それは涙と笑顔を

「よろしくお願いします」


マジか。なんでこんなことに。


「おはょう、湊」


後ろから、久が降りてきた。


「おはようございます」


「おはよう」


楓さんと高城が挨拶。


「・・・誰?」


「今日からここに入居する、高城郁実です」


「おー、可愛いじゃん」


「それ、ナオちゃんの時も言ってたよな」


「つっこんではいけないのだよーみなとくん」


クスクスと笑う高城。


「俺は、伊藤久。ひさしって読んでくれていいぜ」


「わかりました、ひさしさん」


「で、あちが湊って言うんだ」


勝手に紹介しやがって。


「よろしくお願いします、湊さん」


めっちゃ笑顔だ。この笑顔が恐怖に感じてしまっていた。


「おはようって、こんなとこで止まってないでよ」


後ろから幸来が来た。


「あれ、ゆうちゃん?」


その後にいたナオちゃんが、ひょっこり顔を出した。


「あれ?ナオちゃん。この寮だったんだ」


「ナオちゃん、知り合い?」


「はい。同じクラスで」


「じゃ、ご飯にしましょう。この荷物置いたら食堂に来て」


楓さんが食堂に行く。

2階から降りる俺らは洗濯物を出しに。


食堂に向かうと、円卓に椅子がひとつ増えていた。6つ椅子なの並んだ円卓は、いつもよりもせまく感じる。一人増えただけでこんなに恐怖を感じるとは。ってか、高城の笑顔が異常に怖く感じる。


「じゃ、いただきます」


「いただきます」


今日のメニューは、食パン マーガリン イチゴジャム スクランブルエッグとジャガイモの混ぜ物


「ごめんね、郁実ちゃんの荷物運んでいたからご飯が貧相に」


「いや、充分ですよ」


「ちょっと、急がないと学校間に合わないかも」


「今日、なんかあったけ?」


「聞いてないの?うちの学校に夜な夜な入り込んでる人がいるらしいから、その注意みたいな話。町のルールも破ってる時点でかなり重いわよ」


前から町のルール破ってたけど、そんな重そうな警を受けたことねーぞ。

高城の方を見るとめっちゃ笑ってた。まるで、人事みたいな。


「まぁ、前科があるやつを差し出して罰を受けてもらえば丸く収まるわよ」


幸来がこっちを見てニヤニヤ笑っていた。


「やっぱ聞かせてくださいよ、湊さんの前科」


「ナオちゃん、興味持ちすぎ」


「湊の話は面白いからな」


「こら久、てめぇ」


「いっつもこんな感じなの、ついていけそう?」


楓さんの隣に座っていた高城がその問に笑顔で頷く。

どんなふうになっても、俺達はこんな感じなのだ。

俺が、初めて脱走したあの日も。


あの日俺は、学校で聞いた「町の真ん中に血で書かれた魔法陣」というものに興味を持ち、それを確認しに向かった。

聞いたのが下校の時だったため、すぐさま確かめたいという意思の元、決行を夜にしようと決めた。もちろんこの町にルールがある事は知っていた。だが、俺の思いが行動へと移した。

21時に抜け出した町は静かで、町の街灯はついていたが人なんてひとりとしていなかった。自分しかこの世界にいない世界に感じた。

目標地点につくと、地面には魔法陣らしきものが描かれていた。だが、それに指を触れると拭き取れてしまった。それは血ではなく絵の具だった。その場所は日が当たらず日陰になっていたため乾かなかったのだろう。結局何のために書いたのか分からなかったため、その日は引き上げた。次の日、昼間にその場所に行ってみると、複数の中学生が遊んでいた。そこには例の魔法陣らしきものが書かれたものが再生されていた。「またくだらなかった」と思いながら寮に戻ると、楓さんが待ち構えていた。俺の脱走を見抜き処罰を与えた。あの時は、無条件で一ヶ月寮の当番をすべて俺がやるってことになってたが。

あの時もこんなふうに笑ってたっけか。


「まぁ、話すのは夜にしましょう」


楓さんが話を止めて、学校に行く支度を勧めた。食べ終わった食器を片付けて、それぞれ部屋に戻った。


7時38分


コンコン

部屋を戻った途端にノックが聞こえた。また久かと思ったが聞こえた声が違った。


「湊さん。高城です」


はぁ。

面倒な。

ドアを開け部屋へ入れた。

高城はまじまじと俺の部屋の風景を見回した。


「案外綺麗ですね。もっと汚いイメージだったんですけど」


「何のようだ」


手っ取り早く終わらせたい。


「おそらくですけど、もう学校では活動できないんですよ。ですから、ここを活動場所にしようかと思いまして。引っ越してきたんです」


「そんなことどうでもいい。用事無いなら出てってくれ」


「そんな怒んないでください」


「お前、何がしたいんだ?」


「何がです?」


「人の記憶なんか弄って、何がしたいって聞いたんだ」


「じゃ湊さんは、何のために都市伝説とかの確認をしているんですか?」


「質問を質問で返すんじゃない」


「湊さんがそうしてるのと同じなんです」


「つまり、自己満足」


「昨日話さなかったです?」


「おい、湊?時間」


外から聞こえた久の声。


「行きましょうか。また夜に」


その一言は、嫌な感じにしか聞こえなかった。

言い返す言葉もなく、俺は鞄を取り高城と共に部屋をでた。



全校集会で体育館に集められた生徒は、異様に落ち着きがない感じだった。そこら辺の人と話をして、夜な夜な現れるという、理科室の幽霊に関して話していた。この事実を知るのはおそらく俺だけだろう。他の人たちは、高城に関しての記憶を消されているのだから。俺は隣にいた男子に話しかけられ、その話に乗って話していた。まぁ、人嫌いってわけじゃないから話すくらいならな。ただ、この集会でこの都市伝説は都市伝説ではなくなってしまう。またくだらない落ちがついてしまう。


「えー、緊急集会を始める」


上段の上でマイクの前に立っていたのは、生徒指導の郷田先生だった。


「今回のは、学校に夜忍び込んでいる奴がいるという事なんだが。町の方で決定した意見を発表する。今回の騒動は実は他の学校にもあったということだ」


体育館にざわめきが走る。

うちの学校だけじゃないのか。

俺も、驚きを隠せない。


「そのことで今後、学校に警備員の増加を図るということだ。まぁ、うちの学校の生徒にそんなことするやつはいないと思うが。

十分気をつけるように」


再び起るざわめき。

退出する時も、それは収まることなく最終的にそんなことかと片付く始末。しかも、幽霊騒動をさらに大きくする形に。だいぶ膨れ上がってきた疑惑に生徒達も気づき始めていた。「これは、幽霊ではなく生徒の誰かではないか?」っと。俺と同じ疑問を持った人間が、学校に忍び込むことを予感しているのだろうか。これは、考えすぎか。


帰りのホームルームで朝の話を要約 注意を促していた。結局、あれは何だったのか?


「湊さん」


校門を考えながら歩いていると声をかけられる。声の主は、高城だった。


「・・・どうした?」


戸惑った返答をすると、表情で分かったかのように笑顔で近づいてきた。


「帰りましょ」


そういや、同じ寮だったな・・・。


「何考えてたんです?」


「お前からどう逃げようか、考えてた」


歩きながら投げられた質問は即答返球。

もちろんそんな事は考えちゃいない。こいつは今どうでも・・・。

いや、そんなことないか。

今、俺の考えてる真ん中には高城郁実がいるんだ。

そもそもだ。俺の目の前で都市伝説でなくなったこいつをなんで俺は気にかけているんだ?


「それ、本気でいってます?」


「いや、冗談」


会話しながら考える。

わからないまま寮についてしまう。





「ご飯食べたら、私の部屋にきてくださいね」


高城の部屋は、一階にあるこの寮唯一の空き部屋。楓さんの隣の部屋である。

階段を上がり自分の部屋へ向かう時に言われた。

自分の部屋にはいり、制服と鞄をそこら辺に投げ捨てベットに転がった。

気になることがいろいろ上がってきた。

携帯を開けてあのサイトを開く。


NEW 夜中に束暮町を徘徊する警官


・・・?

都市伝説でも何でもなさそうな。

項目をタップする。


夜になると警官の格好をした人が、束暮町を徘徊するという。その警官はその場で出くわした人間を食べるという。


食べる?

なんだよこれ。

なんたとも言えない記事に絶句する。

良く考えたら、この3日で体験したことを加味するとありそうなのではと思ってしまう。

俺の中の都市伝説思考が働き出す。

今すぐにでも動きたいという衝動に駆られる。


コンコン


「湊くーん。いる?」


楓さんか。


「はい」


「お風呂なんだけど、郁実ちゃんの後でいい?」


マジか。

でもま。


「別に構わないですよ」


「じゃ、20時30分で。ご飯は21時になったから」


「わかりました」


ドア前で話すのは楓さんだけ。勝手に入ってこないのはやはり大人って感じがする。

時計は19時を過ぎたところだった。

俺は携帯を見ながら寝転んでいた。

この記事に書いてあることがどうしても気になっていた。


未確認の生物の可能性あり


なんて文字があの続きに書かれていたりすると、UMAなのかとか思ってしまう。人間を食べるUMAなんて、聞いたことないけど。


20時28分。

俺は風呂に足を向け、部屋を出る。

風呂には使用中ノックと書かれた表示。


コンコン


「大丈夫ですよ」


高城の声がする。

扉を開いくと、パジャマ姿で髪を乾かす高城がいた。


「お前、どうゆうつもりだよ」


「なにがです?」


「とぼけんな」


「朝言いましたよね?多分もう学校は使えないって」


「見回り強化するぐらいなら使えるんじゃないのか?」


「わかりません」


ドライヤーの電源を切って、髪を櫛でといていた。

俺は、上半身を脱いで風呂に入る準備をしていた。


「だから今晩、最後の依頼だけ済ませます」


整え終わった長くも短くもない髪を下ろしてこちらを向いて言う。


「そのためについてきてくださいね」


俺は下半身丸出しだった。


「はいはい」


「素直ですね」


「お前、やたら怖いんだよ。あと、この状況で普通に話してられるお前ってすごいわ」


下半身丸出しだし。

てか俺も、マナーないよな。

この前まで、久が俺の前だったからな。


「いや、男の人の全裸って何回も見たことあって。もうなれちゃったんですよね」


慣れちゃダメな気がする。


「とにかく、ご飯食べたら私の部屋に来てくださいね」


そういうと、慌てたそぶりも見せずに出ていった。

やっぱあの笑顔、怖い。

本人に悪気はないんだろうけど、そう感じる。

俺の被害妄想か?考えすぎか?

体を洗って髪を洗ってヒゲ剃って、シャワーで流して風呂に入る。浸かりながら考える事は、サイトで見た人喰い警官。もし本当なら、死体だの骨だのが出てくると思うんだが。そんなの、聞いたこともない。まさか、骨ごと食うわけじゃあるまいし。だが、何でもありそうだ。現に記憶を操作するやつがいるわけだし。

そうこうと考えていると、時間は過ぎ去って行く。風呂の時間を見ると20時52分。そろそろ出るか。


並んでいたのは、肉じゃが 白ご飯 白の味噌汁。


「湊、お風呂はどうだった?」


食事中に、隣の久が話しかける?


「なにがだよ?」


だいたい予想がつく。


「何がって高」


「何もねーよ。」


だろうと思った。


「話ぐらいさせてくれよ」


「面倒な」


久あいてだと、素の言葉が出て来る。


「そういえば、来週の当番なんだけど。郁実ちゃんに教えながらやってくれる人いる?」


「私いいですよ」


ナオちゃんが、速攻立候補。


「そうね。同じクラスみたいだし。じゃ、来週からよろしくね」


「そういえば、朝の続き話してくださいよ」


はぁ、これか。

幸来がべらべらとしゃべり、久がゲラゲラ笑っていた。

楽しい食卓だ。いつもと変わらない。



で、食事が終わってきたわけだけど。

コンコン


「どうぞ」


21時38分

俺は言われたとおり、高城の部屋に来た。

ダンボールが積まれた部屋は、まだ何も置かれてはいなかった。

ベットに腰掛けていた高城はこっちを見ていた。


「ようこそ。ってもまだなんにもしてないんですけどね」


「でっ、要件は」


「今から学校に行きます」


「今から?」


「依頼はまだ全部終わってないんで」


「あの見回りか?」


「あの人のお願いの内容はまだなんにも聞いてないんですけど、頼まれたからにはやらなきゃいけないんで」


「でっ、俺はなんでいかなきゃいけないんだ?」


「記録してほしんです」


「記録?」


「私は記憶を操作できます。でも、その記憶操作もただでできるわけじゃないんです 」


「どうゆうことだ?」


黙ってうつむいた。


「私の記憶、順番になくなってるんです」


その一言は、重かった。

ってことは、自分の自己満足のために自分の記憶をなくしてるってのか。


「私は自分の記憶と引きかけえに、他人の記憶を操作しています。文字なら残せるはずなんで、みなとさんには・・・」


かすれていく声。顔はうつむいたまま、雫を垂らしていた。

俺は、そんな高城見て思った。


―――この、高城郁実って女は俺以上の自己満足を求めている。


「自己満足・・・ね」


俺はこの娘の、高城郁実についていけば。必ず面白いことに出会える。最初にあった時に感じたあの感覚に、また出会えると。そう思っていた。

泣き顔でこっちを見ていた高城に手を伸ばす。黙ってその手をとる高城。


「お前の自己満足に手伝ってやる。そんで、俺の自己満足も手伝ってくれ」


そういうと、涙を拭きながらこう言った。


「・・・はい」


その涙声は、俺の耳に 俺の脳に永遠に残る言葉となった。


そして俺達は、夜の町にくりだす。
















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