星間戦争の片隅で

黒井羊太

終わりの見えない戦争の只中

 全銀河を支配する超巨大帝国。圧政を強いていた帝国に、そして皇帝に不満を持つ人々は、遂に銀河の各地で武器を手に反乱を起こす。後に言う星間戦争の始まりである。

 あらゆる所でテロが起き、怪情報が飛び交い、帝国の秘密警察が町中を監視し、世の中はまさに混沌としていた。

 誰もが英雄を待っていた。この暗澹とした暗い時代を終わらせる英雄を。

 そんな動乱の世の中の動きとは全く関係なく、男は土を耕し続けた。


 ザクッ。ザクッ。

 鍬が土に刺さる小気味いい音が、静かな星に響く。

 ここは争乱の中心から何万光年も離れた辺鄙な惑星。大昔に入植者が大量に入ったが、痩せた土地の為に皆離れていった、価値のない星。

 男は休憩がてら、ふと空を見上げた。綺麗な快晴だ。聞こえる音は風と葉擦れだけ。遠くの星々の争乱の音など、ここには聞こえなかった。


 男の農法は、時代遅れも甚だしいものであった。

 星間旅行が当然すぎて、宇宙旅行という言葉すら消えてしまった時代。あらゆる技術が発展し、あらゆる事が自動化した。また、生命工学についても発展著しく、ナノテクノロジーの発展と共に、長寿化技術が進み、人類の寿命は飛躍的に延びていた。理論上では1000年ほど、実際には800年程生きた人間もいる。

 当然農業においても機械による自動化が進み、自走式耕耘機によって耕され、ホバーユニットによって等間隔に播種され、自動収穫機によって収穫され、出荷される。その効率を上げる為、星一つを整地し、起伏のない平原が作り上げられた。事実、それによって収量は激増し、宇宙中に出荷される事となった。

 そんな時代において、である。男は鍬を握り、振るう。そうして土を砕き、堆肥を一輪車で入れる。土はやがてミミズや虫が湧き、団粒構造が出来上がる。そこに、なるべくケンカをしない組み合わせで、何種類かを配合して野菜の種をまく。数ヶ月もすれば、お互いの根っこ同士で共生関係となって、追肥の必要もない程立派な野菜がなる。

 男は時折、木も植えた。広葉樹だ。枯れ葉はやがて堆肥となり、自然と栄養になる。夏の暑い日には、じりじりと照りつける太陽から男を守ってくれる。野菜では届かない、地中深くから栄養や水分を吸い上げ、地上へ振りまいてくれる。根っこは男の鍬の届かない地層を砕いてくれる。水はけが自然、良くなるのだ。

 これをずっと繰り返しているのだ。自分の畑の手入れをしながら、年々開墾している。全て、人力で。


 男はいつも、農業の現状を苦々しく思っていた。

 機械は植物を観察しない。いずれ病気が蔓延するだろう。

 機械は土を踏みつける。いずれ土とは思えぬ程固まるだろう。

 機械は空気を汚す。いずれ人も入れぬ程になるだろう。


 だから男は、一人鍬を振るい、種を蒔き、草を毟り、収穫している。皆に笑われながらも。



 星間戦争は激化の一途を辿っていた。あちらの銀河では革命軍が勝利した、そちらの銀河では帝国軍が革命軍を潰した、と言う情報が毎日飛び交った。民衆はそれに一喜一憂した。当初は密かに革命軍を応援していたものの(秘密警察に見つかってはコトだからだ)、時間の経過と共に革命軍の質の低下が目立ち、方々での略奪が始まる。そうした被害が出始めてからは、どっちでも勝ってもいいから早く平和になってくれ、と願うばかりであった。

 男は思い出していた。若き日に理想に燃えていた友人達を。

 今程ではないにしろ、男が子どもの頃には既に帝国の圧政は目に余る物があった。

 一人は言った。

「俺は革命を起こす! 今の帝政を行っている皇帝を必ずや倒すんだ!」

 別な一人は言った。

「俺は帝国を内側から変える! 今の帝政を行っている皇帝を必ずや失墜させるんだ!」

 男はそれを聞いてから、ぼんやりとした顔で己の意志を表明した。

「俺はどうでもいい。俺は人が飢えないで済むように、農業をやる。」

 男の言葉を聞いて、二人は笑った。冗談だと思ったからだ。そして男が本気だと気づき、今度は怒った。

「お前はこの現状を見て、何とも思わないのか!?」

「どうかしている。薄情な奴め!」

 男が翻意する事はなかった。


 三人の道は分かたれ、言葉の通り一人は革命軍に入り、一人は帝国の官吏となり、男はこの田舎の星で鍬を振るい続けた。


 激化し、泥沼化していた星間戦争も、長い時を経て、ついに革命軍の選ばれし英雄による皇帝暗殺の成果を以て集結した。

 風の噂で、帝国に入った友人は終戦までの途中、激化した戦場で死んだらしい。

 男は噂を聞いて、溜息を一つ吐いた。

 この戦争で、何兆もの人間が死んだ。

 そしてこれからまた死ぬのだろう。


 革命軍はそのまま新政権となった。

 かつての英雄は、戦闘の天才であった。が、悲しいかな政治の天才ではなかった。

 かつての英雄の仲間達は、仲違いを始めた。権力争いを演じ、己の利益の為に戦った。

 かつての英雄は嘆いた。仲間が一致団結していたのは、『素晴らしい世界を作る為』ではなく、『帝国政府を倒す事』の一点のみで一致していたからに過ぎなかったのだ。 

 やがて、新政府に対し不満を抱えていた者が武装蜂起した。それに対し、新政府は軍を差し向け、弾圧を始めた。新政府軍同士でも、派閥同士の関係で武力衝突を繰り返した。

 再び、戦乱の時期が来た。

 男は畑に種を撒いた。



 100年程の時間が経ち、厭戦ムードが漂い始め、やがて戦争は終わった。

 最終的にそれぞれの銀河で政府を作り、その上に各銀河の代表者が集まる最高意志決定機関、銀河連邦協議会を設ける事となった。共和制銀河連邦の誕生である。

 この戦争でおよそ10兆の人間が死んだと言われる。かつて革命軍に入った友人も、仲間の裏切りに遭いあっさり死んだそうだ。

 男は畑で堆肥を作っていた。


 当初は上手く機能していたのだが、50年も経つと腐敗が進み、時が経つにつれて協議会では利害関係の調整が出来なくなってきていた。



 その上、食糧事情の悪化である。男の見立て通り、農場となった星では植物に新種の病気が蔓延し、気付かぬ間に拡大していた。加えて土は重量のある機械に繰り返し踏みしめられる事で固くなり、使い物にならなくなってしまっていた。更に燃料をまき散らしながら機械を走らせ続けた結果、大気は汚れ、人が住めない程になってしまっていた。

 食糧の供給先がこんな状態なので、そこに依存していた星々はあっという間に飢えが蔓延し、略奪がそこら中で起こるようになっていた。

 各銀河の代表者もこれを憂い、少しでも奪えればと隣の銀河と戦争を始めた。ドミノ倒しのように、戦争は拡大の一途を辿っていった。

 男は畑で草を毟っていた。



 そしてとうとうある日、男の星にも略奪者達がやってきた。

 男のあばら屋に10人からの武装した略奪者が詰めかける。

「おい、爺! 食料をよこせ!」

「ここにはない」

「嘘をつくと身の為にならんぞ? お前がこの辺ではやり手として有名なんだ。無いはずがない」

「ないものはない」

 男の素っ気ない態度に、略奪者は腹を立て、更に大きな声でまくし立てる。

「いいからさっさと出せ! 出せる分全部だ!」

 男はふぅ、と溜息を吐き、答えた。

「分かった。ならば全部出そう。付いてこい」

 

 男の粗末なあばら屋を出て、畑に出る。その見渡す限りの畑、地平線の彼方まで彼の鍬の刺さっていない場所はない。多くの種類の野菜達がお互いに共生しながら青々と生えている。

「さぁ、好きなだけ収穫するが良い」

「ふざけるな!」

「ふざけていない。確かにこれが食料で、これが俺の出せる全てだ」

「……自動収穫機があるだろう。それを持ってこい!」

「無い。そんな物、野菜も土も踏みつけ、あっという間に土地が固まって腐れる。今銀河中で起こっている事を、お前は見てきたはずだ」

「じゃぁどうすんだよ!?」

「手摘みだ」

 略奪者達は脱力した。


「……知らなかった……こんなにきついもんなのか……」

 一日中収穫作業でくたくたになった略奪者達の呟きに、男は怒る。

「ふざけるな。半分もダメにしやがって。何度教えれば良いのだ」

 略奪者達の拙い作業によって、途中で折れたり、潰れたりで、収量は半分程になってしまっていた。失敗するたび男に怒鳴られ、叩かれ、略奪者達は散々だった。

「指がもう動かねぇ……」「足も痛ぇ……」「汗臭ぇ……」

 口々に文句を言う略奪者達。野菜を痛めるからと手摘みを強要され、土を踏み固めてしまうからとブーツは脱がされ、泥と汗にまみれて一日作業していたのだ。仕方あるまい。

 だが男は更に怒った。

「屈強な野郎共が、情けない。今日の予定の作業の内、半分もこなせなかったんだぞ。これなら俺一人で作業していた方がよっぽど早い」

 略奪者達は皆一様にげんなりとした。

「とはいえ、作業には対価を払わねばならない。飯でも食っていけ。今日収穫した物ばかりだ」

 男は手早く人数分の料理を作り、テーブルに並べる。

 飾り気のない皿の上に気遣いの欠片も感じさせない無骨な料理が並ぶ。だが極度の空腹状態の略奪者達には大層なご馳走に見えた。

「さぁ、食え」

 男の言葉が早いか、略奪者達は皆一斉に飛びついた。味わう風ではなく、流し込むといった具合だ。

 粗方テーブルの上が片づいて、腹の満たされた略奪者達は穏やかな顔をしていた。

「美味ぇ……」

 誰とも無く呟く。誰の言葉でも関係ない。全員が同じ気持ちでいた。

「あんたは一体、何故こんな辺鄙な星でこんな非効率的な農業をやっているんだ?」

 略奪者の何気ない疑問に、男は全く態度を変えずに答えた。

「戦争を終わらせる為だ」

 そこにいた全員の目が丸くなる。農業と戦争?どう関係があるんだ?

 男は構わず続ける。

「知ってたか? あらゆる生き物ってのは、食わなきゃ死ぬんだ。食う為に争う。食う為に奪う。お前等がそうだろう?

 だったら、食い物を足してやればいい。但しそれは、永続的に量産しなければならない。

 機械はダメだ。便利だが、見えない所に負荷が掛かっていつか必ず無理が来る。続かんのだ。

 楽をしてはならん。楽をするってのは、手を抜くって事だ。それは必ず自分に返ってくる。それも最も悪い形でな。

 そうやってずっと食い物を作って、十分食えて、余るならくれてやればいい。貨幣なんぞもいらん。金は食えんからな。

 食が満たされれば戦争は終わりうる。だが、食が満たされない限りは、戦争は絶対に終わらん。武力で一度は終わっても、必ず不満となって新たな火種になる。『衣食足りて礼節を知る』って奴だ。……知らないか? 遥か太古の昔、セイレキより更に前の、文明の黎明期の頃の格言さ。

 ペンや口先で綺麗事を並べても、食う物が無ければ意味なんて無い。土で手を汚して、必死で働かなけりゃならん」

 訥々とつとつと男は喋る。身振りの激しい演説でもない。情熱を込めてる訳でもない。だが、略奪者達の心には深く染み込んでいった。

「作れ、食え。何を考えるにも、まずはそれからだ」

 男は言い終わると、手早く食器を片づけ、さっさと寝床へ入った。

 略奪者達は、顔を見合わせた。


 翌朝、男が目を覚ますと、略奪者達が待っていた。そして口を揃えて言った。

「俺たちに農業を教えてくれ!」

 略奪者達は、一生懸命働いた。その次の日も、怒鳴られながら働いた。ず~っと働いて、だんだんと怒鳴られる回数も減り、長い時を経て、やがて男の技術を身につけた男達は涙と共に別な星へと旅立っていった。

 元・略奪者達は、各々辿り着いた星で、男と同じ事を始めた。鍬を振って、堆肥を入れて、種をまき、水を撒き、収穫し。略奪者が来ればそれを手伝わせ、やがて弟子にした。

 その弟子が更に同じ過程を踏み、別な星へ、別な星へ。植物が根を張り、枝を葉を延ばしていくように、ゆっくりと全宇宙に広がっていった。

 何せ彼らには時間がある。長寿化技術によって、皆何百年と生きた。

 男はその内に、寿命で死んだ。だが、彼の技術と思想は残った。



 そして宇宙は平和になった。

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星間戦争の片隅で 黒井羊太 @kurohitsuji

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