第2話
というか恵が座ってきたというほうが正確だ。
会社の合コンなど誘われた事のない私は今まで母親以外の女性と向かいあって座るなんて事はなかった。
顔を合わせないようひたすらうどんをすすった。
「先輩はよくここ来るんですか?」「うんまぁね」
「君は?」
「君だなんて先輩(笑)恵でいいですよ」
今まで私は恵を名前で呼んだ事はなかった。前焼き鳥屋に誘った時もそうだった。
「私ここ初めてです。いつもはお弁当なんですけど今日は材料がなくて。昨日は残業で仕事終わったらもうスーパー閉まってて」
やっちゃったという風にペロッと舌を出して笑いながら言う恵。
ドキドキしながら下を向いてうどんを食べる恵を見た。
その愛くるしい姿に自分の顔が赤らんでいくのがわかり急いで水を飲んだ。
「先輩こんなのばっかじゃ体に悪いですよ。あっ!私お弁当作ってあげましょうか?」
少しおどけた口調で言う恵。ドキッとしたが秀樹の顔が浮かんだ。私は
「いいよ」
と少しぶっきらぼうに言った。
秀樹に悪いと思ったわけではない。
ただ秀樹という彼氏がいながら他の男にこういう事を言う恵が信じられず、腹が立った。
恵を魔性の女と見るもう一人の自分がいた。
恵も自分の態度に少し動揺したように見えた。
私はもともと怒る事はめったにない。
というか今まで誰かに手を挙げたり怒鳴ったりしたという記憶はない。
先に店を出ていった恵。
この30分楽しくないわけではなかった。
しかしやはり抑えきれない怒りがそれを打ち消した。
確かに恵の存在によって自分は強くなれた。
でも…… 今日は終業式。
小学生は今日から夏休みだ。今日もうどんだ。のれんをくぐると向こうから
「先輩」
と手を振る恵。
恵が2日続けてうどんとは。
しかも会社から少し離れたこの場所まで。
たわいのない会話で時間は過ぎていった。
うどんもおおかた食べ終わった頃彼女はふと言った。
「私ってすごい弱い人間なの、先の事ばっかり考えるの…例えば気の合う友達が出来てもその子が引っ越す事がわかってるとするでしょう。そしたらもうその子とは距離をおいて付き合うの。仲良くなると別れがツライから。一線を引くの…。すべてにおいてそう。先の事ばっかり考えて疲れちゃうの………」
私は思ったままを言った。
「いや君は強いよ、そうやって先を考えて自分の感情を制することが出来るんだから。僕にはそれは出来ない。僕だったら何も考えずただ付き合う。それで後で凄く落ち込む。僕こそ弱い人間だよ……時間ないから帰ろう。」
それからも数回秀樹と恵の約束を耳にした。
しかし必ず自分の所にお茶を持って来るとちょっとした事で声をかける。
その度に悲しみと怒りがこみあげた。
私はからかわれている。
女の免疫のない私を遊んで楽しんでいるのだと。
それからも昼を共にする事は多かった。
でも恵はその度に今日はなになになんでここで食べますと理由をつけた。
そんなある日私は産まれて初めて人に怒った。
というか怒鳴り散らした!!机を叩き叫んだ。
それは自分の怒りもピークに差し掛かろうとしていた時だった。恵が気軽に
「先輩って手キレイですよねぇ」
と触ってきた。
私は無意識の内にさっと手を引っ込めた。
「やめろっ!君がそんなに軽い女だと思わなかったよ!そうやって男を遊びの道具のように扱う女だとはねっ!!君は…最低だよ……最低だよっ!!!!秀樹という男がいながら!」
おもいきり机を拳で叩き怒鳴った。
店の空気が固まった。そんな事どうでもよかった。
「違い…辞めて…下…さい…私は…純粋に…」
わんわんと泣きながら声にならない声で恵は言った。しかし私は続けた。
君に届け 橘亜理沙 @Tachibana_a
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。君に届けの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます