3.「ぼく」の見解

 彼の部屋に来てそろそろ二時間ほど経つ。

 あたりも気が付けば薄暗くなってきているが、ボクは夢中でキーボードを叩いていた。



 〈ながる:じゃあ今友達の家にいるの?お友達、暇じゃない??〉


   いいのいいの。漫画読んでるし、貸してくれるって言ったのも彼だしね


 〈ながる:ふーん、それならわかった!お話ししようね~(^^♪〉


   うんうん!ぼくも帰らなきゃいけなさそうだし、もうちょっとお話ししよ!



―――ボクは夢中でキーボードを叩いていた。




 ここまで話して分かったことは「ながるさんは同じ年」「自分の住んでるところからはとても遠いところに住んでいる」「高校は商業系の学校へ通う」という事である。

 いつしか「知らない人」に対する抵抗は消え、画面に映る文字を信じて疑わなかった。そして、同じ年という点でも親近感が沸き、話題が盛り上がり、離れられなくなってしまった。



 「お前、そろそろ帰らなきゃ、やばいんじゃね?」



 時計を見ると19時13分を指していた。門限は決まっていなかったが、連絡も無しにこんな時間まで帰らないのはさすがにまずいと冷や汗が出た。でも、ながるさんとまだまだお話ししていたい……。


 そんなことを思いながら、無意識に文字を打ち込んでいた。




  ごめんね、もう帰らなきゃいけなくなった。また明日か明後日、それ以降かもしれないけど、いつかまた来るから、時間があるときにこの部屋で待っててもらってもいいかな!




 ここまで一方通行なお願いをしたのは初めてだった。


 でも、こんなに新鮮な世界で初めて出来た友達を手放すのには、あまりにも勿体なく、寂しく思った。



 画面には〈もちろんだよ!わたしも暇だしね!〉の文字。ぼくは心底安心した。



 そして彼の家を離れ、足早に自分の家に帰った。両親から特にお咎めも無く夕食が始まったのをいい事に、父親にパソコンを借りたいと申し出た。

 最初は渋られたが「父親が使うときは必ず返す」という条件を元にパソコンを借りることが出来た。

 意外とあっさりと借りられた事に、なぜ最初からこうしなかったのか、と少し後悔した。



 こうしてめでたく、ボクはパソコンを手にすることに成功したのである。



 ネットワークの設定はすでに父親が設定済なので、見よう見まねで彼がやっていた画面を展開する。

 そして、先ほどまで話していたチャット部屋を探して入室する。





 〈ながる:あれ!?早かったねえ!!〉





 やった!やった!また会えた!!

 心の中はお祭り騒ぎだった。



   親にパソコン借りられたんだ!これからまたよろしく( `ー´)ノ



 慣れない顔文字を使い、自分の喜びを伝えた。相手も嬉しそうでぼくはとても幸せに感じた。覚えやすい名前にしておいてよかった……。


 そこからしばらくの間、家に帰って毎晩文字で話をするようにした。

 とてもいい親友が出来たと思った。一人称が「私」なところが気になってはいたが、話が合うという点は変わらなかったので特に理由を聴くことも無かった。




 それから1週間経ったある日、いつも通りチャットをしていると、突然こんな文字が飛び込んできた。



 〈ながる:実はちょっと相談したくて……〉


   ん?どうしたの?自分でよければ聴くよ!


 〈ながる:ほんと!?うれしい(/_;)!〉




 相談の内容は全く見当が付かなかったし、誰かから相談されるのも初めてだったボクは少し身構えた。




 〈ながる:実は……彼氏と喧嘩しちゃって……〉




 え?


 察しの悪いボクは「失礼」という言葉を辞書で調べる前に文字を打ち込んでいた。




   ながるさんって、男性じゃないの?


 〈ながる:え!ひどーい!!君と同じピチピチの女の子なんだけど!!(-"-)〉





 は?


 混乱していくのが自分でも分かった。


 どうやらながるさんは「女性」だったらしい。そしてながるさんは自分を「男性」と認知していなかったらしい。

〈『ぼく』って一人称気になってたけど、こんなにお話し好きだってことは女の子なんだろうなって思い込んでた……〉とのこと。

 肝心なところを伝えていなかった事について、お互いに、お互いで謝罪し合い、変わらず仲良くしていくということで話が付いた。



 そして、「相談に乗る」という課題をクリアするべく、話を聴くことにした。


 主な内容は「最近彼氏と仲が悪く、また彼氏の進学先が女子が多く、捨てられてしまうのではないかとても不安で辛い」ということだった。




 ―――聞いた手前何か返さなければいけない。


 が、こちらはイロコイ未経験の純粋系男子。返せる言葉など全く見つからなかった。

 でも、思ったことを伝えることくらいは出来る。そう思い、ただただ気持ちを伝えることにした。



  ぼくは恋愛経験が全く無くて、君のその悩みがとてもうらやましく思っちゃうし、彼氏にも嫉妬しちゃうんだけど……。好いているなら、逆に少し距離を置いて「ファン」くらいの感じで見守ってみたらどうかな。彼女相手じゃないけど……ぼくも兄弟げんかはよくするし、当面会いたくないって思うときもあるけど、いつか必ず居なくなったらつらいって思う時が来るよ。それまで少し時間を空けてでも待ってみたらどうかな。



 ……何を書いているんだろうか。送った後に意味が分からなくなり、すぐに消したくなったが消せない。つまり彼女はそれを読んでいるのだ。ああ、消したい。顔から火が出る。どうしたらいいんだ。今すぐにでも消せないだろうか……



 〈ながる:すごい……そういう考え方出来なかった。本当にすごい〉



 意外な反応が返ってきたことにまず驚いた。


 それと同時に、クラスメイトにも、家族にも、誰にも言ったことのない気持ちを認めてもらえた高揚感が、さらにインターネットの世界へ引き込まれるきっかけとなっていった。

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