第18話 もう一つの顔

(小金目線)


「…がね。小金」



「…ん?」



 どこからか名前を呼ばれている気がする。うっすら目を開けて横を向くと、佐藤が口を開いていた。



「着いたから。降りる準備しろって」



「え、もう着いたのか…」



 どうやらぐっすり眠っていたらしい。欠伸も勝手に出てくる。



「悪いな。起こしてもらって」



「別に。あと、繭村さんを起こしてあげなよ」



「へ?」



 佐藤に言われて隣を見ると、繭村はいた。最初から最後まで俺の肩を使って眠っている。

 あんなに気持ち悪い言ってたのに、気持ちよさそうな寝顔だ。夢の中に入ってるんだろうか。



「おい、繭村。起きろ」



「…」



 反応なし。仕方がなく頭を揺する。



「繭村ー、起きろー」



「…うーん」



「起きないとデコピンするぞー。俺のデコピン痛いぞー」



「んー…ん」



 これはダメだ。夢の中と現実をさまよってるみたいだな。

 頭揺すっても起きないのだから、ここは仕方あるまい。

 俺は繭村のおでこに向かって渾身のデコピンをおみまいした。



「いたっ!?」



「あ、起きた」



 パチンっと良い音が鳴ると、繭村は目を覚ました。

 なんか涙目になって、こちらを睨みつけてくるんだけども。



「…今デコピンしたでしょ」



「いや、してないぞ」



「本当に?」



「ああ。俺は『繭村ちゃん朝でしゅよー、起きてー』って言っただけだ」



「うわ、キモ…」



 冗談なのにキモいって…。嘘付くのはよくないな。うん。

 少し心に傷を負いながらもバスから降りると、そこはまさに山の中って場所だった。



「ここが栃木か…。小学校以来だな」



「がっちゃんも小学校の修学旅行日光だった?」



 大きなボストンバックを持った小沢に話しかけられる。お前一泊ニ日なのに、なんでそんな荷物多いんだよ。



「ああ。日光東照宮に行った」



「俺も俺も!」



「そのまま家康とともに、奉られればよかったのに…」



「なんで!?俺はまだ死なないよ!」



 冗談、冗談と言いながら、小沢をからかう。

 小学校か…。懐かしいな。


 バスから全員降り立ったところで、瀬川先生を先頭に坂道を登っていく。なかなかの傾斜だ。息もあがってくる。

 舗装された山道をどんどん進んでいくと、大きく開けた場所に辿り着いた。



「え、これ着いたんじゃね?」



「着いたでしょー!」



 ちょうど前の方にいる野球部の川辺と浜田が騒いでいる。元気だなーっと眺めていると、瀬川先生がこちらを振り向いた。



「ひとまずキャンプ場に着いたから、各々のコテージに荷物置いてここにまた集合せえ」



 先生の指示に、あちらこちらからはーいなど声が飛んでくる。

 コテージか…確か6人1部屋だったな。沢山コテージはあるようだが、一学年入るのだろうか。



「他のクラスもこの校外HR一緒なんだよな?」



 コテージに入り荷物を置いたところで、一緒に入った佐藤に質問する。



「そうだね。でも1~4組はここで、後半の5~8組は別なところって言ってたよ」



「あー、やっぱ全クラスは入らないよな。詳しいな」



「まぁ、他のクラスに友達いるし」



 佐藤の友達という言葉に胸が傷む。

 そうか、こいつはサッカー部だから他クラスに知り合いがいるんだな。

 俺には友達が…いるのか?友達…友達…



「しおりと、筆記用具と軍手持った?早く行くよ」



「お、おお。待ってくれお母さん」



「…誰がお母さんだよ」



「お母さんこっちも待って!」



「小金に小沢もうざい…」



 俺と小沢が調子に乗って佐藤をお母さんお母さん言ってると、佐藤は呆れた顔をしていた。ため息をついている姿が、意外と様になっていた。



 先生に言われた通り元の広場のような場所に戻ると、多くの人で賑わっていた。うわぁ…四クラスも集まるとこんなに人いるのかよ。

 あまりの人の多さに圧倒されていると、拡声器を持った女の先生が前に現れた。あれは確か、英語の児島先生だな。

 拡声器を持った児島先生だが、なかなか話をしない。どうやらこのざわざわした話し声が静まるのを待っているらしい。でたよこれ。お決まりのパターン。

 全員の話し声がなくなりシーンと静まり返ると、児島先生が口を開いた。あなたたちもう中学生じゃないんですよー?とか説教始まったな。

 はい、うるさいうるさい。とりあえず、外の景色を楽しんでいるか…



「…ふぅ。マイナスイオンで癒されるぜ」



「小金。説明終わったよ」



 緑豊かな木々に囲まれ、普段の生活では味わえない癒やしを感じていたら、佐藤に声を掛けられた。


 

「おお、まじか。で、なんだって?」



「話聞いてなかったのかよ…。班で集まって、昼食のカレー作れって。小沢と女子たちはもう材料とか取りに行ってるよ」



「そうか。俺たちは何するの?」



「とりあえず、米を炊いておいてって」



「了解した」



 佐藤が米を研いだりしているので、俺は火をつける準備をした。

 まず石を円上に並べて、炭をうまい具合に配置してと…



「佐藤。もう火つけていいー?」



「いいよ」



 佐藤の応答があったので、チャッカマンで炭に火をつける。

 なかなか燃えないな…。うちわでもその辺にあればいいんだが。



「火種ができるのに時間かかんな…」



「野菜とか肉持ってきたよー」



 繭村や小沢たちが野菜や肉、鍋などを持ってやってきた。

 なんか調理実習みたいだな。この男女混合でやるあたりが。

 繭村、向井、ふじこ(峰)は野菜を切っているようだが…



「…繭村。お前料理できんの?」



 ジャガイモを切ろうとし繭村の隣に並ぶ。



「えっ、なんで?」



「なんか、そういうの苦手そうなイメージが勝手にあってだな」



「馬鹿にしないでよ!皮むきとかできるし」 

 


 そう言って繭村はジャガイモの皮をスルスルーと剥き始めた。



「おおっ。すごい」



「でしょ?」



「なんだそのどや顔わ。俺だってできるから」



「いや、がっちゃん無理しなくていいって」



「くそっ、ムカつく…」



 自炊しているからできるのにな…と心の中で呟いていると、何やら後ろでひそひそ声が聞こえてくる。



「…なんだよ」



「私たちはお構いなく。ねー?」



「うんうん」



 ふじこと向井さんはお互いにやついた顔して俺と繭村の顔を交互に見ていた。

 なんだかすごいやりづらいな。てか、小沢男子なのにいつの間にか料理に参加していた。主婦力高いな。


 一通り野菜も切り終わり、鍋で肉と共に炒め、水を入れてあとは煮込んでカレーのルーを入れるだけだ!…という状況になった。



「佐藤。米の方はどうだ?」



「んー…。いいかんじかな?」



「そうか。『初めちょろちょろ中バッハ』ってやると美味しくなるらしいぞ」



「中バッハってなんだよ…」



「中バッハ…」



「がっちゃん!向井さんがウケてるよ!」



 ふじこの指摘どおり、向井さんは口元を手で抑えながら笑っていた。おお、俺のコメントで笑いを取れるなんてなんか気持ちいいな。別にウケを狙って言ったわけじゃないんだが。

 この班での居心地の良さをどこかで感じでいると、隣の方でバッシャーンと大きな音が聞こえてきた。  



「あー…」



「ご、ごめんなさい!」



 カレーの入った鍋がひっくり返っていた。どうやら同じクラスの別な班のところで、そこの班の女の子が誤って鍋を倒してしまったらしい。

 


「これどうすんだよ…」



「ほんとごめんなさい!えっと、その…」



 ひっくり返した女の子が、同じ班の班員に詰め寄られてる。うわ…見たくない光景だな。さっきまで賑やかにやっていた俺たちの班も、なんだが静かになっちゃったぜ…。

 ん?待てよ。ひっくり返した女の子の隣にいるのって…さ、桜さん!?



「桜さん!」



「がっちゃん早っ」



 小沢が驚くほどのスピードで桜さんたちの班の前に言った。これは緊急事態だからな。



「桜さん大丈夫か!?」



「小金くん…」



「火傷してないか!?野菜切るとき指切ってないか!?俺がいなくて寂しくなかったか!?」



「…ちょっとうるさい」



 やばい、桜さんの顔が苛立ってるように見える。少し興奮しすぎたか。

 まぁ状況が状況だしな…。せっかく作ったカレーが地面に零れ、どうするんだよというストレス。おお、お通夜みたいな空気ですね。



「どうしよう…」



 カレーを零した女の子が、ぼそっと呟く。顔は青ざめていて、もう今にも泣きそうな顔だ。確か、金井さんだったか。同じ金という文字がつく同士ど、なんとかしてあげたいところだ。 



「あー、あれだ。他の班から少しずつカレー貰えば、全員分になるんじゃね?」



 ここで一つ提案する。これは、俺が小学校のとき、学校の給食のワンタンスープを思いっきり零したことから身についた教訓だ。

 みんなに一斉に責め立てられ、一人で涙ながらに他のクラスへ行って分けてもらった思い出…ああ、死にたい。



「ほんとにそれでイケんの?」



 さっきからグチグチ言ってくる男子。おいおい、些細なその言葉一つでも金井さんは不安になるんだぞ。経験者は語る。



「大丈夫だ。みんなー、カレー分けてくれ!」



 ちょうど周りの班もこちらに注目しているので好都合だった。

 俺は大きな声を出して呼びかけると…



「えー、小金のお願いかよー」



「まじめんどくさいわー」



「…お前ら、あとでバッグの中に虫詰め込むぞ」



 野球部の川辺と浜田が文句言ってるので、思わず脅しをかけてしまう。

 すると二人は、まじかよーわかったよ…と受け入れてくれた。危ない危ない。ある意味クラスのムードメーカーであるこの二人に振られたらまずかったからな。

 それに続いてか、他の班の人たちも快く了承しくれた。さすが俺の人望だな、違うか。



「…なんとか、大丈夫そうだな」



「こ、小金くんありがとう…」



 危機は去ったということで、金井さんが頭を下げてくる。



「なんてことない。当たり前のことをしただけだ」



「そんなこと言ってるけど、本当は桜さんの前でカッコつけたかっただけでしょ」



「お前佐藤いつの間に!?」



「そういうことなんで、金井さんは気にしなくてもいいよ」



「そ、そうなのかな…」 



 佐藤の優しいフォローなのか、佐藤は金井さんに気遣う言葉を投げかけていた。俺には容赦なさすぎだけど。

 それでも、まだ金井さんは落ち着かない様子であった。まぁ、目の前に豪快に零したカレーがあるからな。まだちょっと泣きそうな顔しているし。



「小金くん。私からもありがとうね」



「さ、桜さん。いやいや、とんでもない。はっはっー」



「なんか浮かれてるし…」



 繭村の言葉は耳に入らない。あえて入れない。



「がっちゃんドンマイだね。桜さんのカレー食べれなくて」



 ふじこに肩を叩かれながらそう言われる。桜さんの作ったカレー?…はっ!



「桜さんって料理に参加した!?」



「う、うん。野菜切ったりしたよ」



「くっ、まじかよ。せっかく桜さんの手作りカレーを食べれるチャンスだったのに…」



「私の手作りっていうか、みんなで作ってたけど…」



「小金、小金」



 すると、佐藤が零れたカレーのところをなぜか指差していた。



「どうした?」



「ここに、桜さんの手作りカレー残ってるよ」



「桜さんの…カレー…手作り…」



「こ、小金くん?それもう汚いからね。そんなことしないよね?」



 不安そうな顔した桜さんが、この後のことを考えてかなぜか俺にだけ注意をしてくる。

 い、いや、さすがの俺も地面に広がったカレーを食べたりは…い、いくら桜さんの手作りだといっても…。



「やべっ、足滑った!」



 考え事していたら、大きな石につまづいてしまった。なぜそこでという状況で。

 みんなが見守る中、俺は地面に広がったカレーに向かってダイブしてしまった。



「ぶはっ!こ、小金まじかよ…」



 あのクールな佐藤が吹き出す。



「…」



「ぷっ!ほ、ほんとにダイブしたよ向井さん」



「ぷふっ!やばいんだけどー」



「…」



 俺はもう居たたまれなくなってきた。



「あー、桜さんのカレー美味しいなー。服全体で味わってるわー」



「がっちゃんが壊れた!?」



 小沢がツッコムと、さらに笑いが起きてしまった。顔をひょいと上げると、カレーを零した金井さんも笑っていたので、よかったのかもしれない。



「なわけねーだろ!ちょっと着替えにいくわ」



「いってらー」



「うわ、がっちゃんカレー臭い…」



「いいんだよ。桜さんのカレーの匂いが染み付いてるんだからな」



「いい笑顔で言うことじゃないし…」



 繭村はぼそぼそ言っていたが、俺は笑いながらこの場を後にする。まぁみんな、彼女がカレーを零したこともすっかり忘れるだろう。

 

 …ああ、どうでもいい。


 誰も見ていない、一人だと思いこんでいた。今の表情を誰にも見せたくなかったのに、コテージに戻ろうとしたとき、どこからか視線を感じていた…。


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小金くんと桜さん やっと @kinmokusei0114

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