マレーシアのジャングルご飯

 新婚旅行はマレーシアに行った。

 十泊十一日。会社に無茶を言って長い休みを頂いた。当然犠牲者も出たので、その人には丁寧にお礼を言ってあとでお土産(偽物時計)を渡したのは言うまでもない。

 さて、行った先はマレーシアはランカウィ島のダタイホテル <https://www.thedatai.com/>。絶壁に張り付くように作られた豪華なホテルだ。マレーシアは物価が安いと思って来たのだが、ダタイホテルの物価はほとんど日本と一緒だった。お土産のTシャツが三〇米ドルくらいする。

 もっとも、新婚旅行でお金をケチってもあとあと禍根を残すので、その時はパーッと使った。収支度外視、食べたいものは食べ、買いたいものは買う。

 ダタイホテルは欧米風の豪華ホテルだ。そもそも断崖絶壁の斜面にホテルを貼り付けただけでもものすごいのに、一帯のジャングルの地所まで所有している。

 部屋(大きなコテージにした)に入った時にはウェルカムフルーツが山盛りになっていたし、風呂には何でかバラの花びらが浮かんでいた。部屋には風呂とは別に小さなプールもあり、一応沐浴することもできる。

 電話一本で部屋にはスパスタッフが来てくれるし、近くには図書館もある(日本語の本が結構多かった。どうやら日本から持ってきて読み終わったものを置いていく人が多いらしい)。気候も過ごしやすいし、正直部屋から一歩も出なくても当分は過ごせるような環境だった。


 さて、深夜に到着して翌日の朝ごはんはホテルのバイキング、ホテルのテラスで食べる朝食バイキングは果物が多くて豪華だった。

 空港からホテルまではポンコツのワンボックスに乗せられてジャングルの中を突っ走るすごい送迎だったから色々な意味で少し心配だったのだが、どうやら杞憂だったようだ。

 パイナップルやマンゴー、名の知れない南洋果物が綺麗に剥かれて山盛りになっている。

 フルーツの隣にはホットセクション。ちゃんとシェフが常駐しているカウンターでは卵料理やパンケーキ、ワッフルなどを焼いてもらうことができる。至れりつくせりだ。

 トーストと目玉焼き、カリカリベーコンと焼きトマトの主食を食べながら果物をつまむ。どれもこれもとんでもなく甘い。きっと味見をしているのだろう。甘くないものは弾かれているようだ。

「美味しいね」

 僕は最近奥さんになったもう一人の人に言った。

「うん、マンゴが美味しいね。でもサルには気をつけてね。盗まれるらしいから」

 ウェルカムフルーツのバナナはすでにサルに盗まれていた。部屋に侵入してきたと思ったらあっという間に持って行きやがった。

 あいつら、慣れてやがる。どうやら常習犯だ。ホテルからも注意書きをもらっていたのだが油断した。

 フルーツを飽食したら、すでに時間はお昼近くになっていた。

 親切だったウェイターのLexと記念写真を撮ってから浜辺に降りる。

 ぼやっとしてても仕方がないのでボートを借りたり、海に浸かったりしているうちに夕方になり、やがて晩御飯の時間になった。


 夕飯はジャングルエリアのタイレストランにした。

 これがまた素晴らしい。

 レストランはジャングルエリアのテラスの上にあり、まるでネズミーランドのジャングルクルーズのようだ(ほら、隣にレストランあるじゃん。そんな感じだ)。ライトアップされた広大なジャングルがここからだと良く見える。

<ウケケケケケケケケー>

<クワッ、クワッ>

<ギーッ>

 ジャングルの動物が騒がしい。これは鳥とか、サルとか、かな?

 食事はまあトラディショナルなタイ料理。パイナップルのチャーハンとか、パッタイとか、なんか青いパパイヤのサラダとかを食べた気がする。

 でも動物好きの僕は食事よりもジャングルの様子が気になって気もそぞろだった。

 ライトの中ではムササビだかモモンガだかが飛んでいるし、足元ではサルが観光客を狙っている。奥の方にはもっと珍しい生き物も生息していそうだ。

 飯を食っている場合ではない。なんで双眼鏡を日本から持ってこなかったか、その時は心の底から後悔した。


 そんなこんなを繰り返して夢のような一週間はあっという間に終わり、手元に残ったのはホテルからの請求書。

 なんと三〇万円也。

 夢の代償は一日一人二万円だった。これを高いと見るか安いと見るかは良くわからない。少なくとも僕の心臓は一瞬、止まった。


+ + +


 さて、パッケージツアーをカスタマイズした旅行には頼みもしないのにクアラ・ルンプールでの一泊が付いていた。

 正直、いらない。

 いらないけれど興味深くはある。

 クアラ・ルンプールはイスラム圏と中国の華僑がしのぎあう、特殊な文化だ。

 どちらも商人としてはエグいので有名だ。さぞかしすごいことになっているだろう。

 ここには奥さんを連れてこれない。僕はあとで一人で行こうと決意した。


 ますますいらない街のバスツアーに強制的に乗せられ(各ストップが土産物屋なのはご愛嬌。とにかく買えと、そういうことらしい)、奥さんと適当なレストランで食事をしたあと、僕は彼女がスパに行っている間に夜の街に忍びでた。


 中華が薫る提灯や電飾が輝き、ここがどこなのかわからない。なんだか台湾か、シンガポールのようだ。

 イスラムレストランは覗かなかったが、街には中華レストランが溢れ、街ゆく人も多分中華の民の方が多い。

 裏路地ではなんだか怪しい商売をしている人たちもいる。

 中華風だが北京よりは安全そうなマレーシアの夜の街は楽しい。

 散々そぞろ歩いたあと、僕はお土産用に数点の偽物時計を買って(※空港でバレても言い逃れできるように出来が悪いのを買った。ロレックスは綴りがROTAXになってた)、ホテルに帰った。


 しかし、少々時間を使いすぎたようだ。

 ホテルでは奥さんが怒ってベッドに座っていた。

 そのまま僕はしょんぼりと、小一時間お説教を食らってしまった。

 新婚旅行からこれでは先が思いやられる。


 やっぱり、旅行は目的地に一直線に行って、そのまま帰る方がいい。

 余計なことをすると禄なことが無い。

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