4.WEB小説家が電子書籍作家になるまで

【パレートの法則】:経済において、全体の数値の大部分は、全体を構成するうちの一部の要素が生み出しているという理論。80:20の法則、ばらつきの法則とも呼ばれる。


【車輪の再発明】:「広く受け入れられ確立されている技術や解決法を知らずに(または意図的に無視して)、同様のものを再び一から作ること」を意味する。


 ……というわけでまあ、WEB小説家「骨髄にゅる太郎」先生の第一作『世界が正義に満ちるまで』の電子書籍化は、ものの見事にスッ転びましたw


 ちまたで声高に叫ばれている「電子書籍は売れない」というフレーズの意味と実態を、わざわざ自分で体験して再確認したようなかたちです。工学部出身の僕は、はたして車輪が本当に転がるのか、自分で車輪を作って確かめないと気が済まなかったのです。


 僕が取った戦略は単純明快で、WEBで無料連載していた『ちるまで(略称)』の本文を、そのまま電子書籍化してAmazonのKindleDirectPublishingサービスに登録してみるというものでした。


 このとき、電子書籍――EPUBと呼ばれる形式のファイル――を作成するのに使ったのは、「AozoraEpub3」というフリーソフトでした。

 これは、「小説家になろう」で公開されている作品を読者が各自で保存して、電子書籍端末で読むためのファイルに変換する、という目的で使われているツールです。

 これに目を付けた僕は、ソフトの作成者に許可を取って、販売用ファイルの作成に使わせていただきました。

 読者のために開発されたソフトだけあって、作成の簡単さも、生成されたファイルの読みやすさも、痒いところに手が届く素晴らしいものでした。

 「カクヨム」や「小説家になろう」で連載をしている方が、電子書籍化に挑戦してみようと思われた際には、是非こちらの利用を自分はオススメしたいと思います。


 ただ、素人が無料で出していたものをいきなり値段を付けて、というのはハードルが高く感じたので、書き下ろしの文章を増やすとか、友人に頼んでイラストを付けてもらうとか、色々と商品価値を高めるための工夫は行いました。


 とはいえ、幾らWEB小説の書籍化が儲かるとはいっても、それは膨大なPV数と読者数を誇る作品が、出版社という組織の資金的な援助を受けて、始めて成功するもの。

 素人の浅知恵で、しかも電子書籍のみの販売をしたところで、そう簡単に結果が出るようなものではありませんでした。


 当時は「これだけ多くの人が読んでくれているのに、買ってくれる人は一握りなんて、自分の文章にはやはり価値はないんだろうか」と、一度は深く落ち込んでしまったものです。

 しかし読んでくれているのは数万人居たとして、更にブックマークを付けてくれるのがその中の2割、感想を付けてくれる熱心な読者が2割、買ってくれる人がその内の2割――いわゆるパレートの法則と呼ばれるWEBビジネスの原則に当てはめてみれば、その数字が決して残酷なものではなく、ただよく知られた現象であることが理解出来ます。


 また、「WEBで公開している作品を自分で書籍化して販売する」という場面において、もっとも頭を悩ませたのは、書籍の宣伝をどのような媒体で行っていくか、という〟についてでした。


 「カクヨム」に作品を投稿されている皆様は、サイトの利用規約に目を通されたことがあるかと思いますが、多くのWEB小説サイトではこういった文言が規約に記されています。


〝利用者は、本サービスの営利を目的とした利用及びその準備を目的とした利用(以下「営業活動」といいます。)をすることはできません。〟


 つまり、作者は自分が作品の販売を行っていることを、サイト上で読者に伝えることはと見なされてしまうのです。

 僕も当時、様々な方法で書籍化の事実を読者に伝えようとしたのですが、その度に運営側から「営業行為にあたるので、やめなければアカウント削除をする」という警告を受け、その都度つど宣伝の方法を変えています。


 これが「pixiv」のようなイラストレーター向けの投稿サイトであれば、個人が自分の同人作品を宣伝することは特に禁止されていませんし、むしろ「booth」のような連携サービスで、クリエイターが自分の作品を売ることを奨励までしています。


 確かに個人のテキストライターが自分の作品を発表する場として、「小説家になろう」や「カクヨム」のようなサービスは非常に有り難い存在です。出版社の目に止まる可能性すらある、今までにはなかった夢のような舞台です。

 しかし個人の力で活動していこうとするテキストライターにとって、まだまだこういった風当たりは強いように感じます。イラストレーターならば許されている権利を、テキストライターには許さないのが当然と見なされているのです。


 また「小説家になろう」では、出版社を通した書籍化であれば、サイト側は出版された自作の宣伝行為を行うことが特例的に許されることになっています。

 自分は前書きで「〝出版社に認められなければ作品を販売してはいけない〟という決まりはどこにもない」と言いました。

 こういった思い込みが生まれ、広がってしまう原因は、実はこういった決まりの中に存在するのではないかと思います。


(ちなみに自分の作品は、KADOKAWAグループが運営する「BOOK WALKER」というサイトでも販売を行っています。「カクヨム」で公開した作品が「BOOK WALKER」で売れて利益が出るなら、KADOKAWA全体にとっては得な話だと思うんですけどね?)


 当時の自分は、小説を書くことをそっちのけで、マーケティングの本や資料を読みあさり、売ることという分野に執着していきました。

 もっと多くの人にこの活動のことを広めていきたいと思う一方で、やはり明確な利益が出るものだと広言できなければ、人に勧めることはできない。得になるものだと断言できる結果を出して、道を示したいという欲があったからです。

 「公開している本文をWEB上から削除すれば、書籍版の売り上げは伸びるのではないか」という迷いも起こしました。

 事実、多くの出版社はWEB小説を書籍化する際、独占するためにネット上から本文を削除する方向でこの事業を進めています。


 しかし、いわゆるダイジェスト化と呼ばれる、公開していた文章をあらすじ化して、書籍でしか読めなくするようなやり方は、WEB小説サイトを利用している読者からはあまりよく思われていません。

(サイト側もこの問題を認識しているのか、最近ではダイジェスト化を禁止するような動きも見せているようです)


 商業のやり方を嫌って背を向け、個人出版に切り替えた自分としても、このやり方は読者にとって不誠実だと思い、これ以上の販売促進に手を費やすことをあきらめました。

 公開中の作品は、先日も売り上げはゼロでしたが、十人の方が新しく読破をしてくれたみたいです。その十人の中の一人でも、僕の作品のファンになってくれたなら、それが作品を公開した意味だと納得することにしました。


 かくしてあまり芳しいとは言えない滑り出しとなった電子書籍作家デビューでしたが、これは同時に作品を書くことしか経験してこなかった僕が、作品の編集の仕方や売り方を真剣に考え、学ぶという活動を行うきっかけにもなりました。

 電子でものを売るとなれば、それは出版物ではなくWEBコンテンツの一つです。商業出版の考え方と、WEBマーケティングの実態は、かなり違いがあるものだと感じました。同時に、後者の方が挑戦しがいがあり楽しい分野だなと、やり甲斐を見出したのも事実です。


 そして作家と編集を同時にこなす僕にとって、大変な仕事が実はもう一つありました。

 それは『ちるまで』という作品を、今後も続けていくかどうか――要するに、打ち切るかどうかという判断でした。


 仮にブックマークしてくれている全員が購入してくれていれば、入る印税の合計はそれなりの額――商業活動として続けてもいいレベルだと、当時の僕は判断していました。書籍出版で提示されていた打ち切りラインの数千部と比して、かなり低いハードル設定です。

 そのハードルを越えられないと確信してしまった段階で、維持で続けるか、自分で決めたことに従うか、一ヶ月近くも苦悩することになりました。


 どこからが成功で、どこからが失敗か。決めるのは、編集し出版を行っている僕自身です。個人出版とは、個人が一つの出版社になることなのです。

 確かに少ないとはいえ、書けば書くほど読者は増えていきますし、少ないながら買ってくれる人も居ます。

 しかし、商業で打ち切られた作品の継続を第一の目的に掲げていた僕は「二つの作品を並行して進める」ことより「一つの作品に専念する」ことを優先すべきだと思い、編集として打ち切りを自分に言い聞かせ、作者としてこれを認めました。


 商業活動での打ち切りはただ一方的にしか感じられませんでしたし、編集も一人の作品にだけ全力を賭けるわけにはいきません。いつも最後まで納得の行かないものでした。

 しかし作者が数字的な根拠をしっかりと説明され、編集も売るための努力を全力で行ったと、今回は断言できます。だって両方自分だもん。


 また、読者に対しても「こういった理由でこの作品は打ち切ります」と説明できたことが、自分にとってはかなり楽でした。

 「○○冊売れたら続きを書く。売れなかったら書かない」というはっきりとしたラインを提示していたので、「買われないということは、そこまでの作品ではなかった」という、あきらめをする余地が自分の中にあったからです。


 そんなこんなで『ちるまで』という作品は、短いながらキリのいいところで完結とし、惜しい気持ちはあるものの習作として自分の中から手放すことにしました。


 ただ散々「売れない」と言いまくってる当時の試みですが、それはあくまで商業出版と比較して、という話です。

 実は自分は新人賞を取ってデビューする前、文学フリマやコミックマーケットで、小説本を自費で刷って販売していた時期がありました。


 同人小説というのはかなりお金がかかるもので、参加当時大学生だった僕は、貴重なバイト代からやりくりして、なんとか印刷費を捻出してイベントに参加していました。

 漫画に比べてページ数が多くなってしまうため、読みやすさが残るギリギリの範囲で印刷代を安く上げるのは、至難の業です。

 1冊500円という値段を付けていましたが、ぶっちゃけこの値段では印刷費をとても賄いません。売り上げ冊数は30冊程度でしたが、知り合いに配ったり売れ残りも相当出たので、当時の僕にとってはかなりの出費でした。


 その経験から踏まえれば、電子書籍の出版はの在り方としては、かなり魅力的に感じるものでした。

 イベントに参加する時間や印刷するお金が無くても、誰でも簡単に自分の作品を書籍化して売るという経験ができる。

 また購入する側も、時と場所を選ばず好きなとき好きな場所で作品を手に入れることができるので、簡単に始められる同人活動と見なせば、悪くはないものと感じました。

(もちろん、実際のイベントと違って読者や他の作家さんと交流する活動の場としては不十分なので、どちらも行うのが実際にはベストかも知れません)


 とにかく商業作家をやめ、WEB作家に転身し、やっとの思いで電子書籍の作成に成功した僕は、やはり苦しい現実を目の当たりにしながらも、なんとか「作品を書いて売る」という段階までこぎ着けることができました。

 とはいえやってみたことで、かえって「ただやるならば誰にでもできることだ」という焦りを強く感じるようにもなりました。


 確かに「無料で公開」をすれば、多くの人には読まれます。しかし、商業出版されない限り、ちょっと儲かる同人活動の範囲を決して出ることはありません。

 しかし「有料で公開」だけをしていては、商業で売れなかったときの経験を、ただ繰り返すだけです。読者が減り続ける限り、作品の将来はどんどん暗くなっていきます。

 WEBでものを売るという局面において、どうすれば二つの要素を上手く満たすことができるのか。

 書籍出版の考え方で小説の連載を行う限り、商業出版の規模と大きさには個人では絶対に届きません。


 そこで僕は考え方を切り替えて、WEB小説の連載をWEBサービスの運営にあてはめて見ることにしました。

 ソーシャルゲームのようなF2P(Free-to-play)の方法論を当てはめてみることにしたのです。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


『アーマードール・アライブ』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054880970763


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 商業作品として一度出版されているこちらの作品ですが、書籍出版では不可能だった、誰もまだやったことがない方法で新たに公開をしていくことにしました。

 そしてこの方法は、個人が電子書籍作家の活動方法として、おそらくちょっと上手くいくんじゃないかな、と現在のところ感じ始めています。


 具体的な方法と、そこに至るまでのお話は、また次回。

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