イタリアのパスタは空港で食っても美味かった

 一度イスラエルに飛ぶときにローマで十時間くらい足止めを食らったことがある。


 そもそも、行くはずのない出張だったのだ。

 その頃、僕の会社と広島の某社とのプロジェクトが大炎上し(それも石油コンビナート爆発級の大炎上)、僕は当日まで広島に詰めていた。

 その時のカントリーマネージャーは元コンサルタントで、そのイスラエルの会社が日本市場に参入する事を仕事として手がけたという前歴を持っていた。

 本来だったら参入したところで手を引いてコンサルタント料をもらうべきだったのだろう。何しろそのイスラエルの会社はバリバリのIT企業、そして如何わしいコンサルタントとITとは何かと相性が悪い。

 ところがその人はなんでか舌先三寸でそのイスラエルの会社の日本支社のカントリーマネージャーに収まってしまった。収まったけど、コンサルタントとクライアントの関係性は払拭しなかった。従って、イスラエルの顔色ばっかり窺っている誠に残念なカントリーマネージャーとなった。

 とにかく、保身。自分の保身のためなら部下を平気で犠牲にする。イスラエルから呼び出しがかかれば『はい喜んで!』、何か起これば『部下が悪い』。

 要するに彼にとってはイスラエルが自分のお客さん、誰がプロジェクトにお金を払っているかは知ったことではない。

 そしてそのとんだトバッチリが僕に飛んだと、まあそういう訳だ。


 また腹が立ってきたら長くなった。

 ともかく、当日午前中まで広島にいて、帰ってきて途中家族からパスポートを受け取り、トンボ帰りでイスラエル行き。

 フライトまでの期間が短かったので飛行機の選択肢は限られていた。

 結局、成田→ ローマ→ なぜかパリ → イスラエルという大回り、そして成田出発は深夜便、ローマではトランジット十時間という地獄のようなフライトのチケットを渡された。

 疲れていたので成田でシャワーと仮眠をとり、誰もいない成田からローマに向かう。

 ローマまでは約十時間。着いた時は午前中だった。

 早い段階で予約していれば、こんなに長いトランジットにはならなかったはずだ。しかし蓋を開ければ次のフライトまでは十時間。直前にフライトをとるとロクなことがない。

 飛んでいる最中、ローマの市街を観光することも検討した。だが、結局この案はリスクが高いということでやむなく却下。万が一市街から定刻に戻れなくて飛行機に乗り遅れたらシャレにならない。

 そもそも街に出たところでたかだか数時間、できる事は限られている。それだったらローマの空港をぶらぶらしていた方がいい。


 長時間のフライトは辛い。うるさくて眠れないし、振動で身体も休まらない。しかも前日まで大炎上する広島のプロジェクトを鎮火する消防士みたいな仕事で正直身体はボロボロだった。

 寝不足で鉛のようになった身体を引きずりながら、とりあえず空港の中をぶらぶら観光する。

 ローマの空港にはマッサージ屋さんとかもあってなかなか興味深かった。だが、海外のマッサージは医者と同じくらい恐ろしい。屈強な男性にもみほぐされたら骨まで砕けてしまう。

 結局、土産物屋とか、免税店とかを冷やかしているうちに時間はお昼になった。

 時差があるのでお腹は空かない。しかし、日本時間で今何時という事を考えると時差ボケするのでそれだけは考えないようにする。とにかく現地時間に身体を合わせる、それがコツだ。

 ところで海外の空港にはレストランがない場合が多い。あってもカフェテリア、最悪の場合はバーしかない。

 幸いな事にローマの空港にはそれなりに充実したカフェテリアがあった。

 メニューはサンドウィッチが数種類、あとパスタが数種類とスープ類。ピザ、それにデザート類もあるようだ。

 空港の滑走路が見える大きな窓のカフェテリアの内装はそれなりにおしゃれだった。でもカフェテリアなのでパスタ類は保温機に載せられ、サンドウィッチ、デザート類と飲み物はカウンター横の大きなガラスケースに素っ気なく陳列されている。壁はイタリアっぽくカラフルに塗られていたが、まあ、空港のカフェテリアだ。

 僕は席を確保するとビールとパスタを注文した。

 カウンターで料理を受け取り、空港の様子が見える窓際の席に戻る。

 シポッ。飛行機の中ですっかり干からびた身体にビールがうまい。

 パスタはショートパスタにバジルソース(たぶんジェノベーゼとかそんな感じのソースだと思う)が絡んだ緑色のパスタを選んだ。

 正直、期待してはいなかった。なんせ空港のカフェテリアだ。美味しい訳がない。保温機に載せられていたしな。

 ところが……。


 一口食べて僕はフォークを取り落としそうになる程驚いた。

 めちゃくちゃ美味しい。置いてあったらパスタが伸びそうなものなのだが、プリプリしてる。いわゆるアルデンテという奴だ。

 まず、とにかく香りがすごい。バジルがブワッと香り、その後にチーズが来る。最後に口に残るのは何かのナッツとチーズのコク。

 スーパーで売っている瓶詰めのソースとは根本的に違う。

 お腹が空いていたこともあって、一気にがっつく。結構な量があったにも関わらず、緑色のパスタの器はあっというまに空になった。

「ふう」

 食べ終わった時、最初に思い出したのは今は亡き景山民夫のエッセイだった。

 景山民夫はミラノに遊びに行った時、どこでスパゲティを食べても途轍もなく美味しいことに驚き、同時に怒りを覚えたのだという。そこで彼は街中歩き回って不味いパスタを探したのだがどの店もとっても美味で不味いパスタはなかなか見つからなかった、そんな話だったと思う。

 僕は景山民夫を尊敬している。敬愛している景山民夫の辿った道なら追従しない訳には行かない。

 そこで僕は再びカウンターに赴くと、今度はトマトソースのパスタを頼んだ。ついでにピザも一スライス。

「さて」

 早速トマトソースのスパゲッティを吟味する。

 トマトソースはあくまでも赤く、そして香り高かった。少しだけニンニクと唐辛子の香りがする。肉類は入っていない。あくまでもトマトのソース、ポモドーロだ。

 とりあえずフォークに巻いてチュルッと一口。

「……なんでこんなに美味いんだろう」

 思わず日本語で独り言が漏れる。

 スパゲッティは太めで、そしてとってもアルデンテだった。トマトソースは酸味と甘みが調和してちょうどいい。どうやら玉ねぎとセロリも入っている。いわゆるソフリット(玉ねぎ3:人参2:セロリ1、全部微塵切りにして多めのオリーブオイルで良く炒めたもの)が隠されているようだ。

 あっという間にスパゲッティが胃の中に収まる。美味しいものならいくらでも食べられる。

 そしてピザ。悔しいことにピザも美味しかった。ローマスタイルの少し厚めのピザなのだが、やっぱりトマトソースがとても美味しい。

 流石にピザは少し湿ってふかふかになっていたが、それが全く気にならない。チーズもあんまり伸びなかったが、それも全く気にならない。とにかく美味い。アメリカのなんちゃってドッカンピザより断然美味しくて、しかも上品だ。

 空港のくせに。

 結局僕は空港のカフェテリアにケチをつけることを諦めると、最後に美味しいティラミスとコーヒーを頂いて食事を締めくくった。

 街なら景山民夫のようにさらに彷徨ったかも知れないが、空港ではそうも行かない。

 その後、クレジットカード会社のラウンジでだらしなく足を投げ出して僕はフライト直前まで熟睡した。

 満足した眠りだったのは言うまでもない。


 皆さんも、初めての海外旅行だったらハワイじゃなくてイタリアに行くことを強くオススメする。少なくとも食事はアメリカ圏よりはるかに美味しい。

 空港で食べてもこれだもの。街に出たらおそらく卒倒するくらい美味しいものが見つかるはずだ。

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