる数が多かったりするとこうなっちゃうんです」
俺の目線は自然と黒い空間の方へ向いていた。人間ってのは本当に都合の良いように造られている。
自分が成りたいように
自分が在りたいように
自分が自分であるように
そうやって生きている。
おふぉ。
この空気には慣れそうにない。
「行きましょう。
この先に生まれた記憶があるはずです」
上から降り注がれる黒い泡は深いところに行くに連れて、降下の速度を加速しているように感じた。高城は庭であるかのようにかわしながら進んでいく。俺はっていうと、交わしながらが精一杯。前に進むのは交わす動作を一々挟んでいた。
「着きました」
周り1面真っ暗な世界。
その中でも一際ハッキリ黒く映る泡が目の前にあった。それは、他の泡よりも大きなものだ。
「これに・・・入るのか?」
俺はこの泡に、怯えた。
「・・・入りません」
高城は大きく手を挙げた。
「こうします」
そして、振り下ろした。
泡ははじけ飛んだ。
黒から白へ周りが変色していく。
それは、麻生美華子の中 あの風景を見ているようだった。
俺の呼吸も戻っていく。
スーと自分が消えていくようだった。
目を開けると、目の前にただ立ち尽くす高城がいた。涙をその目に浮かべ、遠くを見る目でただ立ち尽くしていた。
麻生さんは机で伸びていた。息はある。寝ているようだ。
「これで・・・良かったんですよね」
高城がポロッとこぼした言葉は自分への後悔だろうか。俺はそっと高城の背中に手をあてる。「大丈夫だ」と言葉をかけることもなく。
※
あんな事があった翌日の朝は寝起きが悪かった。
休みの日の始まりなのに休みのあとの日の様になっていた。
うちの寮は学校が休みの日、各自自由に動く。
しっかりしているのは平日と楓さんぐらいだ。
時計は9時を示していた。俺の休みの起床はだいたい7時くらいだ。週刊になってしまっているのかその時間に起きる。そして、二度寝。
昨日の就寝が遅かったのもあるが、その後の寝付けも悪かったのも原因。
充電ケーブルに繋がれた携帯を手に取った。
久からメールが来ていた。
幸子とナオちゃんとで新しい喫茶店に行ったままでかける。
途中来れるなら来ていいんだぜ。
ゆうみちゃん連れてさ
受信が1時間前。
えんりょしとく
そう送り返して携帯を置いた。
疲れている。
俺は着替えることなく自分の部屋をでた。
食堂へ向かうと、楓さんがいた。
「おはよう。湊くん」
「おはようございます」
「コーヒーのむ?」
「いただきます」
俺は円卓に座ってぐったりした。
「はい」
マグカップに冷たいコーヒーが入ったものを俺の目の前に置いた。
「あざ」
マグカップを持って一口のんだ。
「珍しいね。遅い起床じゃない?」
「まぁ、色々ありまして・・・」
「そういえば、ゆうみちゃん。まだ起きてないんだよね」
「そうですか」
疲れてるのは俺だけではないってことか。いや、あいつは寝てないんじゃないのか?
昨日帰る時だってずっと泣きそうだったしな。
あれが、高城郁実の自己満足。
この町にある、一つの都市伝説。
俺はそれに手を貸す人間。
「さって、私はちょっと出かけるね。出かける時は鍵かけといて」
「わかりました」
食堂は俺一人になった。カップのコーヒーをまた一口飲み、またぐったり。
携帯を取り出して、あのサイトを開いた。
更新は無かったが、人喰いの警官の項目は消えていた。
こんなタイミングよく?
このサイト。偶然にしてはよく出来てる。
麻生さんの記憶を消す前あの項目を見た。あんなことをやった後で、あの項目は消えた。
これは、ただの偶然か?
まぁ、考えすぎか。
俺は、ずっとこのサイトを見てきた。
このサイトで発見した、まぁほとんどデマだったやつなんだけど。それでも、発見したやつは未だに残ってたり早くても数週間残っている。
でも今回初めて1日で消えた。
携帯を閉じて、コーヒーを一口。
俺の想像力は、大分レベルアップしたな。 昔は文字で読んだ都市伝説を、病のようにどこまでもどこまでも想像するだけだったのに。いまじゃ、裏の裏まで勝手な想像を出来るようになってしまった。
「おはようございます」
「うぁ!!」
「何驚いてるんですか?」
「驚くわ、湧いてでるな」
「湧いてないです」
後から声をかけてきた高城に気付かず、驚いてしまった。髪がボサボサで変な風になってる。目が赤くなってる。
「お前、寝れたか?」
高城は流しの方に向かって歩いていく。
「寝れたように、見えますか?」
くそ生意気な。
「可愛くないやつだ」
冷蔵庫を開ける音。
俺はコーヒーを飲みほした。
「あの後、麻生さんはどうなったんだ?置いてきてしまったが」
高城が円卓に座りマグカップを置いた。
「分からないです。でも、もうここにはいないと思います」
「無責任な」
「そうですね。でも、そうなってしまうんです。そう・・・なっちゃうんです」
俺は高城郁実を知らなさすぎるな。
「ですから、これからもよろしくお願いします」
「俺はいつまで手伝えばいいのか?」
「この学校にいる限りだと思いますよ」
この笑顔は慣れないな。
それでも、俺はこいつといれば面白いものに出会えると。そう信じている。
「そういや、ナオちゃん達が出かけてるらしい。合流してもいいらしいが、行くか?」
高城はカップの飲み物を飲み干して「はい」と答えた。
着替えに行くと行って食堂を飛び出していった高城は、やはりただの女の子だ。
人の記憶。
それを操作できるもの。
それを仕事にするもの。
都市伝説。
存在した都市伝説を見たのはこれが初めて。
俺は彼女のそばにいて、これからも都市伝説を探していこうと思う。
この町で。
2人で。
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