ゴルフ飯古今東西

 アメリカ、もっというなら北米大陸においてゴルフはスポーツだ。

 アメリカ、カナダでは特にその傾向が高い。従って料金もリーズナブル(5ドルとかから遊べると思う)だし、市営のゴルフ場なんてものもある。

 この傾向は食事にも反映されていて、アメリカのショミーンなゴルフ場では豪華なものは食べられない。

 例のゴルフ好きの大統領が行くようなゴルフ場なら食事も豪華なのだろうが、市営のゴルフ場なんて行こうものなら食事はせいぜいハンバーガー、あとはホットドッグくらい。

 カナダのゴルフ場はさらにショッミーン度が高くなって、クラブハウスにレストランはついていなかった。

 代わりに食事はコースの途中でバイトの大学生がやっているホットドッグスタンドが一般的だ。3ホール置きくらいでなんでか唐突にホットドッグスタンドがあって、そこでホットドッグを食べるのだ。

 だいたい一個2カナダドルくらい。当然ビールはないし、椅子もない。

 パラソルを立てている洒落た奴も中にはいたが、大体は青天井(要するに屋根なし)だ。

「美味いな」

 それでも僕はホットドッグを試食した。スタンドにはお約束のマスタード、ケチャップ、それに玉ねぎのみじん切りとレリッシュが添えられている。

 これだけあれば万全だ。

 レリッシュの芳香、ケチャップとマスタードの酸味、それに玉ねぎの歯ごたえ。

 もう、たまらない。

 僕は全部をふりかけると、アグっと一気に頬張った。


 ちなみにカナダやアメリカのゴルフ部の大学生の重要な資金源はロストボールの回収だ。これは池ポチャしたボールを特製の長い竿で回収するというものなのだが、これが結構な金になるらしい。

 落とした方は無くしたものと思って諦めてしまうので、拾ったボールの代金は全て彼らの収入となる。

 北米のゴルフ場ではそうしたボールを袋に詰めて、まるでジャガイモのように売っていた。日本のゴルフ用品屋さんのロストボールがゴルフ場で売られていると思うとわかりやすいかも知れない。 


 翻って、日本のゴルフ場は社交場だ。

 商用、密談、そして契約。

 重要な決定や合意はゴルフ場で行われる。

 尤も、これは日本だけの商習慣でもないらしい。例のアメリカの大統領が日本の某首相とゴルフ場で親密になったとかというニュースも流れたし、アメリカでも同じようなことが繰り広げられているようだ。

 僕自身はゴルフから縁が遠いので正直この感覚が解らないのだが、どうやら開けた緑の広っぱに行くと大人は心を開くようだ。


 さて、日系バリバリの僕の会社と北欧バリバリの携帯電話メーカーが一度密談をしていたことがあった。北欧の携帯メーカーのOSを日系ベンダーの僕の会社が採用して、ハードは日本、ソフトは北欧でヨーロッパに打って出ようというものだったのだが、これは残念ながら実現しなかった。

 ちなみにこのアイディアも僕のものだったのだが、それはほとんど無視された。

 ともあれ、発案者の責任だけは取らされる形でリエゾン(連絡将校)が僕になり、ほとんど毎日その北欧の会社と電話で話をしていたそのある日……


 とんでもなく難航したこの議論の何度目かの膠着状態の時、北欧の会社から、

「一度ゴルフでも」

 というオファーがあった。

 出席者は僕と上司のIさん、北欧系携帯電話会社の方は社長のテンフネン氏とセールスの誰かだったと思う。

 どうやら膠着状態を打開するにはゴルフに限ると誰かからの入れ知恵があったらしい。

 嫌も応もない。僕は即決でそのオファーを受託した。


 ゴルフは楽しかった。

 一度スカッとしたナイスショットが出たし、キャディさんは親切だ。

 僕がひん曲げて林に球を落とすや、その若いキャディさんは

「探して来ますねー」

 と言って林の中に分け入って行った。

「大丈夫です、フェアグラウンドに落ちてましたー」

 大声で僕たちに伝えてくれる。

 毎回ボールのナンバーが違っていたのはご愛嬌。きっとポッケからボールを出して、フェアグラウンドに落としていたのだろう。


 北欧系の皆さんは準備よろしくポカリスエットとアクエリアスを死ぬほどたくさん買ってきていた。

「ドウゾ、ドンドン、ノンデクダサイ」

 テンフネンさんが僕たちにポカリを差し出す。

 氷の入ったキャディカーのトランクに詰まったポカリをごくごく飲む。

 その日は暑かった。

 ついでに言うとゴルフ代は向こう持ち。さすが北欧系の大企業、ゴルフ場の会員権まで持っているらしい。

 北欧系の人たちはシュッとしていて、二人ともバリッとアイロンの効いたズボンとポロシャツを着ていた。

 一方のこちらはなんとなく農民系。何がということもないんだけど、なんだかとてもいたたまれない。

 でもIさんは慣れているのか、そんなことは全然気にせずタオルを首に巻いていた。

 作業中の農村の人みたいだったけど、確かにそれだと汗で胸がベタベタにならない。

 結局僕は一五〇以上叩いたけど、なんとか十八ホールまで持ちこたえた。


 ところで面白いのがキャディさんへのお礼の仕方だ。

 5ホールに一個くらい小屋があって、そこで米やらなんやらが売られているのだ。

 キャディさんにお礼として米を買ってあげると、キャディさんがにこやかにもらった米をキャディカーに積み込む。

 どうやらパチンコ屋さんと同じ仕組みらしい。キャディさんはその米をあとで換金するのだとIさんが教えてくれた。


 ホールアウトしたらシャワータイム。

 日本のゴルフ場には必ず大きな浴場がついている。これは日本以外では見たことがない。

 北米のゴルフ場にもシャワーはあったが、これはもれなく有料だ。それにシャワーを浴びない大学生も多い。

 乾燥した気候のせいもあるのかも知れないが、北米のゴルフ場は限りなく屋外のボーリング場に近かった。

 ただ球を打って、終わったら帰る。

 ところが日本の場合はホールアウトしてからが勝負になるらしい。


(親父に聞いておけばよかったな)

 汗でビショビショになったポロシャツを脱いで風呂に入る。北欧の人と一緒に風呂に浸かってまた外へ。

 僕はビショビショのポロシャツをまた着たが、他の人たちは着替えを持ってきていた。正直、なんかみすぼらしい。

「ガモー、お前着替え持ってこなかったのか」

 Iさんが呆れたように言う。

「だって、知らなかったんだもん」

「バッカ、お前、ゴルフは紳士のスポーツだぞ。終わったら着替えて、ブレザーを着るんだ」

 農民に叱られた。

 でも、確かに他の三人はブレザーを羽織っていた。

 思えば、アメリカの女子大学生はみんな上はビキニ、下はホットパンツだった。それでホールインワンを出したりしようものなら、グリーンの上で踊りまくる。

 まあ、紳士だわな。


 ともあれ、レストランに入って各々注文する。

 偉い人が定食の内容を確認する中、僕は貧乏性なのでメニューの上の方に集中した。

 五目あんかけラーメン、カツカレー。

 上の方は値段が安い。

 下の方の定食(トンカツとか、焼肉とか)は値段が二千円を超えている。自分で払うわけではないと思うのだが、なんとなく二の足を踏んでしまう。

「じゃあ、僕はカレー」

 他の三人が定食的なものを頼んだあとで、僕は慎ましくカレーを頼んだ。

 それでも千円。高いカレーだ。

「ガモーサン、カレーデ、イイノ?」

 北欧系の二人が気を遣う。

「いいです、カレー、好きなんで」


 注文したものが届く間に商談が始まる。

 僕の会社はまだ北欧系のOSを使う決心がついていなかったので、商談はまとまらなかった。

「デモ、ガイコクニウッテデルナラ、マルチゲンゴハマストデスヨ」

 テンフネン氏が畳み掛ける。

「まあ、ね。でも、そこはマネージメントの決済が必要なんですよ」

 Iさんはさらりとかわした。

「ソウデスカ」

 そこで商談は終わり。あとはプレイの雑談に終始した。


 帰り際、僕はIさんに問いかけた。

「それで、今日はどうだったんですか?」

「まあ、いいゴルフができたよな」

 とぼけてIさんが答える。

「ま、時間がかかるな、これは」

 Iさんを中央線の駅に届ける。

「俺はここから電車で帰る。ガモー、気をつけて帰れな」

 Iさんは優しく手を振ってくれた。

「じゃあ、な」


 でもこれは、僕が「日系企業では働けないな」と思った瞬間でもあった。

 日本企業は居心地がいい。

 でも、正直この手続きはわからない。


 たぶん、僕はこの手続きを死ぬまで理解することはできないだろう。 

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