第17話 そう簡単にはいかない

(小金目線)



「もうすぐパーキングエリアにつくでー」



 バスの背もたれに肘を置いて、こちら側を向きながら瀬川先生は言った。

 どうやら、このバスに乗ってから初めての休憩になるようだ。トイレを我慢していた人も、ホッとした顔になっている。特に小沢が。



「20分ここで休息とるんけ、10時50分にはバスに戻りーや」



 バスがパーキングエリアの駐車場に止まると、先生はそう告げた。相変わらずの微妙な関西弁?なんとか弁だったが、内容は理解できたので良かった。



「小金、降りる?」



「そうだな…。外の空気吸いたいし」



「俺、飲みもん買いたい!」



「小沢は便所の水でも飲んでいいんじゃね?」



「なんで!?汚いしそんなん飲みたくないよ!?」



 佐藤と小沢とガヤガヤ3人で喋っていると、急に後ろから肩をとんとんとされる。こ、これはまさか…



「小金くん」



「な、なんだ桜さん?」



 俺の肩をとんとんとしてきたのは、やはり桜さんだった。肩に桜さんの手が触れただけで、心臓がバクンバクンいっている。

 いったいこれから何が起きるのかドキドキしていると、桜さんは申し訳なさそうさ顔をして口を開く。



「みんなもう降りてるから、その…私も」



「…あっ!…ごめん」



 周りを見渡すと、クラスメイトのほとんどがバスから降りていた。くっ、桜さんを困らせてしまうとは…不覚。

 てか、佐藤と小沢も既にいないし。さっきまで一緒に話していたのによ。



「…よっこいしょ」 



 椅子から立ち上がったとき変な掛け声が出てしまった。なんだ俺、オッサンくさすぎるだろ。まだ15なのに。



「ふふっ」



「えっ、なんか面白かった?」



「うん、ちょっとね」



「そうか…。それならよかった」



 桜さんのツボに入ったようで、後ろからクスクスと笑いを堪える声が聞こえてくる。

 ああ、幸せだな。彼女を笑顔にできたことに。よしっ、これからも頑張るぞっ。

 気合いを入れながら桜さんよりも先に降りて、後ろを振り返る。



「桜さん!」



「え?」



 スッ、と無言で手を差し出す。



「…」



「…え、えーっと」



 バスの乗車口はけっこう段差があるからな。桜さんがつまづいて怪我でもしてしまったら大変だ。だから、俺が支えなくてはいけないのだ!



「…」 

 


「あ、あの…」



「何やってんの」



 バシンっと、いきなり頭を叩かれた。

 痛っ、誰だいきなり!?と少し睨みながら後ろを向くと、佐藤がいた。少し後ろに小沢もいる。



「佐藤…。お前はまた俺の邪魔するつもりか!?」



「いや、邪魔なのは小金だと思うけど」



「あの、小金くん?少しどいてほしいんだけど…」



「あ、はい」



 体をよけると、桜さんはバスから降りた。そして、佐藤の前を通過するときに、桜さんは佐藤に少しおじぎをしていた。どことなく顔が赤かったように見えるのは…気のせいだなっ。そう、気のせいだ!



「気にしない気にしない気にしない…」



「何一人でぶつぶつ言ってんの。早く行こう」



「やばいよ、漏れるかも!」



「漏らせ漏らせ。それで、このパーキングエリアから出られなくなれ」



「いつもより当たりキツくね!?」



 小沢の言うとおり、ちょっとぶつけてしまったかもしれない。俺としたことが…落ち着こう。

 先ほどの桜さんとのやり取りはいったん忘れて、佐藤と小沢と共にトイレの方へ向かった…。



×    ×     ×



 あの二人よりも一足先にバスへ戻る。なんだよ…、小沢漏れそうってまさか大のほうかよ。家で済ませておけよ。

 佐藤はなんか同じ部活の人と喋ってたから置いてきた。べ、別に気まずかったとかそういうことじゃないんだからねっ。



「まさか俺が一番乗りか…ん?」



 バスの中に入ってみると、クラスメイトは誰も戻ってきていないなと思った。話し声一つもないし。

 だが俺の座る一つ前の席…バス酔いした人のために空けられた場所に人がいた。



「…」



「…お前、どうした?」



「…あ、うん」



 繭村だった。確か繭村の座っている席はもっと後ろであったはず。

 気になるところは、ぐったりとした様子でいること。呼びかけにも曖昧な返事。どこか顔色が悪いように思える。

 …こ、こいつまさか。



「…まさか、酔ったのか?」



「…」



「…」



「…うん」


 

「そ、そうか」



 やはりバス酔いしたようだ。まぁ、いつもより元気ないからな。

 それにしても、こいつ今日厄日すぎるだろ。財布は忘れるわ、Suicaは失くすわ、そしてバス酔いって。なんだか不憫に思えてきたぜ…



「あー…あれだ。水でも飲むか?」



「…ふじこに貰ったからいい」



「そうか。あまり無理すんなよ?」



 そう声をかけて立ち去ろうとしたら、袖に重みを感じた。ふと横を見ると、虚ろな表情をした繭村が俺の袖を握っていた。



「どうした?」



「…」



 空いている方の手で、繭村は誰も座っていない隣の席をポンポンと叩いているが…



「ここに座れってことか?」



「…うん」



「いやいや待て待て。それなら向井さんやふじこ呼んでくる」



「…ん」



「首振られてもな…」



 相当気持ち悪いのは分かるが、俺が隣に居ても出来ることはあまりないと思われる。先生早く帰って来いよ…なんて思うも、なんか弱ってる繭村って小さな子供に見えてきたな。



「あれ…」



「あれ?」



「少しだけ…話相手になって…ほしい」



「お、おう。わかった」



 無理です、とは答えられない。この状況でそんなこと言ったら最悪だ。

 


「前失礼します…」



 繭村の体に当たらないようにして、窓側の席へ腰を下ろす。

 まさかの事態には、桜さんから貰ったエチケット袋を使おう。



「…」



「…」



 いざ隣に来てみても、こんな状態の繭村に対して何を言ってあげればいいか分からない。とりあえずそっとしておけばいいか。先生が来たら、場所を交代すればいいんだしな。

 青ざめた顔で背もたれに寄っかかる繭村を眺めていると、ガヤガヤと話ながらバスの中に戻ってくる集団がやってきた。



「あれー?がっちゃんじゃん」



「おお、ふじこ。いいところに来た」



「…ほうほう」



「なににやけてるんだよ」



 峰を先頭に、向井さんや何人かの女子がこちらを見てくる。なんだこの無駄な圧迫感は。



「いやー、うちら繭村のこと心配だったけどさ。もう問題ないね」



「問題あるから。お友達の緊急事態だぞ」



「まゆのために隣に座ってあげたんでしょ?小金くん優しーい」



「おいやめろ。ここから動けなくさせるようなこと言うな」



 向井さんの言葉に、周りにいた女子も優しい~など言ってくる。くっ、絶対面白がってるだろ。この悪ふざけみたいなノリはやめてくれ。

 すると、いきなりカシャッと機械音が飛んでくる。



「…おい」



「わぁ、よく撮れてる~」



 峰と向井さんの間にいた、中西という女子が携帯で写真を撮ってきた。

 何いきなり撮ってるんだよ。あとその画像見て、みんなして固まってきゃっきゃっうふふしてるんじゃねーよ。



「…元の席に戻るわ」



「ダメだよ!」



 立ち上がろうとしたら、峰に止められる。



「なんでだよ。お前らが戻ってきたんだから、俺の役目は終わったはずだ」



「繭村を見て」



「あん?」



 そう言われて繭村をチラリと見ると、彼女は目をつぶっていた。寝息も立てているようだし、眠っているのだろう。このままなら心配ないだろう。このままなら。

 だが問題を発見してしまった。…繭村が俺の肩を使って寝ていた。



「ね、寝てますね」



「でしょ?それに、今がっちゃんが動けば繭村は起きます。せっかく繭村は気持ち悪さから解放されたはずなのに」



「うぐっ」



「一番危険なのは、起きた繭村がまた気持ち悪くなって、オロロロロロロとなり、そのオロロロロロロががっちゃんの服に…」



「わ、分かった。俺がここにいるわ…」



 苦しいながらもそう答えると、またきゃっきゃっ騒ぎ出す女子たち。

 くっ、どうしてこうなってしままったのか…。普通なら先生やら保健委員がやれよ。



「あれ?小金くん席移動したんだ」



「さ、桜さん」



 ちょうど桜さんもバスの中に戻ってきてしまった。なんていうタイミングで。誤解しないように説明しなければ!



「あの、桜さ…」



「桜ちゃん、実はね…」



 すると、峰が桜さんの耳元にぼそぼそと何か言っている。いったい何を言っているんだ。凄い心配なんだけど。

 桜さんは「あっ、そうなんだ」と峰に返していた。そして、お互いニコニコとした顔をしている。



「小金くん」



「お、おう」



「ちゃんと繭村さんのそばにいてね」



 そばにいてね…そばにいてね…そばにいてね…。頭の中に繰り返される、桜さんからの言葉。

 つまりこれって…桜さん変な勘違いしてないか!?



「桜さん!違うんだ!これはだな…」



「ん?小金と繭村席変わっとるやん。気持ち悪いんか?」



 桜さんに詳しく説明をしようとしたところで、瀬川先生が戻ってきた。



「先生!そうなんです、繭村がバス酔いして…」



「まぁ、でもお前と繭村仲ええようやから、そこでもかまへんぞ」



「…え」



 どうやら目的地の栃木まで、俺は繭村の隣になるようだ。しかも先生に、俺と繭村が仲良しとか思われてるし。

 ああ…桜さんの横にいられた幸せが…。

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