終章 現実

 「……さやか、さやか!」

 あたしを呼ぶ声は次第にボリュームが大きくなって、あたしの耳に入ってきた。ハッキリしていなかった頭がゆっくりと復活していく。そして目を開けると、大きなパパの顔が現れた。

「……さやか、よかった、気がついたんだな」

 声の主はパパだった。ぼやけていたパパの顔に焦点を合わせる。彼の顔には不精髭が生えていて、頬骨が浮き出ていた。どこかひどく疲れたような雰囲気がにじみでている。けれど、ほっとした様子で目を涙で潤ませ笑顔をあたしに見せていた。

あたしは、どうしたんだろう。核が落ちて、妙な映像を見て……、今はどこにいるの?

 起き上がり、辺りを見回した。少し暗く静かな部屋には柔らかい木の色の机と小さな本棚。クリーム色 の絨毯に、今あたしがいるベッド。柔らかいカーテンの隙間から暖かい太陽の光が注いでいる。多少壁にひびが入ってたりするけれど、そこは見慣れた、でも とっても懐かしいあたしの部屋だった。パパはカーテンを開き、部屋に光を満たしてくれた。

 あたしは、戻ってきたの? どうやって? あまりにも安易に戻ってきたようで――でも、死ぬことで戻ってくるって言うのも信じられなくて、まったく実感が沸かなかった。気づいたらベッドの中にいるなんて非現実的だ。

 いや、むしろネディナイルでの戦いのことのほうが夢だったのかもしれない。だってそうじゃなきゃ今あたしがここにいることに信憑性がないように思う。あれは本当のことだったんだろうか。あたしは今まで眠っていただけだったとしたら……?

でも、違う。あれは夢なんかじゃない。あたしは本当に、レーザーを撃って、クリプトン兵を倒して、ネディナイルのみんなを守って、戦ってたんだ。暖かい匂 いを運んだ風も、爆風も、照りつける太陽の光も、踏みしめた草原も、みんな絶対に夢なんかじゃない。それを確かめたくて、あたしはパパに聞いてみた。

「……あたし、どうしてたの?」

「覚えてないのか、大地震のこと」

 「地震……?」

 それは覚えてる。その直後に、教室の床が突然真っ黒な空間に変わって、クラスのみんなが落ちていったのよ。でも、あれも実際本当にあったのかどうかは確信が持てない。

「中学校付近に地滑りが起きてね、校舎ごとみんな生き埋めになったんだよ」

 生き埋め!? で、みんなはどうなったの?

 「ああ、死んだ子はいなかったよ。けれど、お前のクラスがいちばんひどくてね、今も何人かが意識不 明のままなんだ。お前が掘り出されて病院に担ぎ込まれたと聞いたときはひやひやしたよ。何とか院長に頭を下げて家に連れて帰ってこれたんだが、十九日間も 目を覚まさなくて……」

 「十九日間も……」

 あれからそんなに時間がたっていたんだ。あ……、でも十九日間って、あたしがあの世界にいた日数と同じじゃない? どういうことなんだろう、これって。それに意識不明の人って誰なの? 気になることが多すぎるわ……。

 と、急に体に圧迫感を感じた。パパがあたしに抱きついてきた、そうわかるのに時間がかかった。だって、それはあまりにも突然のことだったから。パパの体温がパジャマ越しに伝わってくる。

 「……良かった、本当に良かったよ。もう目を覚まさないんじゃないか、心配だったんだ。良かった……」

 パパ……、泣いてるの? 肩の辺りに雫が落ちてくるのを感じた。繰り返し、良かったと言い続けてい る、こんなパパを見るのははじめてだった。そして、こんなに心配してくれる人がいることが、あたしはうれしかった。なにより、心配してくれる人のいる世界 に戻れたことがうれしかった。

 「パパ……、ありがとう」

 ありがとう、一言で言い表すことは出来ないけれど、今の気持ちを集約できる言葉はこれしかない。

 ありがとう、パパ。今あたしが日本にいれるのは、パパのお陰だ。そして、舞ちゃんたちに出会えたのも……。

 本当に、ありがとう……。


☆ ☆


 その後、あたしはパパから意識不明で入院しているという人たちの名前を聞き出した。案の定、 それはネディナイルであたしと行動を共にした舞ちゃんたちだった。あたしはさらにみんなの収容されている病院を聞き出し、早速行ってみた。ネディナイルに いたことが本当に本当のことなのか、それが確かめたかったのだ。

 大倉さんとあゆみちゃんと佐藤くんは隣町の赤十字病院に、祐子と菊池くんは地元の大学病院に、舞ちゃんと谷山くんは電車で少し行った町の県立病院にいるらしい。あたしはまずいちばん近い地元の大学病院へ行くことにした。

 途中の町の様子は、地震から二週間も経っているにもかかわらず、壊れた建物がまだあちこちに見られ た。歴史上稀な大震災だったらしい。ビルは大きく傾き今にも倒れてきそう。また、途中火事で焼け野原となった町も見た。道路も多く陥没しり段差ができてい る箇所があって、あたしはそれらを避けながらようやく大学病院にたどり着いた。

 受付ロビーは被災者の避難所になっていた。祐子と菊地くんの病室を訊こうにも受付カウンターに誰もいない。わかる人を探してカウンターの前をウロウロしていると。

 「さやか!」

 あたしを呼ぶ声が聞こえてきた。振り返ると、涙を溜めて駆け寄ってくる祐子の姿があった。

 「祐子! 無事だったの」

 「さやかも、よかった、戻れたのね」

 「戻れた……、てことは、やっぱりネディナイルでのことは本当にあったのね!」

 祐子は大きく頷いた。そう、やっぱり夢じゃなかったんだ、あのことは。そうでないのがいちばん心配だった。あ……、でも、だったら。

 「祐子、ごめんなさい!」

 深く頭を下げた。あれが夢でないのなら、あたしは祐子に謝らなきゃいけない。あたしのミスで祐子を死なせてしまったことを。

 「え……、あの、やめて、さやか。頭を上げて」

 祐子の戸惑った声が聞こえてきたけど、あたしは謝り続けた。

 「ね、さやか、謝ることなんてないもの」

 「ううん、でも、あれはあたしのミスだから。そのせいで祐子を死なせてしまったから」

 一つだけレーザーを外してしまったロケット弾、あれは明らかにあたしのミスだったから……。

 「あの、でも、いいの、あのことは。だって、死んだおかげで元の世界に戻れたんだもの」

 「でも、悪いのはあたしだから」

 「いいの、本当に」

 でも、いいの、の言葉を数分の間繰り返して、逆に祐子のほうがあたしに謝りそうになったので、そこであたしは頭を上げた。で、二人で顔を見合わせて、思わず吹き出してしまった。

 「あは、は、なんだかおかしいね、死なせてしまってごめんなさいっていうのも」

 笑いをこらえながら祐子はあたしに向き直った。

「うん、そうよね。普通の台詞じゃないよね」

 「ふふ、……でも、ありがとう、わざわざ来てくれて」

 祐子はあたしに手を差し延べてくれた。顔を見ると、祐子は笑顔で答えてくれた。祐子の笑顔はいつも心を和ませてくれる。それは以前のものよりもっと優しげになっていた。

 あたしは祐子の手を握った。彼女の手の温かさが伝わってくる。

 「お帰りなさい、さやか」


        ☆        ☆


「どこかから、ジーって音がしてたんだ。生き物の出している音には聞こえなかったから、その発生源を探したんだけど、倉庫の中は暗くてよくわからなかった んだよ。だから次第に不安になって、佐藤くんに君を呼んでくるように頼んだんだ。それから一分も経たないうちに倉庫の隅で火の手が上がって、火薬に引火し たって訳さ」

 「そうだったの。佐藤くんが少し離れたところにいたのはレーダーでわかった。菊池くんが熱源のすぐそばにいるのを見たときは、正直焦ったわ。本当にごめんなさい、気づいてすぐに駆けつけていれば助かったかもしれないのに」

「そんなことないよ、そのおかげで僕は元の世界に戻れたんだから。野村さんは悪くないさ」

 菊池くんはそう言って笑顔をあたしに見せてくれた。そう言ってくれるのならうれしいんだけどね。

 祐子の案内で、あたしは菊池くんの病室へとやって来た。ベッドの上にいる彼は土砂の中から比較的早く助け出されたけれど、長く昏睡状態が続いていたらしい。今彼の容体はそれほど重くなく、三日以内には祐子と一緒に退院できるそうだ。

 「こっちに戻ってきてから、僕はずっと考えていたんだ。どうして僕たちはあの世界へ行ったのかって」

 と、菊池くんが優しい視線をシーツの上に落としてこう呟いた。

「どうしてあの世界へ行かなければいけなかったかって事を?」

 「そう。一つ言えるのは、あの世界に行ったことで僕が余りにも人を信用していないって事が認識できたってことだ。とくに野村さんの件なんかね……」

 「あたし、の?」

 最初は確かに大倉さん側についていたけど、菊池くんは自分からあたしに仲直りを言ってきたじゃない。それが正解かどうかは置いておくとして、菊池くんの判断は間違ってはいなかったと思う。

 「いや、それはすぐに判断すべきことだったんだ。それくらい人を見る目を持たなければ、経営者にはなれない」

 「経営者?」

 「ああ。親に将来は会社を継いでくれって言われててね、僕もそれでいいって思ってたんだけど、ただ 二代目だからってだけで継ぎたくはなかった。全ての人に甘く見られたくないから、いろいろ勉強したいって思ってたんだ。ネディナイルでのことは十分役に立 つと思う。でも、それがあの世界へ行かなければならない理由だとも思えないし……」

 「多分ね」

 と、後ろの椅子に座っていた祐子が話しだした。

 「理由なんてないと思う。だって、私たち、何の役にも立たないもの。でも、菊池くんの言うとおり、何か得るところがあった、そういう気がする」

 祐子がこうして積極的に話すのも、ネディナイルで成長したことだと思うわ。何か得るところがあった。多分、自分では気づいていないもっと大きな何かを、みんな、それぞれ。


        ☆        ☆


 勇気を振り絞る。薄いグリーンのドアに、あたしは拳を当てた。中からあゆみちゃんの『どうぞ』という声が聞こえてきた。

 祐子たちと別れ、その日のうちにあたしは隣町の赤十字病院に赴いた。入院病棟の三階、暗い廊下の奥の病室に『西村あゆみ』と『大倉いつみ』の二つの名札がかかっていた。

 ドアを開けると、明るい日の光が廊下と対照的に部屋を照らしていた。二人部屋で、ベッドが二つ、手前にあゆみちゃんが、奥に大倉さんがいた。

 「……あの、こんにちは」

 あたしは、何ともおどおどと部屋に入っていった。あゆみちゃんはあたしの姿を見ると、顔が少しこわばった。大倉さんはすぐに背を向けた。

 しばらく間が開いた。何とも言いようがない沈黙と緊張が空気をも硬くしていく。だって、なんて言えばいいのかわからない。声のかけようがない。あゆみちゃんは結局最後まで誤解を解いてないままだったし、大倉さんとはあんな劇的な別れ方をしているから……。

 たっぷり五分ほど経ってからだろうか、あゆみちゃんがようやく口を開いた。

 「やっと戻ってきたのね、おかえりなさい」

 そう言って彼女は笑みを浮かべた。その瞳が潤んでいるような気がした……、と思ったら、あゆみちゃんはベッドを下り、あたしに抱きついてきたのだ。

 え、あの、ど、どうしよう。あゆみちゃんはあたしを全力で抱きしめたまま動かない。突然だったから、宙に浮いたままのあたしの手の持って行き場に困る。

 でも……、そう、ネディナイルに残していた二人の間のわだかまりは、これが答えになったと思った。あゆみちゃんは何も言葉を発してないけれど、抱きしめてくれたことで十分に答えてくれている。

 長い間めぐり合えなかった旅人のような、懐かしいあゆみちゃんの体の感触に、あたしの両手は思わず彼女を包み込んでいた。止まっていた時間がゆっくりと溶けていく。

 「あゆみちゃん、ありがとう。本当にありがとう。――ごめんね、結果として戻れたとは言っても、あたしが気をつけなかったから……」

 「言わないで。さやかのせいじゃないわ。あたしが油断して外へ出ていったからよ。さやかのせいじゃない」

 「……ありがとう」

 しばらくしてようやく離れたあたしたちは、笑顔で握手を交わした。こんな笑みは本当に久しぶりで……、いつまでも見ていたい、そんな気分になる。と。

 「……いつまでべたべたしているのよ、いい加減にしてくれない?」

 奥のベッドで背を向けたままの大倉さんが冷たく言い放った。冷たく――いや、今までのいやらしい言い方と少し違う。もっと……、楽しげな。

 あたしが大倉さんのそばに近寄ると、彼女はあたしに振り向いた。表情は決して笑顔ではなかったけれど、かつての白銀のナイフのような冷たい瞳ではなかった。

 「大倉さん、ごめんなさい」

 「……別にあなたが刺したわけじゃないもの、関係ないわ。戦場のど真ん中に丸腰で入っていったのだから、殺されても仕方のないことだわ。それに、間違っていたのはわたしのほうだって言ったでしょ?」

 「え……?」

 「ロボットが平気な顔をしてわたしのすぐそばにいるということだけで、わたしは許せなかったわ。で も、それが間違いだと気づいたのよ。あなたと喧嘩したときも、あなたは一度だってロボットの力を使わなかった。悔しいけど、谷山孝一に教えられたわ、あな たは普通の人間だとね。今までどおりのあなたでいい。今までがよくて今が悪いのはあまりにもおかしいと思ったのよ」

 大倉さんの頬が静かに緩んでくるのが見えた。彼女の感情が高ぶってないのを、そういえばずっと見たことがないように思った。今のように静かに落ちついている大倉さんは、何だかきれいな女神像を見ているようだった。あたしの体の中で熱いものがあふれてくる感じがした。

 「……ありがとう、大倉さん」

 「いいわよ、言わなくて。……え、ち、ちょっと、野村さん……!」

 と、急に大倉さんが何かに驚いている様子を見せた。いや、見えなくなった。画面に水みたいなものがにじんできてる。なに、これ。

 「野村さん、あなた、涙……!」

 な、みだ……? 液体が頬を伝う感じがするけど……。

 「ほんとだ、さやか! 涙だよ、これ!」

 あゆみちゃんもあたしの顔を覗き込んで叫んだ。でも、涙なんてあたしが出せるわけないのに……。

 掌で頬をぬぐう。温かい液体が掌を濡らした。それはオイルでもカモフラージュ用の血液でもない、透明な水だった。

 涙が、出る? そんな機能なんてないはずなのに、涙を流して泣くことなんて出来ないはずなのに……。

 「どうして、いつの間にこんな……、どうして……」

 「さやか、よかったじゃない、さやか!」

 あゆみちゃんがまるで自分のことのように喜んでくれる。大倉さんは呆気に取られた表情であたしを見ていた。あたしだって出てきたものに驚かずにいられない。

 「どうして……、……でも、ありがとう、多分みんなの、大倉さんやあゆみちゃんのおかげよ」

 「……ほんと、これでますます人間にしか見えなくなるわね……」

 大倉さんの言葉の真意に喜びが香ってくるのが、あたしにとって、いちばんうれしいことだった。


        ☆        ☆


 「まあ、何かの拍子で水分が出たんだろうな」

 谷山くんに涙が出たことを話すと、彼はすぐにこう言い返した。

 「……やっぱりそうかなあ。涙が出るような機能は確かにないから」

 県立病院の屋上に、あたしたちはいた。時間はもう夕方、陽が赤く染まり始めるころ。谷山くんはフェンスの向こうの景色を眺めている。この町も地震被害が大きくて、町の所々に瓦礫の山が出来ていた。

 谷山くんの怪我はまったく大したことがなくて、数日中に退院できるらしい。だから、夕べ意識を取り戻したばかりなのにこうして歩き回れるのだ。

 「でも、うれしかった。ウソでも涙が出たんだから」

「お前、ますますロボット離れしてくるな」

 と、谷山くんはあたしの嬉しさに水を差すような変な言葉を返した。どういう言い方よ、ロボット離れって。

 しばらくして、彼はあたしに振り向いた。

 「今までのことは、本当だったんだな、野村」

 「……うん。みんなも夢じゃないって言ってるし」

 「なら、野村、今のお前はどう思う、この世界のことを」

 彼は真剣な眼差しであたしに訊ねた。今この世界はどうなんだろう。

 「ネディナイルの戦争を見て、俺はこの世界の戦争も十分ネディナイルに近いものがあるような気がする。日本だけが平和に侵されているだけで、戦争は世界中で起こっている」

 戦争がなくなったことは、少なくとも十八世紀以来一時もない。第二次湾岸戦争は終結しても、その周辺ではまだ戦争が頻発している。考えれば世界は常に戦争を抱え、人は常に戦い続けている。

 「悲しくならないか? 今いるこの世界もネディナイルと一緒なんだと思うと」

 「それは、そうだけど……」

 「戦争は終わってないんだ、世界も、俺たちも」

 戦争は終わってないんだ、世界も、俺たちも……。

 陽の沈む町に明かりが灯り始める。平和に見えるこの町も、日本も、いつ戦争に巻き込まれるかわからないし、実はもう戦争状態なのかもしれない。血を求め、血を追いかけている人間の集まりは、やがて大きな爆発とともに外へと向かっていく。戦争は平和の中から生まれる……。

 「結局戦わなければいけないのかな。でも、そうならないためにも、戦争と戦わなければいけないのよね。起こってしまったものを片づけていかなければ」

 「……そうだな」

 山の向こうに陽は沈んでしまった。空は赤から青へと変化する。

 「ねえ、ところで……」

 あたしは、ふと、核が落ちる直前に言った谷山くんの言葉を思い出した。

 「なんだよ」

 「あのこと、本当だったの? あたしを好きになったって言ったこと」

 途端に、谷山くんは頬を真っ赤にした。あ、あは、あの先生すら恐れていた谷山くんが、こんなに恥ずかしがってる。あはは、かわいい。

 「ねえ、本当だったの」

 「し、知らん。真に受けるな、冗談に決まってんだろ!」

「でも、本当は本気だったんでしょ?」

 「知るか!」

 ますます赤くなってる。なんだかおもしろいわ、このまま言い続けていようかな。

 なんて幸せなんだろう。ふと、そんな風に思った。なんて幸せなんだろう。あたし、どうしてここにいるんだろう。こんなに幸せでいいのだろうか。今までなにもしなかった、このあたしが。

 眼下の震災被災地、その姿はまるで空襲のあとのように無残に瓦礫が散らばっている。同じように、今 この地球上では多くの紛争が絶えず起こっている。そこには生きるために戦い続ける戦士が、そして死の恐怖におびえる人々がいる。幸せを長く感じてない人も 多くいるに違いない。

 途端、あたしの脳裏に舞ちゃんの顔が浮かんだ。

 舞ちゃんと佐藤くんは、まだ意識不明の状態のままで、何時目を覚ますかまったくわからない。多分、二人はまだネディナイルで戦い続けているのだろう。泥沼の戦いの中で幸せを感じないで。そしていつか命を落とすまで続くのだ、地獄の苦しみが。

 そして、あたしは。

 地獄から天国へ続く蜘蛛の糸になる。それはあまりにも細くて切れやすいかもしれない。でもそれがあたしの使命だとしたら、やり遂げるのが生きるための義務だ。その責任を背負わなければならない。戦争そのものとの戦いが今始まるのだ。

「行くぞ、野村。屋上に長くいると風邪をひいちまう」

 「うん」

 そしてこれからも、戦い続けていくのだろう。

                                 <了>

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光と風の黙示録 砂海原裕津 @samihara

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