ただ、すきだった。
藤村 綾
ただ、すきだった。
恋の終焉。それは、突然やってゆるわけではない。徐々に迫ってくる波のように終わりとゆう見えないものは、頭で感じるのだ。
知り合った頃は何も知らない。あたしの場合は身体から始まったので、特に何も知らなかった。けれど、同じ時間を共有していくうちに、同じくらい好きになり、同じくらいだったら、まだしも、あたしの方が、ストカーか! と、突っ込みたくなるほど彼のめり込んでしまっていた。
不倫だった。奥さんにあたしの存在がバレるたびに、何度も別れた。けれど、どうしても、忘れられなくて彼になんとかして連絡を取った。そして、また合うようになった。いろいろな弊害があるたびに、彼は疲弊を滲ませた顔になっていった。仕事、家庭、あたし。あたしにまで気をまわすのが、めんどくさく、疎ましくなっていたのだと思う。
『忙しい、忙しい』
が、口癖だった。本当に忙しいとわかっていたけれど、あいたい、電話ください。と、2度ほどメールをしたのだけれど、何日たっても、メールも電話も来なかった。
な、なにか、彼の身に起こったのか? 体調がまた悪くなったのか?
などと、いう思考の中、一方的に送ったメールの返信をひらすら待つだけの日々を送った。
頭の中が彼のことで埋め尽くされる。あたしも決して暇ではない。仕事もしているし、それなりに、男友達もいるし、セフレもいる。
けれど、誰とあっても、誰と寝ても、彼のことが、あたしの中に住みついてしまい、あたしをひどく苦しめた。
都合のいい時にだけ連絡をしてくる彼。
それでもいいと、あたしは、首をたてにふった。
『もう、バレてるから、わかってよ。今までみたいに、頻繁にあえない』
彼の口調はあきらかにめんどくさいな的な感じにとれた。
あたしは、それを見て見ぬふり、聞いて聞かないふりをずっとしてきた。彼の根底にある本心はめんどくさい、疎ましいのではなく、認めたくないけれど、真実は、
ーあたしのことがきらいになったのだー
うまく消化できない思いをずっと我慢し、思わないようにしてきた。
そう思うと、以前は、
『好きなの?』と、問えば、
『好きだよ』と、軽口に返ってきた。
その時は、実はあまり好きではなかったのではないかと思う。
好きじゃあないから、軽口を叩いたのだ。
別れがせまるごとにつれ、
『好きなの』訊いても、
『……』
あたしの口を口で抑え、ゆってくれなかった。
『言葉がほしいの』
『だから、好きじゃなかったら、抱けないだろ?』
彼の言葉を信じ、彼の態度に一憂した。何度も抱きつき、何度も囁いた。
『好きなの』と。
抱かれることが全てになっていた。どこにもいかないでも、抱きしめてもらうだけで、精神が落ち着いた。奥さんに対しての罪悪感よりも、優越感の方が勝っていた。
バカな女だと、自嘲する。奥さんにかなうわけなどないのに。
彼はただ、浮気をしていただけなのだ。
あたしに残ったのは、彼とのいい思い出と、抜け殻になった身体だけだ。
捨てられた。
彼は優しいから、いや、優しくないから、きっと、はっきりとはゆわない。
連絡をしてくることはもうこの先ないだろう。
LINEの友達に彼の奥さんがいる。
あたしの電話番号を彼のスマホから盗み見をし、登録をしたので、LINEに表示されてしまったのだ。奥さんは多分ブロックをしているはず。あたしもしている。けれど、消し方もわからず、たまたま、奥さんのプロフィール欄をみたら、子ども2人が、笑顔でピースをした写真になっていた。奥さんはコロコロと写真を変える人だ。あたしは、全く変えないのに。
え!
思わず、声を出してしまった。写真は宮島で撮影されたものだった。
『ゆうきが、世界遺産好きで、今度2人で広島行ってくる』
ずっうと前にゆっていた。
娘さんも、奥さんも一緒に行ったんだ。
嘘をついた。家族で行くとはゆってはいなかった。
あくまでも、2人で、を強く強調していた。けれど、そんなことは、どうでもよかった。あたしには、『忙しい、忙しい』いいつつ、電話一本も、メールも打てないくせに、家族で広島には行けたんだ。
嘘つき。
あたしは、写真をみたせつな、めまいがし、その場に泣き崩れた。
声を押し殺し、スマホの中の子ども達の笑顔をみながら、涙を滝のように流した。それと同時、ごめんなさい、ごめんなさい、と、嗚咽交じに謝っていた。
あたしのせいで、彼の家族が壊れかけた。けれど、彼は家族の元に戻った。
内緒の情交は彼にとって、甘い蜜だったと同時、苦い猛毒だった。
針の筵だった。
心から愛すること、愛されることを教えてくれた彼。
最後まで嘘をつき続けた彼。
彼に固執していた。彼がいないとだめになる。あたしはなんでも彼のせいにしてきた。前に進めない。責任とってよ。
それはお門違いだ。最初から、泥沼に足を踏み入れた。不倫の顛末などシナリオ通りだったと思う。
精一杯の笑顔でさようならをゆってあげる。
連絡の来ないスマホを思い切り握りしめ、あたしは、そうっと、心が浄化されてゆくのがわかった。
頬を伝う涙は透明で無垢で温かい。あたしは、まだ生きている。彼を愛した事実だけはきっと一生心に残るだろう。
明けない夜はない。
濃い夜を見上げる。彼もこの夜空を見ているのかと思うだけで、また涙が溢れてきた。
ただ、すきだった。 藤村 綾 @aya1228
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