RMSの悲劇

 RMSがよくなかったのは、資本元のレミーマルタンよりも美味しいブランデーを作ってしまったことだった。

 それはそうだろう、あれだけこだわったアルマニャックはそうはない。対抗できるとしたらポールジローくらいじゃなかろうか。


 父が帰国して一週間後、僕はRMSに電話していた。

 ブランデーが切れた。だから在庫確認の電話を入れたのだ。

 ところが何か様子が異う。

 いつもはゆったりしているのに、何か慌ただしいのだ。

『ああ、いつもの日本人ね』

 もうなじみになってしまった受付のおばあさんが言う。

『あなた、大変よ、うち今在庫整理リクイデーションしてるの』

「在庫整理?」

 思わず聞き返した。

『そうなの。うち、潰れるのよ。早く来ないと何にもなくなっちゃうわよ』


 それはいかん。

 僕は電話を切ってすぐに車(チューンしたVWゴルフだからそこそこ速い)に飛び乗った。

 そのまま銀行に行き、ドライブスルーのATMで有り金を全部引きおろす。

 札束を抱えて僕は一路ナパへと走り出した。


+ + +


 原因は二回目のスピリッツコンペティションだった。

 これは世界中のハードリカーを集めて一番美味しいものを決める大会なのだが、またしてもRMSがレミーを下して一位になってしまったのだ。

 RMSはすでに一回勝っている。RMSのフラッグシップ、QEクォリティ・エクストラオーディナリーがレミーマルタンのルイ13世ナポレオンを下して世界一のアルマニャックになっていた。

 そして今回が二回目。

 だが、この二回目は虎の尾だった。

 簡単にいうとRMSはレミーマルタンの逆鱗に触れてしまったのだ。

 何度作ってもRMSの方がレミーマルタンよりもなぜか遥かに美味い。しかも世界中の賞を総ナメにしている。ルイ13世ナポレオンはレミーマルタンのフラッグシップだ。


 この結果が出た時、レミーマルタンの堪忍袋の緒は切れた。

 潜在的なライバルになんで資本提供しなければならないのさ、という訳だ。

 アメリカの実力を見せよって資本提供しておきながらなんと言うわがままかとも思うのだが、ともあれビジネスはビジネス。そういう訳で、ある朝突然レミーの資本はRMSから引き上げられてしまった。


 こうなったらお手上げだ。RMSは在庫を全部格安で売り払ったのち、解散することを決めた。


 ナパ目指してひたすら車を走らせる。

 RMSについたのは四時をすぎていた。

「あは、日本人、来たのね」

 ギフトショップのレジのおばさんが笑顔を見せる。

「今あるブランデー、全部ちょうだい」

 僕は札束を差し出した。

「全部たって、もうほとんどないわよう」

 それでも在庫を調べてくれると、おばさんは残っていたボトルをダンボールに詰めてくれた。

「これで四十本。ここにあるのはこれで全部よ」

「QEは?」

「QEはもう売れちゃった。ここにはないわ」

「そりゃいかん。どっかにないかな?」

「待ってね、出荷調べてあげる」

 おばさんはパソコンを調べ始めた。

「……近所の酒屋に出荷してるわね。今いけばまだあるかも」

「わかった」

 僕はRMSの思い出の広告ビラとかと一緒にブランデーをトランクに積み込むと、今度は教わった酒屋に急行した。


 その酒屋は埃っぽい、倉庫のような店だった。

 聞いても無駄なので、QEの特徴的なエンジと金文字の箱を探す。

 あった。

 棚の高いところに三箱置いてある。

 僕はハシゴを持ってきてそれを下ろすとレジに持っていった。

「……これで、最後だな」

 少し暗い感じのインド人は僕に言った。

「そうかもね。全部もらう」

「RMS、好きかね」

「大好きだった」

「私もだよ」

 そうして、五十本近いブランデーは僕のものになった。


 さて、一段落してブランデーを適切なところにしまったところで東京から電話がきた。

 父だ。

 ちゃんと時計を調べたのだろう、アメリカの夜の七時だ。

『T、あのブランデー美味かったぞ。もう、無くなってしまった。買って送ってくれないか?』


 なんというタイミング。

 間がいいと言うか悪いと言うか。


「それは無理。なくなった」

『Tのボトルじゃない、買ってきてくれ』

「だから無くなったんだって」


 僕はかいつまんで状況を説明した。


 「だから、ブランデーは送るけど、無尽蔵にはもうないよ」

 父はしばらく呆れて無言のままだったが、

『……アメリカ人はバカだけど、フランス人は残酷だな』

 とだけ電話口でポツリと言った。


 ちなみにブランデーはこの前なくなった。

 永遠に持つと言われていたが、流石に二〇年も置いておくと味が辛くなって、少し残念な感じだった。

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