ビールとフィンランド人とアメリカ人
お風呂が大好きだ。
モノグサなのだが、お風呂だけは立て続けに入る。特に冬は暖をとるために一日に三回くらい入っちゃう。
お風呂といえばやっぱり温泉? でも温泉は行くのが面倒臭い。何かのついでに温泉があれば喜んで入るのだが、わざわざ温泉だけの為に旅行しようとまでは思わない。
もっとも、どうやら僕は日本人としては少数派のようで、多くの人は温泉だけが目的の旅行もするようだ。よく知らないけど。
ちなみにこの傾向は日本だけかというとそうでもない。
温泉にはアメリカ人も入るし、フィンランド人はサウナが大好きだ。温泉にも入る。
アメリカの場合、温泉はどちらかというと娯楽施設に近い。屋外にプールのような露天風呂が複数あって、多くはジャグージのようにゴボゴボ泡立っている。そこでゆったり過ごしたあと、隣接したスパでお肌ツヤツヤというのが定番コースのようだ。
例えばカリフォルニアとネバダの境界にあるリノというスキーリゾートにもちゃんとスパがある。ただ冬季の場合は気候が寒く、さらに湯温も日本と比べるとかなり低いためバスローブがないと凍え死ぬ。うっかりバスローブなしでお湯に浸かったら最後、二度と外には出られない。
一方、フィンランドは一家に一台サウナの勢いなのでサウナに入る機会には事欠かない。
昔は日本の銭湯のように街ナカに公衆サウナもあったとかで、そこでみんなで裸の付き合いをするのがフィンランド流のようだ。
前にも書いたが、会社とかのグループでも結束を高める時にはサウナに入る。みんなで裸で風呂に入ればもう隠し事をする余地はなかろうということなのだろう。
ところでこの公衆サウナだが、最近復活の兆しがあるとそういえばニュースで見た。みんなで裸で街中のサウナに入るとコミュニティが広がるのだそうだ。
ニュースでは見目麗しいフィンランド(いや、あの感じはエストニアかも)の若い女性もタオルを巻いて混浴していたが、それが実際にどうなのかは判らない。個人的な所感としてはフィンランドの中年女性の約1/3はゾウアザラシの化身なので、期待して旅行するとがっかりするかも知れない。
さて、風呂といえばやっぱり風呂上がりのビールは欠かせない。
日本でも最近増えてきたが、アメリカの場合は少し前からマイクロブリューワリー(全国規模で売っている、バドワイザーやミラーのようなビールではなく、もっと小規模にしみじみと真面目にビールを作っている会社)が大人気だ。
小規模経営なので、地ビールのようにそれぞれの街が自慢のビールを持っているのが面白い。
ちなみにこれがどれだけ小規模かというと、下手をすると街にあるそのビールレストランだけでしか飲めないビールとかがある。僕が住んでいたサンノゼのあたりでも、ロス・ガトス(猫の街という意味の素敵な街だ)やクパティーノ(言わずと知れたリンゴのマークのコンピュータ会社の本拠地。ちなみにビールレストランはそのリンゴマークの会社の旧社屋、インフィニットループのすぐそばにある)、マウンテン・ビューのあたりはそれぞれの街に数軒のビールレストランがある。これらのビールは街の酒屋はおろか、どこにも出荷されていないのでそのレストランでしか味わうことができない。よくそれで経営できるなあと感心するのだが、レストランはいつも賑わっているので意外と大丈夫なようだ。
ビールといえば十月のオクトーバーフェストだが、これはこうした地域のマイクロブリューワリー数軒が中心となって街をあげて開催されている。マウンテン・ビューのオクトーバーフェストは地域では特に大きなお祭りで、メインストリートを歩行者天国にして朝からみんなでビールをかっ食らう。オクトーバーフェストの場合、最初にマーク入りのビールジョッキを入場料がわりに買うのだが、大量の酔っ払いがそれを片手にふらふらしているのを見るのは壮観だ。
翻ってフィンランドの場合、そこまでマイクロブリューワリーは盛んではないようだ。タンペレという大きな街にはマイクロブリューワリーがあったが、どうやら少数派らしい。
フィンランドの人は日本と同じように全国販売のビールを飲むのが一般的だ。尤もフィンランドは人口六〇〇万人くらいの小さな国(東京の半分だ)なので、全国規模のビール会社とは言っても小さいけど。
フィンランドの場合、ビールには等級がある。一番一般的なのは等級III、これは度数4.5%くらいで日本のビールに近い。等級IIは主に輸出用、等級Iは度数が3%以下なので水と同じように酒販免許なしで売ることができるらしい。
この他にもっと度数の高い等級IVがあるのだが、等級IVはレストランでしか飲めない上、好んで飲んでいるのをあまり見たことがない。IVを飲むくらいならワインを飲むわという感じのようだ。
ブランド的にはクマ印のコルフ、馬印のコフ、あとは星のマークのラッピンクルタあたりが有名だと思う。コルフとコフはバドワイザーみたいな感じ、ラッピンクルタは日本のビールに味が近い。
ちなみに、フィンランド人が全員ビール中毒かというとそういう訳でもなくて、中にはもっと強いコスケンコルバというウォッカやウィスキーを飲む人もいる。
ただ、強いお酒を飲む場合(ビールだって量次第だけど)、冬季は特に注意が必要だ。酔いが回って道端で潰れた場合、翌朝には確実に凍死している。
だからフィンランドの場合はこんな対策が取られていた。
まず、道端で寝泊まりできないように屋外のトンネルやトイレの照明は全て青い。人間はどうやら青い光の中では寝るはおろか快適にも感じないようで、だからフィンランドにはホームレスがすごく少ない。単に冬を越せないだけかも知れないけど。
それでも酔いつぶれるアホを拾い集めるため、厳冬期は毎晩夜中の二時に黄色いトラックが出動する。黄色い回転灯を光らせながら走るこのトラックが酔いつぶれている大虎を町中くまなく回って拾い集めるのだ。集められた人はシェルターに投げ込まれ、翌朝二日酔いを抱えたまま追い出される事になる。
+ + +
さて、例によって長野の山荘でみんなで浴びるようにビールを飲んでいた時、酔った勢いで僕は聞いてみたことがある。
「ラッピンクルタって日本でも売ってるじゃない? なんでみんなあれを飲まないの?」
「たけーじゃん、輸入品じゃ。俺らはこれで十分満足してる」
サウナの中でフィンランド人のみなさんがスーパードライの銀色の缶を掲げる。
全員、裸だ。裸でサウナでビール。つまみはシシャモとホッケとソーセージ。相変わらず狂気しか感じない。
「スーパードライ、最高。いくらでも飲める」
そりゃそうだろうなあ。スーパードライは味が薄い。
「エビスは?」
「うむ、エビスか」
ティモが少し考え込む。
「あれも確かにうまい。でもスーパードライで十分だ」
「エビスは少し高いしな」
とアキ。
「エビスもあれば飲むが、腹にたまる。スーパードライの方が飲みやすい」
狂ってはいるけど、一応の節度はあるようだ。
「ま、アルコールが入っていればなんでもいいんだけどなー」
「ふーん、そんなものかね」
僕は缶ビールを傾けながら頷いた。
どうやらフィンランド人はスーパードライがお好きなようだ。
それも大量に。
一晩に十本以上飲むんだもの。確かにそれならスーパードライかも知れない。
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